Episode:10B
「化け猫ねぇ…」
くだらないわね…といつもの白衣姿で、リツコは冷めかけているコーヒーを口に運んだ。
ここはゼーレビルの地下実験施設だ。
乱雑に置かれている妖しげな機械から、さらに妖しげにコードやパイプの類が、部屋を縦横無尽に駆け巡っていた。
「でも確かに見たんです!、夜ここでなにかの作動音がするからって来てみたら、そこの窓に大きな猫の生首が目を見開いてて…」
がくがくと膝が震えている。
「嘘をついてるとは言ってないわよ」
それは様子を見ればわかった。
なぜこんな娘がこの設備の担当主任なんだろう?
リツコは疑問符を浮かべずにはいられなかった。
「くだらん…、おばけ騒ぎもいいが、原因はわかったのかね?」
とってつけたようなモニターテレビに、いつものポジションのゲンドウと冬月が映っていた。
「外部からセキュリティーを突破されたようね」
「ばかな!、ここのセキュリティーはペンタゴンを落とすよりも…」
「事実だ、受け止めろ」
「しかし碇…」
こういう時のゲンドウは、感情と言うものを一切失ったかのように排除している。
「ざっと見ただけで200以上の方法でハッキング、またはクラッキングを受けているわ」
「そんなことが可能なのかね?」
「少なくとも、MAGIがあればね」
それは不可能と同意だ。
「ダミーが6万通り、これも同時にばらまかれているから…」
「対策は?」
ゲンドウは細かな報告を省いた。
また報告は私が読むのか…と、ため息をつく冬月。
「通常の防壁では役に立ちません、あれを使うべきでしょう」
「いや、しかし赤木君、あれは…」
「冬月」
ゲンドウの一言で黙る。
「君に任せる」
「わかりました」
それで回線は切れた。
「信用してくれてるのかしらね?」
とりあえず予定外の仕事が舞い込んだことに、嘆かずにはいられなかった。
「いいのか碇?、あれは極東支部の切り札として開発を依頼していたものだぞ」
「これはチャンスだよ冬月、いいデモンストレーションになる」
「まだ実用以前の段階だ、逆に欠陥をさらさねばいいがね」
ゲンドウは答えない。
「それに、正体不明の相手だ」
「ああ、おかげで厄介な男を逃がした」
テーブルの上を滑らせて、一枚の写真を冬月に渡してよこす。
「こいつは…」
禿頭に大火傷の痕をつけた男。
「松沢夏樹、彼に捕らえられた後、ゼーレの監視下にあったのだがな」
「ばかな!、SSSを通じてゼーレの収容所に送られたはずだぞ!、あそこから逃げ出すなど…」
「このビルのセキュリティーが突破されたのと同じ時刻に、何者かの手によって収容所の管理システムが落とされた」
しばらく考える。
「そうか、ネルフのコンピューターを経由して収容所を落としたな」
「ああ、ここからならノーチェックで侵入できるからな」
「だとすれば碇、これは問題だぞ、相手は直接収容所を狙うよりも、より難度の高いここのコンピューターを狙ってきたんだからな」
「ああ、だからこそ彼女の開発したあれが役に立つ」
手元のモニターを見る、一心不乱にキーを叩いているリツコの姿が映っていた。
「しかしこうも部外者に頼らねばならんとは、ネルフも先が知れているな…」
「地下の実験施設は彼女の目指す生体コンピューターの研究に合うベストな場所だが、無料で貸し出しているわけではない」
「まあ、そういうことにしておくか…」
さっきから何かを口にしようとして、できないでいる。
「なあ、碇…」
「わかっている、彼女ならあるいはこの街の都市機能全てを掌握することも可能だ」
「だが彼女であるわけがない」
「ああ」
だが冬月はゲンドウほどにその名前を忘れ去ることができなかった。
ナオコ、赤木ナオコ。
「彼女は今どこにいる?」
「連絡がつかん、休暇中と言うことだが…」
冬月は目眩いを覚えた。
●
「なあ、ほんとにそれ美味いのか?」
どこかの山中なのだろう深く掘られた壕の中で、禿頭に火傷の跡を残した男がサングラスごしに女を見ていた。
「慣れればいけるわよ?」
食パンの間から鯵が覗いている。
「食べる?」
「いや、俺はカレーで良い」
レトルトのカレーを、固形燃料で温めているお湯に放り込んだ。
空を見る、大樹の傘が空を見せてくれないが、まだ夕刻には早いだろう。
女を見る、少々癖のある髪をしていた、歳は四十を食っているだろう、片手で器用にキーボードを叩いていた。
「カレー、相変わらず好きなのね」
「ああ」
「でもご飯が無いわよ」
この世の終わりのような顔をする。
「やっぱり食べる?、あとシメ鯖バーガーが残してあるから」
早く街へ入りたい…と、松沢は壕から少しだけ頭を出した。
遠くの方で車の走る音が聞こえる、車道が近いのだ。
「まだなのか?、そいつは」
「いま終わったわ」
「ENTER」と書かれたキーを押す。
キーボードに繋がる幾束ものコードは、黒い箱からのびていた。
箱は更に山中に埋められている光ケーブルへと繋がっている。
低く鳴動をはじめた、一度だけ大きな駆動音を立てる。
「さあみんな、続きをはじめましょうか?」
松沢にはそれが「にゃーん」と鳴いたように聞こえた。
●
「何事かね!?」
「先と同一のハッキングです、防壁を突破されました!」
ちっと舌打ちする冬月。
「擬似エントリーも効果ありません、保安部のメインバンクに侵入!」
「パスワード走査中!」
ネルフ作戦司令室は悲鳴に包まれていた、そこらかしこでレッドランプとアラームが混乱を増長している。
「許可は出ている、あれを起動したまえ」
「はい!」
オペレーターの女の子が凄い勢いでキーを叩いた。
「プログラム、ドライーブ!」
勢いよく防護ガラスを叩き割って、その下のスイッチを入れた。
画面にピラミッド型のワイヤーフレームが表示される、その各頂点にそれぞれ空白のウィンドウが開かれた。
「V.MAGIシステム、セーフティディバイス、リリース!」
カードをスリットに通す、直後ウィンドウにUld、Skuld、Belldandyの文字がそれぞれ表記された。
中央にでかでかと「Virtual MAGI・SYSTEM」とグリーンの文字がうつし出される。
「擬似人格プログラム、エントリーしました」
「プロセッサー使用率は80%に設定」
「Uld、プログラムサーチを開始します!」
ピラミッド中央にウィンドウが開かれた、ものすごい勢いでネルフの全コンピューターのプログラムが流れていく。
淺黒の女性が現れた、顎に手を当ててプログラムを眺めている。
スクロールが止まった、じっと覗きこむ、プログラムの一部が六本足のウサギに化けた。
「リプログラム部分発見!、Sukldウィルス消去!」
小さな女の子のCGが現れた、手に持ったハンマーでウサギを叩く。
ウサギ消滅、今度は少女のグラフィックが表示される。
「Belldandy、修復開始」
両手を胸の辺りで組んで、呪文を詠唱するような仕草を見せた。
流れ出るように特殊言語が現れ、ウサギに化けてなくなったプログラムの欠損部分を埋めていく。
「これで暫くは持つか…」
「でも可愛いCGですね」
「ああ、彼女にこんな趣味があったとはな」
意外な面持ちでリツコを思い浮かべる。
実はCG自体はマヤの作品だった。
「何ですか?、赤木先生」
不安げな伊吹マヤ。
理科準備室、ほとんどリツコの私室と化しているこの部屋は、昼なお暗く、また不自然にひんやりとしていた。
奥まったところから、キーボードを叩く音が流れてくる、リツコの眼鏡に妖しくモニターの光が反射していた。
「実は面白いものを見つけたの、これ見てくれない?」
かこんっとリターンキーを叩く。
ゆっくりと何かの写真が表示された。
「ああっ!」
マヤの顔色が青ざめる。
「お願いがあるんだけど、聞いてくれないかしら?」
マヤはいやいやをするように首を振った。
「嫌です、あたしもうあの世界には戻らないって決めたんです!」
冷たい目で見るリツコ。
「普通の人に戻るって決めたんです!」
「過去からは逃げられないのよ、マヤちゃん」
写真をプリントアウトする。
「あなたのこのコスプレ写真、あなたの描いたやおい本と一緒に青葉君達に見せたらどうなるかしら!」
ズガーンっとなにかがマヤを貫いていった。
マヤちゃんてオタクだったんだ…
オタクだったんだ!
だったんだ!!
たんだ!!!
くわんくわんくわんっと頭が揺さぶられる。
「潔癖症はね、辛いわよ?、汚れてると思ってるんでしょ、あなた」
「あたしに何をさせようって言うんですか!」
涙目。
すっと企画書を指し出す。
一読するマヤ。
「こんなの、何に使うんですか…」
「いいことよ、とってもね」
その時のリツコの歪んだ微笑みを、マヤが忘れる事はないだろう。
「はじまったようね」
ゼーレビル、地下実験施設でリツコは自前のノートパソコンを繋いでV.MAGIの状態をチェックしていた。
「やっぱりV.MAGIを使うにはここ程度のコンピューターじゃ駄目ね、システムに40%以上も制限がかかってるじゃないの」
ついでとばかりにデータを取っているらしい。
「それでも初めての始動試験の時に比べたらマシですよ、あの時なんて、いきなりリソース足りなくなってハングっちゃったんですから」
担当主任と肩書きを与えられて、リツコを押し付けられているとは思ってもいないらしい。
仕事に律義なのか、たんに間をとれないのか、立ち去ることができなくて、暇なのでコーヒーを入れていた。
「聖良ちゃん、そっちのゲージ確認してくれる?」
「はい!」
仕事を与えられたのが嬉しいのか、嬉々としてパネルを覗きこんだ。
「勝率4割ってとこでしょうか?」
「そう、分が悪いわね」
V.MAGIの修復を上回るスピードで、システムが食い荒らされていた。
「ウィルス型のハッキングプログラム、しょうがないわね、Vをダミーにさせてもらいましょうか」
タタタンタンっと軽快にキーを叩く。
リツコはV.MAGIに食い付いたウィルスの解析をはじめた。
と同時に、その解析データをMAGIへ転送する。
「さあ猫ちゃんたち、悪いネズミの正体を暴いてちょうだい?」
だがリツコは間違っていた。
相手もまた猫だったのだから。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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