Episode:21_4 Take5
それから数日。
レイはシンジを避けるようにしていた。
「悪いのはあたし?」
シンちゃんに黙ってたから?
シンちゃんに隠し事をしてしまったから?
「あの…、レイさん?」
マユミが心配そうにレイを覗きこんだ。
「本番、始まっちゃいますよ?」
くいくいっと、レイの服の袖を引いてみる。
今日はこの間の放送でうやむやの内に終わってしまっていた、ジオフロントの紹介のやり直しだった。
今度はちゃんと紹介すると言う内容なので、初めからシンジの出演の予定は無い。
マユミがここに居るのは、買い物に来ていて偶然会ったからにすぎない。
「うん、わかってる…」
弱々しく微笑むレイ。
その顔面は元々の白さを通り過ぎ、蒼白なまでに病的な色合いを見せていた。
「本当に大丈夫なのかしら?」
マユミには心配する事しかできなかった。
●
「今日はレイ一人だけだって言うしぃ〜、これでこそゆっくりと落ち着いて見ていられるってものよね?」
ね〜、シンジぃと声をかけようとして、いないことに気がついた。
「シンジ、部屋に居るのかなぁ?」
「あら、シンジならとうに出かけちゃいましたよ?」
えーーー!っと振り返ると、やはりそこには洗濯物を抱えたユイがいた。
「ど、どこへ出てっちゃったんですか!?」
「さあ?、なんだかめかしこんでたみたいだけど…」
とことことユイはそのまま歩いていった。
「ふわ〜あ、おはようございますぅ」
今日はお寝坊さんなミズホ。
「おはようございます、アスカさんって…、アスカさん?」
「バカシンジがぁ…」
数十秒後には、アスカの怒りがミズホにも伝染していった。
ぶるっと悪寒を感じるシンジ。
「何だろう、嫌な予感がする…」
それはともかく、シンジは正面にある大きなビルを見上げていた。
「ジオフロント…」
マナが行きたがっている場所。
今日はレイが居る場所。
「ちょっと早く来ちゃったけど、どうやって時間潰そうかな…」
この間の埋め合わせをとせがまれ、シンジはまたもマナにデートの約束をさせられていた。
周りの人たちがなにやらくすくすと笑って通り過ぎていく。
「……」
僕を見て笑ってた?
嫌な気分で満たされるシンジ。
テレビのせいかな?
「喫茶店にでも入ろう…」
約束の時間まで、軽く何かを食べて時間を潰すつもりになっていた。
●
「レイちゃ〜ん、こまるよぉ」
「は、はい…、ごめんなさい…」
ジオフロント内にあるコンサートホール。
小さいながらも設備は上々、レイはそのステージの上に立っていたが、脇へ引っ込むなり怒られた。
「さっきからトチリっぱなしじゃないの?、そんなことじゃバイト代出ないよ?」
「ご、ごめんなさい…」
「いいから、ほら頑張って」
「はい…」
レイはもう一度ステージの上に出ていった。
顔を上げて観客席を見る。
レイの失敗も愛嬌と捕らえてくれているのか、お客の反応は上々だった。
総座席数は500、その内の四分の三が埋まっている。
その全ての視線がレイに集中していた。
…恐い。
レイは脅えていた。
シンちゃん、恐いよ…
知らない人たちがレイを見ている。
シンちゃん、どうせ見てくれないんだ…
お金を溜めるのは、シンジと旅行に行きたかったからだ。
でも、もうそれもダメぇ…
夢は潰えていた。
どうして、あたしここにいるの?
その理由を見失っていた。
恐いよ…
ぶつけられてくるパワーに圧倒される。
膝頭が震えていた。
知らない人たちが、レイの名を呼んでいる。
知らない人たちが、親しげに話しかけてくる。
知らない人たちの中に、今は自分の居場所がある。
だけどここにはシンちゃんが居ないの…
だから恐かった。
いつも見守ってくれてたシンちゃんが居ないの…
見守ってくれてると思ってた。
独りぼっちは嫌だよぉ…
でもシンジにつれなくしてしまったのは自分だ。
シンちゃんに声なんてかけられないよぉ…
いつしかレイは、しゃべる事も微笑む事も忘れて、ステージに立ちつくしていた。
あたしもう、どうしていいのかわからない…
涙が頬を、伝わり落ちた…
●
「やあ、シンジ君じゃないか」
ジオフロント内の書店、シンジは意外な人物に声をかけられていた。
「浩一君…」
シンジはきゅっと唇を噛んだ。
「今日はマナとデートなんだって?」
やるなぁっとからかわれたが、シンジは呼び捨てだと言う事の方に気を取られていた。
「それでマナは?、一緒じゃないのかい?」
シンジはなるべく平静を装って、立ち読みしていた雑誌に戻った。
「浩一君の方が、よく知ってるんじゃないの?」
「そっけないなぁ…、何が言いたいんだい?」
雑誌を持つ手に力が入った。
「ごめんごめん、知ってるよ?、僕達が喫茶店に居る所を見たんだろう?」
それが今のシンジにとっての全てであった。
ジオフロントの周りには喫茶店なども多い。
シンジはその店の内の一つに近づき、そのまま人ごみの中で固まってしまっていた。
「マナ…さん?」
と、もう一人。
「浩一君…」
二人は楽しげに談笑していた。
シンジよりもずっと親しそうに。
くるりとシンジは踵を返した。
裏切られたような気がしたから。
「裏切ったんだ、裏切られたんだ」
レイの時と同じように、僕の気持ちは踏みにじられたんだ…
そこで足をゆるめ、ふらふらとふらつきながら歩き出した。
まだ人を避ける事はできていた、なんとかぶつからずに進んでいく。
「何を考えているんだ、僕は…」
裏切られた?
その言葉に吐き気を催す。
うぬぼれてるんだ…
そう言ったのはマナさんだ。
そうだ、そうだよ、勘違いしてたのは僕じゃないか…
レイと同じだった。
誰とでも仲良く、分け隔て無く親しくしようとする。
誤解したのは僕だ。
惚れられとんのと違うかぁ?
勘違いしたもの僕だ。
くっと唇を噛む。
僕が、バカだったんだ…
ふと案内板が目に入る。
「公開録画?」
出演者の名に目が止まる。
「綾波、レイ…」
何階だろう?
シンジは顔を会わせたくなくて、本屋に入ってしまったのだった。
「あーーー!、シンちゃん!!」
マナはシンジを見つけるなり大声で叫んだ。
「酷いよぉ!、ずっと待ってたのにぃ、来てたんならどうして待ち合わせ場所に来てくれないのぉ?」
シンジはごめん…っと、顔を背けた。
「だって…、楽しそうに話しこんでたから」
「え?」
「浩一君と…」
浩一を見る。
「やだ、見てたんだ…」
目を丸くして驚くマナに、シンジは無感動な視線を向けた。
「で、でもほら、浩一君とはクラスメートだから、ね?」
「何を慌てているのさ?」
いつもとは逆に、シンジは妙に落ち着いた印象を見せていた。
「やだもう、シンちゃんったら妬きもち焼きなんだからぁ」
冗談のつもりだったのだが、シンジに黙殺されてしまった。
「シンちゃん?」
壁を感じるマナ。
「ジオフロント…、二人で回って来なよ」
シンジは笑みを浮かべる事ができた。
最近ずっとレイに向けていた、あの笑みだったが。
「え〜〜〜?、あたしシンちゃんと遊び回るの楽しみにしてたんだよぉ!?」
シンジにこだわる事が、逆にシンジの苦しみを強めていく。
「別に無理しなくていいよ…」
「無理なんてしてないよぉ」
シンジは雑誌を置いた。
「僕と一緒に回ったって、楽しい事なんてないんだからさ…」
「そんなのあたしが決める事で、シンちゃんが勝手に決め付けないでよ…」
シンジの腕に腕を絡める。
「あたしシンちゃんとは仲良くなりたいって、そう言ったの覚えてる?」
ね?っと可愛らしくえくぼを作ってみる。
「…そうだね」
一瞬安心しかけるマナ。
「でも、こうも言ったよね?」
再び走る緊張。
「何でも話し合えるような友達になりたいって…」
うんうんと頷くマナ。
シンジはその向こうの浩一を見た。
「でも、僕には話せない事がある」
浩一浮かべている笑みは、バカにしているようにも見えていた。
「そして僕は、マナさんのことを何も知らない…」
そう、何も知らないんだ…
浩一から視線を外さない。
「えー?、言ったよぉ?、住んでるとことか色々話したじゃない…」
マナさんには、色々な話を聞いてもらったような気がする…
そのペースを作り出していたのはマナだ、まるでレイのように…
ニヤニヤと笑っている浩一を油断ならないと感じる。
「浩一君は、マナさんと友達なの?」
「そうだよ?」
あっさりと答える。
「マナには昔から色々と世話になってる…」
「もう!、浩一は黙っててよ!!」
呼び捨てにしてしまってから、マナはしまった!っと口を塞いだ。
「呼び捨て…、か」
ほらやっぱり…、とシンジはもう達観してしまっていた。
「隠す事無いじゃないか…、そうでしょ?」
疲れたような笑みを向ける。
「浩一君…、レイと仲がいいんでしょ?」
浩一は口元をより一層にやけさせた。
「マナさん…、どこかレイに似てたんだ」
マナの手に手を添え、腕をほどく。
「だから頼りたくなったのかもしれない…」
それだけだと考える。
「レイを失う事が恐くて、その穴を埋めてもらいたかっただけなのかもしれない」
マナに口を挟ませない。
「でも、浩一君は知っているんだよね、レイの事…」
浩一は否定しなかった。
「…なら、良い」
シンジはマナに視線を向けた。
まるで感情のこもっていない瞳が、作り笑いにさらなる寒々しさを与えている。
「昔のレイは…、辛い思いをして来たから、僕なんかを好きでいてくれたのかもしれない…、でも、もういいんだ」
マナを見る。
「ありがとう、マナさん…、でももう…」
「ありがとうなんて言わないで!」
強い調子で遮った。
「そんなの嫌だよ、仲良くなりたいって言ってるじゃない、レイちゃんがシンちゃんの何かに魅かれたって言うんなら、それはきっと優しさだよ、あたしがシンちゃんのこと、「あ、好きかも」って思ったのは、そりゃテレビを見てた時だけど…、可愛いかなって思った程度だったんだけど、今ならわかるよ、そうやって自分のことは隠そうとして、人の事ばっかり考えてあげてるからだって、わかるよぉ…」
最後はかすれて聞こえなかった。
「ありがとう…」
シンジの返事に顔を上げる。
「だけど僕は、みんなが言うほど優しくなんてないんだよ」
昔からの知り合いだったようなレイ…
それはあの特別な力に関係していたのかもしれない。
その引き合う感じを、恋心だと勘違いしていたのかもしれない。
「そんなことないよ…」
でもマナは違う、そんなことには関係のない女の子だ。
「だから、聞こえないんだね…」
「え?」
シンジの呟きに、訝しげな表情を浮かべる。
これは、僕だけに聞こえる声だから…
「行かなきゃ…」
「どこへ?」
顔を上げるシンジに、押しのけられるマナ。
「呼んでるんだ」
呼んでる?
マナは首を傾げた。
「レイが、呼んでる…」
マナと話しているうちに…、レイのことを考えているうちに捕らえた声。
シンちゃんがいない…
泣きじゃくる子供のような、心細さを感じさせる声。
そうなんだよね…
自分の頑張りと、人に好きになってもらう事とは別…
そうなんだ、レイだって頑張ってるんだ、それと人に好きになってもらおうって思う事とは別なんだ。
レイが居なくなる事が寂しい…
それはただの我が侭だから。
でもレイの頑張りの足を引っ張っちゃうなんて…
シンちゃあん…
段々と小さくなる呼び声。
早く、行かなきゃ。
ついにシンジは駆け出していた。
レイが呼んでいるから。
その声が聞こえているから。
胸がはずんでくる、なぜだろう?
わかってる、本当はわかってるんだ…
それはシンジを呼んでいる、シンジだけに聞こえている声だとわかっているから。
シンジにだけ聞こえて欲しいと、返事をしてもらいたいと望んでいる声だから。
願っている声だから。
「だから僕は答えなくちゃいけないんだ…」
好きとか、嫌いとかに関係無く。
誰もレイの代わりになんてなれはしないから。
なってはくれないから。
それは僕自身についても同じことだから。
レイは僕を探しているから。
誇らしさが、いじけた心に晴れ間を見せる。
待っていて、レイ、すぐに行くから。
返事の仕方を知らない事が、こんなにもどかしい事だったなんて…
シンジは人ごみをぬって、コンサートホールへ急ぎ向かった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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