Episode:11B





 日曜日、午前八時十二分と約四十秒。
 休日の朝、シンジは当然のごとく惰眠をむさぼっていた。
「ん…」
 まどろみから少しばかり浮きあがる。
 なんだろ、左手が…
 しびれていた、感覚がない。
 それになんだか…
 良い香りがする、嗅ぎなれた匂いだ、なにかが鼻孔をくすぐる。
 それに柔らかくって…
 ボリュームのあるものがシンジにくっついていた。
「…って、ええっ!?」
 驚き飛び起きようとするが、腕が動かない。
「れ、レイ!」
 レイが寝ていた、シンジの腕枕で心地よさそうに。
 だぼだぼのシャツを着ている、胸元が覗けて見えた。
「の、ノーブラ…」
 ぷっと鼻血を吹くシンジ。
「見ちゃだめだ見ちゃだめだ見ちゃだめだ…」
 気をそらそうとして、さらに大変なことに気がつく。
 足元、下半身、シンジはパジャマのズボンをはいていたが…
 うえっ!?、レイ、何もはいてないんじゃ!?
 頭に一気に血がのぼる。
 ショートパンツをはいていると言う考えには至らなかった。
「まずい、まずいよ!」
 なにやらコカン部にビッグバン的大異変がおきかけている。
「ン…」
 レイが身じろぎした、起きてよ…と言いかけて、言いよどむ。
 か、可愛い…、かもしんない。
 抱きついているわけではなく、ぴったりと寄り添いくっついているだけだ、シンジは部屋の匂いに気がついた。
「湿布くさい…」
 床一面に使い終わったシップがばらまかれていた。
「レイ、一晩中シップかえててくれたのかな?」
 そう思うと、邪険にはできなくなる。
「じゃ、しょうがないかな…、でも…」
 カーテンごしの朝日、レイの髪と肩が透けるように白く見えた。
 起こさないように、手首の固められている右手で髪をはらってみる。
「幸せそう…」
 笑みを浮かべていた。
 色素の薄い肌色に、赤い唇が際立って見える。
 ごくり…
「!?!*−/*!??*?」
 思わず喉を鳴らせてしまった、起きないかと焦る。
 大丈夫…、かな?
 と同時に、なんて無防備なんだろうと考えてしまう。
「信用…、してくれてるのかな?」
 でも…と、やはりシンジも男の子だった。
「こ、これはあれだよね、優しくしてくれたレイに対しての、ちょっとした御褒美だよね」
 ぐびびびびっと、今度は遠慮なく生唾を飲み込んだ。
 ゆっくりと唇を近づけていく。
 …そういえば、前にもこんなことあったな。
 あの時は…、そうだ綾波が…
 まさに唇と唇が触れる寸前、シンジは思い出してしまった。
 こういうことは、正気の時にしてあげて。
 その方が、喜ぶとおもうから…
 あの時、レイは酔っ払ってたんだけど…
「そっか、そうだよね…」
 鼻息がかかるほどに近づけていた顔をはなす。
「こういうのはダメだよね」
 シンジは天井を見て呟いた。
 キスの代わりにと、感覚のなくなった腕でなんとかレイの頭を、ずっと深く強く抱き込んだ。
「いて!」
 太股をつねられた。
「意気地なし…」
 薄目を開けている。
「おおおおおお、起きてたの!?」
 狼狽して思わず離れかけた。
「うん、ずっと起きてた」
 ぐいっと逃がさないように引っ張って、元のポジションに落ち着ける。
「ず、ずるいや、起きてたなんて!」
「だって、起きようと思ったけど…、恥ずかしくって…」
 胸に顔を押し当てて表情を見られないようにする。
「レイ?」
「シンちゃん…」
 顔を上げる、心なしか瞳がうるんでいる。
 ほんの僅かにだけ開いている唇、シンジは吸いこまれそうになった。
「レイ…」
 ゆっくりと…、ゆっくりと近づける…
「シンちゃん…」
「レイ…」
「おっはよー、シンジぃ!」
「おはよーございまぁっす!」
 瞬間、空気が凍りついた。
 以後、しばし地獄絵図が展開されたわけだが、シンジは何とか生き残った。






「まったくもぉ!、ホントに油断も隙もありゃしないったら…」
「シンジ様もシンジ様ですぅ!、最近すっごく品が無くなられたような気がしませんかぁ!?」
 それって、本人が噂に追いついたってことかしら?
 すなわち第一中の種馬男。
 ヒカリは引きつった愛想笑いを浮かべたまま、首を傾げた。
 次々と積み上げられていくお皿、様々な種類のケーキが二人の口に消えていく。
 きっと今日は大赤字だろう、店長が奥から涙を流して覗いていた。
「シンジの奴ぅ、もう絶対再教育の要有りだわ!、レイとあたしにふさわしい男になるって約束したくせに!」
「って、それって何の話ですかぁ!?」
 しまったと舌を出すアスカ。
「ああ、それって温泉行った時の話よね?、碇君と綾波さんが二人きりでロッジに取り残されて…」
「ふえええええん!、なんですかそのお話わぁ!」
 半狂乱。
「ああっ、テーブル揺らさないでよ!」
「あーっ、崩れる崩れるぅ!」
 なんとかお皿を死守する。
「ああんもぉ!、なんだかすっごくズルいことで一杯ですぅ!、ガトーショコラにミルフィーユ追加ですぅ!」
「そんなに気にするほどのことじゃないってば、ミズホが来る前の話なんだし…」
「ふみーん、それでもそんな約束してもらったことなんて…」
 と、そこで思い出す。
 その気になれば、いつまでも一緒にいられるよ。
 いつかの時、微笑みと共に投げかけてもらった言葉。
「なによ?」
「あ…、ううん、なんでもありません〜」
 ピンっとくる。
「何よこら!、このあたしに隠し事しようっての!?」
「ふえ〜んっ、先に内緒したのはアスカさんですぅ!」
「ああもう、ほらつかみ合いはやめなさいって…、みんな見てるし」
「見てるって、誰がよ!」
 言ってから「あ…」っと、いま自分達がどこにいるのか思い出した。
 喫茶店風のケーキ屋、食べ放題のバイキングが効いているのか、女の子たちで溢れている。
「あうう、アスカさんたら恥ずかしいですぅ」
「この裏切りものーっ!」
 アスカはまたも叫んでしまった。






 二人の体積をあわせたよりもなお多い料理の数々。
「満間全席にはおよばないけど、いっぱい食べてね?」
 にっこりとレイ。
「えっとぉ、どれから食べるぅ?」
 食卓についたシンジは、もうまな板の上の鯉同然だった、なすがまま、なされるがままだ、レイは隣に座っている。
「じゃ、この肉だんごの甘酢あんかけからね?、はい、あ〜んして」
「い、良いよ、フォークがあったら左手でも食べられるし…」
 かっしゃーんっと、レイの手から箸が抜け落ちた。
 ころころころっと転がっていく。
「シンちゃんやっぱり怒ってるんだぁ!」
「わぁ!、何だよレイ、別に怒ってなんていないよ!」
 およよよよっと泣き崩れてるレイ。
「だってだってだって、シンちゃんなんだか口数少ないし、ご飯だって食べさせてあげるって言ってるのに、なんだか嫌がるし…」
 はぁっとため息をつくシンジ。
「あたりまえだよ、だって恥ずかしいんだもん…」
「ミズホだったら食べてるくせに…」
 ギクッとする。
「ミズホからだったら、みんなの前でも食べるのにぃ…」
 ギクギクッとする。
「やっぱりあたしだと嫌なんだぁ!、ああああああああぁん!」
 明らかに嘘泣きである。
 それでもシンジには付き合う以外の選択肢はない。
「わかったよぉ…、レイに食べさせてもらえばいいんだろ?」
「うん!」
 っと、新しい箸を持ち、今度はシューマイを取った。
「はい、あーんして…」
「あー…ん?」
 レイが何だか視線をそらした。
「なに?」
「ほんと…、ちょっとこれ恥ずかしいかも…」
 二人で赤くなる。
「だから言ったじゃないか…」
 もごもごと口を動かすシンジ。
「あ、ごめん!、シンちゃんおかずとご飯一緒に食べるんだったよね?」
 慌てて茶碗を取る。
 レイの茶碗だった、シンジよりも大きい茶碗で、ご飯を山盛りよそうと、どんぶり飯に匹敵する量になる。
「はい…」
 赤くなってもやめるつもりは無いらしい。
 シンジも気恥ずかしさに耐えて食べる。
「えっと…、ご飯、もうちょっといる?」
「ううん、今のでちょうど僕の一口分ぐらいだよ…」
「そぉ?、よかった…」
 ほっと胸をなで下ろす。
「んっとねぇ、シンちゃん?」
「なに?」
 しばし無言。
「あのね…、ちょっとだけ、みんなが帰ってくるまで…」
 まさかアスカみたいなこと言い出すのかなぁ?
「…あのね、新婚さんゴッコしない!?」
 シンジはその意味を噛み締めるのに数秒を要した。
「はいいいぃ!?」
 すざっと後ずさる。
「べ、別にね?、変なことしようとかそう言うのじゃないの!、ちょっとだけ、気分だけでも味わってみたいなぁって…」
 いつものようにシンジを追撃したりはしない、その場でもじもじと指で遊んでいる。
「しょ、将来、もしかしたらシンちゃんと…、そうなれればいいかなぁなんて思ったりとか…、じゃなくてその、予行演習みたいな、うん…、そう!、あの…、練習してみたいなって…」
 ああもう何を言ってるんだか…
 シンジはシンジで今朝のことを思い出してしまっていた。
 で、でも新婚さんってことは色々あるわけで…、色々…、いろいろ…
 シンジの脳裏を「初夜」の文字が埋めつくす。
「だ、ダメだよそんな恥ずかしい事、できるわけないよ!」
「は、恥ずかしい…かな?」
「うん…」
「どう、恥ずかしいの?」
「どうって…」
 二人、真っ赤になってうつむきあう。
「じゃ、じゃあ例えばだよ?、その…、結婚したら、シンちゃんって呼ぶの、変だよね?」
「変…かなぁ?」
「普通…、その、「あなた」って、呼ばない?」
 あ!っと、レイは頭から蒸気を吹き上げた。
「ほら…、呼べないでしょ?、だから…」
「…なた」
「え?」
 レイの呟きに耳を傾ける。
「…なた、あなた、あなた、あなた、あなたっ、あなたっ!」
 ついには叫びながらシンジを押し倒す。
「はぁ、はぁっ、はぁ…、どお?、言えたよ、…じゃなかった、言えましたよ?、あーなーた?」
 にやり。
「れ、レイ?」
 レイの顔が近づく、シンジの耳元に唇をよせた。
「さ、今度はあなたの番よね?」
「え?」
 レイの息がかかる、耳元がくすぐったい。
「でも元々呼び捨てだし…」
「だから、いつもと違った感じで、あたしが「あなた」に想いを込めてるみたいに、あなたも「レイ」に想いを込めて呼んでみて?、ううん、呼んで欲しいの」
 もう恥ずさ大爆発だ。
 シンジの中で何かが壊れる。
「れ、レ…イ」
「ううん、だめぇん、もっと気持ちを、こ・め・て・ね・?」
 レイはもうふっ切れているようだ。
「レ…イ」
「もうちょっと」
「レイ…」
「…あなた」
「レイ」
「あなた…、うれしい!」
「うわぁ!」
 首筋に抱きつく。
 胸がぽよよんっと当たる。
「さ、おふざけはコレぐらいにして、お食事の続きをしましょうか?、あなた…」
 どこかユイに似た話し方だった。
「さーあ!」
 シンジを引き起こすと、その隣にさっきよりも密着して座りこんだ。
「えっとね…、これ、あなたの好きな鴨のネギ焼き、はい、あーんしてね?」
 うわあ、もう泥沼だぁ…
 すっかりどっぷりとはまりこんでいるシンジであった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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