Episode:21_4 Take5



 それから数日。
 レイはシンジを避けるようにしていた。
「悪いのはあたし?」
 シンちゃんに黙ってたから?
 シンちゃんに隠し事をしてしまったから?
「あの…、レイさん?」
 マユミが心配そうにレイを覗きこんだ。
「本番、始まっちゃいますよ?」
 くいくいっと、レイの服の袖を引いてみる。
 今日はこの間の放送でうやむやの内に終わってしまっていた、ジオフロントの紹介のやり直しだった。
 今度はちゃんと紹介すると言う内容なので、初めからシンジの出演の予定は無い。
 マユミがここに居るのは、買い物に来ていて偶然会ったからにすぎない。
「うん、わかってる…」
 弱々しく微笑むレイ。
 その顔面は元々の白さを通り過ぎ、蒼白なまでに病的な色合いを見せていた。
「本当に大丈夫なのかしら?」
 マユミには心配する事しかできなかった。






「今日はレイ一人だけだって言うしぃ〜、これでこそゆっくりと落ち着いて見ていられるってものよね?」
 ね〜、シンジぃと声をかけようとして、いないことに気がついた。
「シンジ、部屋に居るのかなぁ?」
「あら、シンジならとうに出かけちゃいましたよ?」
 えーーー!っと振り返ると、やはりそこには洗濯物を抱えたユイがいた。
「ど、どこへ出てっちゃったんですか!?」
「さあ?、なんだかめかしこんでたみたいだけど…」
 とことことユイはそのまま歩いていった。
「ふわ〜あ、おはようございますぅ」
 今日はお寝坊さんなミズホ。
「おはようございます、アスカさんって…、アスカさん?」
「バカシンジがぁ…」
 数十秒後には、アスカの怒りがミズホにも伝染していった。



 ぶるっと悪寒を感じるシンジ。
「何だろう、嫌な予感がする…」
 それはともかく、シンジは正面にある大きなビルを見上げていた。
「ジオフロント…」
 マナが行きたがっている場所。
 今日はレイが居る場所。
「ちょっと早く来ちゃったけど、どうやって時間潰そうかな…」
 この間の埋め合わせをとせがまれ、シンジはまたもマナにデートの約束をさせられていた。
 周りの人たちがなにやらくすくすと笑って通り過ぎていく。
「……」
 僕を見て笑ってた?
 嫌な気分で満たされるシンジ。
 テレビのせいかな?
「喫茶店にでも入ろう…」
 約束の時間まで、軽く何かを食べて時間を潰すつもりになっていた。






「レイちゃ〜ん、こまるよぉ」
「は、はい…、ごめんなさい…」
 ジオフロント内にあるコンサートホール。
 小さいながらも設備は上々、レイはそのステージの上に立っていたが、脇へ引っ込むなり怒られた。
「さっきからトチリっぱなしじゃないの?、そんなことじゃバイト代出ないよ?」
「ご、ごめんなさい…」
「いいから、ほら頑張って」
「はい…」
 レイはもう一度ステージの上に出ていった。
 顔を上げて観客席を見る。
 レイの失敗も愛嬌と捕らえてくれているのか、お客の反応は上々だった。
 総座席数は500、その内の四分の三が埋まっている。
 その全ての視線がレイに集中していた。
 …恐い。
 レイは脅えていた。
 シンちゃん、恐いよ…
 知らない人たちがレイを見ている。
 シンちゃん、どうせ見てくれないんだ…
 お金を溜めるのは、シンジと旅行に行きたかったからだ。
 でも、もうそれもダメぇ…
 夢は潰えていた。
 どうして、あたしここにいるの?
 その理由を見失っていた。
 恐いよ…
 ぶつけられてくるパワーに圧倒される。
 膝頭が震えていた。
 知らない人たちが、レイの名を呼んでいる。
 知らない人たちが、親しげに話しかけてくる。
 知らない人たちの中に、今は自分の居場所がある。
 だけどここにはシンちゃんが居ないの…
 だから恐かった。
 いつも見守ってくれてたシンちゃんが居ないの…
 見守ってくれてると思ってた。
 独りぼっちは嫌だよぉ…
 でもシンジにつれなくしてしまったのは自分だ。
 シンちゃんに声なんてかけられないよぉ…
 いつしかレイは、しゃべる事も微笑む事も忘れて、ステージに立ちつくしていた。
 あたしもう、どうしていいのかわからない…
 涙が頬を、伝わり落ちた…






「やあ、シンジ君じゃないか」
 ジオフロント内の書店、シンジは意外な人物に声をかけられていた。
「浩一君…」
 シンジはきゅっと唇を噛んだ。
「今日はマナとデートなんだって?」
 やるなぁっとからかわれたが、シンジは呼び捨てだと言う事の方に気を取られていた。
「それでマナは?、一緒じゃないのかい?」
 シンジはなるべく平静を装って、立ち読みしていた雑誌に戻った。
「浩一君の方が、よく知ってるんじゃないの?」
「そっけないなぁ…、何が言いたいんだい?」
 雑誌を持つ手に力が入った。
「ごめんごめん、知ってるよ?、僕達が喫茶店に居る所を見たんだろう?」
 それが今のシンジにとっての全てであった。



 ジオフロントの周りには喫茶店なども多い。
 シンジはその店の内の一つに近づき、そのまま人ごみの中で固まってしまっていた。
「マナ…さん?」
 と、もう一人。
「浩一君…」
 二人は楽しげに談笑していた。
 シンジよりもずっと親しそうに。
 くるりとシンジは踵を返した。
 裏切られたような気がしたから。
「裏切ったんだ、裏切られたんだ」
 レイの時と同じように、僕の気持ちは踏みにじられたんだ…
 そこで足をゆるめ、ふらふらとふらつきながら歩き出した。
 まだ人を避ける事はできていた、なんとかぶつからずに進んでいく。
「何を考えているんだ、僕は…」
 裏切られた?
 その言葉に吐き気を催す。
 うぬぼれてるんだ…
 そう言ったのはマナさんだ。
 そうだ、そうだよ、勘違いしてたのは僕じゃないか…
 レイと同じだった。
 誰とでも仲良く、分け隔て無く親しくしようとする。
 誤解したのは僕だ。
 惚れられとんのと違うかぁ?
 勘違いしたもの僕だ。
 くっと唇を噛む。
 僕が、バカだったんだ…
 ふと案内板が目に入る。
「公開録画?」
 出演者の名に目が止まる。
「綾波、レイ…」
 何階だろう?
 シンジは顔を会わせたくなくて、本屋に入ってしまったのだった。



「あーーー!、シンちゃん!!」
 マナはシンジを見つけるなり大声で叫んだ。
「酷いよぉ!、ずっと待ってたのにぃ、来てたんならどうして待ち合わせ場所に来てくれないのぉ?」
 シンジはごめん…っと、顔を背けた。
「だって…、楽しそうに話しこんでたから」
「え?」
「浩一君と…」
 浩一を見る。
「やだ、見てたんだ…」
 目を丸くして驚くマナに、シンジは無感動な視線を向けた。
「で、でもほら、浩一君とはクラスメートだから、ね?」
「何を慌てているのさ?」
 いつもとは逆に、シンジは妙に落ち着いた印象を見せていた。
「やだもう、シンちゃんったら妬きもち焼きなんだからぁ」
 冗談のつもりだったのだが、シンジに黙殺されてしまった。
「シンちゃん?」
 壁を感じるマナ。
「ジオフロント…、二人で回って来なよ」
 シンジは笑みを浮かべる事ができた。
 最近ずっとレイに向けていた、あの笑みだったが。
「え〜〜〜?、あたしシンちゃんと遊び回るの楽しみにしてたんだよぉ!?」
 シンジにこだわる事が、逆にシンジの苦しみを強めていく。
「別に無理しなくていいよ…」
「無理なんてしてないよぉ」
 シンジは雑誌を置いた。
「僕と一緒に回ったって、楽しい事なんてないんだからさ…」
「そんなのあたしが決める事で、シンちゃんが勝手に決め付けないでよ…」
 シンジの腕に腕を絡める。
「あたしシンちゃんとは仲良くなりたいって、そう言ったの覚えてる?」
 ね?っと可愛らしくえくぼを作ってみる。
「…そうだね」
 一瞬安心しかけるマナ。
「でも、こうも言ったよね?」
 再び走る緊張。
「何でも話し合えるような友達になりたいって…」
 うんうんと頷くマナ。
 シンジはその向こうの浩一を見た。
「でも、僕には話せない事がある」
 浩一浮かべている笑みは、バカにしているようにも見えていた。
「そして僕は、マナさんのことを何も知らない…」
 そう、何も知らないんだ…
 浩一から視線を外さない。
「えー?、言ったよぉ?、住んでるとことか色々話したじゃない…」
 マナさんには、色々な話を聞いてもらったような気がする…
 そのペースを作り出していたのはマナだ、まるでレイのように…
 ニヤニヤと笑っている浩一を油断ならないと感じる。
「浩一君は、マナさんと友達なの?」
「そうだよ?」
 あっさりと答える。
「マナには昔から色々と世話になってる…」
「もう!、浩一は黙っててよ!!」
 呼び捨てにしてしまってから、マナはしまった!っと口を塞いだ。
「呼び捨て…、か」
 ほらやっぱり…、とシンジはもう達観してしまっていた。
「隠す事無いじゃないか…、そうでしょ?」
 疲れたような笑みを向ける。
「浩一君…、レイと仲がいいんでしょ?」
 浩一は口元をより一層にやけさせた。
「マナさん…、どこかレイに似てたんだ」
 マナの手に手を添え、腕をほどく。
「だから頼りたくなったのかもしれない…」
 それだけだと考える。
「レイを失う事が恐くて、その穴を埋めてもらいたかっただけなのかもしれない」
 マナに口を挟ませない。
「でも、浩一君は知っているんだよね、レイの事…」
 浩一は否定しなかった。
「…なら、良い」
 シンジはマナに視線を向けた。
 まるで感情のこもっていない瞳が、作り笑いにさらなる寒々しさを与えている。
「昔のレイは…、辛い思いをして来たから、僕なんかを好きでいてくれたのかもしれない…、でも、もういいんだ」
 マナを見る。
「ありがとう、マナさん…、でももう…」
「ありがとうなんて言わないで!」
 強い調子で遮った。
「そんなの嫌だよ、仲良くなりたいって言ってるじゃない、レイちゃんがシンちゃんの何かに魅かれたって言うんなら、それはきっと優しさだよ、あたしがシンちゃんのこと、「あ、好きかも」って思ったのは、そりゃテレビを見てた時だけど…、可愛いかなって思った程度だったんだけど、今ならわかるよ、そうやって自分のことは隠そうとして、人の事ばっかり考えてあげてるからだって、わかるよぉ…」
 最後はかすれて聞こえなかった。
「ありがとう…」
 シンジの返事に顔を上げる。
「だけど僕は、みんなが言うほど優しくなんてないんだよ」
 昔からの知り合いだったようなレイ…
 それはあの特別な力に関係していたのかもしれない。
 その引き合う感じを、恋心だと勘違いしていたのかもしれない。
「そんなことないよ…」
 でもマナは違う、そんなことには関係のない女の子だ。
「だから、聞こえないんだね…」
「え?」
 シンジの呟きに、訝しげな表情を浮かべる。
 これは、僕だけに聞こえる声だから…
「行かなきゃ…」
「どこへ?」
 顔を上げるシンジに、押しのけられるマナ。
「呼んでるんだ」
 呼んでる?
 マナは首を傾げた。
「レイが、呼んでる…」
 マナと話しているうちに…、レイのことを考えているうちに捕らえた声。
 シンちゃんがいない…
 泣きじゃくる子供のような、心細さを感じさせる声。
 そうなんだよね…
 自分の頑張りと、人に好きになってもらう事とは別…
 そうなんだ、レイだって頑張ってるんだ、それと人に好きになってもらおうって思う事とは別なんだ。
 レイが居なくなる事が寂しい…
 それはただの我が侭だから。
 でもレイの頑張りの足を引っ張っちゃうなんて…
 シンちゃあん…
 段々と小さくなる呼び声。
 早く、行かなきゃ。
 ついにシンジは駆け出していた。
 レイが呼んでいるから。
 その声が聞こえているから。
 胸がはずんでくる、なぜだろう?
 わかってる、本当はわかってるんだ…
 それはシンジを呼んでいる、シンジだけに聞こえている声だとわかっているから。
 シンジにだけ聞こえて欲しいと、返事をしてもらいたいと望んでいる声だから。
 願っている声だから。
「だから僕は答えなくちゃいけないんだ…」
 好きとか、嫌いとかに関係無く。
 誰もレイの代わりになんてなれはしないから。
 なってはくれないから。
 それは僕自身についても同じことだから。
 レイは僕を探しているから。
 誇らしさが、いじけた心に晴れ間を見せる。
 待っていて、レイ、すぐに行くから。
 返事の仕方を知らない事が、こんなにもどかしい事だったなんて…
 シンジは人ごみをぬって、コンサートホールへ急ぎ向かった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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