Episode:19 Take4



「僕はサイテーだ…」
 教室で、シンジは大湿原とばかりに自分の失言に泥沼にはまり込んでいた。
「けど…、でも本当にそれで良いの?」
 我慢するのが、一番良い方法だなんて…、そんなの嫌だな…
 そんなシンジをカヲルは黙って見つめている。
 シンジはその視線に気がついていない。
「やっぱり、そんなの間違ってるよね?」
 シンちゃん、あたしね、歌あんまりうまくないでしょ?
 でもね、コーラスとか、バック程度ならできると思ったの、結局歌うことになっちゃったけどね。
 シンちゃんに頑張ってるとこ見てもらいたかったの…、シンちゃんと一緒だね。
 いつ言われたんだっけ?
 今まで嫌なことあったんだ、でもシンちゃんと会ってから、楽しい想い出一杯作るって決めたの。
 そうだよ、確かにレイが言ったんだ。
 レイはそう言って僕を奮い立たせてくれたんだ…
 抱きしめられたことを思い出して、ちょっと赤くなる。
 自分で考えて、自分で決めたの、後悔しないように。
 って言ったのに…、するに決まってるじゃないか、これじゃ!
 シンジは何度か手を握りこんだ。
 汗ばんでいる、シンジはその手を広げて見た。
「今度は、僕の番だよね?」
 シンジの表情が変わる。
 だから今のシンちゃんは…覚えてたくない、きっと思い出したくない想い出になっちゃうから。
「僕だって、そんなレイは覚えていたくないよ、だから…」
 レイの、本当にやりたいことをさせてあげたい。
 席を立つシンジ。
 シンジは、自分に何ができるのかを考える。
「やっぱりその方が良いね、シンジ君は…」
 カヲルはうっとりとそんなシンジを眺めていた。






「ばかシンジぃ!って、あれ?、カヲルだけ?」
 お昼休み、シンジを探しに来た。
「シンジは?」
「さあ?、今日は口もきいてくれなくてね、寂しいよ、シンジ君」
 自分の世界に入ろうとする。
「うっ、気持ち悪いわねぇ、あんたなんで引き止めておかなかったのよ」
「なにやら考え事をしていたみたいだったんでね、物憂げなシンジ君の横顔、ああ、やっぱりクラスメートになれてよかったよ」
「うっさいわねぇ、シンジはあんたのもんじゃないんだから…」
「おや?、誰がそんなことを決めたんだい?」
 流し目をくれる。
「きー!、むっ、かっ、つっ、くっ、わっ、ねぇ〜って、言ってる場合じゃないわ」
 きびすを返す。
「シンジ君を探しに行くのかい?」
 付き合うカヲル。
「あったり前でしょ!、あたしを置いてった罰、しっかりと与えてやんなきゃ」
 うふふふふっと指を鳴らす。
「あまりいじめないで欲しいね、シンジ君は繊細なんだから」
「あんたバカぁ?、これはいじめじゃなくて愛の鞭よ、最近なんだかあたしのことを軽んじてるような節があるのよね、ここは一発、きつーく再教育してやんなきゃ」
 物騒な笑みを浮かべる。
「それで、心当たりない?」
「レイの所だと思うよ?」
「え?、なんで!?」
「ずっと気にしていたからね、シンジ君は…」
「まさか!、昨日のことを気にして…」
 ミスった!?
 自分がシンジを追い詰めてしまったことに、アスカは猛烈に後悔した。
「あのバカ、状況に流されやすいんだから、早まるんじゃないわよ!?」
 アスカは慌てて駆け出した。






 職員室前。
「レイ…」
 入部届を出しに行くレイを、シンジは呼び止めた。
「シンちゃん…」
 レイは困り顔でシンジを見た。
「レイ、どこに入るか決めたんだ…」
 その手に持つ届け出の用紙が目に入った。
「ええ…、いつまでも引き伸ばしておけないし…」
「そっか…」
 しばし無言。
 レイは固い笑顔を見せた、まるで作ろうとして失敗したような微笑み。
「…ねえ、本当にそれで良いの?」
 シンジは耐えきれなくなって、もう一度蒸し返した。
「シンちゃん、お願いだから…」
「やだよ、ダメだよそんなの、レイが言ったんじゃないか…、頑張って、頑張って、だけどそれは楽しい想い出を作るためだって、嫌なこともみんな楽しい思い出に変えるためなんだって」
「シンちゃん…」
 シンジは言葉に込めた激しさとは裏腹に、うつむき、小さな声で漏らしていた。
「ねえ、これがそうなの?、我慢して、堪えてくことがそうなの?、そんなのヤだよ、勝手すぎるよ!」
 ついに爆発する。
「あたしだってしたい事いっぱいあるもん!、でもダメ、できない、だって壊したくない物だって一杯あるんだもん!」
 赤い瞳がうるんでいる。
「友達ができたの…」
 レイの頬を涙がつたった。
「洞木さんや、鈴原君、相田君…、マヤ先生や、みんな、みんな…、やだもん、失くしたくないもん…」
 崩れおちようとするレイ、シンジは危ういと感じて抱き留めた。
「レイ…」
 通り過ぎていく生徒たち、痴話喧嘩のようにも見え、かなりの注目を浴びていたが、今更離れるわけにはいかなかった。
「ごめん、レイ…」
「…シンちゃんが謝ることじゃないよ」
 シンジは言葉を探した。
「…負けないで」
「え?」
 レイは顔を上げた。
「自分に…、何よりも抱えてる物に…」
 言葉を探し、組み立てる。
「泣かないで…、辛いからって投げ出さないで、逃げ出しちゃだめだよ…、お願いだから…」
 何とか笑顔を作る。
「お願いだから、信じて…」
「シンちゃん…」
 濡れた瞳と長いまつげ。
 シンジは吸い寄せられるように唇を近づけた。
「ちょ、ちょっとあんた達!」
 が、やっぱりアスカ襲来。
「あ、アスカ!」
「こんなとこで何やってんのよ!」
 無理矢理二人を引き離そうとする。
「ち、違うよ、そんなんじゃなくて…」
「違うの?、シンちゃん…」
「あ、いや、そうじゃ…」
「レイ、あんたなに泣いてんのよ!」
 シンジを無視する。
「なんでもない…」
「嘘おっしゃい!、あんたねぇ、その手に持つ目薬はなによ!」
「え!?」
 驚いたのはシンジだった。
「…気づいたのね、もう」
「カヲルから聞いたわ、あんた、その…、人並みなんだってね」
「ちょっと、誤解を招くような言い方はやめてくれる?」
 バチっと火花が散る。
「ちょっと見せなさいよ!」
 レイの入部届をひったくる。
「あ!」
「ふ〜ん、ほうらやっぱり、テニス部になってるじゃない」
「え?、ほんとなの」
 気まずそうなレイ。
「ええ、つまりシナリオはこうね、なにやら歯切れの悪いレイにシンジは感心を抱き、慰めに走る、レイはそれで考えを変えて運動部へ、ついでにシンジのハートもゲット!、どお?、間違ってる?」
「アスカ、まさかそんな…」
 レイの表情に愕然とする。
「ちなみに監督監修、シナリオを立てたバカは引っ立てて、あそこに張り付けてあるわ」
「え?」
 振り返ると、ケンスケが何処から持ってきたのか十字架に張り付けにされていた。
「け、ケンスケ…」
「よぉ、悪いなシンジ」
 特に悪びれた様子もない。
「レイ、騙したの?、騙したんだね、僕を…」
「ごめんなさい…、けど言った事は嘘じゃないもん…」
 バツが悪そうにしょぼくれる。
「だけど騙したんだ…、僕、真剣に心配してたのに…」
「シンちゃん…」
 罪悪感に囚われる。
「けどなぁ、シンジ、お前も悪いんだぜ?」
「え?」
 見かねたのか、口を挟むケンスケ。
「あんたは黙ってなさいよ!」
「ヤだね、シンジ、綾波が悩んでたってのは本当さ、理由までは知らないけどな」
「相田君…」
「こいつは言わなきゃわかんないよ、…なあシンジ、お前一応綾波の彼氏だろ?」
「な!?」
「ななな、なに言ってんのよ、このタコすけ!」
 ぽかんと殴るアスカ。
「ちょ、ちょっと、良いから聞けってば!、お前らの中でどうかはしらないけどさ、周りから見ればそうなんだよ」
「そ、そうなの、かな?」
 なぜかレイに同意を求める。
「…知らない」
 そっぽを向くレイ。
 耳が赤い。
 むかつくアスカ。
 こめかみがひくつく。
「だからさ、綾波が一番心配をかけたくないのはシンジ、お前なんだよ」
「僕に?、どうして?」
「まだわかんないのかよ…、いいか?、一番大事だから、一番良い姿だけ見せたいんだ、そうだろう?、お前だってカッコ良いとこ見せたいって思う時、あるだろ?」
「うん…、あるかもしれない」
「そうだろう、そうだろう…、だから普段のことなら相談できても、一番好きでいてもらいたいからこそ、話せない事、相談できないってこともあるんだよ」
「あんたがそれを代わってあげたってわけ?」
「俺がしたのは、演技のつもりでって綾波に本心をぶつけさせたことさ」
「レイ…」
「シンちゃん、ごめんね…」
 レイは再びシンジに体を預けた。
 その肩に額をつける。
「シンちゃんに心配かけたくなかったの…、でも…、騙す事になっても、言ってもらいたかったの…、言葉が欲しかったの、だから…」
「もういい、もういいよ、レイ…」
 思わず抱きしめようとしたが、その手をアスカがつかんだ。
「あんたバカぁ?、どうしてそう学習能力がないのよ、それがレイの手だって言ってんの」
「そんな…、言い過ぎだよ、アスカ…」
「うっさいわねぇ、ばかシンジのくせに、この子の臭い演技ぐらい見抜きなさいよね」
 ピクっとレイのこめかみにも青筋が浮いた。
「ちがうもん、演技じゃないもん…」
「へぇ〜、だったら離れなさいよ、あんたシンジだけじゃなくてあたしにまで嘘ついたのよ?、その罰はちゃんと受けてもらいますからね」
「アスカだって嘘吐きじゃない…」
 シンジの肩から離れないまま、レイは目だけアスカに向けた。
「あ、あたしが嘘吐きですって?」
 聞き捨てられなかった。
「うん、本当はただ、誰にでも優しいシンちゃんが嫌なんでしょ」
 べーっと舌を出す。
「アスカ、最近かまってもらってないから不満なんだ」
「あ、あんたバカぁ?、このあたしが、シンジがないがしろにしてるだとか、勝手に登下校しちゃって一緒にいようとしないだとか、勝手に遊びに行っちゃうだとか、一々そんなこと気にしてるとでも…」
「してるじゃないか」
「チェストォ!」
 ゲシ!っとアスカの回し蹴りがケンスケの顎を捉えた。
「ぐぇえ…」
 張り付けにされていて、逃げることすらできなかったケンスケ。
「け、ケンスケ…」
「素直じゃないんだから…、シンちゃんに甘えたっていいじゃない」
「こんな尻引っぱたいてやんないとなにもやろうとしないような奴に、誰が甘えるもんですか!」
「ふ〜、じゃあやっぱりこんな事しててもいいんだ」
 シンジの背中に腕を回す。
「うわわ!、ちょ、ちょっとレイ、やめてよ!」
「やだも〜ん」
 胸を押しつける。
「うわ、うわ、うわあ!」
「ちょっとあんたなにやってんのよ、離れなさいよ!」
「やだもぉん、いいじゃん勝手なんだしぃ」
 さらに一段と密着する。
「勝手じゃないわよ、人前でやることじゃないでしょ!」
「じゃあ隠れてならいいの?」
「ダメに決まってるでしょうが!」
「お願いだから離れてよ!」
「なにバカなことやってんのよ!」
 首根っこを捉まえて引っぱがす。
「ああん☆」
「わわ!」
 ふらつき、シンジはよろけた。
 ドン!、っと誰かにぶつかって止まる。
「あ、ごめんなさ…、ミズホ!」
「シンジ様ぁ〜…」
 恨めしそうな顔、上目使いで目がうるんでて、それでいて頬をふくらませて怒っている。
「ち、違う、誤解!」
「不潔ですぅ!」
 見事な桜花連撃が決まった。
「ああ、シンジ!」
「シンちゃん!」
 ふっとぶシンジ。
「ちょっとミズホ!?」
「どういうつもりよ!」
 ぐえ…
 ずかずかとシンジを踏み付けて詰め寄る。
 ケンスケの足元に転がるシンジ。
「うう、僕、何も悪い事してないのに…」
 涙するシンジ。
「してないから、こんな事になったんじゃないのか?」
 ケンスケの同情が空しい。
「僕に何をしろっていうんだよ…」
「そのものずばりじゃないか…」
「できるわけないよ、そんな恐い事…」
 三人を見る二人。
「アスカストライク!」
「ふんだ!、牛若の舞いですぅ!」
「ドラグスレイーブ!」
 一歩も引かずに対峙しあう三人。
「なるほど、こりゃシンジよりも問題だよな…」
 妙に納得するケンスケ。
「で、どうするんだよ、シンジ?」
「いま僕にできる事と言ったら…」
「言ったら?」
「取り敢えず医務室に行くことかな?」
 背中の足跡が痛々しい。
 はぁっとため息をつくケンスケ。
「大丈夫だよ」
 その背中に温かい手が。
「僕がちゃんと看病してあげるからね」
「…カヲル君」
 いつの間にかカヲルが。
「優しいね、カヲル君」
 とかいいつつも、この後の展開が読めそうで嫌な感じのシンジだった。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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