Episode:14B





「いま…、11時かぁ、どうしよう?」
 シンジは途方にくれていた。
「うう…、もし引っ越したら、ずっとこんなことが続くのかなぁ?」
 前途多難の文字がのしかかる。
 ぷらぷらと散歩する、シンジは団地内にある小さな公園のベンチに腰を落ち着けた。
「シンちゃん…」
「レイ!?」
 ちょっとびくっとする。
 振り返ると、レイが後ろ手に微笑んでいた。
「こんな所にいたら、風邪引いちゃうよ?」
 となりに座る、シンジと違って、レイはちゃんと上着を引っ掛けてきていた。
「でも部屋で寝ると、何されるかわかんないし…」
 くすくすと笑いが漏れる。
「大丈夫だよ、二人とも寝ちゃったから」
「え?」
「シンちゃんのベッド、占領しちゃってるけどね」
 やっぱりなぁっと、ため息をつくシンジ。
「ねえ、もうちょっと寄ってもいい?」
「う、うん、いいけど…」
 えへへっと、嬉々としてシンジの腕に腕を絡める。
「ちょ、ちょっとレイ、そんなにくっつかないでよ…」
「え〜、だって寒いんだもぉん」
 二人、肩をよせあう形。
 レイはシンジの肩に頭を預けた。
「ちょっとだけ…、ね?、月を見たいの…」
 シンジは初めて空を見上げた、その明るさにようやく気がつく。
 満月に近い。
 シンジは「しょうがないなぁ」と、一緒になって月を見た。
 程なくして聞こえてくる寝息。
「レイ…、寝ちゃったの?」
 どうしたんだろ?、いつもは僕の方が先に寝ちゃうのに…
「でもこんな所で寝てたら本当に風邪引いちゃうよ、どうしよう…、でもほんと、あったかいから…、ごめんね?」
 頭を傾ける。
 レイの髪に顔が埋まる、むせ返るようなシャンプーの香り。
「ちょっと…、髪、固いかも」
 ぼぐっ!
「はうっ!」
 シンジは脇腹に鈍痛を感じた。






 翌朝。
「いっただっきまーっす!」
 居間のテーブルにシンジ、アスカ、レイ、ミズホが座っている。
 ゲンドウとユイはキッチンで朝食を取っていた。
「あなた?、新聞を読みながら食事をするのはやめてください」
「ああ…」
 と言いつつ、目を離さない。
「ねぇ、シンジのテストって、どんなことをやったの?」
「え?」
 っとはしを咥えたままのシンジ。
「三類の体育系みたいに、運動テストとかしたの?」
「うーん…、変なことだったら、いっぱいやらされたけど…」
「へんなことって?、例えば?」
 興味津々とレイ。
「普通のテストもしたよ、もちろん…、あと握力とか、体力測定みたいなことをさせられたんだ…」
「あ、じゃあシンちゃん落ちてるかも」
「えーっ、そんなのいやですぅ!」
「冗談だってば」
 シンジがなだめている間に…
「他には何したの?」
 …っと、レイがシンジの卵焼きをくすねた。
「うーん…、あ、暗記と朗読とか…」
「なによそれ?」
「わかんない…、このセリフをちゃんと話して下さいって…」
「例えば?」
「うーんっと…」
 目を閉じて、遠藤シュウサクのアオイ小さなブドウをそらで口にする。
「わけわかんないテストねぇ〜」
 っと、アスカはシンジの味噌汁をずずっとすすり、何気なく戻した。
「んでさ、今日、午後からどうしよっか?」
「どうするって…」
「んっもう!、あんたがくれたんでしょ!、このチケット」
 CDとワンセットになっているプレミアムチケットを見せる。
「ああ、それかぁ…」
 シンジがホワイトデーにプレゼントしようとしたチケットだった。
「レイ、渡しといてくれたんだ、ありがとう」
「う、うん」
 シンジからの最上級の微笑み。
 だがレイが見ていたのは、こっそりと食べかけの卵焼きをシンジの皿に置こうとしている、ミズホの姿だった。
「ドームのコンサート、ちゃんとやるみたいで良かったね」
 ぱくっとその卵焼きを食べるシンジ。
 もぐもぐもぐ…、シンジがひと噛みするごとに、嬉しそうな表情を浮かべるミズホ。
「この間の列車イベントがあんな形で潰れちゃったから、あおりを食うかもって話だったのにね」
 にこやかにミズホの足を蹴るアスカ。
「そうだね、三人で楽しんできなよ」
「えー!?、シンジ様は行かれないんですかぁ!?」
 蹴り返そうとして、間違ってレイの足を蹴るミズホ。
「う、うん」
「えー!、そんなのつまんないよぉ」
 どぇいっ!っと思いっきりアスカの脛を蹴ってしまう。
 バチバチバチっと火花を散らす三人。
「ほんっとにバカねぇ、あんたが行かないんじゃ、意味ないじゃない」
 がたっと立ち上がる。
「え?、でもお返しだしさ、自分の分を買うのって、変じゃないかな?」
「ちっとも変じゃないって」
 アスカに続くレイ。
「そうですぅ、普通は「お返しだよ?」って、誘ってくださるものなんですぅ」
 ミズホも立った。
「そうなの?」
 拳を握って「朴念仁が」っとアスカ。
「どうしてみんな立つの?」
 不思議そうなシンジ。
「じゃあ、こうしましょうよ、勝負して負けた人がシンジにチケットを渡すの」
「それで二人はシンちゃんとデートできるけど…」
「残った一人はお留守番ですかぁ?」
「異論は無いわね?」
「ダメだよそんなの!」
 シンジが叫んだ。
「ちょ…、なによシンジ…」
「ぼくはみんなに楽しんできてもらいたくて…」
 うつむく。
「シンジ様ぁ…」
「ほら、アスカ早く謝って…」
「な、なによぉ、あたしはただシンジと一緒のほうがいいって、それだけで…」
 じっとアスカを見る二人、シンジだけがうつむいてアスカを見ない。
「う、わかったわよ、ごめんシンジ、ちゃんと楽しんでくるから…」
「ほんと!?」
 ぱっと顔を上げる。
「よかったぁ、じゃあさっさとご飯食べちゃって、合格発表見に行こうよ、先に心配事片付けないとね?」
 ジト目のアスカ。
「あんた…、ちょっとずるくなったわね?」
 んっ?っとシンジは、とぼけて見せた。






「碇、その新聞を見たか?」
「ああ…」
 いつもの会議室、冬月は窓から眼下に広がる街を見ていた。
「思い切ったことをするものだ」
 ゲンドウは背後のテーブルで、いつものファイティングポーズを作っていた。
 目を落とす、碇家が取っているのと同じ新聞が置かれていた。
「まさか直接送り込んでくるとはな…」
「ああ、おかげで打てる手が限られてしまった」
 新聞には「香港の天使、来日!」っと一面を使って広告が打たれていた。
「ドーム落成式の特別ゲストだそうだ」
「人気だけなら問題はない、たしかに事業部に断る理由はなかろうが…」
 お互いに顔を見ないまま、会話を続ける。
「歌による集団コントロールか?、だがそれは失敗している、何が目的だ?」
「なあ碇…」
 遠くにかすんで見えるドームの丸い天井。
「これは策謀などではなく、ただのお遊び…いや」
 自らの手を見る。
「…たんなる嫌がらせような気がしないか?」
 言ってすぐに首を振る。
「いや、いい、聞き流してくれ、仕事前に悪かったな」
 冬月は一度もゲンドウを見ぬまま退室した。
 珍しくその背を見送るゲンドウ。
「冬月も判っているようだな、甲斐の性格を…」
 ゲンドウは新聞を手に取ると、ネルフ作戦司令室へとエレベーターへ向かった。






「ふんふんふんふんふんふんふんふん♪(第九)、やあ、シンジ君じゃないか」
「あ、カヲル君!」
 上機嫌のカヲル。
 真新しい校舎、その中庭に設置されているボード。
 そこに一桁から四桁の数字が並んでいた。
「どうだった、カヲル君?」
「もちろん合格だよ、これで春から三年間、ずっと同じクラスだね?」
 そう言ってシンジの手を取る。
「やっぱり僕達は運命の糸で結ばれていたんだよ、シンジ君」
「カヲル君…」
 ちょっと引き気味。
「嫌なのかい?、シンジ君…」
 すねる。
「そ、そんなことないよ!、ぼ、ぼくだって…、カヲル君と一緒になれて嬉しいよ…」
 セリフだけ聞くとちょっとあれな発言。
「よかった、シンジ君!」
「うわ!、カヲル君!!」
 抱きしめられる。
「ちょ、ちょっと人が見てる、恥ずかしいよ…」
「僕は見られてもいいよ…、だって…」
 真っ白な頬が、そこだけ桜色に染まる。
「だって、僕はシンジ君のことが…」
「ぐわあああああああ!、気持ち悪いのよあんた達わぁ!」
 ドゲシ!
 アスカの蹴りが入った。
「痛いじゃないか、なにするんだよアスカ!」
 くいくいっと、人差し指で呼ぶ。
「な、なに?」
 恐る恐る近寄ると、アスカは問答無用で胸倉をつかんだ。
「あんたねぇ!、あたしってもんがありながらっ、よその奴と何やってンのよ!、それも男なんかと!」
「そ、そんな言い方やめてよ!、誤解されるじゃないか!」
「誤解!?、酷い!、あんたあたしのこと遊びだったのね!?」
 両手で顔を覆い隠して、髪を振りしだいた。
「あたしのこと弄ぶだけ弄んでおいて、うわーん!」
 いつの間にかシンジたちを取り巻くように人垣ができていた。
「うっわー、ひっどー」
「ねぇねぇ、どうしたの?」
「あの男の子が、両天秤にかけてたんだって」
「うわぁ、両刀かよぉ…」
 ギャラリーからの視線が痛い。
「ちょ、ちょっとアスカ…」
「なによ!、あたしはあの夜のこと忘れてないからね!」
「夜ってなんだよ、夜って!」
 どこからかマイクを取り出すアスカ。
『あれは嵐の夜だったわ、シンジは恐いからってあたしのベッドに潜り込むと、嫌がるあたしに組み付いて…』
「うわぁ!、なにでたらめ言ってんだよ!」
 ひょいっとシンジを避ける。
『そしてあたしに…、何度も何度も、あたし嫌がったのに』
「そんな幼稚園の頃の話、持ち出さなくってもいいじゃないか!」
「嫌よ、あんたそのあげくにおねしょして、しかもあたしになすりつけたじゃない!」
 くすくすと、周囲から失笑が漏れる。
「やめろって言ってるじゃないか!、カヲル君も何か言ってやってよ!」
「ん?、僕達の愛が本物だってことを、彼女にわからせてあげればいいじゃないか」
「え?、ちょっとカヲ…」
 …ルくん!
 カヲルの顔が間近に迫る。
 うっちゅーーーーーーーーーーーーー!
 何かが吸い付く音。
「ぐわあああああああああああああああああああ!」
 悲鳴を上げるシンジ。
 ギャラリーは「うっわー」っと眼前で展開される光景に魅入ってしまった。
 ちゅっぽんっと音をさせて、シンジを解放するカヲル。
 シンジの首筋には、やたらはっきりと赤くキスマークが付いていた。
「これで、シンジ君は僕のものだね?」
 ふわさっと髪をかきあげる。
 女の子の幾人かが、その仕草と視線に卒倒しそうになった。
 ただぐったりと幽体離脱しかけているシンジが、アートとしては邪魔過ぎたが。
「ななななな、なんてことするのよ、カヲル!」
 他人のふりをしていたが、これにはレイも我慢ができなかった。
「証しだよ、シンジ君が僕のものだと言う印さ」
 悠然とカヲル。
「シンジ様ぁ!、大丈夫ですかぁ!!」
 抱き起こす。
「いま私が消毒してさしあげますぅ!」
「わぁ、ちょっとミズホやめなさいって!」
 我に返るアスカ。
「嫌ですぅ!、このままじゃシンジ様が首から腐って緑色の液体になっちゃうかもしれません!!」
 っとキスしようとする。
 ギャラリーは呆然としていたが、ただ一つの結論には達していた。
 …ようするに、こいつは鬼畜で外道なんだ。
 こうして碇シンジの名は、入学前から伝説化した。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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