モニタに映る巨大な正八面体のクリスタルに対して、ミサトは渋い顔をして不満を漏らした。
「こちらの攻撃は完全無視か」
「──黙視で確認できるほどの、強力なATフィールドが展開されています」
「委員会から出撃命令が来ていますが……」
「わかっているわ。トライデントを後方に配置。エヴァを全面に」
 だがパイロットたちは反発した。
「なんで俺たちが後方待機なんだよ!」
「僕たちを使いたくないからでしょう?」
「あの大佐も言ってたモンね……」
 山の一部が内側に収納され、替わってトライデントが姿を現す。
 そしてエヴァンゲリオンは、街の真ん中に排出された。
「シンジ君はパレットガンで足止めをお願い」
 はいとシンジからの素直な声。しかしそれに被さるように、オペレーターが悲鳴を上げた。
「トライデントが主砲の準備をしています!」
「なんですって!? ムサシ君!」
 ──まだるっこしいんだよ!
 ムサシは知ったことかと吐き捨てて、ぎらついた目をしてターゲットスコープの向こうにいる使徒を睨んだ。

ミステイクス / 計算違い5

『ムサシ君!』
 通信機からの声を無視して引き金を弾く。
 ──伸びる光条。
「なに!?」
 しかしそれは使徒のATフィールドに弾かれ、拡散して消されてしまった。
「ムサシ! 使徒内部に高エネルギー反応!」
「畜生────!」
 死への恐怖を感じながらレバーを倒すが、あまりに遅い。
 トライデントはのっそりと機首を巡らせようとしただけで、ムサシの望んだ機動力を発揮してはくれなかった。
 彼らは光が瞬くのを見た。
「エヴァ初号機!」
 マナが叫んだ。
「シンジ君!?」

 ──くぅ!

 ビルの上、エヴァ初号機が両腕を突き出し立っていた。
 正面に全力を持ってATフィールドを展開している。
 高低差を補うために、そこに立つ他なかったのだ。
「うわぁ!」
 先に持たなくなったのはビルだった。
 屋上部の隅、エヴァのかかとを支えていた部位が壊れ、崩れ落ちた。諸共に初号機が落下する。
 土煙が派手に上がった。
「今よ! トライデントを回収して! ATフィールドのないトライデントじゃ一発で終わりよ」
「了解! トライデントは機体を固定、後退指示に従ってください」
「エヴァ初号機は!?」
 ──カッ!
 二発目が放たれた。ビルが溶解し、大穴を穿たれる。
「シンジ君、下がって!」
『どうやって!』
「とにかく逃げるのよ!」
『この状態でどうやって逃げろって言うんですか!?』
「逃げなきゃやられるだけでしょう……!?」
 きゃあっとミサトは悲鳴を上げた。
 襟首を掴まれ、背後に引き倒されたからだ。
「大佐!?」
 彼は放り出したミサトのことなど無視して命令を出した。
「日向君。ミサイルを」
「しかしATフィールドがある限り!」
「使徒の気をそらせることができればそれで良い。司令」
「任せる。好きにしろ」
「ありがとうございます。それから遮蔽板を出せるだけ出してくれ。他にA−11のビルを爆破だ」
「爆破!?」
「そうだ。シャッターを閉じた状態でミサイルを撃って自爆させろ」
「ですが!それは!?」
「ビルは使徒の真横にある。爆発が時間を稼いでくれるはずだ。初号機はその間に撤退。回収ルートの指示は青葉君に任せる」
「了解!」
 一通りに指示を出し終えたところで、彼はミサトの視線を感じて彼女を見下ろした。
 そこには悔しげに唇をかみしめ、敵を見るような目つきをしている彼女がいた。


 ──盛大な爆発が起こり、使徒をあおった。
 内部から膨張し、破裂するビル。破片が飛び散り、炎を引きながら落ちていく。
 熱と衝撃波に当てられて、使徒はわずかによろめいて見えた。その隙に射出口に初号機が飛び込み逃げる。
 閉まるハッチ。使徒の過粒子砲がわずかに遅くハッチをなぶった。
 融解する。
 坑内の隔壁が二重三重に閉ざされる。こうして映像は終了した。
「この後、使徒は本部直上に静止。下部より穿孔機を解放し、掘削作業を開始しております。全装甲板が貫通されるまでの時間はおよそ十時間」
「被害が地上施設だけにとどまったのが不幸中の幸いだな」
 苦々しくコウゾウが口にする。
 作戦室の最前列に座らされているムサシ、ケイタ、マナの三人は、それぞれに身を強ばらせていた。
 一人は己の失策に憤り、一人はこれからどうなるのだろうと怯え、一人はちらちらと敵とも味方ともつかぬ少年を気にしていた。
「パイロット諸君、君たちの仕事はなにかね」
「……トライデントの操縦」
「違うっ、使徒に勝つことだ。そのためにはもっと自覚を持ってだな」
 コウゾウの背後にはツェッペリンが控えている。彼は隣に立っているレイとこっそりと会話していた。
「じゃあ司令は松代に?」
「ええ。トライデントについて、話すことがあるそうだから」
「でもこの分じゃその会議も無駄になりそうだな。結果如何じゃ返却とか、パイロットの交換だって、おっと」
 声が大きかったかと、言葉を慎む。
 しかししっかりと戦自の少年兵三人には聞こえてしまっていたようだった。
「ま、即座に反撃可能ってだけでももうけものですよね」
 ……フォローにしては弱かった。


「くそ!」
 ロッカーに八つ当たりするムサシ。その怒りが収まるのを、ケイタは恐れる目をして待っていた。
 だがなかなか収まりそうにない。
「やっぱり……距離があったから。至近距離からなら、倒せてたのに!」
 そうだろと同意を求める。
「もっと俺たちを信用して、前に出してくれてたら!」
「そ、そうだね……」
「マナはどうだと思うんだよ!?」
「え? あ、うん……そうかもね」
「マナ?」
 マナは怪訝そうなムサシの問いかけに答えなかった。


 ──作戦会議室。
 残っているのはツェッペリンとシンジ、それにレイの三人だけとなっていた。
「それでどうするのさ? 兄さん」
「ミサトさんがなんとかするさ」
 いい加減なものである。
「そっちじゃなくて、シナリオの方だよ」
 ツェッペリンは体を前に倒すと、腿の上に肘を置き、顔の前に手を組み合わせて表情を隠した。
「問題ない……。予定が一つ繰り下がっただけのことだ」
「今回は辛勝。敗北は次回に回すってこと?」
「そうだ」
「でもガギエルってどんな形で出てくるのさ? ゆとりがあるから弐号機の接収って話、なくなっちゃうんじゃないの? そしたら洋上遭遇戦ってわけにはいかなくなるし、シナリオ、立てられなくなるんじゃないの?」
「そうか……」
「それに……」
「なんだ?」
「姉さんとアスカはどうするのさ? これ以上『出演』を先延ばしにされたらキレかねないよ? へたすると出番よこせって敵に回って攻めてくるかも」
「う……も、問題……あるかな?」
「あと……、それ、かっこ付けてるつもり?」
「だめか?」
「綾波がすっごい冷たい目で見てるよ、ウケてないよ」
「そうか……残念だ」


「……残念です、では済まないのだよ、碇君」
 ──松代、国連支部、本会議場。
「戦略自衛隊は今回の件に絡んで優先的な使徒交戦権を求めるのみならず、エヴァの接収までほのめかせているんだよ」
 使徒に絡んだ全権は人類補完委員会に預けられている。その上位者はゼーレとなるが、表向きはあくまでもこの面々となる。
 各国から選出されている委員会メンバーには中年層が多い。この年代はセカンドインパクトによって将来を奪われた青年、あるいは少女たちが成長した人間だ。
 そんな中に、奇妙に年若い少女が混ざり込んでいた。若いにしても限度がある。どこから見ても幼稚園児にしか見えない。そして実際幼年児だった。
 髪はふわふわとした金髪で、耳のところは縦のロール状になっていた。
 リボンがたくさん着いたもこもこの服を着せられており、高い椅子に座ってもまだテーブルには届いておらず、うーっと懸命に手を伸ばしている。
 それはそこに、クリームソーダのカップがあるからだった。ちなみにサクランボまで乗せられた本格的なものである。
 一応みなのところには、コーヒーやお茶の入ったグラスがあるのだが、ここだけがなぜかクリームソーダが準備されていた。
 彼女の首には、なぜだかひらがなで『どいつ』と書かれている看板がぶら下げられていた。ちなみにマジックボードで、『ど』の前にうっすらと『ど』の字が見えた。おかげで『どどいつ』と書いてあるようにも見えてしまう。習いたての字を使って書いてみて、間違った気がして書き直したというのが丸わかりの感じだった。
 ──どうして日本語なんだ? 以前不用意に発言した代表がいた。その彼は彼女に「うー」っとむくれられ、さらには泣き出されて撃沈され、ついには最果ての地に飛ばされている。
 それは日本への出張だと言うことで、彼女が一生懸命がんばって書いたものであったのだ。
 子供と女には勝てないのだから、そこは褒めるべきだったのである。
「うー」
 ついに彼女は椅子から転げ落ちそうになってしまった。
「おっといかんよゼル=エル君」
 隣の男が見とがめた。
「それはおじさんが取ってあげよう」
 がたんと反対側の男が立ち上がる。
「ずるいぞっ西の!」
「東のはいささか危ない趣味の方と見えるな」
「おじさんたちはしかたありませんねぇ。飴はどうですか?」
「いる!」
「こら中国の! それはまずいぞ!」
「そうだっ、彼女のカロリー摂取量は本日だけですでに許容範囲の二倍に達している。成人病になったらどうするつもりだ!」
 これらの会話は、席の末側で繰り広げられていることである。
 上座ではまじめな話し合いが行われているのだが……こちらは全員が映像である。が、その認識や意識において差などはない。
 彼らは人に任せてなどおけぬと思うからこそ、こうしてホログラフとして参加しているのだ。そして人ごとだとは思っていないからこそ、末席の者たちもこうして国連施設に常駐しているのである。
 ──では、この少女はなんであるのか?
「で、碇君。策はあるのかね?」
「今のところは」
「それでは困るのだよ? 君」
「現在、技術部が総力を挙げて敵性体の解明を行っております。今しばらくのお時間を」


「さて……」
 ネルフ本部内ドイツ軍第三遊撃隊専用格納庫。
 備品倉庫の脇に、十人ばかりの男女が集まり、密談をかわしていた。
 車座になっているのだが、その中心にいるのはツェッペリンである。
「上はそんな感じで、作戦部長殿が必死に知恵を絞ってるんだが」
「無い知恵……の間違いでしょう?」
 くすくすという笑いが起きるが、大佐は肩をすくめるだけにとどめておいた。
「実際のところ、戦局は危ういようですな」
「ああ……敗色濃厚ってやつだよ」
「俺たちの出番は?」
「戦自のトラノコも役に立たなかったんだ。ソルティックじゃあな……」
 そう言って、大佐は居並ぶソルティックに目を向けた。
 重い沈黙……。
「で、準備の方は?」
 整備士の一人が黙っていても意味がないと問いかける。
「続けますか?」
「ああ、でもな」
 ソルティックを顎で指す。
「この間の戦自のデモ、聞いたろ? こいつが出てたんだよ」
「ああ……。でもソルティックがいくら旧式だって言っても、出所を調べられたら困るでしょうに……」
「ごまかしきれるつもりがあるのさ。セカンドインパクトのごたごたで、こいつはあちこちに出張ってるからな」
「どこかで捕獲した機体だってことにして、ですか?」
「ああ、それに、戦時下だ。多少のことは大目に見てもらえる……つもりなんだろう。問題はそのソルティックでは相手にならなかったトライデントでも退却するしかなかったってことだ。なにか意見はないか?」
 はいと四角い顔と体をした男が手を挙げた。
 無精髭と鋭い眼光を持っている。
「敵性体の情報については拝見いたしました。自動反撃というのが攻略のポイントなのでは?」
「だが明らかに攻撃力を有すると判別できる物体であれば、接近するだけで叩かれるぞ?」
「まあそれはそうなのですが……」
「隊長。こいつは使徒の認識能力を知りたがってるんですよ」
「認識能力?」
「そう! それなんですよ。エヴァのバルーンダミーに反応したって言っても、バルーンダミーには火薬なんて積んでなかったんでしょう? あれは風船なんですよ?」
 ツェッペリンはぱちんと指を弾いた。
「なるほどな、そういうことか」
「ええ。あいつは目か、カメラ、それに類似するものを持ってるはずですよ。でしょう? でなければ同じ形状だからってだけで、攻撃目標として認識させることはできなかったはずですよ」
 ツェッペリンは考え込む顔つきになって、天井を見上げた。
「上の連中、それに気が付いてりゃいいんだがな」


 ──作戦会議室。
「目標のレンジ外、超長距離からの直接攻撃。これしかないわ!」
 力説しているのはミサトである。
「ATフィールドの中和を考慮せず、高エネルギー収束体によって一転突破を狙います。なにか質問は?」
「ここの陽電子砲じゃそんな真似はできないんじゃない?」
 リツコの言葉に、自信ありげにミサトは返した。
「だったら借りてくればいいのよ」
「借りる? どこから?」
「戦自のプロトタイプ」
「借りたとして、そのエネルギーは?」
「もち、日本中からかき集めるのよ!」
「で、その使徒が放つ過粒子砲の攻撃予測範囲は?」
「日向君」
「はい」
 足下に地図が表示され、縮尺が変更され、そして使徒を中心に赤い円が描かれる。
「この外と言うことになるわね」
「目星はついているわけね?」
「双子山……がベストだと読むわ」
 突然携帯電話が鳴いた。リツコのものだった。
「ちょっとごめんなさい。はい……ツェッペリン大佐?」
 ぴくりとミサトの片眉が跳ね上がる。
「ええ……そう。いえ、わたしは専門外だから確実なことは……ええ、でもその可能性は否定できないわね。一応伝えてみるわ、ありがとう」
 ミサト、と彼女は切り出した。
 おそらくこの忠告を聞きはしないだろうなと思いながら。

─Bパート─

 ──十二時間後。
 双子山は、原形をとどめてはいなかった。
「葛城君……」
 壇上から、声を震わし、コウゾウが告げる。
「……ツェッペリン大佐からの進言。考慮に入れずこのような事態を引き起こしたこと、なにかあるかね?」
 双子山の頂は、使徒の放ったビームによって、吹き飛ばされてなくなっていた。
 その向こう側には、電源車両が土砂の中に埋もれている。
 発電所から引かれているケーブルもだ。そして……ソルティックも。
「第三遊撃隊の損失。これについては言い訳のしようもないな」
 ふうっと嘆息してしまう。
 急ぐとの理由で敷設工事に彼らをかり出したのはミサトなのだ。そしてその彼らの長からは、使徒の危険性について具体的に示唆されていた。
「戦自から借り受けたという陽電子砲についてもそうだな。日本政府の許可を取り付けるのにどれだけ苦労したかわかっているのかね? 君は」
 いやみったらしくなってしまうのも致し方ないことであった。
 出し渋る役人を押さえつけ、日本政府にわずか一時間という短時間で許可証を発行させたのは、誰であろうコウゾウ自身だったのである。
 それを彼女は無造作に山の上に設置した。もちろん、そんな怪しいものを、使徒が見逃すはずがなかったのである。

 ── 一時間前。

「こんな野戦向きじゃない兵器、役に立つんですか?」
 双子山山頂。
 シンジに答えたのはミサトであった。
「技術部のお墨付きよ」
 自信満々に胸を張る。
 しかし横から水を水を差された。
「あくまで理論上のことだから信じないでね」
「ちょっとリツコぉ」
「元々無理があるんだから仕方ないじゃない……。エヴァ用に組み上げたからと言ってもただそれだけで、プロトタイプだってことには変わりないんだし、こんな大出力に耐えられるかどうかについても試射もなしに保証しろと言われたってね」
「そうですか……」
「とにかく!」
 強引に進めるミサトである。
「シンジ君は作戦時間までシミュレートに努めて。解散!」


 双子山の山陰(やまかげ)にエヴァ用の電源車が列を成している。そして各車の間は一抱えもあるようなケーブルを数本使って繋がれている。
 各地の発電所からの電力を、このケーブルによってエヴァが持つポジトロンスナイパーライフルへと送ろうというのだ。
「まあやるのは良いんだけどさ」
 シンジである。
 彼は言い渡されたシミュレーションなど放棄して、兄の乗るトラックに足を運んでいた。ドイツ軍のソルティックを乗せてきたものだ。ソルティックはケーブルの配線作業を手伝っている。
 大佐は車から降りると、シンジに水筒の蓋を渡した。そこに生ぬるいコーヒーを注ぐ。
「本当は脳波に影響が出るからカフェインはダメって事なんだけどな」
「関係ないよ」
 ずずっとすする。実際に関係などない。脳波で操ってなどいないのだから。
「そういや、初号機の母さんはどうしてるんだ?」
「知らない。初号機の自我意識の底にいるんじゃないかな?」
「沈んじまったか」
「多分、もう浮上してくることはないと思うよ?」
「お前と同じにか?」
 シンジはきょとんと兄を見上げ、それからああっと吹きだした。
「なんだ、そっか、兄さん勘違いしてるよ」
「勘違い?」
「うん」
 笑いを抑える。
「僕は、僕を殺してない。この世界の僕をね?」
「じゃあどこに居るんだ?」
「僕はアスカが嫌いだ」
「…………?」
「そんな風に、みんながみんな嫌いだった……でも綾波だけは違った」
「お前をこの世界に送り込んでくれたのは彼女だったな」
「うん。実はね……綾波も一緒に来たんだよ」
「……じゃ、ここのシンジは」
「綾波が連れてったよ……。どこかで一緒に暮らしてる。ああ、綾波は大人の姿になって、髪を染めてね……」
 くつくつと笑った。
「もう母さんとそっくりでさ! シンジ! わたしはある人に助けられたの。本当はお父さんに殺されてしまうところだったの! とかってさ」
「……酷い話だな」
「まあ悪いのは父さんだってことで……。あのシンジ君もさ、父さんの態度が変だったのはそういうことだったんだって納得してたし、良いんじゃない?」
 ぽつりと大佐。
「今頃どっかの財閥の御曹司とかになってて……変な黒い服着てポン刀持って俺のことはシンジと呼ぶなとかやってるんじゃないだろうなぁ」
「何の話し?」
「こっちの話だ」
 突如二人は光に照らされ、次に激震に足をすくわれてしまっていた。


「なによ!?」
 横転した車両から、ミサトは外に出られなかった。
 入り口を土砂によって埋められてしまっていたからだ。
 外部ではポジトロンスナイパーライフルが残骸となった姿をさらしていた。使徒の砲撃のためである。
 ATフィールドを持たない物体など、届く程度の力で破壊できる。使徒は街を進行する際にそのことを学習していたのだ。
 そして変圧器や冷却器などは、あおりを食らって次々とショートし、爆発し、電気ケーブルは大蛇となってのたうって暴れ狂った。
 ソルティックがそれらを納めようとするも、山の斜面を覆っているような数である。
 ──そして第二射。
 距離感を修正し、さらなる加圧を与えられたエネルギーの束は、山の上部を吹き飛ばした……いや。
 上部だけにとどめることになってしまったのだ。
「どうなっている!」
 コウゾウが吼える。
「それが!」
 シゲルが焦る。
 画面に絵。
「なんだ、あれは……」
 使徒と山の間、湖の上に、人型の放電現象が観測された。

 ──現在。

 放電の形を、ワイヤーフレームによって強調し、背景を消して解析結果と共にCG化する。
「人型兵器だな」
「はい」
「あの未確認の人型兵器についての情報は?」
「技術部の見解では、電磁シールドと非常に強力なビーム兵器を搭載していたとのことで」
「では使徒の攻撃を曲げたのは」
「電磁シールドとの干渉の結果でしょう。周波数帯を変更して、受けるのではなく、受け流したものと」
「ビーム兵器については?」
「まったく解析できていません」
「ATフィールドすら打ち破ったとなると問題だな……」
 ミサトに指示する。
「君には謹慎を申しつける」
「ですが!」
「大佐の具申を聞き入れていれば、少なくとも被害は出さずに済んでいた。そうだな?」
「はい」
「その上で反論するというのかね? 君は」
「いえ……」
「ならば指示に従い賜え」
「はい」
 歩き出したミサトの前に、黒服の男が二人立つ。
「パスカードと銃を」
 ミサトはぎりっと唇をかみしめたが、結局は逆らわずに懐のものを渡した。
 そしてそのまま両脇を固められて退出していく。
 オペレーターたちが何とも言えない目をしてそれを見送った。
「さて……」
 コウゾウは大佐へと訊ねた。
「使徒は倒された。幸いにも情報の操作は可能だが……どう思うね?」
「ネルフの功績にしてしまってもかまわないのでは?」
「できると思うか?」
「使徒の存在そのものが秘匿されているんですから、大丈夫でしょう。それに戦闘中には一般人の目なんてありませんでしたし」
「だがあれ自体は調べねばならんと思うが、どうかな?」
「それはもちろんですが……できますか?」
「無理なのか?」
「状況から言って飛行機能を持っているのは確実です。その上、光学迷彩に、あらゆる電磁波を吸収するステルス能力まで有しているようです。ネルフのレーダー網どころか、戦自、国連軍のものにまで、まるで足跡を残していません」
「ふむ……後を追うことすら困難か」
「ですが一度出しゃばってきたのなら、二度目もあるでしょうから……」
「わかった、その時のための準備は日向二尉に任せる」
「はい!」
「それから技術部には早急に零号機の起動試験の実施を要請する」
「はい」
「半壊滅状態にあるドイツ軍第三遊撃隊については……」
「あ、こっちはしばらく、このまま土木作業に従事します。山に埋もれてる連中……掘り出してやりたいですし」
「悪いね」
「いえ」
「で、隊の復旧についてなのだが、ドイツ第三支部より連絡があった」
「第三支部から?」
「ドイツ軍の新型兵器と、エヴァンゲリオン弐号機の本部提供を打診してきたよ」
「そりゃあ凄い!」
「では後のことは各自に任せる。報告は司令が松代から戻って来てからでいい」
 わかりましたと、唱和が起こった。


「よっ」
「兄さん……」
 恨めしげにシンジは見上げた。
「あれ、なにさ?」
「おいおい。俺も知らなかったんだって」
「じゃあ?」
「ああ……懸念してたとおりだよ」
 場所はドイツ軍のために割り当てられている事務室である。
 その奥にあるパーティションに、ツェッペリン大佐の席はあった。
「あれはオーストラリア産だ、間違いなくな」
「やっぱり待ちきれなくなったのか」
「そういうことさ」
 シンジは脱力したのか、椅子を借りて腰掛けた。
「あんなものを持ち出すなんて……あれはなんなの?」
「謎の秘密組織、地球防衛結社『ネオ』が誇る人型兵器。それ以上のことはお楽しみだと教えてもらってない」
 肩をすくめ、おどけて見せる。
「まあ良いんじゃないか? おかげで助かったしな」
「うん……」
「これだけの被害が出たのに、使者はゼロだ。まさに奇跡だよ」
「それ、信じてるの? 奇跡なんて」
「もちろん人為的なものだがな……、いや、使徒的、それも変だな」
 二人は苦笑を見せ合った。
 心当たりがあるらしい。
「ま、これでなんとかスケジュール通りになったんだ、良いんじゃないか?」
「確かにね……でもこれでだめだったら」
「ああ……。ドイツのアスカたちも黙ってなかったかもな」
 二人してぶるりと震え上がった。
 弐号機で飛んで駆けつけてくる様子が見えてしまったからだった。


 ──大空を黒い機体が飛んでいる。
 デルタ型の翼を展開している。しかし、よく見ればそれは巨人の翼であることが理解できた。
 背にある翼を後方へと流れる感じで広げているのだ。
 巨躯を包む装甲の色は赤。腕部は盾と篭手を一体化させたもので武装している。手は猫科の獣のような、手首のない状態になっていた。
 脇をぴったりと締めた状態で、その手だけ下にやっているものだから、まるで鳥の足のように見ることもできる。
 足はピンと伸ばされていた。ふくらはぎの追加装甲外側にあるカバーを開き、水平尾翼を成している。内側にはスラスターの姿が確認できた。
 首はジェット戦闘機のノーズに似せた作りとなっていたが、もちろん四十メートルを超える巨体の戦闘機などないのだから、そのままスケールアップしたというわけではないだろう。なにより下部に本来のものであるらしい顔が見られる。
 かぶり物なのだ。そのノーズは。
「飛行モジュール正常起動中」
 パイロットシートはそっくりエヴァと同じものになっていた。
 モニタも全方位型であり、流れる雲がここち良く感じられる。
 ──そして彼女は、実際に風の心地よさを味わっていた。
「ふぅ……S機関正常加圧中か。よくもまあこんなことができるもんね」
 3Dウィンドウに指を走らせていた少女は、赤い髪をかき上げてにやりと笑った。
「人型の生き物が鳥となって空を飛ぶ……か。人と鳥、ツータイプの肉体制御OSを矛盾することなくスライドできるよう詰め込むなんて、あの連中、言うだけのことはあるわね」
 良く見ればこの巨人のフォルムがエヴァのそれに酷似していることがわかるだろう。
 ただし、腕部や胸部の増加装甲によって、それを把握しづらくされてはいるのだが。
「でもこれで……勝てる」
 彼女はぺろりと上唇を舐めた。
 顔の右半分は醜く潰れ、ひきつれを残していた。
「待ってなさいよシンジ! あたしは、あんたを!」
 ──コロシテヤル。


「どうした?」
「あ……うん」
 シンジはエイカからウミを抱き取りつつ兄に答えた。
「アスカ……僕の世界のアスカって、どうしたのかなって……。なんでか今更思い出したんだ」