あの戦いの後もしばらくは同居が続いた。
「ばかシンジのくせにぃ!」
 精神的には復活を果たしても、その心理状態は狂犬に近かった。
 誰も信じられないのだから当たり前だろう。
 ドサ…
 まただ…
 シンジは目を開いた。
 真夜中、でもベッドが自分以外の重みで沈んでいる。
 真横に石鹸の香り、湿った髪がわずかに顔にかかる。
「ん…」
 朝になればいつものように頬を叩かれる、冷たく見下して。
 あんたが出てけばいいのよ!
 それがわかっていても追い出すことはできないから、シンジはシーツをアスカにかけて、再び眠った。


 そしてシンジがドイツへ旅立つ日、アスカは泣いた。
 あたしを捨てないで!
 憎むほど渇望していた、シンジを。
 誰もが信じられない、だがシンジの嘘はすぐに分かる。
 その分だけ、温もりを求められた、騙されないですむから。
 アスカは引き離そうとする大人を憎んだ。
 それに気がついたから、ミサトの「二年程度の辛抱だから…」と言う言葉に我慢した。


「ちょっとミサト!、ご飯いるの?、いらないの!?」
 まったくもう!
 いつもならパンを焼いていれば出て来るミサトだが、ごくごくたまにこんな日がある。
「どうせまた飲み過ぎたんでしょうけど」
 アスカは部屋に乗り込んだ。
「ちょっとミサト!、って、きゃーーーー!」
「ほへ?」
 もそもそと布団から這い出すミサト。
「信じらんない!、男連れ込むなんて」
「男?、…あ」
 隣を見る、黒髪の男の子が少年が転がっていた。
「うう〜ん…」
 うなされて寝返りをうったその顔は…
「シン、ジ?」
 アスカはその場に凍り付いた。


 アスカは泣いた、わんわんと泣いた。
 シンジが困るほど、その胸にしがみついて大泣きした。
 そしてその後は別の件で泣いた。
「なんでミサトの部屋で寝てたのよ!」
「えっと、なんでだろ?」
「シンちゃ〜ん?」
「なんですかミサトさん…、あ!」
「なによ!」
「そうだ、ミサトさんを運んで来たらゲロかけられて焦って空き缶踏んで…」
「へ?、きゃあああああああああ!」
 シンジのシャツに名残を見つける。
「信じらんない、くっさーい!」
 自分の制服にも臭いが伝染している。
「てへ?」
「てへじゃなーい!」
 こうして感動の再会は終了した。


 翌日。
「うわぁ!」
「きゃーーーー!、エッチ痴漢変態!、なんでここにいるのよ!」
「ここって…、ここ僕の部屋じゃないか!」
「え!?」
「アスカぁ…、まだその癖治ってないの?」
「い、いいじゃない、ほっといてよ!」
 びーっだ。
「なんだよもぉ…」
「おふぁよぉ」
「おはようございます、ミサトさん…」
「なぁにぃん?、なにかあったの?」
「はぁ…、アスカ、まだ寝ぼけ癖治ってなかったんですね?」
「へ?」
「また潜り込んでたんですよ」
「おっかしいわねぇ、そんなことないはずなんだけど」
「え?」
「シンちゃんが行っちゃった晩にねぇ、泣いてたのよ」
「泣いてた?」
「布団に潜り込もうとしたらしいんだけど、冷たい、誰もいないって、喚いて」
「アスカ…」
 にへらっと笑うミサト。
「うれしい?」
「え!?」
「きっとアスカも嬉しかったのよ」
「…なら、いいんですけど」


 さらにその晩。
「…はぁ」
 ドサッと言う音に目を開くとアスカの顔があった。
 アスカ…
 思考の中で紆余曲折したあげくに唇を近付ける。
 柔らかな感触と些少の罪悪感。
「ん!?」
 アスカの手が胸元をつかんで来た。
「ア、アスカ起きてたの!?」
「うん…」
「ご、ごめん…」
「シンジのスケベ…」
「いつから…」
「最初っから」
「へ?」
「初めっからよ!」
「ひ、酷いや!、騙すなんて…」
「酷いのはどっちよ!、勝手にするなんて」
「だって…」
「だってなによ?」
「アスカが悪いんじゃないか!」
「あ、あたしが悪いですってぇ!?」
「そうだよ!」
「どこがよ!」
「あ、アスカが…」
「あたしが!?」
「可愛いから…」
 ぽそっと呟くような告白に固まるアスカ。
「あ、え?」
「ねぇ…」
「な、なによ!?」
「もう一回…、してもいい?」
「…バカ」
 アスカとシンジは、お互いにお互いの頬へ手を添えた。


 翌朝、不機嫌なミサト。
「シンちゃん…」
「は、はい!」
「頼むから、あたしの居ない時にして」
「はい…」
 シンジは真っ赤になってうつむいた。
「シ〜ンジィ、バスタオル取ってぇ☆」
 はぁもう、アスカってば…
 酷い脱力感に苛まれる。
「まあぁだ股に何か挟まってるみたい、ミサトぉ、今日学校休んでもいい?」
「…シンジ君と離れててもいいならね?」
「ケチ…」
 はぁっともう一度溜め息を吐く。
 いま洗濯機には、汗とそれ以外の体液、それに少々の血液の滲んだシーツが放り込まれていた。



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