Episode:17C




「ちょ、ちょっと待って、何の話よ!」
「そうよ!、誤解してない!?」
「見ていればわかる!、その親しさ、その愛嬌、君達はこの男に恋をしている!」
「それは初耳だね」
 くすくすとカヲル。
「君!、僕は冗談を言ってるんじゃないぞ、名前は!」
「僕かい?、僕の名はカヲル、渚カヲル、よろしく頼むよ、鰯水くん」
「へえ?、僕の名前を知ってるんだな?」
「知っているよ、才能を鼻にかけてアイドル顔している鰯水君、だろ?」
 あきらかに悪意が混じっている。
「雑誌そのままだな、それを鵜呑みにしてるなんて、君も…」
「興味が無いからね、暇つぶしに読む程度の雑誌に載っている人のことなんて」
 鰯水が唇を噛んだ。
「くやしいかい?、くだらない優越感に浸ろうとするから、人をけなし、落としめようとする、つまらない人だね、君は」
「な、なん!?」
「最低ってことさ」
 二人の間に走った緊張感に、周囲の全員がごくっと唾を飲み込んだ。
「…御忠告、ありがたく受け取るよ」
 ささくれ立った刺のようなカヲルの毒舌にも何とか耐える。
「そうかい?、まあ下々のくだらない言葉さ、気にする事は無いよ」
「カヲルの奴、容赦しないわねぇ…」
「…仲間を傷つける奴には容赦しないのよ、昔からね」
 へぇ…っと、アスカは少し見なおした。
「いいや、気にするね、おおいに」
 無謀にも反撃に出ようとする。
「か、カヲル君…、そろそろ行こうよ…」
 気まずげにシンジ。
「時間が無いよ?」
「悪いが、そこのさっぱりしない貧弱で影の薄そうな…、そう君だよ、引っ込んでいてくれないかな?」
「うわぁ、すっごい的確な…」
「なに感心してんのよレイ、バカにされてんのよ!」
「な、なぜ惣流さんが怒るんだ!」
「決まってるじゃない、シンちゃんはあたし達の大事な人だからよ!」
「ちょ、ちょっとレイ!」
「だ、大事って…」
「あたしとシンちゃんは!、…アスカもだけど」
 ついでに付け足す。
「その…」
 勢いが落ちて、急に赤くなる。
「やっぱり言えなぁい、恥ずかしいよシンちゃあん!」
「知らないよ、もう!」
 横で鰯水は多大なショックを受けていた。
「なに?、なんだ、いま何を言おうとしたんだ?」
「知りたいかい?」
 囁くカヲル。
「人は常に心に理想を抱いている、理想があるから人は夢を見ていられる」
 染み入るような言葉。
「夢はいつか壊れるってことさ」
 それは悪魔の囁きにそっくりだった。
「うわああああああああああ!、なぜだぁ!、なぜ僕じゃなくて…、よりにもよってこんな奴に!」
 鰯水のなかで、何かががらがらと崩れていく。
「あ、あのちょっと!」
 シンジの胸倉をつかむ。
「惣流さん、今からなら遅くない!、お願いだからこんな奴と付き合うのはやめてくれ!」
「あんたバカぁ?」
「だれがこんな奴よ!」
「ですぅ!」
「いいや、こんな幾人もの女性の間をふらつくような…」
 なにかがずしんと落ちる。
「二股をかけるような男に、君達が弄ばれてるかと思うと」
 はぁはぁと息を荒げるシンジ。
「僕は僕が許せなくなる!」
 今度はぐさぐさとなにかが突き刺さった。
「どないしたんや、シンジは」
「ほっとけよ、いまシンジは良心の呵責に耐えかねてるのさ」
 しっかりとカメラに収めているケンスケ。
「でしたらわたし一人にしぼってくだされば万事解決ですぅ!」
「「んなことはない!」」
「ひーん、ですぅ」
 カヲルの後ろに隠れる。
 くすりとカヲル。
「自信過剰なのもいいけどね、いい加減シンジ君を離してくれないかな?」
「シンジ?」
「碇シンジ、彼の名前だよ」
 ばっと鰯水はシンジの顔を凝視した。
「シンジ、碇シンジ!、そうか、どうも見た事があると思ったら、お前が一中の種馬男か!」
 碇シンジ。
 その名前に「えーーー!」っと嬌声が上がった。
 どんな噂を聞いていたのか、余り聞きたくないシンジ。
「うっそー、全然イメージが違うぅ!」
「もっとカッコ良い子だと思ってたのに!」
「あ、でもちょっと頼りなげで、可愛いよね?」
「そうそう、守ってあげたいタイプ?」
 いきなり印象が変わってる。
 一斉に言葉が交わされた。
「うう、貴様、よもや惣流さんまで毒牙にかけていたとは!」
「ち、違う、誤解!」
「誤解も六階も無い!」
「ちょっとやめなさいよ!」
 鰯水の腕をつかんで、アスカはシンジを離させた。
「惣流さん、どうして…」
「ど、どうだっていいでしょ!、でもね、あたしはあんたなんかと付き合うつもりはないの!」
「だ、だからどうして!」
「嫌だからよ、いーや!、あたしの全部を受け入れてくれない奴なんて、あたしは全然いらないのよ!」
「僕は受け入れて見せる!、あなたのその気の強い所も!」
「じゃあこれも受け入れて見せるのね!?」
 パン!
 アスカのビンタが綺麗に決まった。
 くるくるとバレエのように回転して倒れこむ鰯水。
「ちょ、ちょっとあなた!」
「鰯水君に何するのよ!」
「あんたたち何聞いてたのよ?、このバカが試せって言ったからやってあげたんでしょうが!」
「そ、そんな、誰も殴れだなんて…」
 シナを作って顔を上げる。
 呟く鰯水の肩を、シンジは涙を流しながらぽんぽんと叩いた。
「なんだ?」
 ふるふると首を振るシンジ。
「どういう意味よ、バカシンジぃ!」
 さらに強烈な一発が、シンジの頬に紅葉を描いた。
 慣れたもので、鰯水と違って倒れない。
「うう…、これだもんなぁ」
 頬をさする。
「ふんっだ!」
 パンパンっと手を叩くカヲル。
「さあさあ、それぐらいにして、そろそろ行こかシンジ君?」
「え?」
「遅刻するわけにはいかないからね」
 ちらりと真っ白に燃えつきている鰯水を見る。
「結果、人を見捨ててもね?」
 やはりカヲルは冷たかった。






「僕は君を許さない!」
「あはは…、はは…」
 シンジの机、その正面に鰯水が噛り付いていた。
「鰯水君、別のクラスでしょ?」
「そんなこたぁどうでもいいんだ!」
「はあ…、僕なんて目の敵にしたってしょうがないのに…」
「聞いてるのか!、それに他の誰をどうしろというんだ!」
 入学式も無事終わり、今は教室で明日以降の予定を知らされた所だった。
「そんなこと言われても…」
「だいたい君のように冴えない奴がどうして!、どうせ、恥ずかしい写真でも撮って脅してるんだろ!?」
「そ、そんなことしてないよ!」
「ならどうしてお前みたいな奴が、彼女達と仲良く登校できるんだ!」
「一緒に住んでるから一緒に来てるだけじゃないか!」
 シーンっと、鰯水だけでなくクラス中が静まり返った。
 赤くなる。
「やだぁ、やっぱり碇君って、色々しちゃってるんだぁ!」
「きゃー、色々って何よ、色々って!」
 色んな声が飛び交った。
 呆然としている鰯水。
「い、鰯水君?」
「き、きっさまぁ!、ケダモノだとは思っていたが、まさかそれほどの外道、あいや鬼畜だったとは!」
「シンジ様を酷く言わないでください!」
 教室の入り口にミズホが立っていた。
「シンジ様はとてもお優しい方ですぅ、シンジ様が酷く罵られるなんて、ミズホ、ミズホ…」
「そうか…」
 ふっと笑みを漏らす鰯水。
「よほど酷いことで、君は彼に呪縛されているんだね」
「なんでそうなるのよ」
 アスカもいた。
「アスカの友達って変だね?」
 レイもいた。
 ぽかっと殴られるレイ。
「いったぁい」
 アスカの姿にほっとする。
「よかった、アスカ助けてよ」
 くすくすと女の子達から笑いが漏れた。
「助けて〜だって」
「かっわいー!」
 あかくなってうつむくシンジ。
「これはまた良い御身分で…」
 アスカは冷たい視線を向けた。
「そんな…、僕のせいじゃないだろ?」
「惣流さん!」
「きゃ!」
 いきなり手を握られる。
「なによ、放してよ!」
「いいやダメだ!、こんなやつと付き合っていたら君がダメになってしまう!」
 シンジを見る。
「君も男なら、誰か一人を真剣に愛してみたらどうなんだ!」
 もっともな意見。
 シンジに好奇と期待の入り交じった視線が集中した。
「え、えっと…」
 うつむく。
「人間やっぱり、「相応の相手」ってのがいる、そうは思わないか?」
「え?」
「例えば、君!」
「は、はい?」
 びっくりするミズホ。
「君は実に碇君とお似合いだよ」
「え?、ホントですかぁ!?」
「ちょっと!」
「なんでよ!」
 ミズホだけが嬉しそうに頬を赤らめた。
「僕も応援してあげるから、ちゃんと彼をゲットでチャー☆だ!、頑張ろう!、ね?」
「はいですぅ!」
 両手を組んで、舞い上がるミズホ。
「さあほら、君のそのチャーミングな笑顔で彼の心をがっちりつかむんだ!、ツーショットを写真に撮ってあげるから、真の姿を隠す衣は脱ぎ捨てて…」
 っとぐるぐるメガネを取りあげた所で固まった。
 きらきらと瞳を輝かせる美少女がそこに居たからだ。
「う!」
「墓穴を掘ったね?」
 それまで傍観していたカヲルが近寄ってきた。
「人はまずその外見によって印象を持つ、まあ良い例だよ」
 くすくすとカヲル。
「どういう意味ですかぁ?」
「今の彼の状況さ」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ!、なんでこいつばっかり!」
 ヤッパリわからないミズホ。
「それぐらいにしておいてくれないかな?」
 鰯水の肩をつかむ。
「シンジ君は優しいんだよ?、それを私欲のために傷つける、許されざる行為だとは思わないのかい?」
「僕は…」
 シンジはまだうつむいていた。
「シンジ様?」
「あ、ごめん!」
 戻ってくる。
 アスカとレイは、クエスチョンマークを浮かべて顔を見合わせた。
「優しいのと優柔不断は違う!、それを盾に女の子の気持ちを弄ぶなんてもってのほかだ!」
 隙きも与えず、チュッとミズホの頬に口付けた。
「「「あああー!」」」
 不満の声を上げる女の子たち。
「大丈夫!、任せておきたまえ!、いま僕が君をそのカゴから出して、自由にしてあげるよ」
 驚きに目を見開いて、ゆっくりと頬を押えるミズホ。
「あんた!」
「何をするのよ!」
 本気で怒る二人。
「ふえ…、ふええ…」
 ミズホが泣きはじめた。
「やだなぁ、そんな泣くほど嬉しかったのかい?」
「ふええーーーーん!、シンジ様ぁ!」
 シンジの胸に飛びこむ。
「み、ミズホ…」
「うえっ、ふえ、ふえええええーーーん!」
 ミズホは本気で泣いていた。
 キッと鰯水を睨むアスカ。
「泣かせたわね?」
「嬉し泣きだろ?」
「どこがよ!、あんたあたしの大事な家族を泣かせたのよ?、責任は取ってもらうからね!」
「か、家族!?」
「そうだよ!、アスカも、ミズホも、シンちゃんも、…1万歩ぐらい下がってカヲルもだけど、みんなみんな家族なんですからね!」
「ふえええええ〜ん!」
 ミズホの泣き声が重なる。
「そんな…家族だなんて、そんな…」
 頭をかきむしる。
「君達の仲が、そんな不潔なものだったなんてぇ!」
「い、鰯水君!」
「おちついて、ね?」
 取り巻きを振り払うと、鰯水は急ぎ靴下を脱いでシンジに叩きつけた。
「へ?」
「決闘だ!」
「ちょっとあんた、何考えてんのよ!」
「決まってる!、もし僕が勝ったら、君は彼女達を解放するんだ!」
「か、解放って!」
「…で、勝負方法はなんなんだい?」
「カヲル君!」
「冴えない君と僕とでは天地ほどの開きがある!、そちらで決めてくれ!」
「と、ちょっと待ってよ、何で僕が…」
「シンジ様ぁ!」
 胸元から、ミズホが見上げていた。
「シンジ様、わたしのために戦ってくださるんですねぇ?」
「あ、う…」
「勝負は明日!、それでいいわね!?」
「アスカ!」
「絶対シンちゃんが勝つんだから!」
「レイまで…」
 だれもシンジを逃がしてはくれなかった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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