NEON GENESIS EVANGELION

Genesis Q':1B






「あら早かったのね」
 ぱたぱたとスリッパの音を響かせて、シンジ達を出迎えるユイ。
「お父さんから電話で聞いたわよ?」
「いやーまいりましたわ〜、考え甘かったんやなぁ」
「父さんうちに帰れば何とかなるって…キーボードなんてあったっけ?」
「無いわよ」
 あっさりとユイ。
「だから電話でつてを頼ってるとこなの、シンジからもお願いしてみたら?」
 くすくすとユイ。
「ぼくが?」
 ケンスケたちに押されて、しかたなく受話器を受け取るシンジ。
「あのー、もしもし…」
「バカシンジー!」
 知らない人だったらやだなー、なんて考えていたシンジは拍子抜けした。
「アスカ!?」
 え!?とトウジ、ケンスケ、あーんどヒカリ。
「人が居ないあいだにおもしろそうなことしてんじゃないわよ」
「あ、あああ、あの…、アスカ?」
「なにどもってんのよ!急におば様から電話がかかってきたからなにかと思ったのに、いい?」
 のけ者にしたな〜等々、20分近くねちねちいびられ、シンジは途中受話器を耳から離していようかと考えた、が、後が怖いので結局できなかった。
「それでさ、カイザーがそっちに行ってるんだって?」
 カイザーの名前が出てきたので緊張するシンジ。
「あの人種差別主義バカそっち行ってるんですって?最近来なくなったから静かになったって喜んでたのに、まったくもぉ」
 ぶつぶつと一方的なアスカ。
 シンジはなんと口にすれば良いのかわからない。
「あんたねぇ、あのバカのたわごと真にウケたんですって?真性のバカね」
「え?」
 頭の中で言葉をまとめていたのに、それがふっとんだ。
「うそ…なの?」
「あったりまえでしょ、なんであんなやつと付き合わなくちゃならないのよ、そんなにあたしが信用できないってわけ!?」
「そ、そんなことないよ、おかしいとは思ったんだ」
「否定しなさいよね、はっきりと、そんなことだとホントにのりかえるからね」
 語尾は小さく、優しい声になっていた。
「アスカ…」
「とにかく、いい?やるからには勝つのよ」
「うん、わかったよ」
 シンジの背中に力がみなぎる、トウジは「オーラが見えとるで」と呟いた。
「それから、キーボード?、ミズホはそこにいないの?」
「うん、カヲル君のとこだけど…」
「ああ、もう、私の部屋にあるのよ」
「なにが?」
「あんたばかぁ?キーボードに決まってるでしょ」
「そんなの持ってたっけ?」
 そういやいつも押し掛けられてて、みんなの部屋にはあまり行かないもんなぁ、などとあいまいな記憶をたどる。
「いつもは押し入れの奥にしまってるのよ、ミズホ知ってるはずなのに、もう!」
「わかった、じゃあおばさんに頼んでみるよ」
「押し入れの上の段の奥、いいわね?」
「あ、ちょっとかわって」
 シンジが電話を切りそうだったので、ヒカリは慌てて受話器を奪った。
「もしもしアスカ?」
「ヒカリー、げんきー?」
「うん、アスカいつこっちに帰ってくるの?」
「お父さん好きなだけいろって言ってるしさー、学校行かなくていいからずっといたいんだけど、遊べるとこ全部回っちゃったし、いいかげん暇なのよねぇ」
 半分冗談で半分は本気だろう。
 アスカの家へ行くシンジを目で追うヒカリ。
「あのね、碇君前にバンド作ったことあったじゃない?」
「ああ、あの色物バンド?」
「レイがその時のこと聞きたがってるの、シンジ君黙ってて欲しいみたいなの」
「え〜〜〜!」
 心底残念そうな声が、かなり離れていたケンスケたちにも聞こえた。
「面白いのにー、それにカイザーには話しちゃったわよー」
「ラステーリさんははっきり口にしてなくて、まだ大丈夫なの、アスカさえ黙っててくれれば…、碇君あのときのこと気にしてるし、アスカだって無関係じゃないでしょ?だから」
「わかったわよー」
 しぶしぶ了承する。
「そのかわり本番までには帰るから、あたしの出番も用意しててね」
「え?そんなに簡単に帰ってこれるの?」
「うん、ホントはいつ帰ってもいいぐらいだったし、面白そうだから見逃したくないもん」
「わかった、みんなには伝えとくから」
「おねがいねー」
 どう伝えようか悩むヒカリ。
「それじゃ後は俺ん家でアンプとか持ち出すだけだな」
「委員長、いくでー」
 トウジに急かされ、ヒカリは言いわすれることになってしまった。






 お祭りの日が近づくにつれて、カヲルの部屋への常駐率が高まっていく。
 お祭り的なテンションに侵食されていくシンジたち、練習はなんとか順調に進んでいた。
 トウジがつまみ食いの罰として逆さ張付にされたり…
 ケンスケが女子のね姿を盗撮しようとして河へ帰されたり…
 ミサトが夕食目当てで泊まり込んだり…
 遊びに来た加持のカラオケによって音感が破壊されたり…
 カヲルがシンジに夜這いをかけたり…
 まあ、おおむねいつもと変らず平穏に。


「シンちゃんが前にバンド組んだのって、一年の時?」
「そうだよ?」
 あいかわらずレイは昔のことを探りだそうとしていた。
「綾波もしつこいなぁ」
「仲間はずれにされたくないんだろ」
 ケンスケの言葉は当たりに近い。
 本番は明日、土曜日、10:00から16:00までが勝負。
 今日は練習はなし、移動や楽器の運びこみなど、細かいことを確認するため、ここカヲル邱に集まっていた。
 ケンスケが言うには、目立つには少なすぎる時間だそうだ。
 事前調査で、大半のバンドが「カラオケマラソン」に走るとわかっていた。
 オリジナルだけでやる所は少ない、即席バンドが多すぎた。
「おかげでチャンスが広がったわけだ」
 ケンスケとトウジは曲数、曲順と休憩時間などの計算に没頭している。
「その時ボーカルは誰がやったの?」
「アスカ」
 あ、やっぱりというレイ。
「シンジ君のギターに合わせて歌ったなんて…」
 ぎゃーん…っと、カヲルは自前のギターをかき鳴らした。
 シンジにギターソロの話が出てきたので、ツインでやろうと思ったらしい。
 シンジがカヲルに合わせて弦を弾いた。
 カヲルがにこっと微笑んでさらに返す。
 即興で引きはじめたシンジとカヲル、レイは3割増しでシンジがカッコよくみえた。
「その時はなにを歌ったの?」
「同じだよ、アニメタル、アスカが好きなのはもっとポップスっぽいのだと思ってたんだけどなー」
 シンちゃんがやるからアスカも混ざったんじゃないの、とは口にしなかった。
 今回もアニメタルに決まっていた。
 1:ノリがいい。
 2:歌詞がわかりやすい(覚えやすい)
 3:マラソン形式で歌える。
 …との、ケンスケの強固な意見に基づく決定だった。
 喉が持たないんじゃ?というもっともな質問は、喉が痛くなってきたらボーカルを交代すればいいという、耐久消費的な酷い発想で抑えこまれた。
 しかしレイとカヲルから不満の声が上がったので、ネットから漁った曲が、いくつか追加されている。
 メジャーをコピるよりは面白い、とカヲル。
 実はかなりこだわりがあるらしい。
 どんどんどん!
 ドアノックの音。
「あ、加持さんかな?」
 ミズホとヒカリが買い出しに出かけている、彼女らは無断で上がり込むから、後は楽器を運んでくれる約束をした加持だけのはずだった。
「やあ、みんないるかい?」
「ミズホとヒカリが出かけてますけど?」
 レイが加持用に置いてあるスリッパを持って出迎えた。
「こっちが用事あるんだってさ」
 加持に変って顔をだしたのは、カイザー・ラステーリだった。
「やあ、諦めずにやるんだって?」
 うっと冷や汗を流すレイ、じりじりと下がる。
 加持はなにやらおもしろくなりそうだと思い、青春の邪魔はすまいと傍観をきめこんだ。
「何のようですか?」
「用事なんて決まってるじゃないか」
 くすくす笑うラステーリ。
「ひきぬきだよ、ひ・き・ぬ・き、もう明日だしね、これが最後だよ、ミズホの透き通るような声、きみはちゃんと聞いているのかい?」
 レイの向こうにいる、シンジを指差した。
「君達の騒音にはもったいないよ、はっきりいって」
「やなやっちゃなー」
「シンちゃん、黙っててどうするの」
 とは言いつつもレイはシンジの後ろまで待避していた。
「なんだ綾波さん、つれないなー」
 びくっと机の影に隠れる。
 はっはっはっとくじけない。
「またくだらない音をだして、ウケを取ろうとしてるんだろ?みっともないから、やめた方がいいよ」
 にこやかにラステーリ。
「前とちごて、今度は実力で勝負したるわい!」
「そうだっ、こっちにはスペシャルエフェクター『GX−99』だってあるんだからな!」
「あほ、あれはあかんいうたやろ」
「大丈夫、この数日間改良に改良を加えたんだ、今度こそ完璧だよ」
 ケンスケの眼鏡が妖しく光る。
「もう二回もアンプが火をふいとるやないか」
「どうせならサードインパクトまでいこうよ」
 さすがにラステーリも呆れる。
「危ないって言ってるんだけどね、大人の言うことを聞いてくれなくてさ」
 肩をすくめる加持。
「そんなくだらないもので、ミズホの舞台をだいなしにする気か?」
 ふふふふふ、っと誰の言葉も耳に入らないほど、完全にいってるケンスケ。
「呆れたね、綾波さん、君も見切りをつけて、俺と一緒にステージに立たないか?」
 べーーーっとレイ。
 意識的に見ないようにするラステーリ。
「碇君、ミズホとどういう関係なのか知らないけど、「様」って付けさせているのはなぜだい?、こっちが恥ずかしくなっちゃったよ」
「あれは…」
 やめてって言ったんだけど…と、シンジにしゃべらせない。
「「様ぁ」なんて呼ばれて喜んじゃって、碇君って変態かい?」
 たじたじのシンジ。
「アメリカでミズホは俺が面倒を見ていたんだ、彼女が不幸になるのは耐えられないんでね」
「あまりシンジ君をいじめないでほしいね」
 にこにことカヲル。
「やあ渚君、いたの?」
 男は視界に入らないらしい。
「シンジ君に嫉妬する気持ちは「想像して」あげるけどね、みっともないよ、カイザー?」
「やだなぁ、この僕がシンジ君「ていど」に嫉妬するわけないじゃないか」
「あ、シンジ様ぁ」
 実にタイミングよく帰ってくるミズホ。
「ペプシコーラ売り切れでしたぁ、ライフガード買ってきましたけど、構いませんかぁ?」
 ラステーリの脇をすり抜け、シンジのもとへまっすぐ向かう。
 膨れあがったビニール袋から500mlのライフガードを取り出すと、シンジに手渡した。
「み、ミズホ?」
 一緒に戻ってきたヒカリが遠慮がちに声をかける。
 振り返って、初めてラステーリに気がつくミズホ。
「あら、ラステーリさん、こんにちは」
 にこやかに頭を下げる。
「やあ、ミズホ」
 こめかみに青筋が浮いてる。
「この間のお話、考えてもらえたかな?」
 は?と口に出してから、きっちり15秒、人差し指を頬に当てて考える。
「ボーカルをして欲しいというお話でした?」
 ぱんっと手を合わせて、笑顔を浮かべる。
「ああ、ミズホのためにもぜひ!」
 感触オッケーといきこむラステーリ。
「残念ですけど、かけもちは無理だと思いますし…」
 ボケなのか本気なのか、中途半端で分からない。
「あ、いや、かけもちじゃなくて、そっちをやめて、こっちのバンドに…」
「そうだ、ラステーリさんも私たちとご一緒にどうですか?それですべて丸くおさまりますわ」
「いやそれでは引き抜く意味が…」
「シンジ様、良い考えだと思いません?」
 きいちゃいねーと叫びたいのを堪える。
「いいかい?彼らでは君の満足するような音は出せない、君は俺達のところで歌うべきなんだ!」
「なんやてー!こっちかて死ぬ気で練習しとるわい!!」
「シンちゃんはあんたなんかに負けないわよ〜だ」
 余裕の態度で流し目をくれる。
「言っちゃ悪いけど、碇君じゃだめだね」
「なんでよー」
 おもわず見返すレイ。
「握力が足りない、弦を操りきれてない、碇君は気づいているんだろう?君の握力が平均よりも少し低いということに」
 ぎくぎくーっとシンジ、だけど怯まず睨みかえした。
「負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか」と、呪文のように呟く。
「うそつきに負けるほど下手じゃない!」
「嘘吐き?だれが?」
「惣流の婚約者?」
「もう嘘やて、ばれとんのや」
 眉一つ動かさない。
「なんだいまごろ、まさかまだばれてないと思ってるって、考えてたのかい?」
 逆に笑われる。
「それよりも、みっともない姿さらして見放される前に、諦めたほうがいいんじゃないのか?」
「どっちが!」
 思わず言い返すシンジ。
「よく言ったわ!」
 透き通るような声が、シンジを打った。
「このあたしがいる限り、あんたに負けるような事はないのよ、絶対に!」
「「「「「「「アスカ!」」」」」」」
 レモンイエローのワンピースと赤い髪。
 トランクケースを携えた正義の味方、惣流・アスカが、逆光の中、スカートをひるがえして現れた。






「アスカー」とヒカリが抱きついて。
「お帰りですー」とミズホが泣き。
「おみやげどこ〜?」とレイがトランクを漁りだした。
 ラステーリは「今日のところは引き上げるよ」と、右頬に平手の痕をつけて帰っていった。
 シンジたちの頬も赤くなっている。
「事故じゃないか〜」
 と呟いてみても、さらに睨みつけられるだけだった。
 一人加持だけが免れている。
「加持さんは大人だから良いの」
 シンジは大人ってズルいと悲しんだ。
 カヲルはバックでバラードを弾いている。
「辛気くさーい!何落ち込んでるのよ、あたしがいれば絶対無敵だっていってるでしょ!」
 誰のせいで暗くなってるのか考えないアスカ。
 意味もなく胸を張る、ボリュームはあっても、勝てる根拠はつまってないとシンジは思った、入っているのは自信だ、きっと。
「でもな惣流、すまんけど出番つくんのはむりやで」
 アスカはさらに目立とうと机に登っているところだった。
「なんで、このわたしの美声を聞きたくないって〜の?あんたたちは」
 机の上からぐるっと指差す。
「曲が多いんだよ、覚えるのも大変だったんだ、もう明日だし、今から惣流の分なんて練習できないよ」
 アスカの頬が膨らんだ。
「だから、準備しときなさいって言ったじゃない」
「いつそんなこと言ったんだよ」
 トウジを盾にするケンスケ。
「せや、そんな話、きーとらへんで!」
 アスカはこそこそと逃げ出そうとしているヒカリに気がついた。
「ひーかーりぃー?」
「ご、ごめんアスカ、すっかり忘れてたの」
「あんたねー」
「まあまあ」
 とりなす加持。
「いま大事なことは、君が歌うためにどうするか、だろ?」
 アスカは目標を切り替えた。
 変更先はケンスケ。
「特別練習しなくてもできる曲があったわね、そう言えば」
「あ、あったっけ?」
「2年前にもやってるでしょうが」
「あれは…」
 ケンスケはシンジを横目で見た、シンジは何を言い出すのかと顔を上げた。
「さっきの聞いた?あいつに勝つには、シンジがやるしかないのよ、実力で!」
 シンジの脳裏に嫌な想い出が浮かぶ。
「ちょっとまってよ、相手はプロだろ?勝てるわけないじゃないか」
「シンジ君、男にはやらなければいけない時ってのがあるんだ」
 冷蔵庫にお土産のスイカを入れる加持。
「いいからっ、やるのよっ!」
 アスカには逆らえない。
 諦めろ…と目で語るトウジ。
 シンジは天井をふり仰ぐと「どうしよう」と呟いた。


 地獄の一夜漬けが始まった。
 2年前の歌詞を全く忘れていないアスカ、対照的にシンジは忘れさっていた。
 レイ、ミズホ、カヲルはヒカルの指揮下、夕食に使った食器を片付けていた、三人は休んでおくようにと、ケンスケから指令が出ている。
「そんなに嫌なことがあったのかなぁ?」
 ぼそりとレイ。
 いつもは元気に仕切っているヒカリも、今日は無口だ。
「シンジ様…アスカさんもですけど、妙に力んでて怖いですぅ」
 カヲルは黙したままだ、シンジの使った食器を黙々と洗っている。
「ヒカリは知ってるんでしょ?」
 ヒカリはためらってから答えた。
「うん…、けど碇君が思い出したくないのはきっとその後の…」
 ヒカリは続きをもごもごと飲み込んだ。
「シンジ君が話したくないのなら、詮索しないほうがいいよ」
 ようやく口を開くカヲル。
「シンちゃんが心配じゃないの?」
 反発するレイ。
「誰にだって知られたくないことはある、それを一番よくわかってるのはぼく達だろう?」
 レイははっとして、カヲルへの視線をやわらげた。
「ガラスのように繊細なんだよ、シンジ君は」
 窓の外、夜の闇を見やるカヲル。
 暗闇に、アスカの怒声が響いては消えていった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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