「勝負よ勝負!、負けた方は、勝った方の言うことを何でも聞くのよ!」
「え〜〜〜?」
「なによぉ、文句あるわけ?」
「ない、です」
「それじゃあ、いくわよ!」
 何でこんな事にムキになるんだろ?
 ほっぺた膨らませて、悔しいのかな?
 今度ははしゃいじゃって…、子供みたい。
「あ〜、なんで勝てないのよぉ!」
「え?、あ…」
「あ…、ってなによ?、あー!、あんたまたボケボケッとしてたわね!?」
「あ、うん…」
「くやしー!、なんでこんな奴に勝てないのよ!」
 僕に何をさせたかったのかな?
 わかんないや。
「ま、いいわ…」
 諦めたのかな?
「それじゃ、ほら!」
「へ?」
「へ?、じゃないわよ!、なにして欲しいのよ!」
「べ、別に…」
「別にぃ?、あんたバカにしてんの!?」
「え?」
「ほらさっさとしなさいよ!、キスでもなんでもしてあげるから…」
「そ、そんなの言うわけないだろ!」
「冗談よ、冗談…、なに赤くなってんのよ?」
 思いっきり白けた顔。
 …はぁ、そりゃアスカは可愛いよ。
 だからみんな「お友達になりたい」「僕が羨ましい」って言うんだろうけど…
 それって、何とも思ってないから友達にされてるんじゃないの?
 うっとうしいっていつも言ってるもの…
 アスカは可愛いよ、冗談でもキスとか言われたら勘違いしちゃうよ。
 …でもそれって、僕がしたいって考えてるからなんだよね。
 だから勘違いしちゃうんだよね?
 …やだなぁ。
 何とも思われてないのに、からかわれてさ?、ドキドキして…
 でもやっぱり冗談だったんだって落ち込んで…
「ほらほら、早く決めなさいよ!」
「うん…」
 いっか…
 きっとアスカ、呆れて引っぱたいて、家に帰っちゃうだろうけど…
 もう遊んでくれないだろうけど、嫌われた方が楽だもん。
 変に期待しない方が、諦められるよね?
「じゃあね?」
「なによ?」
「…これから言う事に、答えてくれる?」
「下着の色とか言うんじゃないでしょうねぇ?」
 クスッと笑う。
 ナニよこいつ?
 いつもと違う感じに驚く。
「えっと、ね?、僕は、アスカが、好き…」
「へ?」
 無音の空間が生まれる。
「アスカは、僕が、嫌い?」
 なによこいつ?
 今なんて言ったの?
 表情が強ばる。
 好き?って、へ?
 何バカな事言ってんのよ?、からかって…、るわけじゃないみたいね?
「ず、ずるい、わよ…」
 そんな聞き方。
「嫌い?、なんて…、聞かれちゃったら」
「ごめん」
 あっ、あっ!
 泣かないでよ!
「やっぱり、そうだよ、ね…」
 ちょっとどこ行くのよ!
「やっぱりってなによ!」
「だって…、うっとうしいって」
「あんたのことじゃないでしょう!?」
「でも…、嫌いって聞かれたら…、そうだよね?、嫌いだなんて、言えないよね?」
 ああもう!、このバカ!!
 気が焦る。
「別に…、嫌いじゃないわよ」
「ごめん…」
「だからなんで謝るのよ!」
「迷惑…、だと思って」
「そんなわけ…、ないじゃない」
「でも」
 苛付くのよ、ざわざわするのよ!
 別にいいじゃない、嫌いじゃないんだから!
 なんでよ!、なんで離れようとすんのよ!
「ごめ、ん!」
「シンジ!」
 あいつ、泣いた!?
 どたどたと階段を駆けおりていく。
 アスカは呆然と見送ってしまった。


 なんで急に、そんなこと言い出すのよ?
「それでね?、アスカ、進路なんだけど…」
「え?、あ、うん…」
 夕食中、母親のキョウコが「大丈夫?」と顔を覗き込む。
「ちょっとね…」
「そう?、でも三年も通わなきゃいけないのよ?、ちゃんと考えなくちゃ」
「わかってる!」
 パクパクと食を進める。
「あらあら、でもシンちゃんも大変ねぇ?」
「なんで?」
「知らないの?」
「なにを?」
 怪訝そうにキョウコは箸を止めて口を開いた。
「シンちゃん…、第一高校やめるんですって」
「へ?」
「進路相談でね?、男子校薦められて」
「はあっ!?」
「おかしいでしょう?、そりゃ平均よりは上の高校だけど、わざわざ第二東京の全寮制よ?」
「…あたし、知らない」
「アスカ…」
「あたし、そんなの聞いてない!」
「アスカ!」
 アスカはキョウコの声を振り切り、隣の碇家へ乗り込んだ。


「おおっ!?、なんや今日はえらい腫れとんなぁ…」
「痛いよトウジ…」
 学校。
「アスカ…」
「いいのよヒカリ」
 アスカは憮然とシンジを睨み付けている。
 なによあの態度は!
 あんたどういうつもりよ!
 なにが?
 一緒の高校に行くって言ってたじゃない!
 いいだろう!?、アスカには関係無いじゃないか!
 あたしのこと好きって言ったくせに!
 僕なんてどうでもいいんだろう?、ほっといてよ!
 バカぁ!
「昨日の朝は…、第一高校って言ってたじゃない」
 3−Bの惣流アスカさん、職員室に…
「アスカ、なにかやったの?」
 校内放送を聞いて気色ばむ。
「どうせ進路のことでしょ?」
「アスカ…、大学出てるもんね?」
「何が悲しくて進学校なんて行かなきゃなんないわけぇ?、得するのって先生だけじゃない!」
 忘れたいのよ!、もう嫌なのよ…
 強要されるのなんて…
「ちょっと行って来るわ?」
「うん、頑張ってね?」
 ヒカリの小さな挨拶に、アスカも胸の前で手を振った。


「それで、進路なんだけどなぁ?」
 アスカは眉をピクリと動かす。
「先生…」
「変えてくれるか?」
「嫌です」
 はぁっと溜め息。
「惣流、これはお前のためなんだぞ?」
「行きたくも無い所に行って、無駄に生きるつもりはありません」
「しかしなぁ、せめて高校は出なきゃならんだろう?、なら」
「定義がおかしくありませんか?」
「…どういう意味だ?」
「いい学校に行って、次に良い大学に行くんですか?」
「それが普通だろう…」
「あたし、世界でもトップに近い大学、出てますから」
「いや、だからこそだな…」
「点数だけ競うような勉学に意味はありません」
「青春を謳歌したいか?、しかしなぁ、その気の緩みが、将来…」
「将来を考えるのであれば、今すぐドイツに戻って研究室に入ります」
 またも深い溜め息が吐き出される。
「なぁ?、日本で暮らすんなら、日本での体面も考えてくれないか?」
「そのためにわたしは第一高校を選びました」
「頼むよ…、これ以上反抗されると、俺としてもそういう生徒だと内申書に書かなくちゃいけないんだ」
「…脅されるわけですか?」
「そうじゃない!、が、日本史や古典まで万能じゃないだろう?、理数系は強くても」
 バカみたい…
 アスカは相手を見下していた。
 自分の点数稼ぎたいだけでしょ?
 アスカはちらっとシンジのことを思い出した。
 いっか…
 どうせあいつとは一緒の高校に行けないんだし。
 ふと諦めに似た思いが沸く。
「…わかりました」
「あ?」
「行けばいいんですね?」
「そうか、わかってくれたか!」
 はははっ!っと、嬉々として新しい用紙を出す。
「これに進路を書き直してくれ、お前ならきっと有意義な学校生活になる」
「はぁ…」
「友達と遊んでる暇もなくなるかもしれんがな?、ま、碇とも離れ離れだ、もうあいつに合せる必要も無いさ」
「……」
 なに?、それ…
 言い方が少し引っ掛かる。
「よくあるんだよな?、高校に入った途端、付き合い出して点数ががたがたになるって」
「…それでシンジを?」
「薦めたんだがな?、あ…」
 急に青い顔になる。
「そう、そう言う事ですか…」
「あ、惣流…」
 パン!
 景気の良い音が鳴った。
「あたし、今日で学校辞めます」
「なに言ってるんだ!」
 頬を押さえながら立ち上がる。
「高校も選ばせてもらえないんでしょ?、行かせても貰えないみたいだし、ならここへ来ている意味なんてありませんから」
「惣流!」
「離して!」
 手首をつかまれて抗う。
「お前のためなんだぞ!」
「あんたの点数のためでしょ!」
 ガタン!
 先程よりも、更に大きな音がした。


「シンジ…、いるんでしょ?」
 ガラッとドアが開く。
「アスカちゃんよ?」
 開けたのは母のユイだ。
「…会いたくない」
「だめよ、ほら、起きなさい…」
 まだ早い時間だというのに、シンジは布団に潜り込んでいた。
「シンジ…」
 ユイと入れ代わりにアスカが入る。
「…アスカ!?」
 布団からもぞもぞと顔を出したシンジは。アスカの口元にある痣に驚いた。
「どうしたのさ、それ!」
「…なんでもないわよ」
「そんなわけないだろう!?、切れてるじゃないか!」
 青紫色に変色している。
「ちょっと、ね?」
「ちょっとって…」
「退学になるかもってだけ…」
「た、え?」
 ベッドに腰かけたシンジに、アスカは倒れ込むように覆い被さった。
「アスカ…」
「ほんとにバカね?」
「え?」
「…シンジなんて、嫌い」
 シンジは驚きと悲しみに言葉が出ない。
「あんた、あたしに嫌われようとしたでしょ?」
「…うん」
「だから、嫌いよ…」
「アスカ?」
 震えてるの?
 肩に手を置くと、小刻みに動いている。
「高校なんて…、みんな、一緒でなきゃ、意味、ないじゃないの」
「でも…」
「ヒカリも…、鈴原も、相田も行くのに、なんで」
 泣き顔を上げる。
「あんただけいないのよ…」
 アスカはくぐもった嗚咽を漏らし…
 シンジはただそれを受け止める事しかできなかった。


 この後、シンジは進学した学校で『ドイツからの非常勤教師、惣流・アスカ・ラングレー』に驚かされる事になる。



[TOP]