Episode:12I
「あの男は?」
「眠ってるよ」
暗くて顔はよく見えない、だが声と背格好から子供だと知れる。
「今頃、夢でも見てんじゃないの?」
「夢か…」
少年が付けているヘッドフォンからは、しゃかしゃかとリズムだけが漏れ聞こえていた。
「甲斐さんは見ないの?、夢…」
甲斐は何も答えなかった。
●
フオンオンオン…
「無音ヘリってのは味気なくていけねぇやな」
下卑た男の声。
迷彩服に身を包み、顔にもペイントしている。
「うっせぇよ、てめぇのおしゃべりで発見されたらどうすんだよ」
空になったタバコの袋を投げつけた。
「びびってやんの」
またも笑う。
鉄の塊が遠くへと消えていった。
200x年、ベトナム。
男たちは暗黒の広がる大地を行進していた。
「舵取り、道は見つかったか?」
「ああ…」
尻尾髪の男が振り返った。
「木を伐った後がある」
それと獣道。
「かなりの数の足跡だ、間違いない、村がある」
「さっさと行こうぜ?」
「そうだな」
髭面、30に手が届きそうな男が、舵取りを促した。
「ウサギ狩りにしちゃ大袈裟だよな…」
装備を見る、ライフルはもちろん、重機関銃まで持ち運んでいた。
「ウサギではない、相手はトラだよ」
「松沢…、知ってるのか?、目標のこと」
「ああ、話だけだがな、どこぞの生体兵器の実験体だとさ」
松沢はライフルを構えて見せた。
「こいつをフルオートでぶち込んでも倒れなかったらしい、そいつを捕らえろだと、少々安かったかもしれんな、契約料…」
背後でひょろ長い男がナイフを舐めていた。
「そいつは任せるよ、俺はここに来たかっただけだからな」
「なぜ?」
「決まってる…、唯一、人間狩りができるところだからだよ」
そこら中にゲリラと犯罪者が隠れ住んでいるのが今のベトナムだった。
「しまえ、ナイフ」
「いいじゃねぇか、美味いぜ、カレー味で」
松沢はちょっとだけ心を動かされた。
●
「ただいまー!」
元気にサヨコ。
「おかえりなさー…いい!?」
…かりシンジくん!
奥から出てきた女の子は、シンジを見るなり指を差して驚いた。
「あ、あの、僕がなにか?」
不安になる。
「あああ、あのごめんなさい!、知ってる人に似てたのっ」
クスっと笑ってから、サヨコは事情を説明した。
「二、三日、泊めてあげることになったの、仲良くしてあげてね、ミヤちゃん」
ミヤ!?
シンジはその名前に、ちょっとだけ苦いものが込み上げた。
だがシンジの知っている子とは似ても似つかない。
「えっと、あの、よろしく、ミヤです…」
「よろしくね、あたしはコダマ、洞木コダマ」
「ぼくはシンジです、碇シンジ」
さ、こっちへ来てっと、サヨコは二人を家の中へと上げた、ごく普通の二階建の家だった。
「ちょっとリキ!」
リキは後ろでその様子を楽しんでいた。
「どういうことよ、あれ!」
「偶然だよ、偶然、サヨコが拾ってきたんだ」
やけに楽しそうだ。
「良いんじゃないのか?、カスミに知られると面倒なことになるかもしれないけど」
「甲斐さんだって、黙ってないわよ」
リキは肩をすくめた。
「しょうがないさ、サヨコも興味があるんだろ?、あいつに」
頭痛を堪えるミヤ。
「心配するなよ、何とかなるって、ほれ」
ミヤの唇にキャンディーを押しあてた、無理やり口の中へ押し込む。
「大抵の悩みは、キャンディー一個舐めてる間に片付くもんさ」
そう言ってリキは気軽にウィンクして見せた。
「たっまごっさん、たっまごさん、混っぜ混ぜしましょ、混ぜしましょ♪」
台所から流れてくるサヨコの歌声。
「楽しそうだなぁ」
「あらリキ」
サヨコの手元を覗きこむ。
「天ぷらか?」
「ええ、せっかくのお客様ですもの、ちゃんとおもてなししないとね?」
はいっとすり鉢を渡す。
「ほうれん草に使うから、ちゃんと胡麻を擦ってね?」
リキはため息をつくと、その場に座り込んで擦りはじめた。
「ミヤたちは?」
「出かけたよ、コダマとか言ったかな?、彼女に道案内を頼まれてね」
「ふーん…、帰ってくる前に電話してくれると嬉しいんだけどなぁ…」
揚げ物は揚げてすぐがおいしいものね。
サヨコは天ぷらにするエビの下ごしらえに入った。
「ほら、そこでくるっとターンして…」
サヨコがすっかり主婦してる頃…
「ひーん!」
ミヤは困りながらターンしていた。
スカートが広がる、その瞬間を逃さずに、コダマはシャッターを切ってみせた。
「シンジ君、フィルム!」
「は、はい、コレですか?」
デジカメしか知らないシンジには、フィルムと言われても判断がつかなかった。
「そのFUJIって書いてある緑色の小さな箱よ」
手渡す、コダマは残像を残すような勢いでフィルムを入れ替えた。
「さ、二本目行くわよ?」
「いいかげんやめませんかぁ?、シンジ君も何か言ってよぉ」
ごめんっとゼスチャーで謝る。
「何言ってるの、人生の中でも最も美しい、子供と大人の境目の時、それを絵に残さないでどうするのよ」
「残すのは嬉しいんですけどぉ、何もこんな場所で…」
街外れ、港の側にある公園、くすくすと笑いながらカップルが通り過ぎていく。
「ほら!、シンジ君ちゃんとレフ板持って!」
「はい!」
「逆光は勝利よ!、ほら西陽を逃さないで」
でもそれじゃ顔が写んないんじゃないのかなぁ?
疑問には思っても口に出せない。
「ちえっ、フィルム切れかぁ…」
キュイーンっと音をたててフィルムを巻き戻している。
「デジタルじゃないんですね」
「おかげで予備のフィルムを買うってわけにもいかないのよね」
あまり予備を持ってこなかったのは、場所の下見をするだけのつもりだったからだ。
「しようがないわね」
そう言ってデジカメを取り出す、びくっとするミヤ。
「下見をしてくるわ、ここで待ってて」
帽子の位置を正すと、コートをひるがえして歩み出した。
「待っててって…」
夕日の中へと消えていくコダマ。
「ふう、助かったぁ…」
シンジは息をつくミヤに缶コーラを手渡した。
「ごめんね、コダマさんの趣味なんだ」
「ありがと、優しいのね、シンジ君」
それはどうかなと考える。
「優しかったら、先に止めてるとおもうんだけど」
「そっか、じゃあ酷い人なんだ、シンジ君って」
ベンチを探して、座り込む。
「うん、そうかもしれないね…」
顔をふせる。
「やだなー、そうやって落ち込むのって!」
ミヤはわざとおどけて見せた。
「どうせ女の子のことなんでしょ?」
「え?、どうしてわかるの…」
シンジは不思議そうにミヤを見た。
「ふーん、それで家出してきたんだ」
「ひどいや、引っ掛けるなんて!」
ぷいっとそっぽを向く。
「ごっめーん、でも大袈裟なんだね?」
シンジは横目でミヤを見た、ミヤはおかしそうにシンジを見ている。
「別に家出してきたわけじゃないんだけど…」
「そうなんだ、じゃあどうして?」
言いにくそうなシンジ。
「…コダマさんに無理矢理」
コダマに引きずられてきたことを話す。
「そっか、でも良かったんじゃないの?」
「どうして?」
だって…と、ミヤはとびきりの笑顔を作った。
「シンジ君、けっこう笑ってるもん」
その笑顔には、容姿ではない魅力に溢れていた。
その少し離れた場所にて…
「ふふふ…、やっぱり二人きりにしたのは正解だったみたいね」
かしゅー、かしゅー、っとシャッターを切る。
「若い子はいいわね、若い子は」
コダマはこの写真を、誰に見せるべきか考えていた。
●
どかどかと誰かが廊下を踏み鳴らしてくる、甲斐は浴衣姿で襖が開けられるのを待っていた。
「甲斐!」
いかにも中間管理職といったいでたちの男だった。
「おっとっと、こぼれるじゃないですか、脅かさないでくださいよ」
片手にキセル、もう片方には湯呑みを持っていた。
「なんだその格好は!」
甲斐の隣にはカスミがいた、何故か芸者姿でしなだれかかっている。
「あーー…」
「いやいいっ、そんなことよりも、説明しろ!」
「はあ、じゃあ…、弾道鉄道は明後日早朝に到着の予定で、一時間の停車、パレードなどの式典がおこなわれ…」
甲斐のパンフを取り上げる。
「違う!、弾道鉄道…、旋風寺鉄道のことだ、テロの動き、知らんとは言わせんからな」
すごんで見せる。
カスミが湯呑みを男の前に置いた、甲斐の背中に隠れて雑巾でしぼったお茶だ。
「あ、ようやくお話がいったんですか?、そりゃけっこう」
不敵な笑みを見せる。
「なぜ報告しなかった!」
「いや、聞かれませんでしたから」
ぱりんっと手の中で湯呑みが割れた。
「あれにはこちらの工作員を潜り込ませる計画も絡んでいたんだぞ、テロなどと素人共にかき回されては…」
声が震えている。
「今日中にでもドラグネットを差し向けて抑えつけるぞ、我々の目的は市場の独占であって、市場の破壊ではないのだからな!」
甲斐はゲンドウと同じようなファイティングポーズをとった。
「どうも勘違いされているようですね、いいですか?」
「……」
くるっと甲斐はカスミを見る。
「そういえば夕食遅いな?」
がっしゃーんとテーブルがひっくり返された。
「はいはい…、いいですか?、奴等の裏には「赤い海」がついていました、次に来るのはテロではありませんよ」
男の顔から血の気が引いた。
「状況はすでに、貴方の手から離れてしまったと言うことですよ、ゼネラルマネージャー?」
男はもう、甲斐を見てはいなかった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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