ある日、ミサトさんに切り出されてしまった。
 もちろんこんな日が来るとは漠然と思っていたけど…
「どうすんのよ?」
 高校一年。
 相変わらずアスカは僕の部屋に入り浸っていた。
 部屋に一人でいると恐いみたいだ。
 薄壁一枚の物音でも我慢できないみたい、直接人の体温が感じられないと耐えられないらしい。
 ミサトさんはこう言った。
「許してあげて」
 父さんは変わった。
「すまなかったな」
 リツコさんと結婚した。
「母親だなんて思ってくれなくてもいいわ」
 嘘だと直感した。
 僕と父さんが一緒に暮らすと、どうしても軋轢が浮き彫りになる。
 それをわずらわしく感じてる、見えてしまった。
 だから一緒に暮らす事に渋っていた。
 邪魔者扱いされるのが分かっていたから。
 するとミサトさんに殴られた。
 これからはいい親になるから、これまでのことは無かった事にしろ。
 それが大人達の命令だった。
 やはり都合の言いように命令されるだけなんだ、子供なんて。
「しようがないわね…」
 アスカも放り出されてしまった。
 一人暮らしの1LDK。
 隣の部屋はマヤさん、狙ったみたいだった。
 もちろん、アスカの部屋のお金はミサトさんが出すことになっている。
 生活費すら支給されない、ネルフが無くなったから。
 ドイツの実家というのも無くなってしまったそうだ、あの戦自と同じようにドイツ軍に急襲されて、死んでしまったと教えてくれた。
 アスカの公式の戸籍は削除されている。
 それは僕も同じだ。
 だから大人の言う通りにしか生きられない。
 許されない。
 ミサトさん…、父さんもだ、僕が許そうとしない、まだ憎んでいるから自分達が楽になれないとぼやく。
 だから僕は、同居に対してこう答えたんだ。
「わかりました」
 と…
 それから半年経った。
 実際、アスカの寂しがりを理解してたのは僕だけだった。
 だから距離が離れた途端、アスカは彼氏を作った。
 洞木さんはそれが僕でなかった事に驚いていたけど、僕の方こそそんな洞木さんを意外に思った。
 僕はアスカが好きだ。
 実際、アスカの最初の相手にもしてもらった。
 アスカが寂しさに震えてた時期は、ずっとお風呂まで一緒だった。
 たぶん、そのせいだと思う。
 アスカのことは大事。
 そう、いつの間にか「大事」であって「好き」ではなくなっていた。


「おはよ、シンジ」
「おはよう」
 屈託の無い挨拶をかわして学校へ向かう。
 この間に、昨日はどうした、こんなことをしたと聞かされる。
 たわいのないおしゃべりの内容から、見たテレビの感想、果ては彼氏とキスした事まで。
 胸を触られて、エッチの寸前まで行ったと聞かされた時には胸が傷んだけど、それはアスカのことを心配したからじゃなかった。
 嫉妬、…だよな?
 僕としてたアスカが、他の人としたときにはどんな自分を見せてるんだろう?
 それを考えるとたまらなかった。
 きっと頬を上気させて、潤んだ瞳で…
 僕の時には、いつも泣いてすがってたから、そんなアスカを見れない事が悔しかった。
 僕も見たかった、辛い時ばかり体を重ねるんじゃなくて、もっと遊ぶみたいに、楽しんでしたかったから。
 そのせいだと思う。
 僕は女の子への興味が薄い。
 エッチをしたいと思わない。
 アスカの辛そうな姿ばかりが浮かんで…、まるで恐怖症だった。
「よう碇、アスカ」
「あ、おはよ!」
 アスカの彼氏だ。
 アスカは慌てて彼の腕に腕を絡める。
 スキンシップ、…じゃないな、人肌が恋しいんだ。
 一瞬僕は彼に睨まれた。
 しょうがないと思う…、それは諦めてる。
 アスカの彼氏、彼が何人目なのか僕は知ってる。
 どの彼氏と何処へ出かけ、どんなことを話して、何をしたのかも。
 半年で四人目、話はまあ似通った流行のことばかり、全員とキスはしたけど、Bは一人だけ。
 実際その内の一人は僕に色々と聞いて来た。
 アスカの趣味は?、好きなものは?
 上手くいくようになると、今度は僕のことが邪魔になったらしい。
 アスカに「あいつと話すな」と命令して…、で、アスカが振った。
 その人は今でもアスカにしつこく言い寄ってる、やり直そうって。
 アスカがどうしてそんな事まで話してくれるのか?
 僕はとっくに気がついていた。
 知ってて貰いたいんだよね?
 誰かに…、自分の全てを。
 でも付き合ってる人じゃ、きっと関係が壊れるから恐いんだ。
 嫌われるから。
 僕もアスカに全部話してる。
 でも、父さん、リツコさん、ミサトさんには決して話さない。
 適当にでも上手く続く関係、それが欲しいんだよね?、よくわかる。
 でも不満は溜まるし、辛くなる、だからはけ口が欲しいんだ。
 そのはけ口が僕って事、それは僕だって同じだよ。
 だからアスカを求めてる。
 僕もアスカも、先のことなんて考えてない。
 特にアスカはそうだと思う。
 エヴァのために頑張って、自分のために大学まで出たのに、エヴァのパイロットだったからって過去の経歴は抹消、当然学歴も消されたんだから…
 こんな国に捨てられて、そこの法律のためにお金も稼げなくて、保護者が居ないとバイトも出来ないからって、結局ミサトさんに飼い殺しにされてる。
 今のマンションもそうだ、結局アスカに選択肢は無かった、この部屋!っと決め打ちだった。
 理由は、ミサトさんが部屋代を出すからだって、援助なんだ、あくまで。
 ずるいよね?、結局アスカには何一つ選べなかったんだ。
 そして追い出された理由が、ミサトさんと加持さんの結婚なんだから…
 それを告げられ…、違うよね?、あれは宣告だった。
 出て行けって、命令された。
 あの時のアスカの目、覚えてるんだ。
 濁ってた…
 あのアスカが反論もしないでわかったって頷いてた。
 でもミサトさんには、聞き分けの良い子…、違う、人形だと思って、喜んでたんだ。
 本当に辛いのはアスカだ。
 でも僕も辛い。
 だからこんな変な付き合いを続けてる。
 毎晩電話して、時々アスカの部屋に泊まって、キスして、エッチして…
 お互い寂しさを護魔化してる、それでアスカはみんなに元気な部分だけを見せている。
 僕は…、そこまでは無理で、器用にはなれないけど。
 損だよね?、バカだってアスカにも呆れられてる。
 自分なんてどうだっていいくせに、そう言うとこだけ気にするんだからって。
 僕とアスカが付き合うことは出来ない。
 お互い依存してるって罪悪感があるからかも知れない。
 付き合うと、だってずっと一緒にいる事になる。
 僕達は二人で居る時お世辞にも明るいとは言えない。
 電気も付けずに、暗い部屋の中で寄り添い合うように座ってる事が多い。
 ホントは明るい内からずっとで、抱きかかえるようしたアスカの温もりが無くなってしまわないように、僕がアスカを解放しないからだ。
 アスカも似たような理由だと思う。
 明るく、元気に、二人で楽しくはなれないんだよ。
 だから僕達は付き合おうとしない。
 でも離れる事も無い。
 だからアスカには誤解を招かせてる。
 碇となにやってたんだよ!
 アスカの部屋から出て来た僕達への追及。
 ま、言い訳はできなかったけどね?
 実際、そういうことをしてたんだから。
「お弁当、渡せなかったな…」
 これもまた誤解を生んでる原因の一つ…
 おかしな事に、今だにアスカのお弁当は僕が作ってる。
 そんな僕はアスカの下僕とか、媚びへつらってる情けない奴とかって見られてる。
 別に良いと思う、それでいい。
 今日は洞木さんに渡してもらおう。
 ついでに、頼みたい事もあったから。


「なによ、急に呼び出して?」
 昔よりは優しい、別に追及するわけじゃなくて、単に訝ってるって感じの声音だ。
「うん…、相談、…じゃないな、聞いて欲しかったんだ」
「なによ?」
 運動場脇の芝生に座って、二人でお弁当の蓋を開ける。
 話なら晩でもいいじゃない、そう思ってるんだろうな、きっと。
 でもそれじゃあ遅いんだよ…
 僕は少しずつ口にした。
「夕べ…、ちょっとね」
 僕は話した。
 父さんとリツコさんの会話。
 高校を出たら一人暮らしさせればいい。
 元パイロットだからこの街からは出せない、そうなると行く大学に選択の余地は無い。
 それ以上に、就職先は監視の効いている所しかあり得ないこと、など。
「なによそれ!」
 アスカは怒って立ち上がった、まあそうだろうね…
 何もしてくれないくせに、足枷はあるんだ。
「あたし達が何したって言うのよ!」
 話は僕の事だったけど、アスカも同じなのは容易に想像がついた。
 みんなのために我慢しろ、物分かりを良くしろ。
 そんな含みさえ嘘だった、結局、僕達を都合よく操りたかったんだ。
 処分すると後味が悪いからって。
「それで…、僕、この街を出ようと思って」
 愕然とするアスカ、当然か。
「な、なんでよ!」
「…ここに居ると、死んでるのと同じだもの」
 ここに来る前と同じだから、この先の一生が。
「だからって、どこに…」
「直接の監視は着いてないからね…、どこにだって行けるよ」
 アスカが不安そうにしてる理由はわかるよ。
「嫌…」
 ほら。
「あたしを一人にしないで」
 捨てられると思ってる。
「別に捨てるわけじゃないよ」
 アスカの瞳に光が戻った。
「シンジ…」
「なに?」
「あたしも…」
 そう言うだろうと思ってた。
「じゃあ、今日の帰り、待ってて?」
「うん…」
 こうして、僕達の逃避行が始まった。
 学校帰り、僕達は駅前のデパートに寄った。
 彼氏に呼び止められたアスカが、うざったげに切り捨てたとか色々あったけど…
「シンジ…、これでいい?」
「うん」
 そこでまず買い物をした。
 服を買って着替えた、なるべく地味なものに。
 そして制服を紙袋に入れて捨てる、もう必要ないから。
「じゃあ何処に行こうか?」
「シンジ…、お金あるの?」
「そんなにはないけどね?」
 バイトで溜めたのと多過ぎるくらいの小遣い、これが全部。
 小遣いについては、半分アスカに使ってた。
 ミサトさんにああ言われたのが相当堪えたんだと思う、アスカはぎりぎりの生活費でやりくりしてた、服も新調しなくなってたし。
 だから僕がプレゼントしてた。
 大人へのあてつけ、嫌がらせだとアスカに説明して。
 それも彼氏と別れた原因だったな…
「二百万くらいはあるから…」
 必死に溜めたお金だった。
 もちろん郵便小為替とか、何処でも換金できるようにしてある、カードじゃ見つかっちゃうからね…
「とりあえず別の街に行ってお金を現金に変えて、もう一度街を変えて、それからだよ」
 でないと高額の換金から足が付くかもしれないから。
「そうね…」
 僕とアスカは街を出た。
 手ぶら、まるでふらっと遊びに出たような恰好だった。
 でもこれで良いと思う。
 僕達にはもう、なにもないから。



[TOP]