Episode:22 Take3



「眠れないのかい?」
 すぐ近くで声が聞こえた。
「うん…、なんだか目が冴えて」
 並んだ布団、すぐ近くにカヲルの顔があった。
「今日は何があったんだい?」
 カヲルの質問には逆らえない。
 シンジは溜めこんでいたものを吐き出すように口にした。
「…レイが憧れてるんだって」
 それだけでは通じない、シンジが気付くまでカヲルは待った。
「…あ、ごめん、結婚に憧れてるんだって言ったんだ、レイが」
 ああ…っとうなずくカヲル。
「家族に…、じゃないのかい?」
「…違うと思う」
「なら誰かに居てもらいたいんだよ、ずっとね…」
 それは僕も同じか…
 カヲルとシンジは同時に思った。
「でも…」
「ん?」
 シンジの声に思考を止める。
「でも、レイが居て欲しいと思っているのは、誰なんだろう?」
 カヲルはうすら笑いを浮かべて答えなかった。
 答えずに、他のことを尋ねて返した。
「シンジ君は、レイに居てもらいたいのかい?」
 シンジは天井を見上げた。
 ロフトの天井だ、かなり低い位置にある。
「昔は…、居て欲しいと思ってた」
「なら、今は?」
「わからない…」
 わからない?
 カヲルは不思議そうにシンジを見た。
「わからないんだ、本当に…、だってこんな辛い想いをするくらいなら、一緒になんていない方が、良い」
 納得するカヲル。
「でも別れることは寂しい、そう感じているんだろ?」
 シンジは深く布団をかぶった。
「苦しむことはないさ…、みな同じことを感じている、同じ苦しみをね…」
 だけどシンジは苦しみに向かい合っている。
「無視することは簡単なんだよ、誰にとってもね?、でも君は逃げださずに戦っている」
 強く、そして繊細で…
 相反する姿に心を惹かれる。
「好きだよ、シンジ君…」
 会心の笑みを浮かべて、カヲルはシンジの布団に手をかけた。
「…!?」
 そして驚愕に目を見開く。
 スースースー…
 既に寝てるシンジ。
 カヲルは気まずげに髪をかきあげた。
「その間の外し方、天然さを感じさせるよ」
 カヲルはシンジに添い寝をする程度であきらめた。
 窓の外から、車のエンジン音が聞こえてくる。
 出かけるのか…
 まどろみの中で、カヲルはゲンドウの外出を確認していた。






「でぇ?、ほんとの所はどうなんですかぁ〜?」
 顔は既に真っ赤になっていた。
 片膝を立て、まるで周囲を気にしていないマコトが、箸をマイク代わりに加持に詰め寄っていた。
「付き合ってるんでしょ?、二人で…」
 それで俺をからかってるんだ…
 マコトはリツコの言葉をそう解釈していた。
「正確には付き合っていた…、だけどな」
 えーーー!、やっぱりぃっとはしゃいだのはマヤだ。
「それで?、今はどうなんですか?」
 以外と真剣な声でシゲルは尋ねた。
「…付き合っても良いと思ってる」
 加持は逃げなかった。
「言うわねぇ、ミサトもそのつもりなんでしょ?」
 リツコがからかうような視線を向けた。
「でもお互い言い出せない…、違うわね、言わないのよ」
 加持は口の端を歪めるように笑った。
「言わないん…、ですか?」
 怪訝そうに尋ねるマヤ。
「…しがらみが多くてね」
「引きずるものが多いのよ、二人ともね」
 かなり酔っているようで、リツコの口は普段の何十分の一にも軽くなっていた。
「お互い傷つけあうことを恐がってる…、ヤマアラシのジレンマって知ってる?、身を寄せあうほどお互いの体で傷つけあってしまうの、それを恐れているのよ、ほんと、リョウちゃんらしいわ…」
 最後にくいっと焼酎をあおった。
「どういうことですか?」
「優しくしようと触れ合えば触れ合うほど、心の奥を覗くことになるわ、そして人に見られたくない傷や、触れられたくない過去にも触れることになってしまう…」
「けどそれを乗り越えなければお互いを知ることはないし、また慰めあうこともできない…」
「一歩間違えば破局、ですか?」
 考え込むように青葉。
「君はどうなんだい?」
「僕ですか?、僕は…そうですね、そんなに深く付き合った相手なんていないからなぁ…」
 シゲルは邪魔臭げにロン毛をかきあげた。
「マヤはあるの?」
 ちびりちびりとビールを飲んでいたマヤに振る。
「え?、あ、あたしですか!?」
 驚いて、どう答えていいか迷った。
「あ、あたし、男の人と付き合ったことなんてないから…」
 ぴくっと反応する青葉と日向、それになぜだか加持。
「あら、以外ね…、堅いのはなにかあったから、避けてるんだとばかり思っていたけど」
 なにがあったんだなにが!
 何を想像してたんだ、この人は…
 みんながみんな、リッちゃんみたいじゃないんだから…
 三者三様に感想をもって、同時に酒を飲み下す。
 だがマヤだけが「ん〜と」っと、考え込むようにしていた。
「…なにかかぁ、あったと言えばあったけど」
「へえ、どんなことだい?」
 加持が乗り出した。
「お父さんとお母さんです」
「あ、冬月先生、離婚してたんだもんな…」
「おい…」
 マコトがシゲルを肘でつついた。
「無神経じゃないのか?」
「あ、良いんですよ…って、これがよくなかったのかなぁ?」
 自己批判してみる。
「お父さん忙しかったから…、それで母は耐えきれなくなったんだと思います、ありがちですけどね?」
「ずいぶんと冷めてるのね?」
「いえ、逆です」
 ぱたぱたと手を振る。
「お父さん達、あたしのことを気にしてくれたのか、親権とかそんなことは持ち出さないであたしの好きにさせてくれて…、あたしももう大きかったし、好きな時に好きな方へ遊びに行くこともできてたんですよね?」
「寂しくはなかったのかい?」
 マヤはまたも否定した。
「ゴールデンウィークとか、お盆とかクリスマス、それにお正月?、ちゃんと家族で一緒に過ごしてくれましたから…」
 日常は忙しくとも、最低限の時間は空けてくれていたわけだ。
「へえ、あの堅物がねぇ…」
 感心するシゲル。
「だから寂しいなんて思うことなかったし…、逆にもっと好きにしてくれててもいいのにって思えて…」
 マヤが言葉を切ったせいだろうか?、ことりと加持のコップを置く音が大きく聞こえた。
「なるほど?、ご両親は別れたくなかったわけだ」
「え?」
 加持を見る。
「そうね、連れ添うには辛いわね…、けれどお互いを憎んでいるわけでもない」
「ああ、お互いに理解がありすぎたんだな」
 わかりが良すぎる。
 加持はミサトのことを重ねていた。
「もっとわがままに…、か、ま、それができれば苦労はしないな」
 嫌われることを恐れている。
 破局がくることを望んではいない。
 ならお互い、腹を探りつつも距離を保ち続けなければいけないのだ。
 ちょうどいい距離を見つけるために。
「少なくとも、俺にも他の方法は思い当たらないな…」
「そんなの勝手ですよ」
 マコトが怒りを交えて口を挟んだ。
「だってそうでしょう?、それで振り回されるこっちの身にもなってくださいよ…」
 聞いてるんですか!?っと、マコトの目は完全にすわっていた。
「真摯なご意見、ちゃんと聞いておくよ」
「ごまかさないでください!、俺は…、俺は!」
「でも悪いのはあなたでしょう?」
 リツコの茶々入れに矛先を変えるマコト。
「どういう意味ですか!」
「そのままの意味よ…、試しにミサトに声を掛けるのをやめてごらんなさいな、あの子、きっとあなたのことなんて気にもとめなくなるわよ?」
 痛烈な言葉にマコトは青ざめた。
「…そんなこと」
「ほんとうよ?、現に加持君だって忘れ去られていたもの、ね?」
 加持は苦笑しながらも頷いた。
「再開した時には、こりゃまたずいぶんと嫌われたもんだと思ったよ…」
「でも違ったんでしょ?」
 マヤがマコトの望みをつなごうとする。
「それも自分を守る術なのさ…、人が離れていけば、みな自分の何がいけなかったのかと不安になる…、それをごまかすためにその人を嫌い、忘れさる」
「そうそう、そんなもんですよ」
 シゲルは安易で身近な例を思い出していた。
 高校のバンド時代、付き合っていた女が居た…


「別れる?、どうして…」
「え〜、だってぇ、バンド抜けちゃったんでしょ?」
 わりとおとなし目の子だった、まるでバンドを見にくるようなタイプではない…
「そっちがもっとデートする時間を作れって言ったんだろ?」
「そんなことじゃないの、でもほんとごめんね?、じゃあ!」
 なんだよ…
 それで終わりだった。
 髪切りなさいよ。
 ちゃんとシャワー浴びてる?
 汗臭いよ…
 バンドって不良っぽい。
 俺の何がいけないって言うんだよ?
 結局シゲルは、そのカッコ良さをわかろうとしないあいつが悪いんだと決め付けた。
 決め付けて、思い出と共に記憶の中から排除した。


「嫌な思い出って、ずっと覚えてるか簡単に忘れちゃえるかのどっちかなんですよね…」
 だから付き合っていた頃のことを悪く思ってしまっていたのかもしれない。
「あいつとキスした時、あいつはどう思っていたのか…、とか」
「あいつって?」
「え!?」
 シゲルは慌てた。
「考え、口に出てましたよ?」
 いたずらっ子の瞳、マヤだ。
 お酒のせいか、いつものタガが外れている。
「やっぱりプレイボーイだったんですね」
 その視線がグラスによって遮られた。
「もう許してあげなさい?」
 リツコだった。
「え〜〜〜?、どうしてですかぁ?」
「どうしてもよ…、あえて言うなら、人は過去の記憶を変えることで生きていけるわ…、その思い出を素敵なものと受け止めるかどうかは、所詮はその人の心次第なのよ…」
「耳が痛いな」
 加持。
 だがリツコは無視した。
「くだらないこととすれば忘れ去るのは簡単なことだわ…、だから付き合ったんじゃないの?、たくさんの女の人と…」
 加持と青葉が同時に考え込んだ。
「それでその記憶の中に埋没させてしまえれば…、なんてね?、その様子だと、色あせることはなかったみたいだけど?」
 まったくだ…、っと、加持は笑みを浮かべた。
「忘れてしまうことで楽になれるさ、だけど忘れてはいけないこともある、絶対にな?」
「それが葛城さんですか?」
「俺にとっては…、そうだな」
 手酌でビールを注ぐ。
「だから二度と傷つけたくはない」
 それをあおる。
「それでヤマアラシのジレンマなんだ…」
 ぽんっと、加持はマヤの頭に手をのせた。
「辛い恋ならしない方が良い…、いや、できるなら味あわない方が良い…」
 それは年長者としての重過ぎる言葉だった。
「でも奇麗事だけじゃ生きてはいけないわ…、潔癖症はね、辛いわよ?」
 汚れたと感じた時にわかるわ…
 そこにいるのは赤木という先輩ではなくて、リツコというただの女性なんだとマヤには思えた。
「ロジックじゃないもの、男と女なんて…」
 人の気持ちがルーチンで書き表せればいいのに…
 そんな呟きが耳に入ってきた。
 大人の女の人なんだ…
 憧れの眼差しを向けてしまう。
 またそれと同時に、羨望の眼差しも…
「赤木先輩は…、恋をなさっているんですか?」
 ゆっくりと置かれるグラスに視線を注ぐ。
「してるわよ?」
「「「え?」」」
 男性陣が驚いた。
「こりゃまた以外だなぁ…」
「そんな、お腹の中にはとっくの昔に科学という名の悪魔が住みついているもんだとばかり…」
「そうかぁ、リッちゃんもとうとう歳を気にするようになったのかぁ」
 三者三様の感想に…
「あんた達…」
 っとリツコはこめかみを引くつかせた。
「してるって…」
 マヤはマヤで、なぜだか体を硬直させていた。
 今の「してるわよ」の時の視線…
 か、考えちゃいけない、考えちゃ…
 舐めるように自分を見ていたような気がする。
 忘れよう!
 マヤはごまかすように酒をかっ食らった。
 ぐでんぐでんになったのは、それから十数分後のことであった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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