Episode:22 Take4



 すまんな、こんな時間に…
 ゲンドウはそう謝って出てきていた。
 いえ…、いつものことですから、でも朝には帰って来てくださいね?
 ユイはいつものように微笑んで送り出してくれていた。
 …ああ、わかっているよ、ユイ。
 ユイが気にしているのは、父と母と息子と三人で過ごす朝食の事なのだとわかっていた。
 ささやかな夢ではある、だがゲンドウはそれを守るために奔走していた。
 深夜、ほとんど行き交う車もない。
 それでもゲンドウは法定速度を守って車を走らせていた。
「…あれは?」
 目を細める。
 少し先の横断歩道に人影を見つけた。
 ゲンドウは車を端に寄せて…、停まった。
「マヤちゃんではないのかね?」
 うずくまっていたマヤが顔をあげた。
「…あ、碇さん」
 お久しぶりですっと、体面を保とうとして失敗した。
 そのままうずくまり、また吐いてしまう。
「ずいぶん酔っているようだな?」
 車を降りてその背をさする。
「あ、はい…、大丈夫だと思ってみんなと別れてきたんですけど」
 ゲンドウは乗りなさいっと、有無を言わせぬ口調で命じた。
 反抗する気力もなくて、マヤは素直に従った。
 なにより父の知り合いでもある、別段不信感を持つ必要もなかった。
 運転席へ乗り込んだゲンドウが、後ろに座っているマヤに青い缶を差し出した。
「これ…」
「ポカリスウェットだ、少しは楽になる、窓は開けておきなさい」
「すみません…」
 優しい人だなぁと、マヤは素直に感激した。
「マンションへ送るかね?」
「あの…、碇さんはこんな時間にどうなされたんですか?」
 長い台詞だったが言えた、ポカリが胃を楽にしてくれたおかげかもしれない。
「仕事でね、これから会社へ行く所だよ」
 その言葉に驚く。
「こんな時間にですか!?」
「こんな時間だからだよ…、冬月先生にばかり働かせていては悪いからね」
 お父さん…
 マヤはちょっとだけ考え込んだ。
「…あの」
 ためらいがちな声に、なにかね?っと返すゲンドウ。
「一緒についていってもいいですか?」
 お父さんに会いたい…とは言わなかったが、ゲンドウは察して車を出した。
「すみません…」
「いや、良い、シンジたちもお世話になっているからね、大したことではないよ…」
 シンジ君達…
 中学校での体育祭を思い出す。
 ゲンドウとユイが、楽しそうに応援していた。
「うらやましいです…」
 ゲンドウは無言でルームミラーに映るマヤを見た。
「うらやましいです、あたしあんまり授業参観とかに来てもらったことって、ないから…」
 ドアにもたれるようにして、マヤは外に視線を向けていた。
 風が当たって気持ち良いのだろう、少しは顔色も良くなってきている。
「…冬月先生は立派な人だよ」
 まだまだ子供なのだな…
 ゲンドウはマヤに対して、「見掛け以上に幼いのだな」という感想を持っていた。
「冬月先生が居てくれたおかげで、わたしは人並みの家庭を築くことができた…、先生には本当に感謝している…」
 だがマヤは小さな声で否定する。
「でも、自分の家庭のことは大事にしてくれなかったから…」
 それは違うな…と、否定し返すゲンドウ。
「先生は罪を償おうとなさっているだけだよ」
「罪…、ですか?」
「ああ…」
 ようやくマヤもゲンドウをミラーごしに見返した。
「ああ、そうだ、過去に犯してしまったことの償い、そのために一人でいることを選ばれた…」
 誰かに責められているんですか?っとマヤ。
「いや、あえて言うなら、自分にだよ、いくら他人が許してくれても、自分で自分が許せないのだろうね…」
 だがそれでも、とゲンドウは続けて言った。
「それでも感謝しているよ…、愛するものを守る力は、すべて先生が与えてくださったのだから…」
 罪って…、碇さんに何かしたのかしら、お父さん…
 だがさすがに尋ねることはできなかった。
 立ち入ったことを聞くのに抵抗があったのも事実だが、それ以上に、今のゲンドウがあまりにも誇らしげで、口を挟むのをためらわれたからだった。
 家族か…、良いものだな?
 だがゲンドウは表情とは裏腹に心を引き締めていた。
 まだまだ、良いものであったと過去形にするには時間が有り余っているのだから。
 気を抜くには早すぎる。
 引き締め直した所で、ちょうど見慣れたビルが見えてきた。
「ついたよ」
 そっけない、それでいて暖かみのある声に、正面に顔を向ける。
「あれが…」
「ゼーレビル、お父さんに手伝ってもらっている会社だ」
 そして家族を守るための砦だ。
 ゲンドウは家族の…、ユイとたくさんの子供達の顔を思い浮かべていた。






「碇が来たようだな…」
 ネルフ作戦指令室で、冬月はゲンドウの車が地下駐車場に入るのを確認していた。
「やれやれだな、碇め、雑務はすべて押し付けおって…、なに!?」
 車が停まり、人が降りた。
 二人だ、その内の一人は…、なんと自分の娘であった。
「碇め、どういうつもりだ!」
 監視カメラに向かってVサインをしているゲンドウ。
 ドカ!
 その映像を映しているモニターに拳をぶつけた。
 驚き振り返るオペレーターに、冬月は「ちょっと上がってくる!」っとまるでトイレにでも行ってくるかの様に告げた。
「碇め…、わたしをからかうつもりか!?」
 そして慌ててエレベーターに飛び乗った。
「それか赤木君のように利用するためかだ」
 おかしな誤解をしている冬月であった。



「あのぉ…」
 ためらいがちに声を掛ける。
「待っていなさい、すぐにお父さんが飛んでくる」
「はあ…」
 でも良いのかしら?
 マヤはちょっとだけ居心地の悪さを感じていた。
 二階にある休憩室で、二人でコーヒーを飲んでいる。
 ガチャ!
 その扉が勢いよく開かれた。
「マヤ!」
「お父さん!」
 喜んで飛び付く。
「マヤ、どうしてここに…、飲んでいるのか?、かなり臭いぞ」
 てへっと舌を出すマヤ。
「まさか碇!」
「何を怒っているのだ?」
 しれっとゲンドウ。
「そうよお父さん、碇さんは酔ったあたしに優しくしてくださっただけよ?」
「や、優しくだとぉ!?」
 ぐおお!っと冬月はのけぞった。
「き、貴様妻帯者の分際で!」
「この場合、妻と子は関係なかろう?」
「大有りだ!」
「大蟻…」
 おかしな想像にぷっと吹き出すマヤ。
 まだ酔いは醒めきっていないらしい。
「な、何がおかしいのだ、まさか!?」
 さーっと青ざめる。
「まさかって?」
「いかりっ、たとえ天と地が許しても、月とわたしがお仕置きするぞ!」
「お父さん、一体なに怒ってるのよ?」
「自分の胸に手を当てて考えて見なさい!」
 その通りにするマヤ。
「…車で送ってくれるって乗せてもらって、気持ち良かったなぁ」
 っと当たっていた風のことを思い出す。
「き、気持ち良かっただと…」
 ギギギギギっと、音が鳴りそうな程かたくして首を動かした。
 ゲンドウを見やる、相変わらずにやにやと笑みを張り付かせていた。
「言ってやる…」
 ぼそっと冬月。
「ほぉ?、誰に何を言うというのだ?」
「ユイ君に言ってやるぅ、言いつけてやるぅ!」
「あ、お父さん!」
 ばたん! 冬月は涙しながら勢いよく駆け出していった。
 その手に携帯を取り出して。
「やれやれ…、からかい過ぎたか」
 思考能力が鈍っているのか、マヤは小首を傾げて父の消えた扉を見ていた。
「ま、ここで待っていなさい、じきに帰ってくるだろう…」
「はい」
 ではおやすみなさいと、マヤはコロンと寝っ転がった。
「やはり酔いは醒めていなかったか…」
 その体に上着を掛けてやるゲンドウ。
「すまんな、わたしは仕事がある、これで失礼するよ?」
 そう言って、ゲンドウは仕事場へ…、地下の指令室へと扉をくぐった。
 ありがとうございましたぁ…
 その背にかけられる、むにゃむにゃと言う声。
 冬月にはもったいない娘だな…
 苦笑して、ゲンドウは部屋の戸を閉じた。
 電気はつけたままにしておいた。
「さて…、冬月め、早まらなければいいのだが…」
 明日の朝、下手をすればユイに責められることになるだろう…
「だが、良い、それも楽しみのうちだ…」
 あえて受容するゲンドウであった。






「お腹減ったわねぇ…」
 ぽりぽりとお腹をかくミサト。
 相変わらず足の踏み場もない所で寝ていた。
 だらしなく、タンクトップのシャツにショーツ一枚。
「なんかあったかしら?」
 考えてみる。
 だが冷蔵庫にはビールしか入っていないはずだ。
「ちっ、まずったわねぇ…」
 手持ちの金はすべてビールに変わっていた。
 どうしようかとベッドを転がる。
 その時だ。
 かちゃ…っと鍵の外れる音がした。
「何やつ!?」
 枕元の時計を見る、そのデジタル表示が不審者の進入警報を表示していた。
「ふ、ふふふ…、お腹をすかしたあたしの恐ろしさを教えてあげるわ…」
 それから手持ちの金を頂いて…
 物騒な考えをめぐらせるミサトであった。



「被験体が逃げ出しました」
 緊張した面持ちで、オペレータの女の子はゲンドウに向かって報告をした。
「捜索は?」
「現在ゼーレビルを中心に半径10キロにまで範囲を拡大して捜索中です!」
 別の人間が恐れながらも答えて返す。
 ゲンドウは組み合わせた両の掌の向こうから、そんな彼らを険しく見ていた。
「冬月は?」
「第二休憩室に所在を確認!」
 しばらくはそっとしておいてやるか…
 ゲンドウが呼び出されたのは、他の者では手におえなくなったからに他ならない。
 ならばゲンドウが出張れば、当然冬月はその存在意義の大半を失うのである。
 もっとも、細かな指示まで出さねばならんのが面倒なのだがな…
 時計を見る、現在の時刻は午前4時。
 被験体が逃げ出してからのカウントは、3時間を刻もうとしていた。
 手元の資料に目を落とす。
 黒いファイル、その表紙にはネルフのロゴマークと、トップシークレットという英文字の版が押されていた。
 中には一枚の写真とその研究内容が記されている。
「…新種のペンギンか」
 こんなことで呼び出しおって。
 不満をどこにぶつけるか、ゲンドウの考えはだんだんとそちらに走っていっていた。
 だがゲンドウは知らなかったのである。
 そのペンギンがゲンドウの予想を越えて、遥かにどてらい知能を持ちえていたということを。
 そのペンギンは現在、運命的な出会いを果たそうとしていた。



 ペタペタと言う変わった足音が部屋の前を通り過ぎていった。
 ガチャっと冷蔵庫を空ける音。
 お腹すかしてるの?、あたしと同じね…
 ほんのちょっとだけ同情を交えつつも、ミサトは一気に飛び出そうとした。
 緊張のためか、ぐきゅるるる…っとお腹が鳴った。
 しまった!
 進入者の緊張が伝わってきた。
 逃がさないから!
 一気に飛び出す。
「ほーるどあっぷ!」
 うう…、かっこ悪いっとミサト。
 隠していた銃を構えている。
 だがすぐさまその目は点になってしまっていた。
「へ?」
 ミサトが見たのは…、ペンギンだった。
「ペンギン…、よね?」
 そのペンギンは両のフリッパーを上にあげて、降参の意思表示を表していた。
「な、なぜペンギンがここに…」
 首を傾げつつも、そんなことはどうでも良いっと電波を受け取る。
「ペンギンって、食べられるのかしら?」
「クェーーー!」
 そのペンギンは涙を流した。
「食えって…、あたしに食べろって言うのね?」
「クェックェックェーーー!」
 涙ながらに訴える。
「あたしになら喜んで食べられてあげるって?、うう、なんて謙虚なペンギンさんなの?」
 じゅるっと涎が落ちた。
 おっととっとそれを腕でぬぐい取るのを、ペンギンは恐怖にすくみながらじっと見ていた。
 人工進化研究における被験体、その第一号である温泉ペンギン、通称「ペンペン」
 迂闊な賢さが何より悲しい彼の命運は、初登場と共にいきなり尽きようとしていた…



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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