「兄さん……」
「うん?」
「どうすんのさ」
「どうするかなぁ……」
──ネルフ本部発令所。
二人が眺めているモニターの中では、巨大な火葬が行われていた。
横たわっている胴長の使徒。
その向こう側に立つトライデント。
ネルフの出撃を待つことなく、使徒は戦略自衛隊によって処理されてしまっていた。
ちらりと塔の上に目を向けて、ツェッペリンはため息をこぼした。
トップの様子に、このことが予定、あるいは予想の内のことだとして、処理されてしまっているのがわかったからだ。
「せっかく準備させてたのになぁ」
セカンドインパクトによって地球の南半分は壊滅していた。
物理的な衝撃もさることながら、生命と呼べるものが完全消滅してしまっている。これは逆には、影響を免れることができたのが、北半球だけだった、とも言い換えることができる状況であった。
地球が丸かったために、赤道を基準に、南極の裏側、つまり地球の北側が残されたのだ。
ツェッペリン=シンジは、この人の手を離れた南半球に、秘密基地を建設していた。
表向きは死滅した世界の復旧を目的とした研究会社である。場所はオーストラリアの南部だった。
海洋については、十五年の時を経て、多少は生物が流れ込んできてはいる。しかし陸地はそうもいかない。
微生物までもが死滅してしまっているために、砂漠化が一気に加速したのだ。シンジが興した事業の表向きの内容は、テラフォーミングを見据えた新種の苔、菌類の培養開発であった。もちろん、ものは未来より持ち込んでいる。
オーストラリアは、これのための実験場として、国連に申請し、借り受けていた。
「怒ってるだろうなぁ……連中」
はぁっと兄の言葉にため息を漏らして、シンジはじゃあっと背を向けた。
「どこ行くんだ?」
「学校……今からなら間に合うからね」
ミステイクス / 計算違い4
カカッとチョークが黒板を走る。
生徒たちは唖然として教壇を見ていた。
手をはたきながら振り返るシンジだ。
「碇シンジです。東京から『親の都合』で引っ越してきました」
「エイカ=サキエル、十六歳です。セカンドインパクトの都合で学校というものに行っていなかったので、この学年に転入と言うことになりました。よろしくお願いします」
エイカの言葉は実に妥当なものだった。
実際セカンドインパクトによって、二年ほど義務教育制度は麻痺していた。そのために、どの教室にも、一歳や二歳、年上だという人間は混ざり込んでいる。
それでも……なお。
子連れだというのは初めてのことであった。
「あ〜〜〜、ええと、その……」
やはり見過ごせないのだろうか? お下げの少女が手を挙げた。洞木ヒカリであった。
「その……サキエルさんが、抱いてる赤ちゃんは……」
「僕たちの子供で、ウミって言います」
『でぇええええ!?』
教室中が騒がしくなった。
「じゃ、じゃあ、本当に碇君とサキエルさんの?」
「うん。まあ僕の親っていうか保護者が日本人だから、日本の法律に縛られてるしね。それで籍が入れられないんだ」
「わたしはオーストラリアの出身だから……。別に結婚もできるんですけど……」
比較的常識人に見えるヒカリに、ちょんと首をかしげつつ彼女は訊ねた。
もちろんわざとだ。
「日本じゃ、そうでもないんですか?」
引きつった笑みを浮かべるヒカリである。
「ちょ、ちょと早いかな……」
「……平和そうですもんねぇ」
赤ん坊を胸に抱きながら口にされると、みな声をかけづらくなってしまう。
彼女の机に腰掛けているシンジが、一応フォローのつもりなのか補足した。
「エイカが育ったのって、オーストラリアなんだけど……。知らないかな? オーストラリアが今どうなってるのか」
知ってると口にした少女が居た。もちろん授業内容に組み込まれているからだ。
「確かテラフォーミングの実験場になってるんでしょ?」
「うん。だから人なんてほとんどいないし、法律なんてのもないんだよね。それで……まあ」
こういうことになっちゃいましたとてれてれと話す。
しかし一応、嘘は言ってないよなと注意していた。
エイカ──第三使徒サキエルが兄によって運ばれたのはオーストラリアだったし、この世界での資金源となるものを開発していたのもオーストラリアだったのだから。
人もいないし、法もなかった。
「で、でも、大変だなぁ。子供連れって」
「うん……。本当はどこかに預けた方が好いんだろうけど」
むずがるウミを良し良しとエイカが揺すっている。
「どうしたの?」
「おなか空いたみたい」
よいしょとジャンパースカートの肩に手をかけたエイカに、周囲がどよめいた。
「だっ、男子はあっち!」
「横暴だぞこら!」
「い〜か〜り〜くぅん! あなた何とかしなさいよ!」
「そうよそうよ!」
なんです? と首をかしげるエイカに苦笑する。
「子供には刺激が強いってことだよ」
「ああ……」
『ぐっ!』
ちくしょうと誰かが言い放った。
「余裕かましやがって! お前っ、こんな子とどんなことしたんだ、こら!」
──ガスッ!
その脳天に縦にした出席簿が落とされた。
「いい加減にしろ、まったく」
「せ……先生」
振り向いた彼は頭を押さえたまま涙目に訴えた。
「で、でもさぁ……」
「そういう欲求の解消は恋人に相手をしてもらえ」
「そんなのいないから!」
「そこにあるだろ」
「そこ?」
「そこ……」
ジャージ姿の教師の右手人差し指が、彼の右手を指していた。
──ガラッ!
「先生なんて嫌いだ────!」
くうっ! っと泣きながら少年は走って行った。
扉を開いて廊下をどこまでも、どこまでも。
「好かれたいとも思ってねぇよ」
ほらほらと皆に席に座るよう命令する。
「お前らの大好きな保体の授業だ。特別にやーらしい質問にも答えてやるから、その二人にからむのはやめとけよ?」
TPOというものがある。幸せ者をやっかむな、と、彼女──オツは指導した。
「ムサシ・リー・ストラスバーグ曹長、着任いたしました」
「浅利ケイタ一等曹、同じく着任いたしました」
「霧島マナ三等曹であります。よろしくおねがいします」
「ご苦労……」
ネルフ本部内、作戦部第一課事務室。
机に座っているのはミサトだ。その隣には彼女が見ているものと同じものを手にしているツェッペリンが立っていた。
「あの……なにか?」
ムサシはあまり友好的でない口調でツェッペリンに訊ねた。
彼の態度が気に障ったからだ。
「ああ……。年齢を考えるとやけに階級が高いなと思っただけだ」
「我々はあれのパイロットですから」
自尊心と慢心。それが見て取れて、そうだなと疲れた感じで彼は答えた。
「わかった、正直に話せば、どうしてかと思っただけだよ。戦略自衛隊単独でも使徒に当たれるのであれば、なんのために出向など行う必要がある?」
「サードインパクトを阻止する。その目的の前には組織間の軋轢などこだわるものではないと思えますが?」
「だがそれは君たち上層部の考え方だろう? ネルフがどう考えるかは別だよ。違うかな?」
「と申しますと……」
「使い捨ての駒にするかもしれないし、飼い殺しにするかもしれない」
まさかとムサシは笑って見せた。
「もしそのようなことをなさったときには、愚かしさを宣伝するだけのことになるかと思えますが?」
戦闘記録は国連に流されているのだから、不当な扱いを行った場合には、糾弾の的となるだろう。
まあそうなんだがなと、彼は適当に切り上げることにした。
「それなりの階級を得ているということは、戦力として当てにして良いということだな?」
「はっ!」
「では子供だという意識は排除して利用させてもらう。とりあえずはこれだ」
彼らはそれぞれに手渡された用紙に目を丸くした。
「転入手続き?」
「そうだ……明日から通ってもらう」
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで学校なんて……」
「ここは君たちのいた基地とは違うということだよ」
まあ落ち着けと手で制す。
「ネルフはあくまで使徒を敵とする特務機関で、軍隊ではない。当然実弾演習なんてものは認められていない。武器の保有数も制限されている。君たちという増援を得たことはまことに喜ばしい限りなのだが……いかんせん予算の都合がな」
不安げに視線を交わす子供たち。
「では……どうなるのでしょうか?」
「もちろん整備はするさ。弾薬の補給もな。訓練もしてもらう……が、それ以外の時間が問題になる」
「たとえば?」
「ことによるとあの兵器はうちのエヴァよりも機密度が高いということになる。そのパイロットである君たちを防備するのもこちらの仕事の内になってる。そうなると君たち三人に勝手な真似をされると、な。正直どうやって固まって行動してもらうか悩んでいたんだが、その口実は君がくれた」
「わたしでありますか?」
「そうだ。これも給料の内だと理解してくれ。中学校にはエヴァのパイロットがいる。彼らとまとまって行動してもらえるとさらにありがたい。まとめて警護できるからな」
「ですが……」
「くり返すが、ネルフは軍隊ではない。よって保安要員や諜報関係の人員にも限りがある。こちらとしては君たちの誠意に期待したいのだが?」
そこまでくり返されてはやむを得ないと、三人はしぶしぶわかりましたと了承した。
「では今日のところは彼に着いて施設の案内を受けてくれ。対テロを目的とした複雑な構造になっているからな、非常時に迷子になってました、なんて言い訳は聞けないからな」
送り出してから、ぶすっくれているミサトに気が付く。
「なんです?」
「わーるかったですねぇ、迷子になって、非常時に」
「シンジたちを案内したときのことですか? 確かに……」
「言わせてもらえれば、あのときは初めてカートレインを使ったのよ。普段通ってない道だったんだから、ちょっとくらい間違えたって良いじゃない」
ぶちぶちと口にする。
「でもあなたはドイツにいた頃も似たようなものだった記憶が」
「う……うっさいわねぇ」
ほおづえをついてそっぽを向く。
子供たちが居なくなったからか、大佐は彼女の机の縁に腰掛けて、資料を改めて見直した。
「しかし……まあ、凄いものですね」
資料を目にしながら手をさまよわせ、間違って彼女のマグカップを取ってしまう。
口を湿らせてから、自分のクリームと砂糖入りとは違い、ブラックであったことに気が付いた。
「トライデント……どういう意図があるんだと思う?」
しかしミサトに気にした様子はない。それどころかやけに気心の知れた雰囲気に変わっている。
「揺さぶりでしょう。使徒を倒したという実績のある兵器を与えておいて、それをうまく運用できなかったとなれば」
「なるほど……」
「仮にうまく運用できたとしても、それは開発した側の実績になる。うまくできてますよ」
「ますます肩身が狭くなるわね」
ところでとミサト。
「うまく騙したじゃない?」
「学校ですか? あんなものでしょ」
「本音は?」
「トライデントを調査する時間をなんとかして欲しいと、赤木博士から」
「報酬は?」
「……内緒です」
なるほどと納得する。
「少佐にチクッてやろうっと♪」
「そ、それは卑怯というものですよ!」
「なぁに言ってんのよぉ、これも恩返しってもんよ。少佐にはドイツ時代、随分と遊んでもらったしね☆」
もちろん、飲み友達としてでである。
「少佐にはしっかりと先輩の監視をするようにって頼まれてますから」
「……人の世話する前に、自分の面倒見ろよなぁ」
「なにか言いましたか?」
「別に! なんでも!」
「そうですか」
勝ち! そう顔に書いてある。
大佐はぶちぶちと愚痴りながら、事務室を後にした。
─Bパート─
──ツェッペリン=シンジとミサトとの出会いは、ゲヒルンがネルフへと転進したばかりの頃にまで遡ることになる。
親睦会。
ネルフとドイツ軍とのものである。使徒迎撃機関となるネルフにも、作戦部などが必要になる。となればこれを教育する係の者が必要であった。
「え? じゃあ大佐はツェッペリン少佐の」
「一応旦那よ。書類上は他人だけどね」
じゃあと去っていく金髪の女性に、残されたミサトは困惑したものだった。
「とりあえず、どうです?」
高級に部類されるバーを借り切っての親睦会だった。
「すみませんね。酷い火傷なもんで」
「そのマスクですか?」
「ええ」
ミサトは彼の酌を、どうもと受け取り、彼のコップにもビールを注いだ。
どこかで聞いたような理由だな、と思いながら。
「しかし……新設される作戦部の有望株が、葛城さんのような方だったとはね」
「女だから……ですか?」
「そういうわけでは……」
声を潜める。
「アスカもあの通りですから」
なるほどと納得する。
決して大柄ではない。姿態はモデル向きで軍隊には不向きな肉付き。なのに一目置かれている。
アスカ・ツェッペリンは、非常に奇妙な存在だった。
「ただやっぱりアスカは特殊ですからね、もうちょっとこう……大柄な方を想像してたんですが」
「そこが軍との違いでしょうね……。ネルフはあくまで使徒を撃退することが目的となっていますから、対人戦闘などを考慮して体を鍛える必要はありませんし」
「なるほどね……では若さは?」
「恨みが濃いから……」
「は?」
「歳のいった方は……、やはり生活が前に来るんじゃないですか? だから恨み辛みよりも先に生活のことを優先するようで……。でもわたしたちは不安に駆り立てられていますから」
「その不安があるから、世間に紛れることができず、浮いてしまうと?」
「はい」
「立派な動機だ」
「大佐は違うのですか?」
「おじさんですから」
「そうですか……」
「目先の給料につられて軍に入って、各地の小競り合いに参加して……。上官が次々と死んでいくもんだから、地位がどんどんと繰り上がってしまいましてね。だから実績があるってわけじゃないんですよね。ただ死ななかった、生き延びて来た、それだけです」
ミサトは何も言わず、ビールを口に付けた。
政情不安によるテロの多発。それに各国のクーデター騒ぎに、軍の過剰反応。
国連がUN軍を組織して平定に乗り出すまでの間に、一体どれだけの命が奪われたのか?
セカンドインパクトによる情報網の寸断が、その調査を困難にしてはいても、想像することは容易であった。
「セカンドインパクトが引き起こした混乱のおかげで、直接セカンドインパクトによって死んだのか、それともその後に起こった戦争で死んだのか、区別がついてない死人が多い」
「嫌いなのですか? 人が死ぬのは」
「悲しいことですよ。嫌にもなります」
「それでも軍人でいらっしゃる」
「……一番の近道だと思えばこそ、ですよ」
「え……」
「真実へのね」
ミサトはドキリとしてしまった。
彼の口調に、自分と同種のものを嗅ぎ取ってしまったからだ。
「ん……」
翌日。
目覚めたときには、自分の部屋ではなかった。
「ここ……」
まだ酔いが残っているのだろう。
彼女はベッドから降りようとして、体にからみついているシーツを落とした。
──裸だった。
「そう……そんなことがあったの」
──赤木研究室。
リツコは懐かしげなミサトの話に、それで親しげだったのかと納得していた。
「そ。まあなんにもなかったんだけどねぇ」
「理性的な人だったのね」
「てーかさ、あたしゲロぶちまいたらしいのよね……。服もゲロまみれにしちゃってさ」
「…………」
「自分でシャワー浴びてどうのこうのしたらしいんだけど、なんにも覚えてないのよね」
「……覚えてたら覚えてたで、いたたまれないわね」
「まぁねぇ」
やっぱ自分で淹れるより旨いわとコーヒーを堪能する。
本当はそればかりでもなかった。かすかに覚えているのだ、酔いに任せて吐き出したことを。
──わたし、日本でつき合ってた奴がいるんです……。でも恐くなって逃げ出してしまったんです。
──知ってますか? 知ってますよね……わたしが葛城調査隊の唯一の生き残りだってこと。
──父さんに近づきたかった……。お父さんの本当を知りたかったんです、でもよけいにわからなくなっちゃって。
──そのお父さんと似た人を好きになってるんだって気が付いたとき、恐くなって逃げ出してしまったんです。
──でも逃げ出してもどうにもならなかったんです。行く先なんてどこにもなかった。ここ、ゲヒルンにしか、なかったんです。気持ちの矛先を、あの怪物に向けるしかなかった!
──お願いです! わたしにあなたの知っていることを教えてください! どうしても使徒に復讐したいんですっ。あたしに力を貸してください!
そのためなら、わたし……その台詞は口にできなかった。
彼に──シンジに唇をふさがれてしまったからだ。
(不思議な感じだった……)
男に犯されている──かつての恋人との間にあった感触とは違い、性的な欲求を覚えることはなかったのだ。
キスから解放されて、最初に見たのは、大佐の優しい瞳だった。マスクの奥に覗く、黒い瞳。
その優しさに、照れてしまい、うつむくことしかできなかった。さあ行きましょうと、送ると口にされて、肩を借りた。
酒と、キスと、どちらに酔ってしまっていたのかはわからなかった……、が、結局は胃に来てしまって……。
家までは持たず、彼の部屋にやっかいになった。
(でも……。あの台詞、なんだったの?)
それは彼女の中に、しこりとして残されている言葉であった。
──続きじゃなくて、今度は僕から……になっちゃったな。
──放課後。
「よう、シンジ」
シンジはため息を吐き、エイカはにこにこと隣に止まった車に寄った。
「先生……いいんですか? まだ帰って良い時間じゃないでしょ?」
「兄さんと姉さんの顔を、もっとじっくり見たくってさ」
乗れよと誘うオツである。
ミニクーパー。色は黄色だ。音が静かなことからエンジンが電動であるとわかる。
レプリカカーだった。
「兄さんはやめてよ、まったく」
助手席のシートを倒し、後部に座るようエイカを先に乗り込ませる。
「わりぃ。でもシンジが兄貴のことを兄さんって呼ぶのと同じでさ」
「僕は兄さんを尊敬してるから、そう呼んでるんだよ」
「俺だってシンジのこと、尊敬してるぜ?」
「なんでさ」
「そりゃあ使徒中最強の使徒だからな」
行くぜとゆっくり車を出す。
「俺たちの順列って、力関係だろ? 全員シンジの下で、シンジに学んで、こうなってるんだし」
「……胸見えてるよ」
胸元を引っ張ったらしい。
「一応お前のもんなんだぜ? これ……」
「エイカと同じだっていうんでしょ?」
「まあちょっと違うから、コウみたいな変態に分裂しちまったんだけどさ」
「コウは?」
「今日は仕事だと」
「へぇ……。なにやってるの?」
「SMクラブ」
「……は?」
「だから、SMクラブで鞭振ってるんだと」
「コウが?」
「うん」
「男の人に?」
「いや、あいつが店に入ってると、異様に女性客が増えるんだとさ」
「……変なの」
「こっちの世界に来てから、ますます変態ぶりに拍車がかかってるみたいだよ。文明に毒されたってやつかもしれないな」
「それも環境に適応してるってことになるのかな?」
「そんな適応はしたくないけどな」
「……それで? どこに向かってるの」
「ナカトミビル」
「どこそれ?」
「百貨店だのなんだのが入ってるビルだよ。十階建て。その六階で今日は世界の珍獣展が開かれてる」
「……すごく嫌な予感がするんだけど」
「あたり。シャムシエルが見つかった」
「…………」
「詳しいことは、行けばわかるよ」
無言でシンジは床に手をついてしまっていた。
「なんで……」
「まあ、シャムシエルったら」
とぼけたことを言って場を取り繕うエイカ。
二人の前には、壁に埋め込まれているケースがあって、その中には奇妙な生物が漂っていた。
オレンジ色の液体に、男性生殖器によく似たものが泳いでいた。くびれている傘の付け根、その両側からは、触手とおぼしき長い半透明のものが伸びている。
まるでひれであるかのように操っていた。大きさは五十センチもないだろう。
「なんで……こんな」
「なになに? 南半球で捕獲された珍生物、だってさ」
きゃあきゃあと背後で女子高生が騒いでいる。まぁっと顔を赤くしながらもちらちらと年増の女性がしつこく見ている。中学生はもっと露骨にけらけらと笑っていた。
「まあまあ、あっちに行こうぜ」
オツに促されて休憩所のベンチシートに腰掛ける。
「なんでこんなとこでさらされてんのさ」
「オーストラリアの研究所から提供してもらった新種の生物って書いてあるな、パンフには」
だいたい事情が読めてしまったのか、シンジは言葉を失ってしまった。
「つまりなんとかして目立たないように送りつけようとしてこうなった、と」
「口にしなくても良いよ……」
「問題はどうやってあいつを拾うかなんだけどな」
シンジは即断した。
「放っておこうよ」
「おおい」
「だって今消えたりしたら、展示してる人たちが困るんじゃないかな? ……人気あるみたいだし」
ちらりと人だかりに目を向ける。
「まあそうだな……。どうせあいつはなんにも考えてないんだろうし、いいけどな」
そこまで知能は高くないようである。
「研究所の方で回収するんだろうし、その時に渡してもらうか」
「その方がいいよ」
オツはくすくすと笑っていた。
「でも、あいつの選択も間違ってはいないんだよな……。小型化したとたん、シンジも兄貴も、いまいち態度が甘くなったし、擬態って意味じゃ成功してるよ」
「男にはあれは反則なんだよ……」
シンジは疲れたようにそう言った。