「良い? アスカ。電池切れには注意して」
「りょーかい」
 旗艦、オーバー・ザ・レインボウの艦橋窓に、赤い髪の女性が見える。
 マイクを手にして、彼女は外を覗き見ていた。視線の先には併走しているタンカーがある。
 ──被せられていたシートが盛り上がる。
 シートを押しのけてゆっくりと立ち上がったのはエヴァンゲリオン弐号機であった。
 陽光の中にすっくと立って、波間を走る航跡を目で追い始める。
「アインス」
 右腕をまっすぐに伸ばす。
 気配に気が付いたのか? 白波の動きが変化する。
 大きく回って一旦遠ざかり、そして弐号機に対し直線になるコースを取った。
 間に砕かれた巡洋艦の残骸が浮かんでいる。
「来なさい……」
 アスカはゆっくりと右拳を脇へと引いた。
 拳を作る過程で、たなごころの部分に窪みが発生し、それは拡がり穴となった。
 ──ガコン!
 突如肘から後方に光の棒が伸び生えた。
 使徒が来る。速度を増し、そして残骸を飛び越えた。
 あぎとを開いて押しつぶすかのような勢いで来る。
「そこぉ!」
 使徒の口腔で画面はいっぱいになる。その奥にコアを見つけた。
 弐号機が動く。右腕を突き出す。さらに肘の後ろの棒が収納され……。
 ──倍する剣が、手のひらから突き出されたのだった。

ミステイクス / 計算違い7

「これが弐号機と第六使徒との交戦記録よ」
 小会議室。
 暗い中、投射されている映像の前に立っているのはアスカ・ツェッペリン少佐であった。
 白のブラウスにワインレッドのタイ。黒いタイトスカートに黒のパンスト。
 肩にはモスグリーンのフライトジャケットを羽織っていて、左胸と左右の腕にあるワッペンは、第三遊撃隊の所属であることを示していた。
「なにか質問は?」
 唖然としているネルフスタッフたちがいる。
 ゲンドウ、コウゾウ、リツコ、ミサト。
 日向マコト、伊吹マヤは、それぞれの上司の補佐役として出席している。
 他にシンジ・ツェッペリン、碇シンジ、綾波レイ。ネオのアスカ・ラングレーの姿もある。
 惣流・アスカ・ラングレーは、彼らとは少し離れた位置に腰掛けていた。
「はい」
「葛城一尉、どうぞ」
「弐号機のあの兵器は……」
「極秘事項につき回答できかねます」
 ぴきりとこめかみに血管を浮き上がらせ、ミサトは続けた。
「弐号機の仕様書には基本的に初号機と同じものであると」
「誤解なきように。わたしはあくまでドイツ軍の所属であり、これを開発したネルフドイツの人間ではありません。あくまでオブザーバーである以上、技術的な質問にはお答えできかねます」
「ではなにについてならお答えいただけますか?」
「おおよその使徒の目的。此度の使徒についての確認された戦闘力。そういったものの報告が精一杯でしょうか?」
「……それなら国連軍から提供されたこの映像だけで十分だなぁ」
 余計なことを口にしたのは大佐であった。
 キッとミサトに睨まれて首をすくめる。
「そう怒らないでくださいよ」
「こちらはまじめに質問してるんです!」
「でも無駄なものは無駄なんじゃ……」
 ねぇ? 彼はリツコにそう振った。
「そうね」
「赤木博士!」
「使徒の構造、出現原理、その目的からなにからなにまで、一つもわかっていない以上、すべては提出された資料を元に、分析と解析を積み上げていくしかないのよ。そしてそれはうちの仕事よ」
「じゃあこの会議は何のためにあるってのよ!」
「セカンドチルドレンの紹介のためだったんじゃ?」
 またも余計なつっこみを入れて、今度はギッと睨まれてしまった大佐であった。


「ふぅ」
 どっかりとベンチに腰掛ける。
 正面の自動販売機では、アスカ・ツェッペリンが彼のためにコーヒーのボタンを押している。
「悪い」
 彼女はその物言いにクスッと笑った。
「ごめんが悪いに変わっただけね」
「中身は変わってないって言いたいわけ?」
「そうね」
「酷いよ、それは」
「大人になった分、タチ悪いわよ」
「どうも」
 カップを受け取り、隣に彼女が座るのを待つ。
「それで、あの子、どうなの?」
「難しいな」
 前屈みになり、似たような姿勢を取る。
「アスカ……面倒なんでラングレーとかお嬢って呼ばせてるんだが、あいつ、かなりわがままなタイプだよ」
「手に余る?」
「君ほどじゃあないさ」
「じゃあなんとでもできるでしょ?」
 唇を付け、彼女は顔をしかめた。
「なんだよ?」
「白湯。お湯だけ出てる」
 そっちのを頂戴と、彼女は手にあるものを床に置いた。
「それともなにか問題でも?」
「綾波だよ」
「レイ? あの子がどうしたの?」
「妬いてる」
「ああ……」
「底なしの欲求……もっと純粋に欲かな? お嬢はそういうのを持てあましてるんだよ」
「だからエヴァなの?」
「アスカたちとはかなり違うな。生まれたときから父親にも母親にも相手にされてなかったらしい」
「父親が居たんだ」
「そこだけでも違うな……で、彼女は親からの愛情を余所に求めた。手当たり次第に自分のものにしようとした。そしてその内、それをうまくやるために、人を操ることを覚えていった」
「シンジは? 誘導されたの?」
「もちろん利用しようとしたらしい……結局はミスッたんだが」
「失敗した?」
「下手してシンジに気づかれたんだよ。それが二人の破局の始まりになったらしいよ」
 アスカは渇く喉を潤した。
「嘘と欺瞞か」
「突き通せるほどの演技力がなかったことと、我慢が足りなかったことが、あの子の敗因に繋がったわけだ。そしてその代償がサードインパクト」
「なに、それ?」
「あいつらの司令たちは、サードインパクトを防ごうとして、初号機を守れと彼女に命じたらしい。ところが彼女は守られるべきは自分だと主張して……」
「ああ……」
「まあそういうことだ。シンジは騙され尽くされたことであの子を恨んでる。決定的になったのは最後の戦いのさなかに後ろから攻撃されたことらしい。あの子はシンジを餌にしたんだ……量産機のな」
「じゃあ……」
「ああ。君が味わったものを、あいつらではシンジが味わってる」
 そっかとアスカはため息をこぼした。
「そりゃあ恨んでも仕方ないか」
「君も俺を殺そうとしたしな」
「やめてよ……もう」
「だけどそれだけの体験だったってことだよ。……アスカは言ったよな? あの時どんなに恐かったか、俺にわかるのかって」
「ええ」
「わかるわけがないな……それはシンジにも言えることだ。そんな俺に憤りをぶつける行為は正しいよ。認める」
「ありがと……」
「でも、俺は男だったし、アスカは我を忘れてた。だから力で解決することができた」
「ほとんど強姦だったじゃない……」
「言うなよ。照れる」
「あ、そ」
 ふぅんと意地悪く笑う。
「で?」
「……あいつらは逆だったって話しさ。男のシンジが使徒の力まで持って復讐に走るってんなら、アスカには平穏はないってことになる。どうやったって逆らえない」
「あたしたちの場合はあんたが加害者であたしが被害者だった……だからあんたはあたしの暴力に対して、それほど恐怖を覚えなかった。そういうことか」
「逆なんだよな……女のお嬢は恐くなって逃げ出したんだよ。殴られる、ぶたれる、殺されるってな? それに耐えられるだけの力も体力もない。もっとも、そういう考え方は耐えられないって、別の結論を出して自分に暗示をかけてはいたが……」
「復讐につき合い、堪え忍んで、再出発する……そこまで進むことなく別れたと」
「ああ。俺はアスカに俺を殺すだけの力なんてないってわかって、耐えることにしたし、我慢した。我慢できた……。シンジに力を与えたって綾波レイ……余計なことをしてくれたな」
「それがあの子の恐怖心を助長させてしまったってわけね……ちょっと待って」
「ん?」
「じゃあ、どうやってあの子をなつかせたの? まさか」
「ああ」
 アスカの飲み残しを取り、唇を湿らせる程度に口に含んだ。
「……シンジから守って欲しければ、俺に服従しろ。そう命令したんだよ」


 エレベーター。
 無機質にカウンターが増えていく。
 その中には二人のアスカが居た。一人は扉に向いて立ち、一人は奥の角隅の壁に、腕組みをしてもたれている。
「ねぇ」
 奥のアスカが口にした。
 前髪を垂らしているからか? 酷く醜い顔つきに見える。
「あんたも大佐にされてんの?」
「はぁ?」
「されてんでしょ?」
 どうなのよ! 嫉妬まみれに口にする『自分』に、アスカは密かにため息をこぼした。
(シンジがあたしのこと、嫌うはずだわ)
「ちょっと! 黙ってないでなんとか言いなさいよ!」
 肩に手を当て、振り向かせようとする。痛い。力の入れ方に反射的に身構えてしまった。
「ひぃ!」
 自分から詰め寄っておいて、少女は青ざめ、飛びすさった。
「やめて! それどっかやってよ!」
「やめなさい、アインス」
 アスカの首に巻き付くように出現していたのは、あの青い魚であった。
 警戒しているのか? 主人に似た少女に頭を向けていたものの、言い含められて身を引き、消えた。
「あんたっ、あれ、使徒!?」
「使徒と同じ力を持った生き物よ」
「嫌ぁ! こっち来ないで!」
 チンと音が鳴って、扉が開いた。
 少女は『自分』を突き飛ばすようにしてエレベーターから逃げ出そうとした。
「おっと」
「大佐!」
「お嬢? なに泣いて……」
「馬鹿!」
 憎しみを込めて叫ぶ。
「あんたあたしを守ってくれるんでしょ!? だったらこんな奴と二人っきりにさせないでよ!」
「……なにをしたの?」
「姉さん」
 彼女はわざとらしくため息を吐いて見せた。
「いつもの、ごく当たり前の反応……って奴よ」
 ああとアスカ・ツェッペリンは納得した。

─Bパート─

「ショックよねぇ」
 ジオフロント、自然公園区。
 ベンチシートに腰掛けて、アスカはレイにこぼしていた。
「なんだかさ……自分でも気づいてなかった、自分ってものを見せられた気分よ」
「そう……」
「ごめんねぇ……せっかく付き合ってくれてんのに、他に共通の話題って思い浮かばなくってさ」
「別に。気にしてない……」
「聞きしにまさる無愛想な奴ね、あんたって」
「…………」
「ま、別に良いんだけどさ」
 ねぇっと彼女は口にする。
「あんた、あたしのこと嫌い?」
「そんなことはないわ」
「よかったぁ……シンジには嫌われてるからさ」
「…………?」
「ほら! あいつの知ってるアスカってああじゃない? だからあたしにもそのイメージがあるんだってさ」
「そう……」
「あんたって、お兄ちゃんと一緒に戦ってたんでしょ? だったらお姉ちゃんとも一緒だったのよね?」
「ええ」
「だからね! 昔、もしお姉ちゃんとなにかあったりして、それで最初から嫌われてたりしたら、やだなって思って……」
「あなたは、彼女の……いえ、碇君ことが信じられないの?」
「信じてるに決まってんじゃない!」
「そう……良かったわね」
「へ?」
「碇君も、あなたのことを気に入っているわ」
「そ、そうなんだぁ……へぇ」
 にやにやとする。
「やったぁ」
 ガッツポーズ。
「え? でもじゃあお兄ちゃん」
「ええ。あなたのこと、悪い子じゃないって」
「そっか……ちゃんと気にしてくれてたんだ」
 にちゃーっとなる。
「……幸せそうね」
「そりゃそうでしょ」
「でも碇君はあの人を……アスカを選んだわ」
「あんた馬鹿ぁ?」
 呆れた顔をして彼女は言った。
「欲しいものがあったら諦めない! 日本には略奪愛って好い言葉もあるじゃない」
 きょとんとするレイ。
 それからそうねと、同意した。


「そんなわけですか……」
 シンジ・ツェッペリンは追いつめられていた。
 通路の突き当たりである。背後には非常時のための避難用ハッチがあるだけで、逃げ場はない。
 彼の前には潤んだ瞳をして見上げてくる二人の少女が居た。アスカとレイだ。
「お兄ちゃん」
 萌えの入った声でそう口にする。もちろん両手は胸の前で組んでいた。
「あの子じゃよくって、あたしじゃだめなの?」
 こくこくとレイが頷く。
「ずるい……」
「いや、そういう問題では」
 だりだりと脂汗をかく。
「お兄ちゃん」
「大佐」
「あっ、ミサトさん! 助けてくださいよ!」
 通りがかったらしいミサトが見えたが、彼女はにや〜〜〜っと笑うとそのままバイバイと行ってしまった。
(しまったぁ! 仕返しに噂ばらまかれる!)
 このところのいじめすぎを反省しても、遅すぎの感のあった大佐であった。


「使徒ねぇ……」
「そうよ!」
 アスカ・ツェッペリンは、自分の嫌な面を極限にまで強調させたかのような娘への対処に困っていた。
 どう接すればよいのかつかめないのだ。
「あいつは使徒の力を手に入れてる、あの女は使徒を従属させてる。だったらあたしだって!」
「無理よ」
「なんでよ!」
「シンジは使徒を受け入れたわ。そしてあの子……アスカには先入観がなかった。でもあなたは恐れてる。最初から怯えてるようじゃね……」
「だめだっていうのね」
「ええ」
「くそ!」
 ガンッと壁に蹴りを入れる。
 少佐はもらったばかりの部屋なのにと思ったが、注意はしなかった。
 相手が自分だけに、どう反応するかわかってしまうのだ。
 まだ荷物は段ボール箱に入ったままである。簡素な事務机にまるでゲンドウのようなポーズを取って、苛立ちを紛らわせようとする少女を見つめる。
「アスカ」
「なによ!」
「力ってのは安易なものよ? 力で押さえつけようとすればするほど、より大きな力の存在に気づいていくことになるだけなの。わかる?」
「でもこのままじゃあたしはあいつに殺されるのよ!」
「政治力でもなんでもそう、シンジに……大佐に頼るというならそれでも良いけど、今度は大佐に見限られることを怯えなくちゃならなくなるのよ? そのことを考えないようにするためには? もっと力のある人間を探し出して、媚びるしかない。それでは堂々巡りだわ」
「だったらどうしろってのよ! まさかシンジに許してもらえっての?」
「まさか! シンジはね、あんたとは一生分かり合えないって思ってるのよ? そんな結論出してる相手に、今更……」
「じゃあどうしろってのよ……」
「あたしに頼ったら、それも同じことでしょう? エヴァに頼っても同じ」
「く……」
「結局は、あなた自身が変わるしかないのよ」


「命からがらって感じですね」
「まあなぁ」
 ──第三遊撃隊専用格納庫。
「それでこいつのスペックはどうなんだ?」
「本国の連中、凄いものを開発しましたね」
「ソルティックよりも大きいな」
 約十五メートルと言ったところだろうか?
「驚くなかれ! こいつジャンプができるんですよ、ジャンプが!」
「ほぉ?」
「それっていうのも、主機関に熱核融合炉を搭載することによって……」
「なに?」
「いえ、ですから、熱核融合炉……」
「そんなもの搭載してるのか!?」
「はい」
「……本国の開発部の連中、これ、市街地で使うってことわかってるのか?」
「爆発してもNほどのことにはならないって話ですが」
「同じことだろう……」
「多分ですけどね、天井の装甲板に穴が空かなきゃ良いって思ってるんじゃないかと」
「無茶苦茶だな……」
「でもその出力があればこそですよ。自重までとは行きませんが、ちょっとしたトレーラーやコンテナくらいなら運べるだけのパワーがありますし、さっきのジャンプの話しに戻りますが、とにかく桁違いの出力のバーニアを搭載してます。推進剤は食いますが」
「ザクか……」
 深緑色の機体を見上げる。
「まるで歩兵のヘルメットだな」
 頭を見る。
「ところで……なんで俺のだけ赤いんだ? しかも角付き」
「ああ。ファーストとセカンドがうるさくって」
「あの二人が?」
「はい。やはり大佐は角付きでないととか、色はもめましたけどね、赤とか青とか紫とか」
「ガキだなぁ」
「まったくです」
 付き合わされるこっちの身にもなってください……そんな愚痴が始まった。


 ──ま、あたしのものだけど、貸しておいて上げるから。
 これが他の誰かであれば、彼女は爆発していたに違いない。
(イライラする……)
 なぜ自分はあの女のいうことを、こんなに素直に真に受けているのだろうか?
 そんな自分らしくない姿に、彼女は酷くいらだっていた。
 第三遊撃隊の格納庫へ向かい、そこにある自機を見上げる。
 他のエヴァと違い、この機体はぴんと背筋を張っている。その上で増加装甲を身にまとっているものだから、印象としてはエヴァンゲリオンと重ならない。
 横を見る。全高十メートルに満たないソルティックと呼ばれるコンバットアーマーが数台居並んでいる。これも少女には見覚えのないものである。
 そんな中にあっても、四十メートルを超えるエヴァンゲリオンはあまりにも巨大で、目を引く存在であった。まるで人間とおもちゃである。
「お? アスカ」
「大佐!」
 あんたねぇっと噛みつく。
「また居なくなって!」
「それはこっちの台詞だ。ちょろちょろしてると恐いのが来るぞ?」
 うーっと唸ってしまう。それではまるでお化けを怖がる子供への言い様ではないかと。
「うっさい! あんたはあたしと一緒にいれば良いのよ!」
「無茶言うな。俺には俺の仕事があるんだから」
「なんの仕事よ?」
「とりあえずはあれだな」
「なに? あれもコンバットアーマー?」
「いや。モビルスーツというらしい」
「どう違うのよ?」
「コンバットアーマーは多足歩行戦車の延長で開発されたものなんだよ。だから動力部は普通の戦車や飛行機とあまり違わないんだ」
「その二つって随分違うと思うけど?」
「ところがMSは熱核融合炉で……」
「は?」
「熱核融合炉。あんなものに搭載できるほど小型化できたらしい」
「ちょっと待ってよ……それって」
「もちろん俺もどうかと思うんだがな……本国じゃあれに期待してるらしい。となるとなんとか運用する方法を考えなきゃいけないんだ」
 こっちだと促し、誘う。
「ソルティックとはかなり機動性も違ってる。武装もな」
「たとえば?」
「百二十ミリマシンガンに二百二十ミリバズーカ。それにヒートホークだったか?」
「ヒートホーク?」
「斧だよ。原理的にはエヴァのナイフと変わらんらしい」
「……そっか」
「なんだ?」
「人同士の戦争のための道具なのね?」
「そういうことだろうな」
 共にザクの前に立って見上げる。
「エヴァと違う、人殺しの道具だな」
「じゃあ今のあんたは人殺しなのね?」
「そうなるな……笑うなよ」
「だって、あのシンジが? 人殺し?」
「俺とあいつとは違うからな」
「でしょうね」
 大佐と呼ぶ声がして、彼はおうっと手を挙げて応えた。
「そこの休憩所にいてくれ。すぐ行く」
「わかったわ」
(一人にしないでって言ってくれたら、可愛がってやるんだがな)
 こう、頭を撫でてと、余計なことを考える。
 言い回しではなく、本気で()でるつもりなのだ。
(しかしあの調子じゃあ、余計なことは言えないか……)
 歩く途中で弐号機を視界に納める。
 ──ラミエル。
 シンジに服従することを誓ったあの使徒は、その存在を究極の粒子加速器に変貌させた。
 そうして利用価値を訴え、服従する道を選んだのである。
(ロウルの奴……)
 そして今、その加速器は……。
 少女専用のエヴァンゲリオン、その増加装甲用のエネルギー供給機関として、背部のユニットの中に組み込まれていた。