Episode:23 Take3
「じゃ、あの…、おじゃまします」
遠慮がちにマヤは碇家の敷居をまたいだ。
帰宅したゲンドウとユイとの間に走った一瞬の緊張に萎縮してしまっていたのだ。
「冬月め…」
ほくそ笑むゲンドウ。
ほんとに電話したであろう冬月の行動に対して、ユイとの修羅場を避けるべくマヤ自身を同伴して来たのだった。
●
…ミズホって、思ってるよりはボリュームあるんだよね。
風に吹かれるミズホの胸を見て、そう思う。
第三新東京市を見下ろす公園、そこは割とポピュラーなデートコースだった。
だけど、アスカみたいに大人っぽいわけじゃないから…
最近になって、ケンスケ達の言うことがわかるようになってきていた。
だがやはり中身が中身なので、あまり印象を変えて見ることも無い。
ミズホ…、変わったかな?
隣で柵に片手をつき、その景色に喜んでいるミズホを見る。
もう片方の手は前髪を押さえていた。
うん、奇麗になったと思うよ?
「可愛い」から「奇麗」に…
唇がいつもと違うことに気がつく。
…リップかな?
ただそれだけで大人びて見える。
なんだか…
なんだか?
自分の格好を見るシンジ。
たまのデートに服を引っ張り出して来た、まさにそんな感じだった。
着慣れた感じがしない。
置いていかれているような気分を味わう。
釣り合わない?
またそんなことを考えてしまう。
どんどん奇麗に…、大人になっていく女の子達。
なのに自分は子供のままだ…
でも何をどうすれば変われるのか、わからないんだ…
アイドル専科に入ってみた、でもダメだった、だから今度はレイに付き合ってみたんだ…
けど変わらなかった、何も変わらなかった、変わらないどころか、状況はより酷くなってしまっているかもしれない。
「はい?」
シンジの視線に気のつくミズホ。
「なんですかぁ?、そんなにじっと見ちゃ嫌ですぅ…」
頬を赤らめるが顔は背けない。
逆ににこっと微笑みを作る。
「…ミズホ、変わったね?」
「はい?」
シンジの言いたいことがわからない。
「変わった…」
「そうですかぁ?」
自分ではよくわからないと答える。
「…僕は、変わったかな?」
尋ねてみる。
ミズホは首を振った。
「いいえ?、シンジ様はシンジ様のままですぅ」
お優しいままですぅと、心の中で付け足した。
「そっか…」
今までのままか…
シンジは聞きたかった答えを聞けなくて、落胆してしまった。
だがもちろん顔には出さない。
「…そろそろ行く?、ランチに間に合わなくなっちゃうよ」
「はい!」
喜びシンジの腕に腕を絡める。
いつものように強くではなく、余裕をもって、手を添える程度に。
やっぱり、変わった…
そういう余裕を見せる部分にも、変化を感じるシンジであった。
●
「はぁい、不定期放送「浮気の現場を押さえて叩け!」、みんなのアイドル、レイちゃんでぇっす!」
ワゴン車の中からの中継だ。
「…うう、お腹すいたなぁ」
くぅ!っと可愛い音が鳴る。
「えっと、今シンちゃん達は正面のレストランに入っていく所です」
カメラが二人を捉える、ありがちなイタリアンレストランだ。
あまり気取った感じではない、シンジは少しほっとした。
この店の選択も、シンジの性格を考えればこそだろう。
お母さまに感謝の心ですぅ。
予約の時間を確認して入っていく。
「ああ!、シンちゃんってばあんなお店に連れてってくれたこと無いくせに!」
またもやお腹がクゥっと鳴った。
「絶対今度おごらせちゃうんだから…」
プルルプルルプルル!
「あ、鳴ってる…って、ごめん、切っとくの忘れてましたぁ!」
携帯を取り出し、カメラに向かって謝った。
だがもちろんわざとだ、相手も誰だかわかりきっている。
「ピッ!っとな、はい、もしもしレイちゃんでぇっす」
「何がでえっすよ、あんたバカァ!?」
ほらやっぱり…っと、内心ほくそ笑むレイ。
「あ〜ら、これはシンちゃんの愛人のアスカさん、どうかなさいまして?」
「だ、誰が愛人よ!」
「アスカ」
「うっさい!、じゃああんたはなんなのよ」
「正妻」
「そんなこと誰が決めたのよ!」
「あたしとシンちゃん」
「嘘つくなぁ!」
「どひゃあ!」
アスカの生声に驚くレイ。
「あ、アスカ!?、一体どこに」
「後ろよ後ろ!」
振り向くと、車の窓にアスカがへばりついていた。
はあはあと息を切らせて、携帯を手にしている。
「なんだ、はじめから声かければいいじゃない…」
「放送中にそう言うわけにもいかないでしょうが!」
「アスカ…、もう乱入しちゃってるって…」
ヒカリがカメラのフレームに入らないように注意しながら突っ込んだ。
カメラはしっかりと、レイとアスカを一つの枠に納めている。
「ちょっと何やってんのよ!、あたしを撮るんじゃないわよ!」
「え〜?、いいじゃない、一緒にシンちゃんにお仕置きしようよぉ?」
ドアを開いて招きいれる。
アスカはしがみついて来るレイを振り払った。
「言っときますけど!、あたしはあんたと違って笑い者になるつもりは無いの」
もう十分なってると思うけど…
汗を拭くためのハンカチを探すヒカリであった。
●
「さ、シンジ様!」
フォークにパスタを絡めるミズホ。
「あ〜んってしてくださぁい」
シンジはたじたじと後ずさった。
「あ、あのさぁミズホ、みんな見てるから…」
周囲を見回すミズホ。
「大丈夫ですぅ、ここってコーナーになってて、他からは見えませんから」
にっこりと。
「はい」
「あ、うん…」
ぞく!
急にシンジは立ち上がって、机の下なんかを確認し始めた。
「ど、どうしたんですか、シンジ様ぁ?」
「あ、うん…」
気のせいか?
何かがふに落ちないシンジ。
今確かに悪寒が走ったんだけど…
シンジは落ち着かない様子を見せ始めていた。
「あのぉ、そんなにわたしのパスタを食べるの、お嫌なんですかぁ?」
ミズホは悲しそうにフォークを置いた。
「寂しいですぅ、アスカさん達なら、そういうこともなさるのにぃ」
やばい!
シンジはミズホの目に涙がたまっているのを見た。
「ち、違うよ、だってアスカとは幼馴染だし、レイは一緒に住んでたでしょ?、だから同じ物を食べるのにも抵抗ないんだけど…」
ますますミズホはしゅんとする。
「じゃあ、わたしは他人だからですかぁ?」
不安げに目を伏せる。
まつげが微妙に揺れていた。
「そ、そうじゃなくて」
慌てる。
「ほら、ミズホは女の子で、僕は男だからさ、抵抗あるでしょ?」
ミズホに近づこうと、椅子を前へずらした。
「それに…、こういうお店ってなれてなくて、僕には似合わないんじゃないかって…」
中はやはりそれらしい作りになっていた。
とても一人で入れるような店ではない。
「はい?」
ミズホはきょとんとしてシンジを見た。
「ほら…、ミズホは奇麗だから、その…、こういうお店にも合うけど、僕は…」
テーブルの上に置いた手を強く握りこむ。
奇麗…
この段階で、ミズホは既にシンジを見ていなかった。
奇麗…
でへっと顔が緩む。
でへへへっと顔を上向きにして…、涎が垂れかけている。
変なお客さん…
こら、見るんじゃないっとマスターに怒られるウェイトレス。
「あ、ごめん、また考え込んじゃったよ」
愛想笑いでごまかす。
「さ、食べよ?、次の予定もあるしさ」
おいしい、美味しいねと食を進めていく。
早く食べて、早く店を出ようとする。
そんなだから、シンジはミズホがまだあっちの世界に行っちゃっていることに気がついていなかった。
ま、それはそれとして当然のことではあるが、店内の様子はあらかじめ仕掛けられていた隠しカメラによって捉えられていた。
今は仲良く支払いを済ませている所である。
「シンちゃあん…」
車内、それを見て心底レイは悔しがっていた。
逆にアスカは表情を消している。
「あ、アスカ?」
怖々とヒカリ、今はオンエアされていないのですぐ側にいる。
「アスカ、アスカってば!」
「はっ!?」
いきなり正気に返るアスカ。
「ほら、碇君達行っちゃうわよ?」
「ど、どこよ!?」
「あそこ…」
二人、店の前でメニューを再確認していた。
また来るつもりなの!?
「ちょっとこら、バカシンジぃ!、もが…」
ん?っと、シンジは周囲を見回した。
「シンジ様ぁ、どうなされたんですかぁ?」
まだ先程の言葉が効いているのか、少し恥じらいを残している。
「ん…、いま、アスカの声が聞こえたような…」
「え?、まさか…」
不安げに周囲を確認する。
だがミズホの索敵範囲に引っ掛かるものは何も無かった。
「…気のせいでは?」
「いや!」
妙な自信を持つシンジ。
「間違い無い、ぼくたちは見張られている」
不運なことに、特にアスカがらみだと異常なくらいに神経を尖らせる。
「逃げなきゃ」
シンジはミズホの手を取った。
「きゃ!?」
「走って!」
シンジは適当な横道に入りこんだ。
「気付かれた!?」
「ああっ!、逃げられちゃう」
車出して!っと、レイは運転手の頭を叩いた。
「シンジ様、シンジ様ぁ!」
ミズホは悲鳴を上げた、今日は走りまわれるような靴を履いて来ていないからだ。
エナメルの靴は靴擦れができそうで痛かった。
「お願いですぅ、止まってくださぁい!」
シンジは聞かずに走り続けた。
僕はどうして逃げてるんだろう?
アスカが恐いからに決まっている。
愛の逃避行…
そしてミズホは勘違いしていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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