Episode:17E




 翌日、まだ通常授業は無い。
 生徒たちはLHRが終わるなり、運動場にある特設トラックに集合していた。
「しかしうまいことやったわねぇ?」
 ケンスケのことだ、この様子だといくら儲けたかわからない。
 最前列はケンスケの券を買った人間のための指定席となっていた。
 アスカ達は特別招待客として座っている。
「な、800メートル走だってぇ!?」
 素っ頓狂な声を上げたのは鰯水だった。
「ああそうだよ?」
 説明しているのはケンスケだ。
「ははは、それじゃ話にならないよ、僕は元スプリンターだぜ?」
「それも受験で鈍る前の話だね」
「か、カヲル君…」
 冷や汗を流す。
「シンジ君、今は敵なんだよ、心配してあげる事ないさ」
「でも…」
 どうしてそんなに気楽でいられるのさ?
 シンジはそう聞きたかった。
「さあさあ、購買で短パンは買ってきたんだろ?、さっそと着替えてきてくれよ」
「うん、わかったよ」
「ああ」
 燃えている鰯水に対して、シンジはかなり気後れしていた。
「ああ、だめだシンちゃん」
「気合いで負けてますぅ」
「しょうがない…」
 立ち上がるアスカ。
「どこにいくの?」
「あんたバカ?、決まってんじゃない、シンジに活を入れに行くのよ」
「あ、待ってよ!」
「わたしも行きますぅ!」
 二人は慌てて後を追った。


 更衣室。
「無駄な努力だな」
「……」
「さっさと諦めたほうがいい、恥をかかないうちにね?」
「…それでも、やるって決めたから、そう決めたから…」
 そんな会話が聞こえてくる。
 ドアに張り付いているアスカ達。
「自身もなくか?、そうだ、どうだい?、昨日も言ったように誰か一人に決めるってのは?」
 アスカ達は顔を見あわせた。
「僕にも慈悲の心はある、全員と縁を切れなんて言わない、誰か一人にしぼっちゃえよ」
 シンジは昨日カヲルと話したことを思い出していた。
 不安げな表情を浮かべる三人。
 もしシンジが自分を選んだら?
 もしシンジが自分を選んでくれなかったら?
 どの道、今の関係は崩れてしまう。
 三人とも恐かった、でも、その恐さを代弁したのはシンジだった。
「…誰か一人に決めることなんてできない」
「おやおや、君はよくばりなんだね」
「欲張り?、そうかもしれない…、だけど僕はみんなが好きなんだ、同じように好きなんだ、今誰かを選ばなきゃいけないなら、誰も選ばない」
「なに?」
「誰も選ばない、例えみんながこんな僕に愛想をつかしたとしても、後悔なんてしない」
「はあ?、やっぱりその程度にしか考えてないのか?、彼女達のこと…」
「違うよ」
 一転して明るい声。
「だから走るって決めたんだ」
 ドアに手をかける。
 バン!
「「「フギャ!」」」
「あ、アスカ、レイ、ミズホ!」
 ドアを開けたらぶつけたらしい。
「き、聞いてたの?」
「あ、その…、まあね」
 開き直るアスカ。
「聞いてたんなら好都合だ、どうだい?、こんな優柔不断な奴になんて見切りをつけて…」
「あんたみたいな節操無しと付き合えって?」
「サイテー」
「ですぅ」
「それにあんた間違ってるわよ」
 ふんっと鼻で笑う。
「あたし達が、シンジを好きなの、おわかり?」
 三人並んでシンジの前に立った。
「負けたらお仕置きだかんね?」
「シンちゃん、これ…」
 シンジの腕に何かをくくりつける。
「うわ、だっさー、今時ミサンガ?」
「ちょっと待ってよ、そのハサミはなに?」
「ゾーリンゲン」
 ドイツの有名な刃物メーカー。
「そんなこと聞いてんじゃないわよ!」
「いや、手っ取り早く切れやすいように、切れ目でもいれとこうかと思って」
「それじゃ意味ないでしょうが!」
「シンジ様、わたしからはこれを…」
 やはりお茶を持ち出す。
「あ、いや、それは…」
 さすがに腹を下したくないらしい。
「ふ、ふええん、飲んでくださらないんですかぁ」
「で、でもさぁ…」
「あんたねぇ、そんなのドーピングしろって言ってんのと変らないじゃない」
 引ったくる。
「シンジ、約束、守んなさいよ?」
 アスカはすばやく頬に口付けた。
「あーーー!」
「ズルいですぅ!」
 そのありさまを目の前で見せつけられていた鰯水。
「碇シンジ、絶対に許さん!」
 さらにその遠くで、しっとマスクが鰯水のしっとに感動していた。






「オン・ユア・マーク」
 マヤが笛を咥えて片手を上げた。
 シンジと鰯水がスタート位置に着く。
 勝負は200メートルトラックを4周。
「レディー?」
 息を呑む一瞬、シンジはマヤに習ったスタート法を何度も確かめていた。
 かかとを三回鳴らしてから位置に着く。
「彼女は貰うよ?」
「ピー!」
 鰯水の呟きと共に笛が鳴った、同時に踏み出す二人。
 え!?
 シンジが一歩目をついた時、鰯水は三歩目を踏み出していた。
 そんな!
 いきなり差がつく。
 悪いが、僕は本気で走る!
 その差は50メートル地点で歴然たるものとなり、100メートルを越えた頃にはくつがえしがたい差になっていた。
「ああ!、だめだよシンちゃん!」
「シンジ様ぁ、わたし、わたし…」
「いいえ!、まだよ!」
「アスカ!?」
「アスカさん、どういうことですかぁ?」
 アスカは答えないで、シンジをじっと見ていた。
 負けない、負けるわけにはいかない!
「いける、シンジは諦めてない!」
 鰯水の背中が見えなくなっても、シンジは諦めずに走り続けた。
 信じるんだ、今は信じるしかないんだ!
 ケンスケの台詞を思い出す。
 いいか、シンジ?、あいつは短距離ランナーなんだ。
 別に短距離の奴に限らないけどな、人間、全力で走ると500メートル前後で急に足が重くなるんだよ。
 短距離ランナーってのは、特にそうらしい。
 だけどお前は違う、ずっと逃げ回って、走るのに慣れてるだろ?
 だから勝負はレース後半なんだ、絶対に諦めるなよな?
 チャンスは必ず来るからさ。
 見えた!
 一度は消えた背中を、もう一度捕らえた。
「よっし!、鰯水のペースが落ちたぞ!」
「そやけどなぁ、もう500メートルすぎんでぇ?」
「そうだよ、それがどうかしたのか?」
「残り300メートルで、50メートルの差ぁ、埋められんのかいな?」
 …………
「あーーー!、そうか、計算間違ったぁ!」
 頭をかきむしるケンスケ。
「もうだめ、これ以上見てらんない!」
 力を使おうとするレイ。
「駄目だ」
 いつの間にか、カヲルが側に立っていた。
「でも!」
「もしそんなことをすれば、シンジ君は一生許してくれないよ?」
「でもいい!、シンちゃんの側を離れるよりは…」
「信じるんだ…」
 シンジを見る。
「アスカちゃんを見てごらん?」
 シンジ、シンジ、シンジ…
 アスカはただじっと見ていた。
 …このままじゃ追付けない!
 シンジは祈りはじめていた。
 駄目だ!、祈ってちゃダメなんだ!
 足には自信が無いし…
 息だってもう苦しいけど。
 でもみんなは笑って送り出してくれたんだ!
 信じてくれたんだ!
 だから祈ってないで、自分で頑張らなきゃいけないんだ!
 最近機嫌の悪かったアスカ…
 でも買い物を承知してくれたんだ、だから今負けるわけにはいかないんだよ!
 いま負けたら、いま諦めたらアスカはきっと、一生許してくれなくなる!
 そんなの絶対に嫌なんだよ!
 だから勝たなくちゃ!…
 勝負に勝ったら彼女は貰うよ。
 鰯水の呟きを思い出した。
「ま、」
 キッと背中を睨みつける。
「負けるもんかぁ!」
 シンジは残り200メートルでスパートを駆けた!
「無茶よ!」
 叫ぶレイ。
 しかし天はシンジに味方した。
 ゴウッ!っと、突然追い風が吹いたのだ!
 あれ?、急に体が軽くなった、呼吸も楽になったぞ?
「いけるわ!」
 アスカは目を輝かせた。
 よし!
 まさか、まさかと見守る中、一気に差が縮まっていく。
「うわぁ、すげぇ、ほんとに追いつくぞ!」
「行け、行け、行け!」
 観衆が手に汗握ってのめりこんだ。
 逆に鰯水は苦しんでいた。
「何だこの風、ころころ向きが変りやがる!」
 そう!、風はシンジの味方をしていた。
「早い早い!、どうなってんの!?」
「風が…、舞ってる」
「これは…神風だぁ!」
「あのシンジが…」
「やりおるわ」
 ニヤリとトウジ。
「ウサギが狼に化けよった」
「がんばれー、コレに勝てばキスしてあげるからねー!」
 レイの御褒美に触発されたのか、シンジの足はさらに速まっていた。
 ついに並ぶ直線50メートル。
「運の良いやつめ!」
「そうかもしれない!、でも!!」
 アスカを見る。
「僕の相手は…」
 ゴールを見る。
「僕の相手は、アスカとの約束なんだぁ!」
 一気に抜きに掛かる。
 あと10メートル。
 5メートル。
 3メートル。
 シンジの足が一歩先に出た。
 1メートル。
 シンジの胸がテープを切る!
「ゴールイン!」
 うわああああああああ!っと歓声が上がった。
 周りからはほとんど同時に見えていた。
「シンジぃ!」
 倒れこむシンジに、三人は駆け寄った。
「はい、酸素ですぅ!」
 スプレー缶を渡す、シンジは深く息を吸い込んだ。
「ぼ、僕、勝った?」
「はいですぅ!」
「よくやったわよ」
「後でちゃんと御褒美上げるからね?」
 観衆もシンジ達を取り囲んでいた。
「あ、これ…」
 ミサンガが切れていた。
「うそ…」
「そんなやわなものじゃないのに…」
「…カヲルさんの言った通りですぅ」
「え?」
「神様はちゃんと見てる、幸せになって欲しいってって…」
「ああ…」
 シンジも思い出す。
「そんなこと言ってたっけ」
 カヲルを探した、人垣の向こうに居る。
 カヲル君、笑ってる…
 カヲルははにかむように微笑んでいた。
 人垣をかき分けて、鰯水が近寄ってくる。
「あんたの負けよ、文句無いわね?」
 アスカが立ちはだかった。
「碇君…」
「あ、うん…」
 鰯水が初めて「君」をつけた。
 手を差し伸べ、握手を求めてくる。
 負けたよ、かな?
 シンジは雰囲気で察した。
「いいよもう、何も言わなくても」
 シンジは微笑んで、手を握りかえそうとした。
「三本勝負にしよう」
 シンジはこけた。
「今日は負けたがこの次は僕が勝つ!」
 胸を張る鰯水。
 はははははー!っと、夕日に向かって高笑いを上げる。
「こ、こいつはぁ…」
「やっぱアスカの友達だねぇ…」
「違うって言ってんでしょうがぁ!」
 シンジは頭を襲う頭痛が酸欠のためか鰯水のせいか、全然全く区別がつかなくなってきた。
「ホントに僕、頑張ったのかな?」
 カヲルも苦笑を浮かべていた。
 なんだか全てが台無しになった気分だった。



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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