NEON GENESIS EVANGELION

Genesis Q':1D





「シンちゃん…」
 ブランコに乗って、うつむいたまま動かないシンジ。
ちーさいあーきー、ちーさいあーきー、ちーさいあーきー、みーつけた…
 自我境界がループ状に固定されているらしい。
「変だよシンちゃん」
 いつもは簡単に投げ出したりしないのに…
 レイはシンジの前に座り込んで、顔を覗きこんだ。
「ラステーリ…」
 びくっと震えるシンジ。
「シンちゃん、ラステーリさんを怖がってるみたい、苦手なのかなって思ってたけど、どうして?」
「言いたくない…」
「シンちゃん」
「思い出したくないんだ…」
 レイはため息をついて立ちあがると、シンジの頭を抱きかかえた。
「だめだよシンちゃん、楽しいことばっかり追いかけなきゃダメだよ、辛いことがあったのなら、楽しい思い出に塗り変えなきゃダメだよ、変えていかなきゃ駄目よ」
「レイ…」
 レイの胸の膨らみにどきどきするシンジ。
「ばかにされるのが恐いの?」
「違うよ」
「笑われるのが嫌なの?」
「なれてる」
「アスカにかっこ悪いとこ、見せたくないの?」
「そんなんじゃないよ」
「アスカの前だと緊張してるよ?」
「思い出すんだ…、前のこと、肝心なところでとちって、ごまかすためにふざけてばかりいて、アスカ怒らせたんだ、ちゃんとしろって言われた、頑張れって、でも頑張らなかったんだ、アスカの気持ちなんか考えないで、面白いからってふざけてばかりいたんだ、…だから今度は頑張りたかったんだ、今度こそ、アスカとの約束、守りたかったんだ」


「アスカさん…」
 ミズホが見つけた時、アスカはアイスクリームを片手に、シゲル、マコト、マヤの演奏を眺めていた。
「全然周りを気にしてないよね」
 誰にともなく呟くアスカ。
 シンセサイザーとドラムマシン、その他よくわからない、音を出す機械をラップトップパソコンで操るマコト。
 ギターをかき鳴らすシゲル。
 マヤはシャツを腰の辺りで結んで短くし、お腹を出している。
 下は皮のミニスカート、黒。
 気持ちよさそうに汗を飛ばしながら踊り歌っている、その少し離れたところで「マヤ〜」と涙を流しながらDVDカメラを回す冬月の姿があった。
「シンジもコレぐらい、楽しむことだけ考えたらいいのに」
「ホントにシンジ様が好きなんですね〜」
 一気に赤くなるアスカ。
「なっ、何バカなこと言ってんのよ、そんなの…決まってるじゃない
「きこえませーん」
 くすくすとミズホ。
「むかし何があったんですか?」
 言いよどむアスカ。
「教えてください…」
 目をうるうるとさせる、きったなーいと罵りたかったが、勝てないとわかっていたので、開き直り話しはじめた。
「ばかな話よ、一年の時、クラスの男子と売り言葉に買い言葉で、シンジがちゃんとやれるかどうか賭けたの、でもシンジはあたしの気持ちなんか考えもしないで、ふざけてばかりで…負けってことになっちゃってね」
「それだけですかぁ?」
「う…、シンジがバカにされたんで、あたしが勝手にケンカ買っちゃったのよ、負けたらデートするっておまけ付きで」
「で、デートしたんですかぁ?」
 両手を口元に当てて、わくわくとミズホ。
「してやったわよ、遊園地で…何だったか忘れたけど、順番待ちさせてるあいだに帰ってやったわ」
「それは…あんまりですぅ〜」
「いいのよ、でも真剣になってくれなかったシンジに勝手に腹をたててね、暫く話しもしなかったんだ、けどシンジは賭けのこと知らなかったんだから、当たり前だったのよね、シンジが悪いわけじゃないの、でもその事を知ったシンジは自分が悪いんだって、気づかなかった自分が悪いんだって…勝手に自分が悪いって決め付けて…」
 うつむくアスカ。
「悪いのあたしなのに、馬鹿なのよ、あいつ」
「優しいんですね」
「そんなの、知ってるわよ」
 アスカの頬を涙がつたって、路面を濡らした。
「違います、アスカさんが、ですぅ」
 思わず顔を上げるアスカ。
「あ…あたし、シンジ傷つけちゃった、あんなシンジ嫌だからって、無理させちゃった…」
 ミズホはアスカが泣いているとを周りに悟らせないよう、アスカの頭に腕を回した。
 ミズホの肩に顔を押し当てるアスカ。
「どうしよう、またシンジに嫌な思いさせちゃった、きっとシンジあたしを嫌いになってるよ、どうしよう…」
「そんなことないですぅ」
 ミズホはアスカの耳に唇を近づけて囁いた。
「シンジ様はやさしい方ですぅ、なにもかも自分のせいにして抱え込んだりしちゃいますけど、いつでも最後は笑顔でいてくださいました」
 ミズホは二年にもならない、短い想い出を振り返る。
「今度もきっと、笑顔で戻ってきてくださいます」
 そうかな?そうだったかも。
 アスカはもう少しだけ泣いてから、いつもの自分に戻ろうと決めた。


 レイはシンジの髪をそっとなでてから離れた。
「シンちゃん、あたしね、歌あんまりうまくないでしょ?」
 急に何を言い出すのか、理解できないシンジ。
「でもね、コーラスとか、バック程度ならできると思ったの、結局歌うことになっちゃったけどね」
 ぺろっと舌をだす。
「シンちゃんに頑張ってるとこ見てもらいたかったの…、シンちゃんと一緒だね」
「レイ…」
「今まで嫌なことあったんだ、でもシンちゃんと会ってから、楽しい想い出一杯作るって決めたの」
 背中を向けるレイ。
「自分で考えて、自分で決めたの、後悔しないように」
 シンジはレイがどんな顔をしているのか気になった。
「だから今のシンちゃんは…覚えてたくない、きっと思い出したくない想い出になっちゃうから」
「……」
 シンジはレイの背中に声をかけられない。
 今の僕には声をかける資格が無い、レイたちに比べて、自分の悩みがいかにくだらないことか、シンジは自分が情けなく思えた。
「きっとアスカも同じ…、思い出したくない想い出があるから、そんなこともあったねって、笑って話せるようになりたいんだとおもう」
「レイ…」
 シンジはブランコを蹴ってレイの真後ろに立った。
 振り向くレイ、その瞳が少し紅い。
「あなたは、どうするの?」
「レ…綾波…」
 シンジは唾を飲み込むと、数瞬だけ悩み、言葉を選んだ。
「ごめん…もうちょっとだけ待って」
 情けなくても、今言える精一杯の言葉だった。
「そう…」
 綾波はシンジの瞳にいつもの光を見つけた。
「よかった、シンちゃん、その気になってくれて」
 瞳の色が戻る、いつものレイ。
「もうちょっと歌いたかったんだ、ファンがついたら、シンちゃん妬きもち焼いてくれるかもしれないし」
 レイの頬が赤く染まった。
「じゃ、先に戻って待ってるね、待ってるからね!」
 振り返らないで、駆けていくレイ。
 シンジは顎を引くと、手のひらを何度も握りこんだ。
 遠くなるレイを見据え、決意を固める。
「シンジ」
 背中から声がかかる。
「父さん!?」
 ゲンドウがいた、表情は険しいが、赤い眼鏡の奥で、優しくシンジを見つめている。
「シンジ、これを持っていけ」
「これ…」
 手渡されたギターを見る。
「父さんが大事にしてた、サドウスキーのレプリカじゃないか!」
 弦をつま弾いて見る。
「調律は完璧だ、そのまま使える」
「でも、父さんどうして…」
「人は想い出を忘れることで生きていける、だが忘れるだけではいけないこともある、シンジ、逃げ出すのか?」
 シンジはしっかりと顔を上げて、ゲンドウを見返した。
「逃げたりしない、父さん…」
「すべて心の中に、今はそれで良い」
 シンジは「ありがとう!」とだけ残して、あとはもう何も考えずに、皆の元へ駆け出した。
「あなた…」
 隠れていたユイがゲンドウの隣に並ぶ、その手にカメラ。
「鼻血が出てますよ」
「シンちゃん…」
 ポケットからハンカチを取りだすゲンドウ。
「タイトルは決めましたか?」
「勝利への軌跡、あるいは過去への決別にしようとおもう」
「シンジの頑張りしだいですね」
「シンジ、うまくやるのだぞ」
 ゲンドウはいつもの笑みを口の端に浮かべると、ユイと共に実行委員会本部へ戻っていった。






 退屈そうに、トウジはドラムで遊んでいた。
 ケンスケはエフェクターとアンプ、スピーカーのチェックをしていた、何度目だろう?
 ヒカリとミズホは、キーボードを弾いている。
 ぱっと見は、諦めてお開き状態に入っているバンド。
 アスカは適当な縁石に腰かけて、頬杖をついていた。
 ぶすっくれて、一人フォークを歌っているカヲルを見ている。
 生音のギターが良い雰囲気を出していた、幾人か、女の子がたかっている。
 ラステーリのバンド「カイザー」が演奏していた、時々耳に入って、苛つくアスカ。
「シンちゃん、おそいね」
 いつのまにかレイが立っていた、レイの影がアスカに落ちる。
 アスカがそれを避けるようにして座りなおすと、レイもアスカに、自分の影がかかるよう動いた。
「シンちゃんがね、アスカのために頑張ろうって思ったんだって」
 アスカの体がびくりと跳ねた。
 アスカの隣に座るレイ。
「うらやましいな」
「う、うらやましがられるようなことなんて、ないわよ!」
 レイの冗談に、過剰な反応を返すアスカ。
「シンちゃん、もうちょっとだけ頑張ってみるって」
「頑張るって…」
 アスカは首を振った。
「全然帰ってこないじゃない」
「来るよ」
「来ないわよ、もう」
 アスカは立ち上がると、トウジのもとへ歩いた。
「鈴原、最後やりましょうよ」
「ええけど…シンジかえっとらへんやん」
 スティックで頭をかく。
「カヲルに頼めばいいじゃない、もう時間ないしさ」
 トウジは少し考えてから「せやな」とメンバーに呼び掛けた。


「もう始まってる」
 シンジは走っていた、汗だくになって。
 いい加減残っているバンドも少なくなっている。
 ラステーリの目の前を走りぬける、ラステーリはシンジを見つけたが、目で追うだけだ。
 遠くからでも、レイやミズホ、アスカの歌声を聞き分けることができた。
 ぱらぱらと観客が足をとめている。
 ケンスケが最後の奇策として用意していた、黒いコートを皆纏っている。
 それを見てシンジは間に合ったのかどうか不安になった。
「カヲル!ふぬけた音出すんじゃないわよ」
 アスカの怒声が飛ぶ。
「でもそろそろ交代だからね」
 ぜんぜんこたえてない。
「誰と…」
 アスカは人ごみをぬってくるシンジを見つけた。
「ほら、来ただろ?」
 楽しそうにカヲル。
 トウジがさっき遊んでいて思い付いた曲を叩き、シンジ、頑張れやと呟いた。
「シンジ…」
「アスカ…」
 トウジとヒカリ、それにケンスケが曲だけで繋いで、間を持たせる。
 アスカはどういう顔をすればいいのかわからなくて、うつむき、シンジに背を向けた。
「アスカ…」
 そのまま微動だにしないアスカ。
 恐い…シンジはそう思った。
「どうして、戻ってきたのよ」
「ごめん…」
「なんでここにいるのかって、聞いてるのよ!」
 アスカはシンジに顔を向けた。
 まっすぐにシンジを見つめる、目が赤く腫れていた。
「僕は…」
 シンジはもう一度手を握り握りして、意思を固める。
「僕は…僕はこのバンドのギタリスト、碇シンジだから!」
 ぱん!
 アスカの平手、小気味良い音。
「この…バカシンジが…」
 瞳をうるませるアスカ。
「アスカ…泣いてるの?」
 アスカは上を向くと腕で涙をぬぐった。
 そのままさっとシンジの頬にキスをする。
「いくわよっ、バカシンジ!」
 その声がいつものアスカだったので、シンジはレイ、ミズホ、カヲル、トウジ、ケンスケ、ヒカリにも「ごめん」と頭を下げた。
 スティックをふって答えるトウジ。
「シンジ様!」
 ミズホが自分のコートをシンジにかける。
「ありがと!」
 シンジはコートの前をあわせると、ゲンドウから借りてきたサドウスキーのレプリカをアンプに繋いだ。
 先に決めていた立ち位置へ行くミズホ、コートの下は…紺に赤タイのセーラー服だった。
 トウジ、ケンスケ、ヒカリに混ざり、弾きはじめるシンジ。
 変わりにカヲルがギターを置く。
「んじゃラストや、いくでーー」
 トウジの指令により、まずはミズホがマイクに向かった。
「・ ・ ・ ・ るーるー、るるるる、せぇえぇら、ふーくを♪」
 ぬーがーさーないで、と元気よく。
 スカートを広げながら歌い上げる。
 スケベ男共(アスカ談)が自然と声援を送る。
 メタル風のアレンジ、だがシンジのギターは相変わらず遅れがちだ。
「くそっ」
 ちいさく舌打ちするシンジ。
 レイが心配そうに見ている。
「リズムが、速すぎるんだ」
 自分のリズムと、トウジたち、勢いに乗っている人間とのテンポの違いを感じる。
「こーんーなぁ、ところーじゃー♪」
 だん、だん、だん、だん♪
「いーつも、いーっしょに、とーまわりしてたー、かえりみちぃ♪」
 トウジのドラムに合わせてミズホとレイが入れ代わる。
 コートを脱ぎ捨てるレイ、白のタンクトップと青のカット&ジーンズ。
「橙がこぼれるような空に、なんだかHappy&Sad…」
 『1/2』の歌詞を自分の気に入るように組み替えて歌うレイ。
「初めて感じた君の体温、誰よりも強くなりたい…
 あったかいリズム、2コの心臓がくっついてく!」
 歌詞に自分とシンジを重ねて叫ぶ。
 ベージュのスポーツブラを付けていたが、踊っているため何もしていないように見える、袖からみえる胸に、嬌声が上がった。
「唇と唇、目と目と、手と手、神様は何も禁止なんかしてない、愛してる…
 愛してる、愛してる、愛してる!」
 視覚的にも観客を取り込んでいく、レイはもう恥ずかしさを通り越して開き直っていた。
「あたしまだ懲りてない、大人じゃ分かんない、
 苦しくて切なくて見せたくてパンクしちゃう」
 突如、邪魔をするように音が割り込んできた。
 ラステーリがギターを弾きはじめたのだ、シンジが自分のギターの音と区別できなくなって、はまる。
 自分を…信じて。
 その時何処からか声が聞こえた。
 自分を信じて…信じる…自分を…
 指先に神経を集中させる、目を閉じて、深呼吸をする。
 自然と、うまく弾こうとこだわるのをやめられた。
 思えば…最近、みんなに迷惑かけてばかりだったな…
 心に穏やかなものが広がる。
 何だろう、これ?
 真っ白だ…
 突如、真っ白な世界に引き込まれたかのような錯覚を味わった。
 何もない世界が、シンジを中心に広がっている。
 何か音がする?
 こっち、こっち、こっち…正確に同じリズムを刻んでいる。
(メトロノーム?)
(シンジ君!?)
 カヲルの意識に、直接シンジの声が響いた。
 直後、シンジのギターの音が変わる。
 へまをしないように、かたくなっていた音が、柔らかい自然な演奏にかわった。
 急に歌いやすくなったと感じるレイ。
 一人浮いていたシンジのギターが、トウジ達のメロディーに溶け合いはじめる。
「そっぽ見て待ってるから、ポッケの迷ってる手で、ほっぺに触れて?
 恋してる力に魔法をかけて…」
 レイはシンジへの想いを歌いあげた。
 シンジを見る、あいにくと、目を閉じて無心にギターを弾いていた。
 ちょっとだけがっかりして、レイはカヲルにかわる。
 カヲルは、一瞬だけシンジに視線を投げかけた。
「しらなかぁった、こんな風に…」
 『あつい気持ち』をアレンジ無しで歌いはじめるカヲル。
 カヲルもコートを脱ぐ、胸元をはだけたシャツ、ぴっちりとした皮のズボン。
 胸元には金のチェーン。
「声にならない、あふれてくる、痛いような、あつい気持ち」
 やはり何処かシンジを意識して選んだらしい。
 だがそれを自分への告白と取ったのは、観客である女の子達だった。
「伝えたいよ、こんな風に声にできない、とめられない、にがいような、あつい気持ち…」
 弾かなくちゃ、弾かなくちゃ、弾かなくちゃ、もっとうまく弾かなくちゃ…
 いまやらなきゃ、今できなきゃなんにもならないんだ、またアスカをがっかりさせるなんて、みんなにの気持ちに答えられないなんて、そんなのもう嫌なんだよ…だから!
「世界中のどこにいても、抱きしめている、僕の中のドアを叩く君を!」
 1番どころか2番まで歌ってから切り上げた、ギターに回っていて歌えなかった分を、一気に歌ったらしい。
(シンジ君)
(シンちゃん)
(シンジ様)
(シンジ!)
 アスカを除いた全員の祈りがシンジを打った、ソロ演奏に入る。
 −−−−−−−!
 シンジのギターが、悲鳴を上げた、暴力的なほどのビート。
 邪魔をしていたラステーリは唖然とした。
「あいつ…32ビートで弾いてやがる」
 シンジが薄目をあけた、そこから月と同じ光が漏れる。
 息を飲むレイ。
 シンジのギターがさらなる雄叫びを上げる。
「これがシンジの…」
「ほんとうのギター?」
 ラステーリは聞こえてくるシンジのギターに戦慄して、演奏をやめてしまっていた、呆然と立ち尽くしている、だが誰からもやじは飛ばなかった、みなシンジのギターに呆気に取られている。
「これがギターの音なのか?」
「まるで弓弾き…」
「64ビート?そんな…」
「32でも超絶技巧だといわれているのに…」
 ボウイングのような重量感のある音、だがそれは、一音一音確かに刻まれている鮮烈なデジタルサウンド。
「グレイト…」
 やればできるんだから…
 アスカは目を閉じて、シンジのギターに合わせて体を動かした。
 口元が笑っている。
 シンジの奏でるビートに、みなも踊りだす。
 にやり…そのシンジをカメラで捕らえるゲンドウとユイ。
 冬月が近づく。
「碇、E反応が出たと連絡が…」
「問題ない」
「しかし」
「シンジだよ」
 冬月は驚いてシンジを見た。
 …おそい、手が追いつかない、どうしよう?
 真っ白な世界で、どんどん速くなるメトロノームの音。
 シンジは身体の貧弱さに腹が立っていた。
 どうしよう?でもこれでも十分だろ?
 どこかで妥協しようとする、いつものシンジの声。
 また別の声が聞こえる。
 もう、いいの?
「いまだ!」
 ケンスケは慌ててGX−99のリミッターを外した、謎のレベルメーターが振りきれる。
 音を拾いきれなくなってきていたデジタル機器が息を吹きかえす、一弦の音までもとり逃さぬよう、自動的にコントロールを始め、再現していく。
 純白の世界に、淡いピンク色のものが舞った。
 桜?
 いつかの風景…幼いシンジがギターをユイに返す。
 その向こうにゲンドウと惣流・アレキサンデル・ジークフリード、アスカもいる、それともう一人、シンジの後ろで、今までシンジと一緒に遊んでいた…あれは…
 そうだ、僕は知ってる、あの人を知っていたんだ!
 負けたくないという気持ちが込み上げてくる。
 おそい、おそい、おそい、もっとはやく、はやく、はやく!
 シンジの手が逆に動きを遅くしていく、かわりに金色の光が弦を弾く。
「シンちゃん…」
「シンジ君!」
 エヴァの力を!
 アスカが踊ることをやめて、ちらりとシンジを見た。
 アスカに微笑みかえすシンジ、その瞳が優しい。
(シンちゃん!)
 シンジに語りかけようとするレイの「声」を、カヲルは自分の「声」でかき消した。
(カヲル!)
(邪魔をしちゃいけない!)
(でもシンちゃんが!)
(まだだ、あれはシンジ君だ、シンジ君だよ、だからぼく達は…)
(!)
 シンジのためにできることを!
 一転してシンジのギターが、スローバラードを奏ではじめた。
 ゆっくりとためるように、そして一気に開放する、広がっていくサウンド。
 とまどうヒカリ、頭に何か当たって落ちた、スティックだ。
 トウジが予備のスティックをもって、次の曲の準備をしろとゼスチャーしている。
 アスカはコートを放ると、カヲルからマイクを受け取って、両手でもった。
 いつもの青い制服姿。
 アスカはそのまま、ヒカリの前奏が終わるのを待った。
「きーらー、きーらーと、こもれびーの、なかでー♪」
 始めは小さく、少しずつ声を大きくしていく。
「二人の時が、ながれていくわ…」
 シンジのギターが先行する、ミスがなくなり、譜面以上に完璧な曲を奏でた。
 そのぶんトウジたちが苦しくなっていく、シンジについていけない。
(まずい)
 カヲルはさっきまで使っていたギターを、もう一度手に取った。
 トウジたちをサポートするように、シンジの邪魔をしないように、注意して音を出す。
「この胸のときめき、あふれる想いを、感じていたい、いつまでも…」
 アスカは今のシンジではなく、夢に出てきたシンジを思って歌った。
 いつかあんな風になれたらいいな…、でも今のシンジじゃ絶対無理か。
 笑いが込み上げてくる。
「「初めてあなたに出会ってから…」」
 レイがアスカの隣で歌いはじめた、レイのウィンク、アスカは微笑んで、ミズホにも合図を送った。
「「「不思議な運命のめぐりあわせに、心から感謝したい…」」」
 ミズホも並んで、歌いだす。
「す…ごい…」
 ラステーリは言葉を失っていた。
 レイは不思議な感触に気がついた、温かで、穏やかなものに、包みこまれるような…
 自分をとりまく薄い光。
 これって!?
 だが自分も無意識のうちに光を広げていることに気がついた、聴衆を包みこむように。
 アスカ、ミズホが同じように、カヲルもだ、目が赤くなっている。
 シンジを見る、レイにだけわかるよう視線が返る、レイはそれだけで心配しなくていいんだと、安心できた。
「「「この胸のときめき、あふれる想いを、感じていたい、いつまでも」」」
 金色の光が、暮れていく空と、夕日に混ざる。
「「「きらめく二人の時!」」」
 トウジが一段と大きくドラムを叩いて演奏を終えた、拍手が巻き起こる、ケンスケは「うけたーーーー!」っと、ロッキーばりにガッツポーズを決めた。
 直後、アンプが火をふいた。
「あ〜あ、これでサードインパクト達成や」
 シンジはそれでも、何かの曲をひきつづけていた。
 それが月の歌…あのメロディーだと最初に気がついたのは誰だっただろうか?
「「声」の共鳴によるサウンド効果、直接心に侵食する…いや、魂を揺さぶる魔曲…か、すごいな」
「ああ」
 冬月の解説に相槌をうつゲンドウ。
「シンジがあの子たちの可能性を広げてくれます」
 そっと涙をぬぐうユイ。
「シンジ…やはりお前は芸能界へ行くべきなのだ」
 ゲンドウの思わぬ一言に、レイではなかったのか!と冬月は驚いた。







[BACK][TOP][NEXT]



新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。



本元Genesis Qへ>Genesis Q