Episode:30 Take1



「どうして…」
 この船に?
 ミヤはそう続けようとしたができなかった。
 グォン!
「きゃあ!」
 船が急激に加速を始めた。
 シンジたちの乗って来た船が蹴散らされ沈んで行く。
「つかまれ!」
 加持は海に転がり落ちそうになった綾波を抱きかかえ、柵に手をかけ踏ん張っていた。
 その加持と同じように踏ん張ったシンジの目の前を、ミヤの体が流れていく。
「秋月さん!」
 反射的にシンジの手がミヤの手首をつかんでいた。
「くっ!」
 間一髪で、船外に放り出されたミヤを捕まえていた。
「…シンジ君?」
 シンジの顔が、ミヤの重みに苦しく歪んでいる。
 素顔では二度目。
 なのに「秋月」と呼んだ。
「早く反対の手を!」
 船は加速を続けている、波に激しく上下に揺れ、いつミヤの手を離してしまうかわからなかった。
 ミヤの下で激しく波打つ飛沫が、シンジに恐怖感を与えている。
「早く!、このままじゃ…」
 海に落ちてしまうだろう。
「どうして…」
「早く!」
 有無を言わせぬ口調に身を強ばらせる。
 ミヤはゆっくりと、シンジの手に両手でつかまった。
「引き上げるんだ!」
 加持が手を貸した、二人がかりで引き上げると、三人は絡まるように転がった。
「はぁ、はぁ、はぁ…、秋月さん、大丈夫?」
 ミヤは「どうして?」と言う疑問符を浮かべたままで、こくんと小さく頷いていた。

GenesisQ’ 第参拾話
「ハッスルで行こう」

「よかった」
 屈託の無い笑みを浮かべるシンジ。
「さ、行きましょう…」
 綾波はミヤの腕をつかむと、ぐいっと強引に立たせてやった。
「レイ…」
 綾波はミヤを見ようとはしない。
 そのことが辛かったのか?、ミヤは唇を噛んでうつむいた。
 そんな二人におろおろとするシンジ。
「そうだな、船員はまだ残ってるようだし、見つかると面倒だ」
 加持はつい苦笑してしまっていた。
 シンジの肩にポンと手を置き、代わりに声を掛けてやる。
「今は一時休戦だ、秋月さん…、だったね?」
「は、はい!」
 緊張していたためか、必要以上に大きな声が出てしまった。
 赤くなってうつむくミヤ。
「この船に何が起こっているのか、知らないかい?」
「えっと…」
 ミヤは言いよどんだ。
 話しちゃっていいのかなぁ…
 上目づかいに、困った目を向ける、それだけで加持はミヤの心中を察した。
「いや、言いにくいことならいいさ、かってに飛び込んだのはこっちなんだからね?」
 ミヤの頭をぽんと叩き、加持はその横を素通りした。
「あ、加持さん!、どこへ行くんですか?」
「機関室だ、どうやら超伝導推進器が動いてるらしいからな」
 船から伝わって来る独特の振動に、加持はピンと来ていた。
「でもそれって、外されたって加持さんが…」
「違っていたようだな、何のためかはしらないが…」
 加持を追うシンジ、その後に綾波が続く。
 ミヤはどうしようか迷いを持った。
 そのことに気のつく綾波。
「…行きましょう」
「レイ」
 差し伸べられた手に、ミヤは驚きの目を向けた。
「…どうして?」
「……」
 綾波はただ黙って立っている。
「…あたし、酷いことしたのに、騙したのに、どうして?」
「それは、あなたにもわかっているはずよ?」
 綾波はそれ以上何も言わずに、シンジの後を追って歩き出した。
 答えは、碇君?
 ミヤには綾波がそんな風に伝えているように感じていた。


「しかし…、派手にやっているようだな」
 壁に残されている戦いの痕跡をたどる。
 加持は走るように駆け抜けた、続いているシンジの動きが鈍いために、綾波とミヤは遅れがちになっている。
「リキ?」
 短い確認に頷くミヤ。
 光熱で切り裂いた跡とは明らかに違う、鋭利な刃物で切った切れ口。
 閉ざされたはずの防火扉が鋭角に切り裂かれている。
「そう」
 綾波は深く追及してこない。
 そのことがミヤを余計に辛くさせていた。
 シンジ君も、レイも、どうして責めたりしないの?
 その負い目のために、ミヤは二人から逃げ出せずにいた。
「ついたぞ」
 加持が立ち止まる、加持は途中で機関部からさらに後部の船倉へ入り込んでいた。
「これが?」
「そうだ、超伝導推進器だ」
 低くうなりを上げている、それはシンジが思っていたような機械の塊では無く、ただのコンテナにしか見えなかった。
 それに振動はあっても音は静かなものである。
「偽装してある、中は床をぶち抜いて船底に繋がっているようだが…」
「どうやって止めるんですか?」
「そうだな…」
 加持は操作パネルを見付けた。
「こういうのはどうだ?」
 走りより、その蓋をこじ開ける。
 中のレバーに手を掛けたが、引き下ろす前に邪魔が入った。
 バシュ!
 光の剣が加持の髪をかすめ、コンテナの壁に突き立った。
「悪いな、邪魔をしないでくれ」
「リキ!」
 ほっと胸をなで下ろすミヤ。
「ミヤ、逃げ出したんじゃなかったのか?」
 他への通路から姿を見せるリキ。
「みんなが居ると思って、それで…」
 走り寄る、リキはミヤよりも加持、シンジ、そしてレイに気を取られて、鼻にしわを寄せるしかなかった。
「”仲間”はサヨコと逃げたよ」
「リキ?」
 仲間と強調するリキに、訝しげな顔を向けてしまうミヤ。
「お前も早く行け、この船は俺達で止める」
「止めるって…」
 ミヤは心配げに、シンジ達とリキを見比べた。
「ジュンイチがシステムに割り込んでいる、コントロールを取り戻すのに約5分かかるそうだ」
「それでは間に合わないな…」
 加持がぼそりと呟いた。
「なんだと?」
「気がついていないのか?、船は干拓予定地の水門に向かっている…」
「それで?」
 リキは苛突いたように先を促した。
「推進器は一分で60ノットにまで加速するはずだ、減速にかかる時間を考えれば、到底間にあわんな」
「くそ!」
 リキはパン!っと手のひらに拳を打ち付けた。
「船員は残っているのか?」
「14名だ」
「こりゃまた正確なことで…」
 苦笑する。
「大変だ…、どうしよう?」
 シンジはただおろおろおたおたとするばかりで、今は全く役に立ちそうも無い。
 それなのにしきりに「なんとかしないと」と、くり返していた。
「ま、何とかするさ」
 加持はシンジに微笑みかけ、行こうと促す。
「ミヤ、お前はサヨコに拾ってもらえ」
「でも!」
 シンジたちを気にする。
「俺達のことはいい、逃げる方法があるなら逃げるんだ」
「そうだよ、秋月さん」
 シンジも同意する。
「どうして?」
 そんなシンジの心がわからない。
「どうして、そんな風に言えるの?」
 シンジはキョトンとしてミヤを見た。
「どうしてって…」
「だって嘘ついたのに…、。いっぱい騙しちゃったのに、どうして!」
「ミヤ…」
 ミヤの肩に手を置き、リキはシンジに答えるよう目で促した。
 ちゃんと答えろと、命じるように。
「…僕は、秋月さん達の事情に詳しくないから、よくはわからないけどさ」
 顔を上げる、微笑みを浮かべて。
「青森で拾ってくださった時、僕なんかに優しくしてくださいましたよね?」
 それはミヤにではなく、リキへの確認だった。
 満足げに、ミヤに視線を戻すシンジ。
「秋月さん…、あの時、僕と話してくれたことも嘘だったの?」
(作り物じゃないシンジ君を見てくれてる人だっているんでしょ?、今のシンジ君を求めてくれてる人だっているんじゃないの?、もてるんだから、誰かの理想に合わせて自分を変えることなんて無いじゃない)
「それは…」
「加持さんにも、同じことを言われたんだ…」
(君は気付かない内に彼女達に何かを与えているのかもしれない、それは優しさだったり、安らぎだったり、微笑みかもしれないな?、そんな些細なもので、彼女達に幸福感を与えているのかもしれない)
 言葉は違っても、言っていることは同じだった。
「あれも、嘘だったの?」
「それは!」
 シンジの優しい瞳に言葉を失う。
「それは…」
「だったら、秋月さん嘘なんて付いてないじゃないか」
 手の甲が温かく柔らかいものに触れる、レイの手だ。
「優しいね、秋月さん…」
 あ…
 その微笑みに思わずミヤは赤くなってしまっていた。
 シンジはかまわず、加持に向き直る。
「すみません、加持さん」
「待って!」
 ミヤは引き止めた。
「秋月さん…」
「一緒に逃げよう、ね?」
 リキを見る。
「いいでしょ?」
 リキはしょうがないとため息をついた、だが加持が首を振る。
「それはありがたいが…、すまない」
「どうして!、あたし達が敵だから?」
 その言葉に一番動揺したのは綾波だったのかもしれない。
 シンジだけが、その動揺に気がついていた。
 触れている手が、一瞬固くなったのだ。
 …碇君?
 シンジの手が、さり気なく綾波の手を握り込む。
「敵だ味方だなんて言うのは、俺達大人が決めていることさ、君達がそれに縛られることはない」
 加持は笑って否定した。
「ただ、俺達はこの船に乗り込む所を見られてしまっている、船も沈んだしな?、周りに納得してもらえる形で逃げ出す必要があるのさ」
 どじを踏んだもんだと、つい自分を蔑んでしまう加持。
「でも、沈んじゃうのよ、このままじゃ…、どうして笑っていられるの!?」
「…これより遥かに絶体絶命的危機の経験があるからさ」
 加持の後を押すように、シンジも声を上げていた。
「そうだよ!」
 信じられないと、目を丸く大きく見開いてしまう。
「これまでもなんとかなって来たしさ、今度もなんとかなるし、きっと何とかできるよ、そうでしょ?、加持さん?」
 ああ…と、加持もシンジの言葉には笑って返事するしか無かった。
「…行きましょう、時間が無いわ」
「うん、そうだね、綾波」
 繋いでいた手を離す。
「じゃあね、秋月さん!」
 そう言い残して、シンジは明るく行ってしまった。
 はっとするミヤ。
 その背中がムサシと重なる。
 伯爵の屋敷の地下で、ミヤを守ろうと無茶をしたムサシと…
 でも、違う…
 どこか何かが決定的に違うような気がしてしまった。
 なにが?
 どこが?
 その答えが見つからない。
 だからミヤは、臆するようにただ黙ってシンジを見送ってしまっていた。






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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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