Episode:10D





「この癖…、覚えがあるわ」
「え?」
 聖良がリツコと同じモニターを覗いた。
 覗いてみたが、聖良には何がなんだかわからなかった。
「この展開、MAGIが持っていた癖だわ」
「ええっ!?」
 MAGIはメンテナンスも含めて開発者であるリツコ以外、その構造を知るものはいないのだ。
 V.MAGIとて同じである。
 V.MAGIはMAGIから抽出した人工人格プログラムをエミュレートするためのプログラムに過ぎない。
 欠点として生体コンピューターのように膨大な記憶容量を持たないコンピューターでは、常にデータの最適化と圧縮の保存作業をくり返すために高速化できなかった点と、知能が育つというほど経験を蓄積できないという部分にあった。
「V.MAGIにはMAGIからAIプログラムを移植してあるから、基本になる思考ルーチンといえるほどのものは、もう残っていないのよ」
 成長し、経験が個性を与えているからだ。
「だから「昔持っていた癖」というのが引っかかるわ…」
 誰かがあたしと同じ基礎理論からMAGIと同じ物を造り出したの?
「そっか、一人だけそれのできる人がいたわね」
 赤木ナオコ。
「まさか、母さんなの?」
 リツコは懐かしい記憶を思い返した…

「おかあさん!」
「あらあら、なぁにリッちゃん」
 幼稚園に入る前のリツコだ、ナオコの足に噛り付いている。
「またじゃんけんするの?」
「うん!」
 ようやくグーチョキパーを覚えたところだった。
「好きねぇリッちゃん、そんなに楽しい?」
「うん!」
 少し考え込んだ後、ナオコはリツコのためにじゃんけんのためのゲームを作った。
 リツコはしばらく夢中になって遊んでいたが…

「それぞれに長け、それぞれに弱い、三つがせめぎあうことでより人間的な一つの結論を導き出す、「三賢者システム」、結局完成させたのはあたしだけど、母さんも中身は知っていたものね」
 電子メールをチェックする、母に送ったメールの返事は届いていない。
 カコンっとキーを叩いた、ノートパソコンの液晶ディスプレイに「LINK TO MAGI」と表示される。
「良いんですか?、リンクしちゃうとMAGIがハックされる可能性も…」
「大丈夫よ、手は打ってあるから」
 タスクバーにプロテクトである666プログラムが常駐していた。
「じゃあ、あとは神様に祈るだけですね」
「さあ、行ってらっしゃい猫ちゃん達?」
 まるでベンチマークテストのように猫のCGが画面を埋めつくした。
 リツコはMAGIの手足となるバーチャルキャットを解き放つ。
「にゃん♪」
 猫たちは愛らしく鳴いてみせた。
「どうか、猫ちゃん達に神のご加護がありますように」
 聖良は乙女のように祈りを捧げた。


「動いたようね」
 箱根峠の山中で、夜に備えて厚着していた女がシステムの駆動音に変化を感じた。
「さすがはリッちゃん、対応の早い事」
 嬉しげに口元を歪める。
「あの人は大丈夫かしらね…」
 松沢のことだ。

「行くの?」
「ああ…」
「バカね、せっかく帰ってこれたのに」
「奴と決着をつけるために、地獄の淵から舞い戻ってきたのさ」
「…ホントは恥ずかしいんでしょ、そのセリフ」
「うるせぇ」
 松沢は真っ赤になっていた。

「ほんとに馬鹿なんだから…、でもロジックじゃないものね、男も女も、そして人も…」
 この女の酔い方もかなり危なかった。






「行くとこって、ここなの?」
「そうだよ?」
 かなり意地が悪そうな顔をしてカヲル。
「お父さまの会社じゃない」
 三人はゼーレビルを見上げていた。
「あ…」
 カヲルが先に立って歩きはじめる。
「い、良いのかなぁ、勝手に入っちゃって…」
「良いわけないよ、カヲル君…」
「大丈夫だよ、心配性だなぁ」
 くすくすと笑いながら受け付けに向かう、受付嬢とは仲が良いらしい、友達連れなのを見て、一応確認してみるからとかなんとか話し合っている。
 きょろきょろと見回している二人。
「場違いね、なんだか」
「うん…、あれ?」
 エレベーターから出てくる、見覚えのある人物。
 向こうもすぐに気がついたようだ。
「なんだ、シンジにレイではないか」
「父さん…」
 何だか会社だと雰囲気違うなぁ…っと、苦手意識がわいた。
 レイは周囲を気にした、どよめきが起こっている。
「ねえ、あの子本当に碇さんのお子さんなの?」
「ええ、もちろん」
 そんな受付嬢とカヲルの会話が聞こえてきた。
「あの女の子も?」
「まあ…、そんなところです」
 シンジも気がついたのか、妙に萎縮している。
「なんだ?、何の用だ?、用が無いなら帰って勉強でもしていろ」
「あ、うん…」
 とか言いながらシンジもレイも周りの観客も、ゲンドウの耳が赤くなっていることに気がついていた。
「僕が連れてきたんですよ」
 カヲルが寄ってくる。
「渚君がかね?」
「ええ、一緒に勉強を見てもらおうと思いまして」
 ああ…っとゲンドウは納得した。
「しかしシンジ、お前が勉強などと言い出すとはな」
「シンちゃん、受験結構危ないみたいで」
 とレイは冗談めかして言ったが…
「なに!、そうなのかシンジ」
 と予想外に強い調子で聞き返されてしまった。
「う、うん、ちょっと英語とか危ないかな〜って…」
「なるほどな…」
 腕組みして考える、シンジ達は何だろうと首を傾げた。
「ああそうだシンジ君、悪いんだけど小銭を持ってないかい?」
 唐突に言い出すカヲル。
「ちょっと喉が痛くてね」
 喫煙席に目を向けてから、自販機を指した。
「ああ、うん、じゃあ何か買ってくるよ」
 シンジは疑いもせずに走っていった。
「今日、シンジ君が狙撃されました」
 送り出した笑顔のままで、ぽつりと突然告白した。
 レイの顔が青ざめる。
「ちょっとカヲル!」
「レイ、ここなら盗聴されない、静かに」
 ぐっと堪える。
「ここに来る途中、電車に乗っているところを狙われました」
 あの時の光、力を使ったのね?
 脳裏にレイの質問が届く。
「そうか、わかった」
 ゲンドウの答えはそっけなかった。
「お父さま!、シンちゃんが狙われたんですよ!?」
 小さな声で抗議する。
 無視して携帯を取り出すゲンドウ。
 相手は冬月らしい、短い会話、すぐに切った。
「渚君、今日はシンジとレイも連れて行きなさい」
「そのつもりです」
 ゲンドウは踵を返した。
「お父さまっ、どこへ行くんですか!」
 だがゲンドウは答えない、心なしか背中がさっきよりも大きく、迫力をもって見えた。
 生唾を飲み込むレイ。
「おまたせ、あれ?、父さんどうしたの?」
 エレベーターに戻っていく。
「なんだか怒ってるみたいだけど」
 レイははっとしてシンジを見てから、カヲルに視線を向けた。
 おの人は、きっと誰よりも怒っているんだよ。
 頭に直接答えが帰ってきた。
 レイはゲンドウがエレベーターに乗り込むまで、しっかりと見送った。






 夕日に街が美しく彩られている。
 ミサトは穴場として知られている峠から、朱に映える街並みを眺めていた。
 吹き上げてくる風に髪がなびく、持っていかれそうになる度に、ミサトは髪を押さえなおした。
「どうだ?、美しい街じゃないか」
 加持の問いかけに、まあね…と心で答える。
「でも逃げ込むために創られた臆病ものの街だわ」
 あたしにぴったりね…と自嘲気味になる。
「そう自分を責める事はないさ」
「責めたくもなるわよ…、一方的に逃げ出しておいて、気がついたらまたあの戦いの中にいる、あの子たちを守るって決めたけど、結局あの子たちの代わりにしているだけなのね」
 加持は黙ってミサトにUCCオリジナルコーヒーを渡した。
「自分が…あの子たちにあたしが撃った子の事を重ねてるって気がついた時、恐かった、どうしようもなく恐かった…」
 加持はやり切れない目をして、ミサトから視線をそらした。
「ごめんね…、こんなこと話して…、きっと感傷的になってるのね、去年の今頃のこと思い出しちゃったからかもしれない、あの戦いの時に言ったわ、生きることだけを考えなさいって、でもあたしの選んできた生きる道は…」
「葛城の選んだ道だ、俺に謝る事はない」
「違うのよ…、ほんとズルい女ね、ちょっとした迷いが出たからって、すぐ人に頼ろうとする、人に答えを貰おうとする、ちょっと不安になったら調子よく男にすがろうとしてる、ホント嫌んなるわ」
「もういい、やめろ」
「あの子たちの戦いにあたしの力なんて役に立たない!、色々やっているつもりでいるけど、いつも最後はあの子たちの力を見せつけられるだけ!」
「やめろ葛城!」
「自己満足なのね、あたしのしている事って」
「それは違うぞ葛城!」
「何が違うって言うのよ!」
 きつく言い返してしまった、だが加持はそんなミサトの言葉も包みこむほど、穏やかな笑みを浮かべていた。
「守ってやれよ、中学生ぐらい」
 ミサトを抱きよせる。
「でも…」
「戦いたくなければ、また逃げ出せばいい、お前の決める道だ、自分で考えろ」
 ミサトはうつむいた。
「だがな葛城?、逃げても解決しないとわかったから選んだんだろ?、見ろよ、美しい街じゃないか」
 ミサトも赤く染まる街を美しいと思った。
「ちがうわ、世界が…よ」
 ミサトはうるんでいた目を、指でこすった。
「誰が壊してもいけない世界だ、そうだろう?、あそこで安らかに眠れるように、子供達のために戦う、俺はずっとそうしてきた、お前はどうするんだ、葛城?」
 ミサトは顔を上げた、今度はうつむかない。
「まだ十五だ、あの子たちだって普通に暮らしたいんだよ、それぐらいは見ていてわかるだろう?」
「ええ…あたしが、守ると決めたから、決めたのはあたしだから」
 加持の胸の中、ミサトは屹然と答えてみせた。
「守ってやろう葛城、日常ぐらいはな」
「……そうね」
「まだ俺達の理屈が通じるところにいるんだから」
 加持は満足げにうなずいてから、本題を切り出した。
「じゃあ、本題に入ろう」
「ええ」
 一気にコーヒーを流し込んで、気分を切り替える。
「松沢が逃げ出した」
 ぶぅっと吹き出す。
「おいおい…、汚いなぁ…」
「げほごほがほ…、なんですって!?、あの男が逃げた?、いったいどうやって…」
「それについては今リッちゃんが探ってる」
「ヤッパリつるんでたのね」
 ジト目。
「つるんでるわけじゃないさ、俺はあくまで、松沢に狙われてるだけだからな」
 ふ〜んっと疑わしげ。
「あ、信用してないな?」
「まあね、で、松沢は?」
 加持はポケットから携帯ラジオを取り出すと、ニュースチャンネルを選んでボリュームを上げた。
 いま中央警察署前ですです、襲撃した武装グループは押収、保管されていた銃などを奪って逃げたとの話も…
「これって!?」
「来るなら今晩だ、集団になってる、どうも俺のことはついでだったらしい」
 ニヤリとバカにしているような笑みを浮かべた。
「葛城、手伝ってくれ」
 うなずく。
 ミサトは立ち去る前に、もう一度だけ街を眺めた。






 相変わらずハッキングを受けているネルフ本部。
「狙いがここだけだから良いようなものの、これが都市機能を狙ってきたら数時間でかたがつくな」
 なぜそうしないのか?、冬月は頭を痛めていた。
 怒声と共になされる報告は、刻一刻と内容に影を持ち込んでいる。
 プルルルル、携帯が鳴った。
「この忙しい時に…、はい、冬月です」
「私だ」
「碇か!、この忙しい時に、お前どこにいるんだ!」
「一階のロビーだよ、晩飯を食いに帰ろうと思ってな」
 ぐぐぐぐぐっとのけぞりながら、冬月は一瞬で数万の罵声を脳裏にひらめかせた。
「いま渚君が来ているぞ」
 ああ、そう言えばと気がつく。
 今日は約束していたなっと。
「それからシンジとレイも一緒だ」
「碇、今はそれどころじゃ…」
「頼む冬月…、二人の勉強を見てやってくれないか?」
 なにか思うところがあるような雰囲気。
「わかった」
「すまん、そっちは私が代わる」
 冬月は「元々お前の仕事だぁっ」と叫ぶのをなんとか堪えた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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