──あはははは!  それは倒したはずの相手の声であった。 「あたしの……勝ちよ!」 「なに!? なにを言って!」  敵ですと、サーバインの左隣に浮かんだフェイトが、水平線の先を指す。 「雨雲みたいに……なんて数!」  北の方角、海の蒸気に多くの影が揺れて現れる。 「空が三割を切ってる!」 「碇シンジを、サードチルドレンを! エヴァ一機でどうにかできると思うほど、甘くはないわ!」 「君は!?」 「あたしは捨て駒よ!」 「力を使い切らせるために!?」 「あはははは!」  シンジは歯がみする。  碇シンジの全力を引き出すために。それこそ、余力も失うほどの領域にまで追い込むためだけに、貴重なエヴァンゲリオンを使い捨てにしたというのである。 「碇さん!」 「フェイト、なのは! 逃げるぞ! 力を貸してくれ!」  アスカを後ろへ押しやり、席の左右に場所を空ける。  右へなのは、フェイトには左へ体を押し込むよう指示した。 「もう浮いてるだけで精一杯なんだ。フェイトは飛ぶ方を頼む」 「はい」 「なのは、ミサイルだけで良い。ここから外を攻撃できるか?」 「やれます」 「撃ち落としてくれ。レイIV、防壁を頼む。逃げるぞ!」  反転、加速をかける。追ってミサイル群が来る。 「撃ちます! ディバインシューター!」 《All,right.》  わずか一機に大量のミサイルが追いすがる。数基は追い越し、近接爆発によりサーバインを揺さぶる。 「堪えてくれ……だめなのか!?」  ぎしりと嫌な音がしたときだった。 「君は本当に運が良いね」  正面方向から閃光が来て、サーバインをかすめてミサイルを落とした。 「誰だ!?」 「それとも、神さまが味方をしてくれているのかな?」  すれ違った機体に、シンジは目を見張った。 「スモール!?」  ふっと、パイロットは口をゆるめた。 「戦闘データ。録らせてもらうよ!」  スモールの突撃した地点から、横へと爆発が広がった。 「もう完成していたのか……どこの機体だ!?」 「助かった……のですか?」 「そう簡単にはね!」 「数が多すぎるね。こちらの残弾も尽きそうだよ」 「なんだ!?」  座席が前に起き上がり、背部コアがコクピット内に露出する。 「なんだ、サーバイン……まさか、使徒化するっていうのか!?」  だがなのは達が否定する。彼女たちは使徒に対する知識がある。その知識を持った上での言葉だった。 「違います、シンジさん」 「なにが」 「これ、コアです」 「わかってる」 「そうじゃなくて!」 「理力甲冑騎っていうものじゃないです。この子……デバイスになろうとしてる」 「なんだって!?」 「使徒のコア、実物は見たことがありませんけど、この感じ」 「バルディッシュと同じです」 「レイジングハートとも」 「しかし 「その通りだよ」 「カヲル? なにをいきなり」 「僕には最初に見た時にわかったよ。それは使徒が持つコアとは違うものだとね。キミはコアそのものをよく知らないから間違えてしまっているようだけど、コアとは特異点そのものだよ。違う次元から現出した際に中心となって凝縮しているもの。それがコアだ。でもそれは違う」 「お前!?」 「そう。時間も、空間も、神はあらゆるところにいて、あらゆるものを見ている」 「お前にとって紡がれている未来はわからないが、ってことか、お前、東方王なのか!」 「そういうことさ。僕は君の主観時間の中で生きている渚カヲルだよ」 「そういうことか……だが、デバイスだと? 俺は魔術師じゃない。なのに」 「デバイスは魔術師のためだけにあるものじゃないよ。共存しようとする誰かを見つけたとき、それは強く意識を持つのさ」 「誰かだと?」 「そうだよ、そして最初からその機体は、サーバインは誰かのために立ち上がることを願われ、戦ってきたんじゃなかったのかい? その少女のために立ち上がることを願われ、そして戦ってきていた。なら、その少女のためのものになろうとするのは当然のことだろう? 君の戦いを、生き様を見て、育ったんだよ。そして君がいなくなった後ですら、その子の騎士として生きようとしているのさ」 「アスカ!」 「そういうことだよ。どうするんだい、小さな姫様。騎士は、君を待っているよ」  もちろんアスカの答えは決まっていた。  彼女もまた、自分のために戦いここまで来た人を、そして様々に戦い続ける人々の生き様を見て育って来ていたのだから。  突如、操作管が壊れた。弾けるように両方ともが蓋を開くように外側に開いた。  アスカは驚いたものの、シンジの手に手を重ねるよう、指の隙間に指を置くようにして手を置いた。  そして前を向いて口にする。 「あなたを、わたしの騎士と認めます」  サーバインの眼光が光る。  口腔を開いて雄叫びを上げた。  コアが白色を放出する。背中からの光に押されるようにシンジたちは敵へと突っ込む。  サーバインの背から、コアの光が吹き出す。それは翼となって機体を押し出す。  本体も光り出す。敵にぶつかり、弾き、手を伸ばし、引き裂き、蹴りを放ち、撃墜する。だが。 「このままじゃ!」  なのはが叫ぶ。 「機体が、持たない」  フェイトも唸る。  二人の杖が声を出す。 《》 《》  二人は頷きあうと、杖をコアに突き刺した。  コアの表面に波紋を生んで、杖の先はコアへと沈む。反対側へ突き出るほど深く刺したというのに、杖は頭を見せず、根本まで埋まった。 「レイジングハート!」 「バルディッシュ!」  二人の杖がありったけの魔力を二人から吸い上げ始める。  そのエネルギーがサーバインのコアに注入される。  そしてアスカとシンジの二人は、バンッという脳の神経の切れるような音を聞いた。  急に騒音が消え、静かになったと感じた。  アスカとシンジが尋ねる。  うん、そうだねとアスカが答える。  コクピットが蒼い光に満たされた。  サーバインを包んでいた光が砕け散った。  残照を雪のように散らしながらサーバインは飛ぶ。  ミサイルが数発直撃する。その雲の中から盾を前にサーバインが飛び出す。  光の残滓を振り払うように剣を振るう。その姿は変わっていた。  白い甲冑を纏った騎士のものに変革していた。  背中側、コンバーターの下、肩胛骨の合間に姿を見せているリンカーコアからの光は、六枚の翼となって顕現していた。  そして盾には傷のようにAの文字が刻まれていた。 「これって」 「別の……空間?」  理力甲冑騎の腹の中などではありえないほどの広さだった。  アスカの席が後方にあって、一段低い場所にシンジの席がある。  そして左右にはなのはとフェイトのための席があったが、これは乗っている人数に合わせて増えるような感じであった。 「力を……感じるよ」  アスカである。 「それから、サーバインの思いもわかる!」  シンジが頷く。  アスカとシンジが声を発する。 『うああ!』  二人の叫び方はとてもよく似ていた。  爆光が空に広がり、水平線を満たす。 「すさまじいね」  カヲルは苦笑を浮かべた。  そして空は空白になった。  ふらりと傾き、サーバインは元の姿を取り戻す。  そして失速し、海面に落ちる前に、カヲルの機体に抱えられた。 「このまま行こう」 「すまん」 「良いさ。僕にしても知りたい秘密だよ。この世界の謎。大きすぎるからね」 「お前にもわからないのか」 「何故北が滅んで南が無事なのか。世界が違うのに何故碇シンジが戦い、そしてサードインパクトが起こったという歴史が同じなのか。それらのことがわからなくても、せめて機族の発祥についてはわかるだろうからね」 「今がチャンスだ」 「そう。これだけの機体を撃退できた今こそ、突入するには良い機会だよ」 「ミサトさんは……」 「逃げられたね」 「そんな! あの損傷で動けるわけが」 「いや、そうだろうな。手応え……ATフィールドの消滅を感じられなかった。エヴァを……使徒を舐めないでくれ。核さえ無事ならなんでもありだ」  二人は足下に目をやる。  深い青の波間。その下にいるものを思い、ゾッとする。 「じゃあ?」 「ああ。もう一度、今度は最終決戦。そういうこともあるだろうな」 「それじゃあ、この状態じゃ」 「ちゃんと、用意しているよ。休める場所をね」 「船!?」 「空を飛んでるなんて」 「どこかで見た船だな」 「御座船!」 「そう、これは元々は、僕の船であったらしいよ」 「君は大きくなったねぇ」 「だろうな」 「落ち着いているね。それだけ時を過ごしたと言うことかい?」 「そうかもな。教えてくれないか? ここが過去なのか未来なのか、それとも別の世界なのか。それくらいは把握しているんだろう?」  急ぐねぇと肩をすくめる。 「その前に整理しよう。先入観と固定観念を捨てて貰った方が良いから」 「良いだろう。だが」 「なんだい?」 「彼女たちを休ませてやってくれ」  それは気付かなくて悪かったねとカヲル。  だが三人とも話を聞きたがったために、場所を食堂に移すだけにとどめた。 「君はこの世界をどう思っているんだい?」 「過去と未来と別の世界。奇妙におり混ざった世界。そう捉えている」 「北と南については?」 「正直、よくわからないままだな。なにしろ俺たちを拾ってくれた人も、少しばかり政府に顔が利くという程度でな、ニュースで流れているより少しばかりましだという程度のことを知っているぐらいだったよ。西暦二千年にセカンドインパクトと呼ばれる異変が世界を襲って、地球は北半球を失った」 「隕石の衝突によるものだという情報の流布については、君のいた世界と同じだね」 「そのあたりのことに関しては、南極の実験が失敗した場合に供えてのシナリオにでもあったんだろうな。だから情報操作の内容が同じ物になっているんだろう」 「そして使徒と呼称される謎の生命体が侵略を開始する」 「だがこの世界のそれは、俺たちの世界に現れた使徒とはだいぶ違っていたようだがな」 「十メートル級の昆虫型が主だったようだね」 「ああ。そして人類は戦いを挑み、北への開拓に着手した」 「ガジェットについては?」 「日本に入るまで知らなかった。南の政府は発表していないだろう? だから知らなかった」 「あえて知らせなかったのかも知れないね」 「なにか知っているのか?」」 「まずこの世界についてだけど、この世界は、失われた世界なのさ、君が元いた世界にとってはね」 「どういうことだ?」 「アダムと共に消失した世界。南の世界だよ。そこにある日、再び北の世界が戻ってきた。それがこの地球だよ」 「そんなことがあるのか?」 「半分ほど、0.5次元ほどずれ込んだために、目に見えなくなってしまった南側の世界なのさ。それがサードインパクトの統合現象によって戻された正常な世界なんだよ」 「死んだわけではなく、生きていたというのか?」 「正確じゃないね。アダムはその力を解放し、一つの生命となろうとした。世界という生命体にね」 「惑星(ほし)にか?」 「だけど、それは中途半端なことになった。この世界の、北にうろついていたという化け物は、君たちのことなんだよ」 「なに?」 「三次元の生命体が二次元のものを影として捉えることができるように、3.5次元に到達しているこの世界の人たちは、君たち三次元の存在をいびつなものとして認識することができた。逆に、君たち残された三次元界の人間からは、高位次元は視認することができなかった」 「それをどうやって証明する」 「高位次元にいくほど、不可思議な現象がたやすく引き起こされるようになる」 「魔法、魔術か」 「そういうことさ」 「なら、俺たちは一方的にこの世界の住人に蹂躙されたというのか?」 「そうはならないよ。影がゆらぐように、影を消し去るように、その形が壊れるようにしたところで、影の本体が消えたり壊れたりすることはないだろう? この世界で傷つけられたとしても、その影響は痛みを感じた、転んだ、そんなささいな現象として波及したに留まったはずだよ」 「使徒はどうなる」 「巨大は破壊兵器の記録はあるよ」 「待ってください! じゃあ、あたしたちは……人間は、人同士で殺し合っていたっていうんですか!?」 「そうなるね」 「そんな……ひどい!」 「とは言われてもね。実際は人の影を相手にばたばたとしていただけだよ」 「済んだことだ、今更どうにもならん」 「冷たくなったね、君は」 「……そして俺たちはサードインパクトを経て、この世界にたどり着いたというのか?」 「そういうことだね」 「証拠……いや、証明できるのか?」 「無理だね」 「というより、それもまたお前の推論だな?」 「どうしてそう思ったんだい?」 「でなければ、なにを確かめに行くんだ? 北へ」 「そういうことだね」 「ねぇねぇ」 「なんだい?」 「東方王なの?」 「そうだよ」 「どうしてあなたがここにいるの?」 「君たちが未だに持っていない、次元に対する概念の問題だよ。君の主観時間で、十六才の頃に僕たちは再会した。その記憶が今の僕にはある。僕にとってはあの世界から続いている未来の世界で、君にとってもそういうこと、だろ?」 「だろうな。で、今は味方をしてくれるのか?」 「この次元軸での僕は、再生された使徒という扱いだよ。このエヴァもどきを操るために作られた、人とエヴァとを中継するための人型フィルターと言ったところだね」 「単独起動できないのか」 「人はまだダイレクトにシンクロできる能力を獲得していないからね」 「それで? 助けてくれたのは? 命令か?」 「いいや、勝手な行為さ」 「すまんな」 「君のためならね。ごめん、通信だ」 「なんだ?」 「ガジェットの大部隊が、中国方面へ向けて進行してる」 「まだいたのか!? 理由は?」 「君の機体から採取された細胞片や血液といったサンプル一式の保管先が、ここにあるんだ」 「保管していただけではないんだろう?」 「培養実験をしていたらしいよ」 「無駄なことを」 「どうしてそう思うんだい?」 「知っているだろ。サーバインはパッチワークだぞ。怪獣を素にしていると言っても、筋肉ですら何種類かの生き物のものを一つに束ねて作っているにすぎない。そこには魔術も関わってる。簡略的な検査で採取したサンプル程度のものから、形のあるものは再生できるわけがない。ましてやサーバインは特別製だ」 「リンカーコアのことかい?」 「ああ。コアがなければ、息を吹き返したりはしない。そのはずだ」 「待ってください」  フェイトである。 「未来の……定義的にもうそう呼びますが、未来の世界では、当たり前に生息している生き物が素なんですよね」 「ああ……え?」  フェイトの懸念を、カヲルが肯定する。 「逃げられたらしいね。強獣の再生には成功したんだよ。でも逃げられた。逃がしたのか、逃げ出されたのか、あるいは故意に放たれたのか、それはわからないけれど、ガジェットの行動原理を考えるなら、生態系が塗り替えられる事態が発生したということなんだろうね」 「大変な話だな……ところで、機族とガジェットは同じ物なのか?」 「君のガジェット説については、君のパトロンから聞かされているよ。僕も機族とガジェットは同じものだと思うけど、まだ機族ほど進化はしていないね」 「これから育つと言うことか」 「はっきりとは言えないよ。まだ僕も知らないことだからね。ここで理解したなら、今度は知る話になるんだろうけど」 「所詮はお前もコマの一つか」 「そういうことだよ。で、どうするんだい?」 「なにがだ」 「放っておくのかということさ」 「歴史を変えろと?」 「歴史自体に意味はない。そう言っていたろう? 三次元的な時間の流れなんてものに意味はない。君の紡ぐ歴史が君のすべてだよ。そこから派生する流れは何十次元という形で絡まり合うのさ」 「人間の俺ではついていけない話だな」 「目先のことに問われればいいと思うよ?」 「それが中国の話か?」 「ネルフの支部を改造した研究所では、テラフォーミングが行われていたんだよ。それによって発生した森林が彼らの生活圏となったのかもしれない」 「だからどうした」 「その研究所には、山岸マユミという名前の子がいてね……」 「マユミだと? なぜ」 「強獣のことはともかく、緑化事業そのものはまっとうな世界再生運動の一つだよ。民間人が協力しているからって、おかしなことかな?」 「だからって、どうして彼女の名前が、お前の口から出てくる!」 「研究所が脱走した強獣に乗っ取られて、脱出できなくなってしまった。そう通信を送ってきたのが彼女なのさ。生存者が数名とシェルターにこもっているらしいよ」 「くそ!」 「決まったね。船を向けるよ」 「待っていられるか。すぐに出る」 「無理だね。君は君が思っている以上に疲弊しているよ」 「やれる。やるさ」 「そしてその機体はもう、君のものじゃないんだろう?」 「…………」 「シンジ、しゃがんで」 「なんだよ」 「いいから」  頬を張る。 「アスカ?」 「シンジ、覚えてる? そうしたいと思ったら、そうしてしまうって。あたしはそれを承知の上で、シンジのお姫様なんだから」 「ああ。そうだね……ごめん」 「うん」 「行くのかい?」 「東方王……でいいんだよね? 行きます」 「シンジ君は君の騎士なんだろう? 自由にさせすぎてはいないかな?」 「いいの、シンジはその内、あたしの夫になるんだから」  ぶぅっと吹いたのはなのはとテッサだった。 『シンジさん!?』 「気にするな」 『どっちの意味で!?』  冗談としてか本気としてか。 「王妃の夫となるはずの騎士がそれじゃ問題だけど、姫が嫁ぐ英雄としては、あたりまえの行動でしょ?」 「ま、そうだね」 「シンジ。だけど、やっぱり、今すぐは無理だよ」 「なぜだ」 「サーバインがもたない」  白かった機体は元の形状に戻ったところで、破損状態もまた復元されていた。 「この世界、マナが薄いよ。サーバインが喘いでる」 「マナか……」  シンジの目がなのはたちを見る。 「方法はある」 「どうするんだい?」 「この二人がいるなら、なんとかなりそうだ」 「あたしたちですかぁ?」 「わたしに、できることが?」 「ああ。さっきの戦闘で、サーバインは一個の個体にまで成長した。なら、進化を促進することで失われたパーツを再構成させることができるはずだ」 「乱暴なことを思いつくねぇ」 「パッチワークには無理でも、デバイスにまで進化したのなら、できるはずだ」 「自己進化と自己変革かい?」 「そしてここには二人も魔術師がいるんだ」 「エネルギー源としては十分だと言うことかい?」 「魔力の供給を、あたしたちに?」 「頼む」 「頭を上げてください!」 「頭を下げなくても……」 「だがな、君たちは共同体所属の人間だ。これは部隊を離れての勝手な行動と言うことになる。処罰は免れないぞ」 「それはもう、良いです」 「今の碇さんは共同体の人間で、あたしたちの上司です。命令には従います」 「ああ。罪は俺が引き受ける」 「じゃあさっそくとはいかないよ」 「ぐっ、あ!」 「え!? アスカちゃん?」  アスカの持つスタンガンにやられたシンジを、カヲルが抱き受ける。 「君には休養が必要だ。彼女たちにもね」 「お前……」 「ゆっくり休むと良いよ。後は目覚めてからのことだ」 「痛くなかったかな?」 「少しは痛かったろうね。でも、君も彼の無茶さ加減は知っているだろう?」 「まあね」 「無茶をするんですか?」 「ああ。シンジ君が一番恐れているのは、間に合わないことだからね」 「シンジは言ってたよ。間に合ったことなんてない。間に合わせようとしたこともなかったって。だから間に合うのなら、じっとしていられないって」 「なるほど」 「君たちも休んでくれ。案内板はそこ。調理室が食堂も兼ねてる。レトルトしかないけどね」 「他にクルーは」 「いないよ。この船は全自動さ」 「空からの映像?」 「これを見てくれ」 「どこの誰が」 「所属は共同体らしい。極秘任務を蹴って知らせてくれたそうだ」 「酔狂な」 「酔狂とは酷いね」 「あんた……確か」 「フィフスチルドレン。どう? わかったかな?」 「渚カヲル。確かそういう名前だったわね」 「なのは君と、フェイトちゃんもいるよ」 「どうして二人が」 「戦闘後、ガジェットの大部隊に襲われたところを救われました」 「シンジさんは今は眠ってます」 「眠ってる?」 「大人しく休んでくれないんでね。寝てもらったのさ」 「それで、どういうこと?」 「見たままだよ。中国大陸の開発事業については知っているね? テラフォーミングと言ったって、ジャングルを作り出す訳じゃない。不毛の大地を苔で覆って、水分の蒸発を防いで……そうした積み重ねで、少しずつ変革していく、そういうことをしていたはずなんだけど」 「密林が広がってるじゃない」 「強獣の姿も見える。それも、何頭もだ。縄張り争いをしているようにも見えるな」 「でも、恐竜型の強獣はいないね。昆虫型ばかりだ。個体数の増加が早いのはそういうわけだろうね」 「喜べないわね。……木じゃない。シダ……?」 「短期間で巨大になる植物ばかりだね。ただし、太古、古代種という制限が付くけど」 「これらにガジェットが反応したと?」 「君たちもシンジ君のレポートは読んでいるみたいだね。話が早くて助かるよ」 「だが急にこうなった訳じゃあるまい。どうして今になって」 「『あちら』の世界においても、強獣は機族の攻撃対象としては選ばれていなかったよ」 「あちら、ね」 「なんの話だ」 「後で。それで、あんたはガジェットが、こいつらのことを自然発生した生き物だと認めたというの?」 「その可能性はあるね。だとしたら、ガジェットの目的は違うものになるけど」 「ん? なんだ、あれは」 「大きい……まるで山みたいだ」 「落とされた?」 「どうやら、いまのでかぶつが」 「ああ。ガジェットの目標らしいな」  ──あれは。  シンジは思い出す。  遠く、綾波レイを模したものが、横倒しになっていたのを。 (地球ほどの大きさで、見えたのがあのサイズだ。方角から言って北。大陸方面か)  そしてテラフォーミングが行われている地域。 (これは夢なのか? 強獣と、森。その奥の……建物。地下シェルター)  その中に、怪我をした男を背後から抱きかかえ、気丈に唇を噛んでいる少女がいた。 (マユミ!)  目を覚ます。 「夢じゃない。あの子は、俺の方を見た」 「目が覚めたかい」 「ああ」 「怒らないんだね」 「怒ってはいるさ。だが、お前を怒鳴るなら、アスカも叱らなくちゃならなくなる」 「甘いんだね、あの子には」 「一応、俺の主だからな。それで、状況は」 「ガジェット大隊の到着は一時間後。こちらは船のままだと三時間後に戦闘区域というところだね」 「三十分でサーバインをどうにかする」 「やるしかないね。そのあたりがリミットだよ」 「ああ、あと、確認しておきたいことがある」 「なんだい?」 「北と南。滅んだ地域。違ってる理由だ。本当にお前にはわからないのか?」 「わからないよ。僕はあちらこちらで存在しているけれども、そこがどこなのか、定義づけて語れるのは、もう一つ上ですべてを見ている人だけだ。そうだろう?」  シンジはテッサと交わした話を思い出した。 「ここがどこなのかは、相対的な話だものな。相対的であると言うことは、両者の関係を理解していて初めて語れることか」 「そういうことだよ。未来であるらしい世界があって、そこでは繋がる流れの先にあるらしい文明が存在している。僕が理解できているのはそこまでで、らしい、の部分を解明しないことには、説明や解説はできないよ。でも君は確認と言ったね。想像が付いているのかい?」 「ここはセカンドインパクトで俺たちの住んでいた世界と別れた、アダムの世界だ。そして生きているのはアダムと残った人たちだ」 「……別れた?」 「セカンドインパクト、俺たちの側からすれば、アダムは星の命の半分を持って消えたように見えた。だが本当は消えたわけじゃない。セカンドインパクトが発生するとき、人為的に邪魔が入っていたな」 「まあね」 「アダムの肋骨だ。引き抜いて、エヴァという世界を作った。俺たちが生まれたのは、そんな一次元にも満たない、ずれた世界だったんだよ。位相差。ATフィールド。ずれた世界が元に戻ろうとして発生する融合点」 「特異点のことかい」 「世界の元に戻ろうとする力が、使徒という形で俺たちの世界へとアダムという世界そのものを引き込もうとしていたんだよ。だが戻ろうとしたものは原初の記憶を順に追っていたんだ。だから人の形にたどり着くまでつぶしていった」 「そして僕にたどり着き、そこを超えた」 「そして俺たちの世界は崩壊し、アダムの世界へと回帰し、解け合った」 「混じったんだろうな。本当ならそのまま世界は進むはずだったが、俺がそれを拒絶した。そのせいで、世界は逆にならざるを得なかった」 「アダムが連れ去った命たちは、北が死滅した世界で……いや違うね。アダムが内包したこの世界の半分は、君たちとは逆に北の命が消滅している状態となっていた?」 「ああ。どちらが本物でもなく、裏と表なんだろうな。アダムの世界では、俺たちの世界が特異点、使徒の形を取って現れようとしていたはずだ」 「そのためのエヴァと、チルドレンと言うことか」 「アダムとリリス……あるいはエヴァが一つになって生み出された世界。老人たちの狙いがわかった気がする。俺たちの世界の老人たちは機械だったらしい。生身の老人はどこへ行った?」 「アダムの……南半球にいた?」 「北と南、両側に居残る形にしていたんだろうな」 「なるほどね……そして一つへ戻すために奔走していたと」 「結果として、人はひとつ上に向かうための力と認識を手に入れたんだからな。目的は果たしているんだろうさ」 「なら機族も強獣も、人に革新をもたらすために用意された敵とも考えられるね」 「だが偶然という線も捨てられないさ。サードインパクトが起こった後の世界で、綾波を象ったアダムだかリリスが崩れ落ちているのを見た。あれは大陸の方角だった」 「なるほど、それが苗床になっていると。……それらを滋養に進化し、育ったものだから、強獣は自然界の生き物として見なされ、機族の狩りの対象とはなっていなかった?」 「答えの一つにはなるだろう? 後はこの世界にも俺がいたらしい。それと、この世界と俺たちの世界の使徒の差違だ」 「気にするようなことかい?」 「この世界に現れた使徒は、俺たちの知る使徒とは少し違っていたらしい」 「もしかすると、僕たちの知る使徒が現れるかもしれないと?」 「使徒はヒトだ。機族は人の敵に回って、ヒトの味方をする可能性がある」 「否定はできないね」 「お前も敵に回るかもしれないわけだな」 「いいのかい?」 「なにがだ」 「それなのに、こうしていてさ」 「いまさらのことだな」 「僕を頼ることについても?」 「危機感は持っているさ。だが今更恥は感じないし、負い目も覚えないな。遠慮をする余地がないのなら、利用はさせてもらう」 「図太くなったねぇ」 「ああ……、そうだ、ミサトさんのことがあった」 「ミサト? 葛城ミサト?」 「エヴァに乗っていた」 「死んだんじゃなかったのかい?」 「クローンだ。本人がそう言っていた」 「なるほどねぇ……魂が同じなら、エヴァも動くか。でもコアはどうしたんだろう?」 「ネルフにいたあの人が、クローンでなかったことを祈りたいがな」 「本物はコアの中かい? ぞっとしないねぇ」 「どのみち、これも俺のわがままなわけだ。気になって仕方がない」 「研究所に現れると思うかい?」 「どうかな……だが、数が気になるんだ」 「数?」 「エヴァの数だ。予定では十二機の量産型が用意されるはずだった。そうだろう?」 「高弟の数かい? でもあくまで予定だよ。実際は八機でサードインパクトが実行された」 「それでも予定の三機が未完成となっていることになる」 「君が神国で倒した一体。機族のアスカが乗っていた機体で二体。そして機族の国の……え?」 「そういうことだ。なら、ミサトさんが乗っていたエヴァはどこからでてきたものだ?」 「四機目が作られていた?」 「ここで俺が倒しきれず、それがあの世界まで生き残った可能性はある。ここが過去に位置しているという仮定での話だがな」 「それにしても、あの内の一体であるのか、それとも四機目なのかは、気になるところだね……」 「ああ。でないと、安心してこの世界でやっていけないだろう? 機族……ガジェットにはエヴァを量産し、パイロットを生産する技術があるのかもしれない。それはゾッとしない話じゃないか」 「シンジさん!」 「気分は」 「悪くない。すっきりした」  無視してアイスを食べているアスカの頭にぽんと手を置く。 「やってくれたな」 「…………」 「まったく。怖がるくらいならしなきゃいいだろ」 「怒ってない?」 「怒ってる。だからこうだ」 「ひゃ!」 「ありがとな」 「うーーー!」 「照れるなよ。さて、……どうした?」 「ななな」 「なんでもないです!」 「ふん」 「照れてるね」 「放っておいてくれ。ええと、俺が二人の指導官に着いたことは知ってるな」 「はい」 「と言っても俺は魔術師じゃない。魔法については素人だ。  シンジはこの休息時間を使って、二人にレクチャーを開始する。 「さてと、ここからは俺がふたりの直接の指導官ということになるわけだが」  フェイトが小さく手を挙げる。 「具体的には?」 「知っている限りの魔術の伝達と、それから使用例の紹介だな。多分に実戦混じりになるけど」 「チームを組むと言うことですか?」 「ああ」  すごいとなのはがうれしがる。 「魔法使い隊の結成ですね!」 「はい?」 「あたしとフェイトちゃん、それに碇さん」 「俺のは魔法とはちょっと違うんだけどな」  まあ似たようなものかと苦笑する。 「とはいえ、ジャケットがどうにかならないと、話にならないんだが……」  シンジが正式に組織へ加入したと言うことで、本格的にジャケットの調査が行われているのである。  とはいえ、空母の中にそれだけの研究設備があること自体、異常ではあった。 「どういう船なんだ、こいつ」 「なんです?」 「いや、なんでもない。気楽に接して貰えることが少ないんでね、気後れしてるんだよ」 「そんなことはないですよぉ、碇さんのファンってけっこういるんだし」 「ほんとに?」  にははとなのはは笑う。 「セカンドインパクト以降のことについては、関係者の告白本から、トンデモ本までいっぱい出てますけど、その中で一番売れてるのは、やっぱり碇さんが主人公のロボットものですから」 「読んでみるのが怖いな、その本」 「まさかATフィールドを使えるようになって帰ってくるだなんて思ってなかったわけで」 「それはそうか。無事に戻れたなら、君たちが監視役になるかもな」 「どうなんでしょう? 碇さんが本気になったら、あたしたちじゃ止められないわけですし」  なのはは後ろに手を組んで、くるっと回ってシンジの顔をのぞき込んだ。 「逆に言ったら、いつでも好きにできるのに、脅したりしないし、頭下げたり……自重してくれてるってことじゃないですか?」  そうでしょ? そう言っている目に、シンジは苦笑するしかない。  なのはもにこっと笑う。 「だから、信じてもいいんだと思います」  くるっと前を向き、歩き出す。  シンジはアスカと顔を見合わせ、お互いに肩をすくめた。 「まいったな」 「シンジの負け」 「ああ」  攻撃ではあったが、彼女は無傷にすんだ。  砲撃は逸れ、空に上がっていった。  それはガジェットが叩き切られ、割れたことによる結果だった。 「な……」  フェイトは呆然と見た。 「サーバイン!?」  斜めに下降し、すれ違い様に切り裂いたのであろう異形の騎士が、体を反転、空中静止した。 「シンジさん!?」  背後でも爆発。  一瞬、フェイトの姿が影になる。  振り向き、すぐに悟る。 「なのは!」  なのはが白いジャケットを羽織り、太陽を背に浮かんでいた。  くるぶしから、小さい羽と大きな羽、左右合わせて四枚の光の翼を発生させていた。  手に持っているのはいつもの砲塔ではない。杖だった。  ──シンジ、あんた!  シンジはゆっくりと顔を上げ、目を開く。  ──拾得物は、落とし主へと返すのが常識だろう?  眼前に広がるのは青い空と、帯となって幾何学模様を描く雲……飛行機雲と呼ばれるものだ。  ──大丈夫、ちゃんと一割払うさ。ただし、体でね!  直線に、ループ。今も増え続け、そして風に流され消えていく。 「シンジ」  股ぐらに割り込み座っている子供は、もちろんアスカだ。 「いけるの? 羽、ないけど」  大丈夫さとシンジは不敵に笑みを浮かべる。 「もちろん機動力は落ちちゃうけどね。あいつら、アスカの乗るスモールほどの動きじゃないよ。十分やれるさ」  ふうん、そう……と、アスカもまたシンジの笑みが伝染したかのような笑いを浮かべた。  腕を突き上げ、彼女は叫ぶ。 「なら、やっちゃえ!」  もちろんシンジも、体を倒すように、前のめりに勢いをつける。 「姫の命じるままにっ、なんてね!」  突進してくるガジェットの機首部分にとんとつま先をつき、くるりと彼に宙返りを決める。  その際、頭上となった下方を通り過ぎるガジェットに、魔法を撃ち込むことを忘れない。  通り過ぎた後に、思い出したかのように爆発する。なのはは面白いように空戦に馴染んでいた。 「すっごい、これ、すっごいよ!」  開花した能力は連鎖的に新たな発想を浮かばせる。  足を前に振って急制動をかけ、振り返り様に錫杖を振るう。  先端部に生まれた光が三つ飛び去り、ガジェットを叩き、よろめかせた。 「今!」  ここぞとばかりに共同体空戦部隊の戦闘隊がミサイルを発射する。  なのははシンジの話を信用していた。ガジェットと言えどもジェット噴射で飛んでいる以上、失速した状態からの復帰には時間がかかるのだ。  シンジの話の中では『バインド』と呼ばれる魔法が使われたと言うことだったが、あいにくとなのははまだその魔法を『開発』していない。  ともあれ、失速したガジェットにミサイルが突き刺さる。  爆発、爆炎が重力に引かれて落下していく。その炎を振り払うように、半人型になったガジェットが見えた。 《Standby, ready.》 「そこぉ!」  ガジェットは一部品であっても逃してはならない。自身を再構成するからである。 《Divine Buster.》  直射放出型の魔力変換エネルギーが落下中のガジェットを直上より捉える。  閃光の中にガジェットは捉えられ。奔流に流されながら溶解、そして揮発して消える。  すごい、と、フェイトはこぼし、戦慄の目でなのはを見る。  なのはは「よし!」っと、ガッツポーズを取っていた。  ゆらゆら、ゆらゆらと揺れて見えるのは、フライングキャリアが揺れているのではなく、理力甲冑騎が独特の動きで滞空しているからである。  下方より火線が上がってくる。  光の帯が流線を描く。それを避けながら、行くぞとシンジは声を出した。  一気に降下する。間にガジェットが二機、左右より割り込んできた。 「邪魔なんだよ!」  一機を斬り捨て、もう一機は突き出した左手に捉える。  そして回転、放り捨てた。捨てた先にはフライングキャリアの対空砲による火線が流れていた。  直撃を受ける。二発、三発と、大型機関砲による弾痕を穿たれ、爆発する。  その爆発を背に、サーバインが特攻する。 「うぉおおおお!」  フライングキャリアの中央を抜き、下腹部より貫通して抜ける。  ばらばらと部品がサーバインと共に散らばった。  サーバインが降下しながら体を回転させ、腹を上向ける。  フライングキャリアは破壊された部分を修復しようと、装甲全般を波打たせていた。  土手っ腹の穴を塞ぐように、周辺部の装甲版が張り出し、重なり合っていく。  それどころか翼の一部が変形を始める。  合体していたガジェットを取り込み、 「圧倒的……まるで蝿ね」 「助かったと言うべきなんでしょうね」 「それはおかしいな。連中が攻撃してきたのはこれがあるからだろ? この世界に持ち込んだ上に落とした人間に、礼を言うのかい?」 「そうだけどね」 「できればこのまま返してくれるとありがたいんだけどな」 「問題が拡大してるわ。世界中の施設が襲われてる」 「理由はわかってるみたいだね?」 「サーバインよ。科特研の連中を締め上げて吐かせたわ。細胞を関連機関に送ってたみたい」 「培養したのか」 「あんたの乗るサーバインを相手にして、連中、恐ろしく危険な相手だと認識したんじゃない?」 「それでも廃棄しないのか」 「しないんじゃないの。できないのよ」 「どういうことさ?」 「馬鹿が! 培養じゃなく、丸ごとクローニングしようとしたのよ。あげく正体不明の化け物を生み出して、バイオハザードを起こしてくれたわ。まるごと巣になった施設は、焼却処分されたそうだけど、その生物が死滅したかどうかは不明だそうよ」 「……もし世界中に広がるようなことになったら」 「あんたの知ってる強獣ってのは、肉食なの?」 「全部だよ。肉食、草食、雑食、普通にいろんな種類が居る」 「なら、生態系の壊滅は免れないわね。人が襲われる可能性も高い。ガジェットが世界中に現れて、その生物と戦いを始めるのは間違いないわね」 「培養生物のことはそっちに任せるしかないな」 「どうする気よ」 「言ったろ? 俺たちは北へ行く」 「単独で?」 「ああ」 「落とされたらどうする気? 連中の狙いはそれなのに、わざわざ提供しに行くつもりなの?」 「サーバインは所詮乗り物だよ。壊されたらそれはそれで仕方ない。目的は一つ。これから量子コンピューターや、機族を生むはずのコンピューターだ」 「止められるの?」 「停止させるかどうかもわからない。とにかく、行ってみたいんだ。それからだな」 「セカンドインパクト、それにサードインパクトに伴う次元振動、それを修正するためのナノマシンの大気散布? このコンピューターはそれらの制御装置だって? 魔力とか魔法が使えるのはこのナノマシンの……」 「つまり、これが止まったら……」 「魔法は副作用だ。二次的な結果なんだよ。世界はナノマシンによって調整されてたんだ。大気温度も、重力も、人が住める環境を維持するように制御されてる。その上、君たちのように体に不都合を抱えてる人間の補助までやってるんだ。大気中のナノマシンと、体内のナノマシンが感応して、超常現象を発生させる。それが魔法の正体だよ」 「でも、魔法陣とか……」 「物理現象がねじ曲がると、そこに空間の歪曲絵図が出来上がる。逆にその図柄を再現することができれば、ねじ曲がった物理現象を引っ張り出せる」 「それが魔術……」 「あるいは完全に物理なんだ。物理法則に則った回路図を空間に描いて、ナノマシンに実行させる。どちらにしても、そんなものはナノマシンの副次的効能に過ぎないよ」 「わたしたちはサードインパクトの影響で人ではなくなったのではなくて、人の作ったもので、変わってしまっていた?」 「助けられていた、だよ。もしこれが失われたら、地球は人の住めない星になる……いや、その前に、ナノマシンによって先天的疾患から守られてる何億って人が倒れることになる」 「どうすれば……」 「どうにもならない……くそ! このコンピューターが間違った方向へ進まないように、人類側が気をつけるしかないのか」 「でも、このコンピューターの判断で、疾患の限度を超えてる個体は……」 「間引きの対象になる可能性がある。俺が見た世界じゃ、こいつらは健康体の確保に走っていたけど、その前には間引きを行っていたって話もあったし、それに、強獣の問題が」 「シンジさん!」 「なのは?」 「国連が、n2を発射したそうです」 「なんだって!?」 「ここにはまだ、みんないるのに! 戦っているのに!」 「都合の悪いものは、全部消すつもりか」 「どこへ!」 「ここをやらせるわけにはいかない」 「ここはどうするんですか」 「君が残るって言うのか、レイIV だけど。コンピューター……そうか、まさか、彼女は……君」 「どういうことなんですか?」 「いや……。だけど。でも。同じところから始まって、違うところへたどり着いてみせる? 君はあの時、彼女からデータを……記憶を受け取っていたのか。わかった、任せるよ」 「シンジさん?」 「君たちともここまでだ」 「一人でやるなんて、無理です!」 「やれるさ」 「けど!」 「こんなことばっかりやってる。大丈夫、アスカだって守らなきゃいけないんだ。死なないよ」