Another Today

「コロッケ良い匂いするね?」
「そうだね?」
 二人手を繋いで帰る。
 父30で娘が10歳。
 だんだんアスカに似て来るよな…
 赤い髪、青い瞳。
 碇シンジ、彼から引き継いでいる部分は何もない。
「お父さん!」
「クルミ!、ちょっと待ってよ…」
 シンジの手を引いて走りだす。
 幸せだった、この時までは。


「アスカ、ご飯だよ?」
 遠慮気味にノックする。
「うるさい!」
 バン!
 その扉に辞書が投げ付けられた。
「お父さん…」
「…うん、先に食べようか?」
 いつ頃からか、クルミにはシンジの手を握ると言う癖がついていた。
「コロッケ…、冷めて来ちゃうのに…」
「お母さんは忙しいんだよ」
 疲れた笑みを浮かべる。
 お父さん…
 幼いながらに、シンジの立場を分かっている。
 ドスドスドス!
 アスカが階段を降りて来た。
 不機嫌さは足音から判断できる。
「あ、も、もう終わったの?」
 だがシンジの言葉に返事はしない。
 アスカは真っ直ぐ冷蔵庫に向かい、ミネラルウォーターを取り出した。
 ガフ、ゴフッと飲み下す。
「お母さん!」
 怒り、立ち上がるクルミ。
 だがアスカはクマの浮かんだ顔で睨み返した。
「なによ?」
 勢いを失ってしまう。
「用が無いなら黙ってなさいよ」
 次にはシンジを睨み付けた。
「あんたもよ!、お腹が空いたら自分で食べるわよ、邪魔しないで!」
 シンジは作り笑いを浮かべる。
「ごめん…」
「まったく稼ぎもできないくせに、居候の身分で大きい顔すんじゃないわよ!」
 バン!
 冷蔵庫を勢いよく閉める。
「お母さん!」
「あんたも!」
 きつく言い放つ。
「お父さんなんて呼んでんじゃないわよ!」
 クルミは泣きそうな顔をした。
「ふん!」
 また階段を上がっていく。
「クルミ…」
「酷い、酷いよ、お母さん…」
 シンジは優しく、その背を撫でた。


「お父さんは…、どうしてお母さんに謝るの?」
 シンジの布団に潜り込んでいる。
「お母さんは大変なんだよ、たくさんね?」
 どうにも、寝付けないでいるらしい。
「研究とか?」
「偉い人なんだよ?、ほんとうに…」
 お父さんが居るから、勉強できるんじゃないの?
 クルミにはわからない。
「お父さん…」
「ん?」
「お父さん、本当のお父さんじゃないのに、どうして優しくしてくれるの?」
 クルミはケンスケとの子供だった。
「アスカ…、寂しかったんだよ、きっとね?」
 ケンスケと寝たのは、大学の時。
 コンパでの酔った勢い、そのケンスケは責任を取りたいと申し出ていたが、クルミが生まれる前に演習の事故で死んでしまった。
 空軍の演習中、落ちて来た戦闘機に巻き込まれたのだ。
「大変だったんだよ…、クルミを生むんだ、育てるんだって言ってね?、でも色んな所からアスカには期待がかかってて…」
「お父さん…」
 腕枕を求める。
「クルミが産まれた時、嬉しそうだった…、なにか良いことがあると飛んで帰って来て、クルミの頬をつついてたんだよ?」
 微笑みかけ、クルミの頭を抱き寄せる。
「クルミは小さかったから、覚えてないだろうけどね?」
 うん…、と頷くクルミ。
 だって、あたし、お父さんの想い出だけなんだもん…
 授業参観、町内会の運動会、山や海、映画、遊園地へのお出かけ…
 お母さん、お仕事ばっかり…
「クルミ?」
 ぐすっと、鼻をすすっているのが分かった。
「どうしたの?」
「本当に、産みたかったのかな?」
「そんなこと…、言うもんじゃないよ」
 少し怒る。
「だって…、お母さん、怒ってばかり」
 かまってくれない、相手もしてくれない。
「いい点を取っても、お父さんだけだもん、誉めてくれるの…」
 そんな点数、取れて当たり前じゃないの!
「一々、言いに来るなって、怒るんだもん」
 怪我をしてもそう。
「泣いてても、お母さんうるさいって…」
 どうしたの?
 いつも心配してくれるのはシンジだけ。
「ねえ?、どうしてお父さんは、お母さんに怒られてもがまんしてるの?」
 シンジは曖昧に笑って、ごまかした。


 アスカが身ごもったとわかったあの日。
「嫌よ!、あたしは産んで育てるの!」
「だから責任取らせてくれよ!」
 シンジの前で繰り広げられるケンカ。
「アスカ…、話を聞いてあげてよ?」
「うっさい!、あんたには関係無いでしょ!?」
 確かに関係無い。
 なによなによなによ!
 アスカは怒っていた。
 シンジとは噂されていた。
 他の誰よりも仲は良かった。
 だが、シンジは踏み込まなかった。
 その結果がここにある。
「責任って何よ?、はん!、あんたと結婚しろって事!?、そんなの嫌よ、絶対に嫌!」
「惣流!?」
「一回しただけで調子に乗んじゃないわよ!、大体あんたがへたくそだから、こんなことになったんでしょうが!」
 シンジとは中学以来、何度もしている。
 だが失敗したことは一度もない。
 ケンスケを捨て去る。
「アスカ!」
 シンジはそんなアスカを追いかけた。
「アスカ!、あんな言い方は無いだろう!?」
「うっさい!、あんたもよ!、なんであたしがあんたの言うことなんか聞かなきゃいけないのよ!?」
 反論できない。
「あの…、ごめん」
「あたしは誰の手も借りないわよ!、勝手に産んで勝手に育ててやるわ、バカ!」
 シンジもケンスケと同じように取り残される。
 その後ケンスケが死んだのは、わずか2ヶ月後のことであった。


 すぅ…
 机に突っ伏し、眠っているアスカがいる。
 部屋中、プリントアウトした紙で埋まっていた、ほとんどがくしゃくしゃと丸められている。
 ゴミだらけの部屋、所々に割れたコップも散乱していた。
 アスカは夢を見ていた。
 なぁに、あいつ、冷たいんじゃない?
 知らないわよ…
 アスカの心が堅くなる。
 子供まで作っといてさ?、バカとかなんとか…
 お葬式でも、泣きもしないの!
 なんで泣かなくちゃいけないのよ…
 ケンスケを誘ったの、惣流って話だろ?
 それで捨てられてさ?、可哀想だよな?、相田…
 完全に事実無根だ。
 酔った勢い、冗談で誘ったケンスケに、酔いつぶれる寸前のアスカは流された。
 ただそれだけだった。
 それなのに、なんで!?
 アスカが一人悪者だった。
 知らないわよ!、あたしが悪いんじゃない!
 でも誰も聞いてくれない。
 あ〜、惣流君、君の研究室入りの話なんだけどね?
 関係無いじゃない!、なんで…
 点数を買ったそうじゃないか?、いいだろう…
 汚らしい手で触らないで!
 アスカは泣き叫んだ。
「嫌い、嫌い、だいっ嫌い!」
「アスカ!」
 アスカははっと目を覚ました。
「…シンジ?」
「うなされてたよ?」
 自分の部屋だ。
「うん…、ごめん」
「いいけど、無理しないでね?」
「うっさいわよ…」
 アスカは再びキーボードを叩き始めた。
 シンジは黙って部屋を出て行く。
「お父さん…」
 外ではクルミが待っていた。
「大丈夫だよ?、きっと研究が終わったら…」
 クルミは期待しないでその言葉を聞く。
 それは今までと同じ慰めだから。
 でも、いいもん。
 クルミは思う。
 パパが居てくれたら。
 その願いも、崩れ去る。


 シンジは通帳の残高を確認した。
 随分、減ってるな…
 父親の残していった遺産だ。
 アスカ、研究にいるからって、結構使っちゃってるもんな…
 実際の生活費もここから出ている。
 でもなぁ…
 働きに出ると、クルミは一人きりになってしまう。
 せめてアスカが…
 毎日帰って来てくれればと思う。
 無理だよな、そんなの…
 研究で忙しいのだから。
「ただいまぁ!」
 クルミが帰って来た。
「お帰り!」
 シンジはいつもの笑顔で出迎えた。


「なによ、なによ、なによ!」
 怒るアスカは酔っている。
「あのスケベ教授!、体を売れですって?、冗談じゃないわよ!」
 またか…
 シンジはコップに氷を入れて、ミネラルウォーターを注ぎ込んだ。
「はい…」
 ソファーでひっくり返っているアスカにさし出すと、パシッとひったくるように奪われた。
「レポート…、まただめだったの?」
 あまりの不機嫌さと、生臭い香り。
「はん!、おかげさまでね?、なんとかなりましたわよ!」
 首筋に見える赤い傷痕。
「なによ?」
「あ…」
「嫌らしいとでも思ってるんでしょ!」
 ゴン!
 コップを投げ付けられた。
「はん!、これであんたなんていらなくなるわよ!、あたし一人でやっていけるわ!」
 シンジの額から血が流れる。
「そう…」
 悲しそうな声が漏れた。
「もう、いらないんだ」
 お父さん…
 それに気がついたのは、覗き見ていたクルミだけだった。


 一週間後。
「やったわよ!、クルミ☆」
 アスカははつらつとして帰って来た。
「あたしのレポートが通ったの!、ドイツとアメリカから誘いも来たわ?、これであんたにも苦労かけなくてすむのよ!」
 お母さん…
 抱きすくめられ、正直戸惑う。
 素直に喜べない。
 母の腕に手をかけ、ゆっくりと体を離す。
「クルミ?」
 そんなクルミに、アスカは戸惑った。
「なによあんた、喜んでくれないの?」
 家の中が、シーンとしている。
「そう言えば、あのバカは?」
 無言のクルミ。
「クルミ?」
 クルミは顔を上げた、泣いている。
「クルミ、どうしたのよ!?」
「…お父さん、出ていっちゃった」
 衝撃が心を貫いた。
「嘘…」
 絶対に起こらないと思っていた出来事だった。
 いなくなった?
 あいつが!?
「お母さんが、いらないって言ったから」
 クルミの眼差しはとても冷たい。
「お母さんがいけないのよ!」
「クルミ!?」
 突き飛ばす。
「お父さん、いつも優しかった!、お母さんに怒られても笑ってた、あたしに大丈夫だよって言ってくれてた!」
 愕然とするアスカ。
「クルミ…、それはね?、あいつバカだから…」
「バカ!?、バカだからご飯作ってくれてたの!?、お買い物してくれてたの!?、この家の何処にお母さんのものがあるの!?」
 アスカは言葉に詰まった。
「これ!」
 クルミは机にカードを叩き付けた。
「勝手に使えって、お父さんが置いてったのよ!?」
 シンジのカードだった。
「通帳も置いていくって、自分のものは何も無いからって、何も持たないで出て行っちゃったのよ!?」
「ど、どうして…」
 アスカは動揺に視線を漂わせた。
「どうして、止めなかったのよ…」
 その質問は、余計にクルミを怒らせる。
「止める!?、止められるわけないじゃない!、わからなかった、どうしてお父さん、酷いこと言われても我慢してるのかわからなかった!」
 すがりつこうとするアスカの手を払いのける。
「お父さん、お母さんのことが好きだったのに!、お母さんにバカにされても我慢してたのに!」
 最初に言った、最後の言葉を言い放つ。
「お母さんが、いらないって言ったんじゃない!」
 それを最後に、クルミは自室へと逃げ去っていく。
「あ、あたし…」
 アスカに追いかける事はできなかった。


 それから4年の時が経つ。
「クルミぃ!」
 クルミも14歳になっていた。
「マユキ、みんなは?」
「つまんないって、あっちの喫茶店」
 修学旅行で、京都に来ている。
「つまらない…、かな?」
「クルミって、こういうの好きよねぇ?」
 ただの大きな公園だった、春には桜が満開になるそうだが、いかんせん今は秋である。
「だって、イチョウとか、見てるだけでも楽しいもん」
「それがおかしいのよ、ほら!」
 クルミを引っ張ろうとする。
「わかったってば…」
 えっと…
 クルミは誰かを探していた。


「探したで」
 ベンチでハトに餌をまく男。
 どこから見てもホームレスだった、その隣に腰掛けたのは、松葉杖にスーツ姿の男性だ。
「トウジ…」
 男は髭面を上げた。
 シンジだった。
「かわっとらんのう…」
 目が同じだった、今も脅えている。
「…何しに来たのさ?」
「決まっとるやろ?、お前を迎えに来たんや」
 シンジは小さく首を振って拒否した。
「シンジ…」
「帰るとこなんて、ない」
「そう思とんのは、お前だけやで」
 たばこを取り出し、火を付ける。
「吸うか?」
 箱ごと差し出す。
「いいよ…」
「さよか」
 ふうっと、トウジは煙を吹いた。
「…なあ?、惣流も反省しとる、クルミかて待っとる、なんで帰ったらへんのや?」
 シンジは力無くうなだれた。
「あそこに…、僕の居場所は無いんだよ」
「そんなことあらへん、作ればええやろ!、それだけのことや!」
「僕に何ができるのさ!?」
 シンジは立ち上がって怒鳴り返した。
 ハトが驚き、羽ばたき逃げる。
「なあ…、ほんまは気づいとったんとちゃうんか?」
 トウジは調子を変えずに尋ねてみた。
「惣流な?、お前から言うてもらおう思てやなぁ…」
「わかってる、本当はわかってたんだ!」
 シンジは吐き出すように漏らした。
「それなのにケンスケとあんなことになって!、それでも態度を変えないからってアスカは苛立ってて…、最低なのは僕だ!、アスカが落ちつかなかったのは僕がはっきりしなかったからだ!、アスカを支えてる振りをして、ずっとアスカにつぐなってたんだ!」
「シンジ…」
 トウジは慰めの声をかけた。
「違うよ、つぐなってるつもりだった、本当はそう思ってる方が楽だっただけで…」
 ベンチに腰を落とす。
「アスカを、余計に苦しめてただけなのに…」
 シンジ…
 トウジは懸命に言葉を探した。
「それでも、今は感謝しとるやないか?」
 生彩のない顔を上げる。
「アスカが僕に怒るのは当然なんだ!、全部僕のせいなのに、アスカだけが苦労してて、バカにされて!」
「そんならあいつに悪いとこは無かったいうんか!?」
「ないよ!、どこにも!」
 怒鳴り合う。
「あいつから好きやて言うこともできたやろ!?、それを言わんかったんは…」
「言ってくれてても、僕は拒絶したに決まってる!」
「なんでや!」
 トウジはシンジの胸倉をつかんだ。
「なんでそう、逃げようとすんねん!」
 顔を背けながらも、シンジはその手に手をかけた。
「…僕は、子供を作れない」
「はぁ?」
 トウジは手を離した。
「使徒との戦いで…、そうなったんだって、マヤさんが教えてくれた」
「それだけか?」
「…アスカは」
 シンジはためらいながらも告白する。
「いつも言ってた、した後に…」
 ねえシンジ?、赤ちゃんができちゃったら、なんて名付けようか?
「僕じゃ、アスカを裏切るだけだ!」
「それこそ!、お前やからそう言うたんと違うんか!?」
「じゃあなんで!」
 さらに言い返す。
「なんで、クルミって…、二人で考えたのとは違う名前を付けたのさ?」
 ザッ…
 細い足首が、うなだれるシンジの視界に入って来た。
「…お父さん」
「クルミ…」
 動揺しているクルミが居る。
「どうして、ここに…」
「あの…、修学旅行で、それで、おじさんにここへ来いって呼ばれてて、その」
 シンジはトウジに顔を向けた。
「まあ…、そういうことや」
 聞かれちゃったか…
 それでもまあいいやと、シンジは勝手に諦めた。


 クルミは旅行の団体から外れ、シンジの後に着いて来ていた。
 本来許されざるべきでは無い事が許されたのは、圧力がかかったためである。
「ここが…」
「僕の家だよ」
 橋の下の段ボール箱の切れ端。
 夜だからか暗くて良く見えないが、それは湿気っているように見えた。
「…いいの?、学校は」
「よくわからない…、けど、お父さんとお母さんの、昔のお友達に連絡したからって、おじさんが」
 ネルフか。
 エヴァが凍結された現在でも、ネルフはその権力を維持している。
「見ての通りだよ、クルミは帰った方が良い…」
 クルミはふるふると首を振った。
「クルミ…」
「だって、お父さんまたどこかに行っちゃう!」
 抱きつこうとする、が、シンジはそれを拒否した。
「どうして…」
 傷つくクルミ。
「…臭いでしょ?、僕の体」
 アンモニアの酷い臭い。
「もう随分と洗ってないからね…」
 クルミは制服の胸元をつかんだ。
「酷い…」
「そうでしょ?」
「違う、そうじゃないの!」
 訴える。
「どうして!?、お母さんとあたしに大金を残して、どうしてこんな生活をしてなくちゃいけないの!?」
 少なくなったとは言え、シンジが残していった額は相当な物であった。
「お父さんだけが辛い思いすること…」
 親子が暮らしていくには、多過ぎる額だった。
「…でもアスカはもっと辛い思いをしてたんだ」
 全ては自分のせいだと説明する。
「聞いてたでしょ?、公園で…」
「だけど!」
「研究員になる事も、クルミを育てる事も…、幸せな家族も、全部アスカの夢なんだよ」
 そこにシンジのピースは無い。
「お父さんは?」
「…僕には関係のない夢だ」
 お父さん…
 急に冷たくなった声に、寂しさが込み上げた。
「じゃあ、お父さんは、どうするの?」
 静かに首を振って、シンジは笑顔を作った。
「ここが僕の、終わりなんだ」
 クルミは今度こそ、泣き出した。


「さっぱりしたもんやないか?」
 トウジの泊まっている部屋で、シンジはシャワーを借りて髭も剃った。
「泣く子にはかなわんかったか?」
「うん…」
 照れながら頭を掻く。
「それで、戻る決心はついたんか?」
 シンジはやはり首を振った。
「そうか…」
「クルミには泣いてもらいたくないからね?、アスカには会いに戻るよ…」
 トウジのスーツを借りて着る。
「大きいね?」
「スーツぐらい揃えたらどないや?」
 シンジは薄く笑った。
「今更…、働くつもりもないよ」
「守りたい奴もおらんのか?」
 その返事には、つまってしまう。
「その辺が本音やろ?、隠さんでもええんとちゃうか?」
 シンジは返事をせずに黙っていた。


「お父さん、はい!」
「ありがとう…」
 シンジは剥いた冷凍ミカンを受け取った。
『新』第三新東京市に戻るトレインの中だ。
「どうしたの?」
「ん?」
 シンジの問いかけに、クルミは覗き込むように笑みを向けた。
「機嫌…、良いみたいだからさ?」
 ぶうっとクルミは頬を膨れさせる。
 お父さんと一緒だからじゃない!
 だがシンジにそれはわからない。
「いいから!、こうしてて!!」
 肘掛けを邪魔だと思いながら、シンジの腕に組み付いた。


 会いたい?
 テーブルに頬杖をついている。
 でも恐いのよ…
 はあっと深くため息をつく。
 今更どんな顔して…
 さらっと髪が前へ流れる、アスカだ。
「第一、なんであたしが頭下げなくちゃいけないのよ?」
 アスカを受け入れなかったのはシンジだ。
 あたしを捨てたのもあいつよ…
 でもっと、立ち止まる。
 不安なのよ…
 苛ついてしまう。
 なんであいつのことなんて考えちゃうのよ?
 不満が募る。
 洋上でシンジに出会ってから…
 シンジが出て行くまでの間。
 あたし、無茶苦茶だったのに…
 その人生が。
 でも…
 いないと、物足りない。
「けど」
 あたしは…
 アスカは答えが出せないでいる。
「あたしは」
「ただいまぁ!」
 がちゃっと玄関で音がした。
 はっとして腰を浮かせる。
 それが答えである事に、アスカはまだ気付けなかった。


 地下都市「新第三新東京市」
 本当に地下にあるわけではない、天井部分がすっぽりと無くなってしまったジオフロントにあるため、そう呼ばれているのだ。
 ビル群と住宅地、それに緑豊かな世界に、異彩を放つ黒いピラミッドがそびえていた。
「以上です」
 その最上階で、報告を終えた女性はファイルを閉じた。
「碇シンジは惣流宅に、多少のいさかいはあったものの、彼女は碇シンジを受け入れたようです」
「そう…」
 窓から外を眺めていた少女は、言葉少なに返事をした。
「これで良かったんか?」
 司令席に女性はキツイ目を向ける。
「ええ…」
 青い髪の少女は振り向かずに答えた。
「連れ戻さへん方が、都合良かったんやろ?」
 すっと、赤い瞳が細められた。
「あのシンジやったら、誘たらここへ来たはずや」
 振り向く少女、今は無いはずの中学校の制服。
 そのスカートの裾を広げる少女、綾波レイだ。
 14歳のままで、ここにいる。
「鈴原さん!、あなたが綾波総司令の御学友だったことは承知しておりますが!」
 レイは片手を上げで、それを制する。
「なんや?」
「わたしは」
 光がレイを際立たせる。
「碇君を守るもの…」
 陽の光に溶け込みながら、レイははっきりと宣言した。

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