Episode:21_2 Take2
カメラの前に立ったレイは、両手でマイクを持ち、その瞳を閉じたままで語り出した。
「…あたし、好きな人がいるんです」
いきなりの告白。
「けれどその人は、とてもとても臆病で、あたしのこの想いに応えてくれそうにはありません…」
薄く瞼を開く。
軽く塗られたリップ。
濡れた唇が言葉をつむぐ度に、吸いつけられそうになる感覚。
「だけど悲しいわけじゃないの、だってそれがその人の優しさだから…」
瞳が潤んでいる、まだ顔は上げない。
「少し頼りないけど…、時々かっこいいだけだけど、他の子からも好かれているから、誰かを選べば誰かが傷つく、そんな恐がりなところがとっても良いの」
寂しげに微笑む。
「だからあたしを選んではくれないの、だからその人は誰も選んだりしないの、でも良いの、あたしはそんな優しい所が好きだから…」
聞いてればただの女ったらしにしか聞こえない。
「誰も傷つかなくてすむ道なんて無いのかな?、だからあの人は自分を傷つけちゃうのかな?、それは残酷なまでに優しい悲しさ…」
影が消える、明るい笑みが自然と浮かんだ。
「だからあたしは離れられないの、あの人から…」
レイは顔を上げた。
まるでこぼれ落ちるような微笑みが浮かべられるようになるのを、待っていたかのように。
そしてレイははにかんだ。
「こんにちは、綾波レイです」
カメラに向かって、シンジへのつもりで。
鮮烈なまでに赤い瞳が、とりあえずはカメラマンを、そしてスタッフを虜にした。
「やるねぇ〜」
おもわず口笛を吹くタタキ。
レイはうつむき見ていた足元のあんちょこを、踏んで隠した。
「でも良いんですかね?、あんなこと言わせちゃって…」
ADの一人がタタキにぼやく。
非難しているわけではない、ただの軽口だ。
「いいのいいの、ただのバイトだから」
「え?、売りだし中の子じゃないんですか?」
もったいないなぁとレイを見る。
「さってと!、じゃあ第三新東京市の極地的アイドル、レイちゃんが今日お送りするのは、ここ芦の湖でぇっす!」
カメラ、レイからパンして芦の湖へ。
浜辺にはちらほらといちゃついているカップルの姿が見える。
レイはちょっとだけ緊張を解いて、とりあえずあんちょこをポケットへ隠した。
とちったらどうしようかと思っちゃった…
これがやりたかったことだから。
ふぅっと息をつき、前屈して、のびをする。
その仕草の一つ一つが「可愛い」
だがそんなレイの一番の武器は、やはりたまにしか見せない、凶悪なほどに人を魅了するあの笑顔だろう。
「そうそう、あの笑顔がまた良いんだよなぁ…」
ちょうどレイはその表情を見せていた。
「シンちゃん!」
レイはそこに居るはずのない人の姿を見つけて、嬉々として駆け出していった。
●
「れ、レイ!?」
驚いたのはシンジも同じだった。
「どうしてこんな所にいるのさ!?」
レイは抱きつくように飛付いた。
「どうしてって、今日ここでロケだって言ったじゃない!」
「そ、そうだっけ?」
「うん!」
首筋に噛り付き、ごろごろと喉を鳴らしている。
「やあ、シンジ君じゃないか」
「タタキさん…」
笑顔で「やあ!」っと片手を上げている。
その背後に控えるスタッフ一同の視線が険しいのは気のせいだろうか?
「なんだ、もう追っかけかい?、それともやっぱり心配なのかな?」
期待に満ちた目を向けるレイ。
「ち、違います、偶然ですよ」
強く否定する、レイはちょっとだけがっくり来たが、すぐに立ち直った。
「でも覚えてなかったのにこんな所で会えるなんて!、芦の湖だって広いのに、これはやっぱり運命よね?、シンちゃん!」
あれがレイちゃんの…
スタッフ十数名の視線は、同じ物を湛えていた。
「れ、レイ…」
無言の重圧を感じるシンジ。
「ん、なに?、シンちゃん」
「み、みんな見てるよ?」
「そんなの関係ないもーん!」
それとも…、っと覗きこむ。
「あたし、嫌い?」
ずくん…
好き?とは聞かない。
妙に気になる。
「そ、そんなこと、ないよ…」
「もう!、シンちゃん照れちゃって、可愛い!」
歯切れの悪さをそう捉えてしまう。
「でも…、恥ずかしいから…」
「そんなぁ〜」
引き離そうとするシンジに、甘えた声でねだる。
「良いじゃないか、いつもやってるんだろう?」
ニヤニヤとタタキ。
「そんなわけないじゃないですか…」
「そんなぁ、シンちゃんってば冷たいよぉ〜」
うるうると瞳を潤ませ、ミズホの専売特許を奪う。
「あ〜あ〜、泣かせちまったよ」
からかうタタキに、シンジはしょうがないなぁと諦めた。
「レイ、バイト中なんでしょ?」
「あ、そだった」
ケロッとしてシンジを解放する。
脱力感を感じるシンジ。
「…どうしてそんなにお金がいるのか知らないけどさ、お仕事なんでしょ?、頑張らなきゃ」
「うん!」
駆け戻る。
タタキはシンジの様子におかしいものを感じていた。
…?、レイちゃん、シンジ君と夏に旅行に行くんだって張り切ってけど、もしかして秘密なのか?
だから一人で寂しがってる?
それにしても、元気がなさ過ぎる。
「シンジ君…」
だから探りを入れてみた。
「レイちゃんがどうしてバイトをする気になったのか、知ってるかい?」
「…そんなこと、わかるわけないじゃないですか」
シンジの表情は暗い。
「旅行に行きたいんだって、張り切ってたよ、夏に誰かさんとね?」
意味ありげな視線をわざと作る。
シンジはすっと浮遊感に囚われた。
足元が無くなる感じ。
倒れるかと思った、だが実際にはシンジは平静を保っていた。
「それで…、楽しそうに頑張っているんですね」
少なくとも表面上は。
タタキは首をひねった。
「意味、わかってるのか?」
「わかってますよ…、旅行に行きたいんでしょ?、海とか…」
「まあ…、そうだがな」
シンジは胸を押さえたいのを何とかして堪えていた。
うずく、痛い、苦しい。
誰と行くの?
そんなこと考えたくない。
聞きたくない。
はしゃいでいるレイの姿がぼやけてくる。
「シンジ君…、顔色が悪いぞ?」
「大丈夫ですよ…、電車に酔ったのかな…」
明らかな嘘に、タタキは考えこむ様子を見せた。
「シンジ君…」
「なんですか?」
「テレビ…、出てみないか?」
「へ?、え!?」
驚きの表情を浮かべる。
「ちょっとタタキさん!?」
ま、必要なのは、既成事実ってやつだな。
「おーい、レイちゃーん!」
ちょうど撮影の切れ間で、レイが返事の代わりに大手を振り返した。
「シンジ君も出るってさぁ」
レイがその場で、ぴょんっと2メートルほど跳び上がった。
●
「と言うわけでぇ、コレがさっきあたしの言ったシンちゃんでえっす!」
っと腕を組む。
「ちょ、ちょっと離してよ!、それになんだよ、さっきって!?」
「ないしょ☆」
「なんだよ、気になるよ、なんだかすっごく嫌な予感がするんだけど…」
「良いから良いから、でね?、今日はデートスポットの特集なの」
「ええっ、そんなの聞いてないよぉ」
「いま言ったもん、ってわけで、カップルカップルぅ!」
ブラウン管を凝視しているアスカ。
そのこめかみがぴくぴくと引きつっている。
「ばかシンジがぁ!」
バキン!
派手にせんべいを噛み砕いた。
「で、ねぇシンちゃん知ってる?、あっちに温泉があるの、しかも混浴ぅ!」
ダッシュで逃げようとするシンジ。
「ちょっと、どこ行くのシンちゃん!」
「帰るに決まってるだろ!?」
「だ〜め、これからが良い所なんだから」
「どこがだよ!」
「もう!、なに恥ずかしがってるのよ、温泉ぐらい前にも一緒に入ったじゃない」
「あ、あの時はレイが雷が恐いって言うから…」
しまったと口を抑えるシンジ。
してやったりと、ほくそ笑むレイ。
「さ、行こっかシンちゃん」
「やだよ、みんな笑ってないで助けてよぉ!」
「じゃあ今日はこの辺でねぇ、みんな、ばはは〜い☆」
この番組は…という提供が、「離して、離してよぉ!」っと泣き叫ぶシンジの声に重なって流れていった。
「うふふふふ…」
アスカの背にどす黒いオーラが立ち上っている。
「あたしが迷ってる間、やっぱりいちゃいちゃしてたのね!」
それは誤解というものだが、いや、あながち誤解でも無いのだが、とにかく足に張っているサロンパスがうっとうしくてしょうがなかった。
歩き過ぎによる筋肉痛。
シンジとレイは…、屋根裏部屋に避難していた。
シンジくぅ〜ん…
屋根裏部屋へと上がるには、階段を降ろすために天蓋を開けなければいけない。
だが今その上には、アスカの来襲を恐れたシンジによって、山と荷物が積み上げられていた。
シンジくぅん…
かりかりと引っ掻く音が聞こえる、カヲルが寂しがっているのだ。
「まったく、レイのせいだからね!」
怒って振り向く、レイはタタキから貰ったディスクをビデオカメラにセットして、昼間の録画分を見てとろけていた。
「あたしって、可愛い…」
右頬に手をついて、なんだか浸っている。
はぁっとため息をつくシンジ。
「まったく、どうしてそんなにアスカを怒らせるような事をするのさ…」
僕になんて興味無いくせに。
「え〜?、だってぇ、嬉しかったんだもん、まさかシンちゃんが来てくれるとは思わなかったしぃ…」
上目使いに。
「別に…、レイに会いに行ったわけじゃ…」
「シンちゃん、そんなに迷惑だったんだ…」
うなだれる。
「迷惑…、とか、そんなんじゃなくて…」
「じゃ、なに?、あたしのこと嫌いになったの?」
何かを訴えかけるような目。
シンジはそのまっすぐな眼差しに、レイはこの目で嘘をつくんだ…と、改めて思い知ったような気になった。
「シンちゃん?」
さすがにおかしなものを感じるレイ。
「シンちゃんどうしたの?」
「なんでもないよ…、それより旅行、行けると良いね?」
「え〜〜〜!?、どうしてシンちゃんが知ってるのぉ!」
「あ、ごめん…」
知られたくなかったんだ…、僕には。
当然だよね、と思う、僕はきっと嫉妬してるんだ…、そんなの迷惑だもんね?
「タタキさんに聞いたんだ…」
「ん、もう!、秘密だよって言ったのに!」
秘密ひみつヒミツ…、僕に知られたくない事、隠しておきたい事。
だからシンジは笑顔を浮かべた、それは全てを包んで隠す、シンジの不得手な笑顔だった。
「ごめん、僕が芦の湖なんかに行ったから…」
レイがその目で嘘をつくなら、僕はこの笑いで嘘をつこう。
シンジはそう心に決めた。
「あ、いいのいいの、どうせいつかはってね?、それよりシンちゃん…」
レイは足を崩して、ずりずりと擦り寄った。
「喜んでくれるんだ…」
シンちゃんと旅行!
一泊、ううん、せめて三泊は欲しいかな?、シンちゃん奥手だし。
あ、でも一日目で決めないと、きっとアスカ達に嗅ぎつけられちゃうか。
思考のベクトルが定まっていく。
でもシンちゃんが喜んでくれてるって事は、万事オッケー問題無しって事だもんね?
後はシンちゃんの気が変わっちゃう前に実行あるのみ!
「シンちゃん…」
そっとシンジの手に手を重ねる。
「うん、応援してるから…」
いつもなら手の温かさを感じ取れるのに…
シンジはレイの手に、ただ重いとだけ感じた。
「よかった!、あたし頑張るね?」
ずくん…
そんなに、行きたいんだ…、誰かと。
花が咲いたような微笑みに、シンジはさらに胸が締め付けられるような思いを味あわされた。
コンコンコン…
レイの視線が熱を帯び出すのを邪魔するように、天蓋からやさし〜いノックの音が響いてきた。
「シ〜ンちゃ〜ん、ちょ〜っと顔見せなさぁい?」
あ、アスカ!?
ドン!
レイを突き飛ばし、慌てて逃げ場を探すシンジ。
「シンちゃん酷いぃ〜!」
その目にタペストリーの向こうの窓が飛び込んできた。
立ち上がり駆け寄る、タペストリーを取り払おうとした所で、背後に「ドカン!」と轟音が響き渡った。
「な!?、18段も積み上げた特殊防壁が一撃で!!」
さーっと血の気が引くシンジ。
「ふふふふふ、シーンージー…」
ゆっくりと姿を見せるアスカ。
「逃げるんじゃないわよぉ?」
「うわ、ごめん!」
そのまま逃げ出せば良かったのに、シンジはつい癖で身をちぢこませてしまった。
「とりゃ!」
シンジの腰に組み付く。
「わっ!」
ゴスっとバックドロップが決まる。
「きゃー!、シンちゃん!!」
「うごおおおお…」
脳天を押さえて転がり回る。
アスカも頭を押さえてうずくまっていた、自爆したらしい。
「く、これも全部バカシンジのせいよ!」
言いがかりである。
「そ、そんな、僕が何したって言うんだよ…」
脅えて、涙目。
「シンちゃんのエッチ…」
ぽっと頬を染めて顔を背けるレイ。
「バカシンジがぁ!」
「ぐえええええ!」
見事なぐらいに決まるキャメルクラッチ!
その様子を、ハンカチを咥えながらカヲルは覗いていた。
「ごめんシンジ君、今日だけはアスカちゃんの味方をするよ」
だーっと涙でシンジが見えなくなっていく。
見えなくなったのは、シンジが気を失うのと同時だった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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