Episode:21_1 Take4



「トラですぅ、わたしは大トラなんですぅ!!」
 ジョッキを片手にテーブルの上に立ち、ミズホは腰に手を当て、一気にビールを飲み干した。
「ぷはぁ!」
 やんやの喝采。
「いやぁ、ミズホちゃんいける口なんだねぇ」
「はいですぅ!」
 レイはと言えば、スタッフ連中からのセクハラ攻勢に、零下を思わせるような氷の報復を持って対処していた。
「レイちゃ〜ん」
 レイの手に手を重ね、ん〜っと唇を突き出してくる。
 レイは落ち着き払って、その唇に誰のものだか分からないタバコを押しつけた。
 ジュゥ!
「あっちぃ!」
 レイはお絞りで手をぬぐうと、またカルピスハイに手を伸ばした。
 ここはカラオケボックスだ、宴会も「可」、かといって彼らの状況は、その範疇をいまにも越えようとしていた。
「おーおー、手厳しいねぇ、レイちゃんは…」
「シンちゃん以外に気を許すつもり、ないもん」
 にっこりと。
 いつもより目がすわっているのは、あまりおいしいものが出てこなかったせいだろう。
 ピザだのなんだのと、冷食くさいものばかりが並べられていた。
 あとはお酒のおつまみ、ピーナッツ、枝豆程度。
 この程度の酒量で酔うはずもなく、レイは帰る機会を窺っていた。
「小和田先輩、帰らないのかなぁ?」
 彼女の周りには、小和田の扇子によって沈められた男共の屍が転がっていた。
 いわく、「ふらちな殿方に同情など、持つつもりはありませぬ」
 まあ、もっともだろう。
 ちなみに酒は一滴も飲んでない。
「どう?、今日のバイト、面白かったか?」
 タタキはレイとミズホの間に割り込んだ。
「好きにできたから、面白かったけど…」
 タバコ臭いのがちょっと嫌。
 でも、皆が寄ってこなくなったし、我慢がまん。
 胸のうちで自分に言い聞かせる。
「なら、どうだい?、全国向けの番組なんだけど、街中紹介するってのがあるんだ、やってみないか?」
「でも…、お父さまにも許可取らないといけないし…」
 今回のものはローカル番組だったから許されたのだ。
 レイはその辺の裏事情を、ちゃんと理解していた。
「碇氏なら、大丈夫さ」
 ウィンク。
 それだけで悟るレイ。
「そういうこと…」
 シナリオは用意済みなんだ…
「そういうことだ、どう?」
 確認。
「帰って、お父さまにくわしく聞いてから連絡するわ」
 レイの瞳が赤みを増している。
 どういうつもりなの?
 レイは彼の…、クルス浩一のことも思い出していた。






「ちょっとカヲ、むぐ!」
 口を塞ぐカヲル。
 レイはカヲル連れ出すと、人気のない校舎裏で詰め寄った。
「大きな声は出さない方がいいよ…、この学校、色々と仕掛があるみたいだからね?」
「もがもごもが、ガブ!、ぷはぁ!」
 カヲルは手を離すと、レイの噛みついた後を見て、ちょっと顔をしかめた。
「どうして、彼がこの学校に…、ううん、シンちゃんと同じクラスに居るの?」
 校舎の間の狭い空を見上げる。
「まさか…、またシンちゃんに何か!?」
 あの時の…、カヲルに怒られた時のことを思い出してしまう。
 あの時、湖に沈み行くシンジを、レイは危うく見捨ててしまう所だったのだ。
「僕にもわからない…」
「うそ!、この間から姿を消してるの、何か調べていたんでしょ!?」
 でなければ、今の今まで黙っていたはずが無い。
「僕はこの学校の仕掛を調べていただけさ…、盗聴器に隠しカメラ、他にもだよ、どうもゼーレビル並のセキュリティシステムが確立されているらしいね、驚いたよ」
 そしてそれらを統括処理しているのは、間違いなく彼だろう。
 校長、加持リョウイチ。
「そんな場所に、どうして?、彼なら気がつかないはずが無いわ」
 MAGIと張り合えるほどのコンピューターシステムをバックアップに持つ少年。
「むろん…、ね?、けど、だからこそ都合が良いとも言える」
「え?」
「…この街の市民権を得なければ学校には来れない、そして彼は比較的合法的に承認されている市民の一人だ…、この意味が判るかい?」
「まさか!?」
「入学式のあったあの日、僕は帰るなりあの人に聞いてみたよ」
「あの人…、やはりお父さまなのね」
「ああ、敵ではないが味方でも無い、今はただ静観していればいい、彼のしている事は、僕達にとても関係がある…、だそうだ」
「かん…けい?」
「そう、それが何かは、教えてもらえなかったけどね…」


 それから、カヲルは浩一に対して探りを入れ続けていた。
 敵対する必要は無いが、警戒を解いたりしない。
 また危険も犯さない。
 そんな状態だった。
 浩一君を…、あたしを、どうするつもりなの?、お父さま…
 帰りのタクシーの中、レイは窓を流れく街並みに不安を感じていた。
 それが現実のものに見えないように、自分達の生活が虚像でないと、誰が保証してくれるのだろうか?
「んん〜ん、シンジ様ぁん…」
 寝言を呟くミズホに、クスっと笑みを漏らしてしまう。
 だね?、シンちゃんだけは…
 ミズホはレイの肩に頭を乗せていた。
「悪いことじゃないと思う…、けど」
 隠し事。
 それが気に食わない。
「とにかく、帰ったら聞いてみよう…」
「ん…じゅる……」
 レイは気づいていなかった。
 ミズホの涎で、上着がべったべたになっていたことに。






「ふえ〜ん!、もう信じらんなぁい!」
 バスッと洗濯機に放り込む。
 レイはそのままお風呂場の戸を開けた。
 ガラガラガラ…
「ありゃ、入ってた?」
 アスカが入っていた。
 髪をアップにまとめ、タオルでまとめている。
「帰ってきたの?」
「うん、一緒に入っても良い?」
「いいわよ」
 というわけで入浴シーンだが、「覗いたら殺すわよ」と言うわけでSOUND・ONLY、湯気で何にも見えない状態。
「馬並みなのね〜♪」
「って、そういう歌はやめなさいよね!」
「え〜?、だってぇ…」
「なによ?」
「これってば、あたしのデビュー曲って感じだしぃ」
「あんたバカァ?」
「バカじゃないもん」
「じゃ、マジなの?」
「うん、お父さまにも許可してもらっちゃったし」


「お父さま…」
「レイか、どうした?」
 縁側で新聞を広げていたゲンドウに話しかける。
 レイの後ろを半泣きのミズホが歩いていった、レイに怒られたらしい。
「タタキさんから、話を聞きました」
 上着を、つまむように手にしている、ちょっと濡れているのが見えた。
「好きにすればいい、バックアップの用意はできている」
 ニヤリ。
 レイはその背中に、そんな擬音が浮かぶのを感じた。
「お父さま!」
 ゲンドウの隣に座りこむ。
「学校のこと、アルバイトのこと、それに…、浩一君のこと、話してくださいませんか?」
 その真剣さに、ゲンドウは新聞をたたんで縁側を眺めた。
「アルバイトについては…、特にレイのために用意したわけではない」
 え?、っと驚く。
「誰でも良かったというのが正しいな、ゼーレの一部門と繋がっていてね、タタキ君は」
「タタキさんが…」
「そうだ、お前達を推薦してきたのでな、手を回した、それだけだよ」
 …どうして教えてくれなかったんだろう?
 それが顔に出ていたのか、ゲンドウは優しい笑みを浮かべた。
「気を回していると、知られたくは無かったのだがな」
 照れてる…
 お父さま、可愛い☆、などとつい思ってしまったり…
「次に学校についてだが…、説明する必要は有るまい?」
 レイは首を振った。
「もし、あたし達が別の学校に行っていたらどうしたんですか?」
「シンジ次第だと思っていたからな」
 薦められたわけでなし、決めたのは自分だから、これもまた良い、でも…
「…浩一君のことは?」
 言いよどむゲンドウ。
「お父さま?」
 せかす。
 ゲンドウは一つ息をつくと、彼からの伝言を伝えた。
「今夜9時、そこの公園で待っているそうだ」
「え!?」
「今…、8時半か、どうする?」
 レイは慌てて風呂場へ駆けこんだ。


 だからレイは焦っていた。
「さ、体洗っちゃおっと」
 タバコ臭いし、汗臭いし!
「なによ、忙しないわねぇ?」
「ん、ちょっとね、急いでるの」
 体を洗う音、髪を洗う音、シャワーで荒い流す音、髪の部分がいつもよりも短い。
「終わり!」
「もっとゆっくりしてきなさいよ」
「ちょっと急いでるの!、じゃね」
 変な子ねぇ…
 アスカは口まで潜って、ぶくぶくと泡を立てた。






「……」
 公園、ミズホが舞っていたあの公園。
 その中央、電灯の下で、レイは月をじっと見上げていた。
「やあ…」
 いつ来たのだろう?
 彼は滑り台の上に座っていた。
「クルス、浩一…」
 その声はレイではない。
 もっとずっと抑えた響き。
「久しぶりだね、綾波さん」
 綾波レイ。
 浩一も綾波と同じように月を見上げた。
「良い月の夜だ…、まるであの夜のようだね?」
 しばしの邂逅。
「答えて…」
 質問を省く。
 浩一はふわりと身軽に飛び降りた。
「頼みたいことがあるんだ…」
 側に近寄る、が、触れ合おうとはしない。
「力を貸して欲しい…」
 視線を公衆トイレの上へ。
 そこにも人影。
「カヲル…」
 軽く顎を上げてカヲルを見る。
 その間に立つ浩一。
 カヲルさえ居なければ、それはまるで恋人達の逢瀬のようにも見えただろう。
 そして彼、碇シンジの目には、事実そう映ってしまっていた。






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