Episode:18A




 それはシンジがトウジ達にしごかれる前のこと。
「ほえ?」
「なに?、ミズホ」
「どしたの?」
 三人はシンジに特訓させようと、グラウンドに向かう途中だった。
「あれ、あの道場から音がしますぅ」
 校舎と体育館との間に道場があった、柔剣道場だ。
「ほんとだ」
「おっかしいわねぇ、クラブって月曜からじゃないの?」
 今日は金曜日。
 明日土曜は特別に午前中だけLHRがある。
「あ、ちょっとミズホ!」
 とてとてと歩いていく。
「ちょっと覗いてみますぅ!」
「もぉ!」
「怒られても知らないわよ!?」
 とか言いつつ着いていく。
「あ…」
 窓から覗きこむ、中で少女が舞っていた。
「綺麗ですぅ」
 扇子を手に、優雅に舞いを決めていた、本来ならば着物でも着る所なのだろうが、あいにくと制服のままだった。
「あれ、誰かなぁ?」
「二年の小和田先輩じゃないの?」
「え?、知ってるの?」
「雑誌によく出てるじゃない、日舞で結構有名みたいよ?」
「ふわぁ…」
 ミズホは見とれていた。
 僅かにさしこむ光の中を、彼女は無心に舞っていた。
 しばらくして舞い終わり、すっとしゃがみこむように腰を落とした。
 ふわさと広がる長い黒髪、だがまた乱れなく流れて戻る。
「ふわぁ!、凄いですぅ!」
「あ、こらミズホ!」
 思わず拍手するミズホ。
「もう!、恥ずかしいじゃない」
 だがミズホはやめなかった。
 にっこりと微笑み、小和田は小さく御辞儀をした。
「へぇ、しとやかって、きっとああいうのを言うのよねぇ」
「そだね、はじめて見たなぁ」
「…どういう意味よ?」
「べっつにぃ!、あ、ほらシンちゃんが逃げちゃう!、急がなきゃ!!」
「こらちょっと、待ちなさい!」
 走ってく二人。
「どうかなさいました?」
 まだ頬を上気させているミズホに、小和田は小首を傾げて尋ねてみた。



第拾八話 「パニック方程式」



 翌日、学校、運動場。
「うう、シンジ様は「私の」ために頑張ってくださいましたぁ」
 勝ったのかなんなのかよくわからない勝負の後、ミズホは両手を組み合わせて夕日に向かって感激していた。
「そっかなぁ?、なんだか最後の方で、「僕の相手は、アスカとの約束なんだぁ!」って叫びが聞こえてきたような気がしたんだけど?」
 ギクギクッとするシンジとアスカ。
「最後にたきつけるのは、やっぱりアスカちゃんの役目なんだね?」
 カヲルはハンカチを口に咥えた。
「あああ、あれは、その…」
「良いよシンジ君、気にしなくても」
「でも…」
「…後で少し、僕のお願いも聞いてくれるかな?」
「お、お願い?」
 冷や汗が流れる。
「そんなに大したことじゃないよ」
「シンジ、約束なんてするこた無いわよ」
「でも…」
「だいたいあんたが煮えきらないから、ケツ引っぱたいてあげたんじゃない!、まだグダグダ言うわけ?」
「う、うん、わかったよ…」
「で、約束って何だったわけ?」
 ジト目のレイ。
「約束ってほどのもんじゃないわよ」
「そう?」
「そうそう!」
「ふ〜ん…、じゃあまぁいいけど…、それじゃああたしはあたしで約束守らせてもらおっかなぁ?」
「何よ約束って」
「き〜す、勝ったらしてあげるって…」
「冗談じゃないわよ!」
「そんなのダメですぅ!」
「それは約束じゃないよ、レイが叫んだだけ、そうじゃないのかい?」
「……」
 総否定する中、何故かシンジだけが複雑な顔した。
「何よシンジ、その顔は?」
「え?」
「まさかあんた…」
「えっ、ち、違うよ、誤解だよ」
「何が誤解なんだい?」
「か、カヲルくぅん」
「そんなのダメですぅ!、約束ならこの私が」
 む〜っと唇を突き出す。
「うわ、ミズホやめてよ!」
「もう!、この子は人の約束取らないでってば!」
「嫌ですぅ!、私のために戦ってくださったんですから、御褒美は私が上げますぅ!」
「一理あるね」
「カヲル!」
「でもやっぱりそれはいけないと思うよ?」
「どうしてですかぁ!?」
「元々はレイが勝手に叫んだだけだろう?、それに御褒美なら、誰かの代わりじゃなくてもいいさ、そうだろう、シンジ君?」
「そ、そっかな?」
「ああ、だから僕は僕として御褒美を上げるよ…」
「って、調子に乗るなぁ!」
「山吹色のオーバードライブぅ!」
 何やら不可思議な色を放ってレイの手刀が炸裂した。


「まったくぅ!、カヲルさんってば少しは見直した所でしたのにぃ!」
 ぷんすか怒りながら、ミズホはみんなの前を歩いていた。
「そっかなぁ、あの方がカヲルらしいと思うんだけど」
「そうそう、控え目で大人しくって、面倒見の良いカヲルなんて気味悪いったらありゃしない!」
 シンジ達は帰宅前に商店街へと足を向けていた。
 肩をすくめるカヲル。
「酷い言われようだね?」
「そうですねぇ、別にそこまでおっしゃられなくても…」
「甘ーい!、あんたはまだこいつの本性がわかってないのよ!」
「きっとミズホから懐柔していこうって腹なんじゃないの?」
 横目でカヲルを見る。
「それも良い考えかもしれないね」
 カヲルはくすくすと笑った。
「それよりシンジ君、大丈夫かい?」
「シンジ様ぁ」
 ぐるぐるメガネで覗きこむ。
「あ、足、足が…」
「まだ治んないの?」
 身が張って痛いらしい。
「やっぱ日頃の運動不足がたたったのよね?」
「シンちゃん、明日からマラソンでもする?」
 いやいやと首を振る。
「ぼ、僕、別にそんなに体力つけたいわけじゃないから…」
「それにしても情けなさ過ぎるのよ」
「でもでも、戦いで傷つかれたわけですから…」
「傷ついたってより…」
「自爆したって言った方が」
「酷いや、みんな…」
 しくしくと、さめざめするシンジ。
「みんなに足りないのは思いやりの心だね」
 シンジの隣に並ぶ。
「やっぱり僕が肩を貸すよ」
「いいよ、悪いよ、僕が勝手にやってるんだもん、だから一人で歩くよ」
 シンジは慌てて遠慮した。
 微笑んでカヲルの申し出を断る。
「そうそう、カヲルは引っ込んでてよ、シンちゃんあたしが貸したげるぅ!」
「だから良いってば」
「うるうる、シンちゃん、あたしのことが嫌いになったのね!?」
「あんたバカぁ?、そんなミズホみたいなマネしてんじゃないわよ」
「私はそんなことしませぇん!」
「「してるしてる」」
「ふみ〜ん」
「ほら泣かないで…、それより着いたよ?」
 商店街。
「お醤油、買うんだろ?」
「他にもね」
 アスカがユイのメモを取り出す。
「…シンジに持たせようかと思ったけど」
 くたばってる。
「しょうがないわねぇ、ミズホ、レイ、行きましょう?」
「え〜?」
「ぶぅ」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと来るの!」
「「は〜い」」
「やれやれ」
 三人が商店街に入っていくのを見てから、カヲルは肩をすくめた。
「さあシンジ君、僕達はあそこで待っていようか?」
 カヲルが指差した先には、一つ向こうの路地のホテルが。
「かかか、カヲル君!?」
「嫌なのかい?」
「そ、そういう問題じゃないよ、第一僕達、男同士じゃないか!」
「男同士だってアイスくらいは食べるさ」
「へ?」
 お約束通り、その手前、シンジ達の正面にアイスクリーム屋があった。
「あ、はは…、なんだ、びっくりした…」
「何を慌ててたんだい?」
 わかっててやってるカヲル。
 シンジは曖昧に笑ってごまかした。


「お醤油に、みりんに」
「あと…、せんべい?、何よこれ」
「あ、それあたしのおやつ」
「あんたねぇ…、あれ?、ミズホ?」
「どしたの?」
 ビル一階にあるウィンドウに張り付いていた。
「あれ…」
「あ、小和田先輩じゃない」
「ほんとだ、おーい!」
「って、やめなさいってば、あ、ほら…」
 気がついたのか、にこやかに微笑み返してきた。
「いいなぁ、あんな感じって」
「憧れですぅ」
「でも、日舞ならおば様に教えてもらえばいいじゃない」
「「ええー!?」」
 思わず耳をおさえるアスカ。
「なによ急に、びっくりするじゃない!」
「お母さまって、日舞とかやってらっしゃるの!?」
「知らなかったの?、他にもお茶とかお華とか、習い事は一通りやってらっしゃったわよ?」
 ぐっと拳を握りこむミズホ。
「これはチャンスですぅ!」
「え?」
「帰ったらお母さまにお願いしてみますぅ!」
「あ〜あ、ヤッパリそうなるのね」
「昨日、小和田先輩を見てからずっと言ってたもんねぇ」
 顔を見合わせて、ため息をつく。
「だってだってだって、わたし、シンジ様のために自分を磨きたいんですぅ!」
「え?」
「なに、それ?」
「昨日小和田先輩にお聞きしたんですぅ」


「どうかなさいました?」
「は、はい!、えっと、あの、どうすれば…、そのぉ、おしとやか…じゃなくって、綺麗、じゃなくって、えっとぉ…」
 良い言葉が見つからない。
 小和田はくすっと微笑んだ。
「己を鍛え、精進することこそが大事、それだけです」
「精進?」
「貴方には好いてらっしゃる方がおられますか?」
「は、はいぃ…」
 赤くなってうつむく。
「なら貴方は御自分がその殿方に相応しいとお思いですか?」
「わ、わたし、シンジ様を好きです!、誰にも負けないぐらい好きなんですぅ!」
「好き、だけで振り向いてくださいますでしょうか?」
「はい?」
「己を律し、常に自らを磨かなければ、愛する方との家を、子を、家族を守れはしませんわ?」
「頑張るってことですかぁ?」
「そうですね、そのように受け取られてもよろしいでしょう…、そしてそのような人だからこそ、殿方は魅力を感じてくださるのではありませんか?」
 ふにゅうっと、考えをまとめようとする。
「よほどその方のことがお好きなのですね?」
「も、もちろんですぅ!」
「では、その方の魅力に見合うだけのものを、貴方はお持ちですか?」
「わたし、ですかぁ?」
「ええ、貴方は貴方にはない、その方だけが持っているものがあるからこそ、恋心を抱かれたのではありませぬか?」
 考える。
 この場合、シンジの優しさ、だろうか?
「貴方にも、そのようなものを見つけられるとよいのですが…」
 そう言って小和田はミズホを残し、帰っていった。


「シンジ様はわたしのために戦ってくださったのにぃ」
 夢見る乙女モード。
「わたしはシンジ様のためにできることがありません…」
 しょぼくれる。
「で?」
「ですからせめて花嫁修業くらいはと」
「「どうしてそうなるのよ!」」
 ミズホは二人の突っ込みにもめげなかった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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