Episode:10A





「えっほ、えっほ、えっほ…」
 まだ暗い中、朝っぱらからまるでどろんボーを思い起こさせるような息を吐き、鈴原トウジは新聞を配っていた。
 なにげに担当の配達区域が変っている、強引にヒカリのマンションを配っていた。
「よっしゃあ!、この坂越えたらすぐやでぇ!」
 今日もヒカリはサンドウィッチとスペシャルドリンクを用意して待っているはずだ。
 この辺りは坂も多く、またマンションもひと部屋ひと部屋登って配らなければいけないため、配送員には嫌われていた。
「ありゃ?」
 途中で立ち止まる。
「あれ加持さんやないか?」
 青い車から降りる加持。
「それにミサトセンセやないかぁっ!」
 驚きに目を見張る。
「くうっ!、なんややっぱつきおうとる言う話はホンマやったんかぁ!」
 両拳を握って涙を堪える。
「なんでや、なんであないなナンパ男に…、て、いかんいかん、ワシにはもうヒカリがおるんや」
 でも思い出すのはサンドウィッチだ。
「まってぇやヒカリ、今行くで!」
「行くのはいいんだけどねぇ」
「はうわっ!、ミサトセンセぇいつの間に!」
 トウジの真横で腕を組んでいた。
「あんた高校行く気になったから勉強するって言って、授業中寝てばっかいるでしょ」
「あうう、すまんせん!、見逃してぇな」
「だめよ、他の先生に頭下げるのあたしなんだから」
「ひててててて!」
 頬をつねる。
「いい?、本気で勉強するつもりがあるなら、受験が終わるまではバイトやめなさい」
「うえええええ!、そないせっしょうなぁ!」
「そんなにお金かせいでどうすんのよ」
 ヒカリが準備している朝食が目当てだとはとても言えない。
「すまん!、センセぇ!」
「あ、こら待ちなさい!」
 トウジは制止を振り切って逃げた。
 坂を駆け上る、足と言うエンジンを全開にして、立ちこぎ12回、座りこぎ12回をくり返す。
 見事なヒルクライムフォーム、無駄の無いダンシング、トウジはいつしかミサトのことを忘れてペダルをこいでいた。
「あそこや、あそこに…」
 食べ物につられた時のトウジは強い、どんどんとペースを上げていく。
 どうしてそこまで一生懸命坂を上るのか、他の者には理解できないだろう、トウジの育った環境を知らないから。
 両親が別れてしまってから、トウジの食事は実に貧相なものだった。
 だからそこに食べ物がある時のトウジは凄い。
 食い物に飢えていた時の自分に戻るからだ。
 凄い、凄い、凄い、ロードレーサー達が汗して登るような坂を、新聞を大量に乗せた自転車で駆け登る。
 一心不乱にこいでいた、ふっとペダルが軽くなる。
「あ…」
 坂の頂上に来ていた、空が青白んでいる。
「登ったぁ…」
 はるか彼方まで広がる街並みが一望できた。
「登ったでぇ…、ここらで一番高い場所やぁ…」
「あんたねぇ…」
「はっ!」
 我に返る、すぐ隣にミサトがいた、愛車のルノーで軽々登ってきたらしい。
「あ、こら待ちなさいって言ってるでしょ!」
 トウジは時速百キロ近く出る下り坂を、十字を切っただけで弾丸のごとく下りはじめた。


 同時刻、箱根峠。
 第三新東京市に向かって地下を走る光ケーブル、その一つに取り付けられている、本来存在していないはずの黒いボックス。
 それが低いうなり声を上げて起動を始めた、調整用らしい小さな液晶のグリーンパネルに光をともして。
 パネルに赤い文字が流れた。
 It's a beginning stage, wake up! my cat's.
 それが全ての始まりだった。




第拾話

ジオブリーダーズ





「ちょっとレイ、なに邪魔してんのよ!」
「アスカ添い寝してからシンちゃん起こしてるでしょ、知ってるんだからね!」
「そうそう、好きにはさせませぇん!」
 どたばたと廊下で暴れる音。
「もう、うっさいなぁ…」
 布団を被りなおすシンジ。
「うきー!、邪魔です邪魔です、今日は私が起こすんですぅ〜〜〜!」
「なに勝手言ってんのよ!、あ、こらちょっと放しなさいってば!」
「あー!、踏んでる踏んでる痛い〜!!」
 ごろごろと転がるような音と共に開けられる扉。
「「「おはよー!」」」
 シンジはベッドに置きあがった状態で、冷たい目を向けていた。
「何やってんの…」
 だんご状に絡まっている三人。
「あ…、ははは…、はは…」
 乾いた笑いに、ユイは柱の影からそっと小さく呟いた。
「がんばれ…」
 誰に言っているのか、それは秘密だった


「あ、トウジ」
 カヲルもいる。
 今日のシンジは余裕をもって登校できた。
「なんや、シンジやないか」
「今日はレイたちと一緒じゃないのかい?」
 ニコニコとカヲル。
「うん、みんなケンカはじめちゃったから、遅刻しそうだし置いて来ちゃった」
 結構酷い。
「でもカヲル君がちゃんと登校してくるなんて珍しいね」
 わりと問題児だったりする。
「それでも成績落ちないんだもんなぁ…、塾でも行ってるの?」
「まさか」
 肩をすくめる。
「でも勉強を見てくれてる人はいるよ」
「ふうん…」
「シンジ君も習ってみたらどうだい?」
「え?、でも…」
「大丈夫だよ、シンジ君も知ってる人だから」
「え!?」
 はぁ…
 やたら大きなため息が聞こえた。
「何だよトウジ、いきなり…」
「朝飯食えへんかったんやぁ…」
 朝ミサトから逃げ回っていたせいだ。
「朝ご飯って…、ああ、洞木さんが作ってくれてるんだっけ、今」
「そや、今日行かへんかったもんやから、怒って先行ってまうし…」
「それで今日は一人でとぼとぼ歩いていたんだね」
「なんや無っ茶腹立つなぁ」
 カヲルのニコニコ顔にむかつくトウジ。
「ヒカリと高校行くんだけでも、ワシ精一杯やっとるいうのに、機嫌まで取ってられへんで…」
 出していた願書で、第一志望は同じ第三高校になっていた。
「んでもまともに勉強したことなんてあらへんし、余裕あらへんのや、どないしょう…」
「洞木さんに見てもらえばいいのに」
 何気なくシンジ。
 トウジがはっと顔を上げて、シンジを見ていた。
「あ、で、でも洞木さんの受験勉強の邪魔にならなかったらの話だけどね、うん」
「なんでそない簡単なこと思いつかへんかったんや!」
「え?」
 何か力拳をつくっている。
「そや、委員長に教えてもろたらええんやないか、なにも一人でやらなあかんことあらへん!」
 はあ、そうですかっとシンジ。
 これでベンキョの合間にまた美味いもん食わせてもらえるわ!、っというトウジの心の叫びを知らないシンジは「色ボケがまた一人」とため息をついた。
バカシンジー!
 距離に反比例した大きな怒鳴り声。
「うわぁっ、来たぁ!」
「来たじゃないわよこのバカ!」
 逃げ出そうとしたが遅かった、ラリアット、そのまま地面に叩きつけられる。
「酷いですシンジ様ぁ!」
 と言って一本背負いでズドンと落とした。
「ちょっと二人ともやりすぎだって!」
「ほらほら、シンジ君泡ふいてるじゃないか」
「あー!、なんでカヲルがここにいるのよ!」
 シンジ以外は見ていなかったらしい。
「あー!、さてはカヲルと行くからって先に出たのね」
「シンジ様の裏切り者ぉ!」
 今度は腕ひしぎ逆十字固めだ!
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
「こらっ、何やってンの!」
 走ってくるミサト。
「やばっ、逃げるわよ!」
「じゃね、鈴原君」
 ぽんっと肩を叩いて、レイはシンジの両腕を、ミズホは両足を抱え上げた。
「はーなーしーてーよー!」
 連れ去られる。
「なにやっとんのや…」
 いつの間にかカヲルもいなくなっていた。
「ほら!、鈴原君も急がないと遅刻するわよ!」
「ってセンセ、なんではしっとんのや…」
「パンクよパンク、車修理に出そうと思ったら業者の奴、渋滞で遅れてきちゃって…」
「それで走ってきたんかいな」
「まあね」
「加持さんに送ってもらえばええのに」
 というトウジの口を塞ぐミサト。
「もごもがもご…」
「ちょっとそういう噂、広めないでよね」
「ぷはぁ!、何やセンセ、別に隠す事あらへんやろ」
「……」
「な、なんや?」
 じろじろと見る。
「鈴原君、変ったわね」
「そ、そうですかぁ?」
「前は人のことは人のことって感じで、放っておいてたでしょ?」
「ま、まあそやけど…」
「ははぁん、さては洞木さんと」
 流し目をくれる。
「ななななななんや、わしがヒカリと何したっちゅうねん!」
「ほうらヒカリとか言ってるしぃ」
 うぐぅっとトウジ。
 きーんこーんかーんこーん!
 予鈴に助かったと安堵の表情を浮かべる。
「やっばー!、職員会議ぶっちぎっちゃった」
 今度はミサトが慌てる番だった。






「まったく、ホントにやる気あるのかしら」
 用務員室で愚痴をこぼしているミサト。
 加持は苦笑しながらせんべいをかじっていた。
「あによ…」
「いや、すっかり教師づいたなと思ってさ」
 照れてそっぽを向く。
「どうせそのぶん「小言が多くなった」とか言うつもりなんでしょ」
「わかるか?、やっぱり」
 せんべいを投げつける。
「あんたこそどうなのよ、こんなところで隠居じじいみたいに畑耕すのに精を出して…」
「以外といいもんだぞ?、何と言っても花が咲いた時のあの感動はかえ難いものがあるしな」
 へーへー、そうですかっとミサト。
 手元でお茶の入った湯呑みをもてあそんでいる。
 会話に間が空いた、そこへちょうど電話のベルが鳴る。
「はいはい…、ああ、これはどうも」
 お茶をすすりながら、上目使いに加持を見ているミサト。
「ええ、わかりました、では」
「何かあったの?」
 目つきが少し鋭くなっていた。
「ちょっとな…」
「ふうん…」
 ずずっと茶の音。
「悪いな葛城、仕事ができた」
「そう、じゃああたしも行こうっかな」
「行くって、どこに」
「あんたの本業を手伝ってあげるわ」
「葛城…」
「な、何よ」
 真剣なまなざし。
「公職員のアルバイトはまずいぞ?」
 加持は嬉しそうな笑顔を見せる。
「助けがいるようなら、ちゃんと頼むさ、だが今はまだ何が起こっているのかもわからん、心配してくれるのはありがたいけどな」
「だ、誰があんたの心配なんかしてんのよ!」
「そうか?、それは残念だな」
 意地になって否定するミサトに優しげな視線を向ける。
「まあ信じろよ、俺と渡り合えるのはただ一人、お前だけなんだからな」
 ぽんっと頭に手を置き、くしゃっと撫でて行く加持。
「何よ子供扱いしてさ」
 ぶうっと、それこそ子供のようにむくれるミサトだった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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