Episode:30 Take3



「ジュンイチは何をやってるの!」
 ミヤは焦っていた。
「ジュンイチがそんなに手間取るはず…」
 無理だな。
 だがテンマの言葉はかなり冷たい。
 衛星回線で割り込みをかけ、半ば無理矢理ハッキングを仕掛けている、有線とは違い通信回線の速度には問題が出るからな…
「落ち着いてないで、お願い、シンジ君達を助けて!」
 泣き叫びそうなミヤ。
「テンマ!」
 だがテンマは黙り込んでしまった。
「お願いよ、テンマ!!」
 そんなミヤに、サヨコは背中から優しく抱きしめてやることしかできなかった。






「始まったようだな…」
 加持は遠くからかすかに聞こえて来る歌を聞いていた。
「歌…、ですか?」
「ああ…」
 眉根に皺を寄せる綾波。
「月の歌だよね、綾波…」
 三人とも後部の貨物室へ向かっている。
 途中であの推進器のある部屋を通り過ぎた。
「まだか?、そろそろ減速を始めないと間に合わなくなるぞ…」
 クルー全員がそこには集まっていた。
 すでに後部のハッチは開いている、だがその速度に、とうてい飛び込む気にはなれなかった。
「…来るわ、みんなつかまって」
「つかまれ!、始まるぞ!」
 加持は綾波のぼそりとした小さな言葉を、大きく叫んで皆に伝えた。
 シンジはやたら大袈裟に、何かを通しているパイプにつかまった。
「…恐いの?」
 そのシンジを守るように、綾波が背中から腕を回してパイプをつかむ。
 シンジの手に手を重ねて、だがシンジの手は緊張に固く、恐ろしさにぶるぶると震えていた。
「うん、ちょっとね…」
 シンジは空元気で、ちょっとだけ強がりをした。
「そう…、でも逃げなかったのね?」
 あの時、本当ならミヤと一緒に逃げても良かったのかもしれない。
 言い出せば、加持は無理に押しとどめたりはしなかったろう。
 だけど僕はそうしなかった。
「おかしいよね、強がっちゃってさ」
 場違いな笑いを漏らすシンジ。
「…碇君?」
「助けなきゃと思って助けたわけじゃないんだ…」
 ミヤの手をつかんだ時、下手をすれば自分も海に投げ出されていたのかもしれない。
「でも、気がついたら体が勝手に動いちゃってた…」
 そんなシンジに、ギュッと身を寄せる綾波。
「でも、それで良いんだと思う…、ねえ?」
 頬を擦り合わせるように、綾波と視線を合わせるシンジ。
「…それでいいんだよね?、綾波」
 ドシィン!
 派手な激震が船を揺さぶった。
「うわ!」
「問題無いわ」
 綾波の囁きが聞こえる。
「わたしが守ると決めたもの…」
 シンジはその声に、奇妙な安心感を覚えていた。


「…思ってた以上に効果があったな」
 リキは船首最下層に立つと、力を使ってその正面の壁と天井、床共に大きく切り開いていた。
 一瞬でズレるように壁が水に押し流され消えていく。
 残った大穴から、勢いよく水が流れ込んで来た。
 リキはあらかじめ確認しておいた逃走用通路を通り、普通なら閉じるのにそれなりの力がいる非常用扉を、まるでトイレの戸でも閉めるかのようにバンバンと閉めながら駆け抜けていった。
「どうだ?、テンマ」
 一応の確認は取る。
 今30ノットまで落ちた、ジュンイチが舵を動かして外洋へ向けている、事故の心配はない。
「なら、後は俺達が無事に逃げ延びればいいわけだ」
 ちっ…
 テンマからの返事が無いことに、リキは思わず舌打ちしてしまっていた。


「これで14ノットか…」
 キャプテンが近くの端末機でチェックしている。
「これぐらいなら飛び込める、行くぞ」
「で、ですがここからどうやって戻るんですか!?」
 陸まで、かなり距離のある所まで進んでいた。
 水門は近いが、その波飛沫では取り付くこともできないだろう。
 キャプテンは積んであった数台のジェットスキーを見やった。
「…ゴムボートもあるな?」
「引くんですか?」
「それしかあるまい」
 加持に歩み寄る。
「動かせるかね?」
「もちろん」
 緊迫感にそぐわない、ニヤついた笑みを浮かべている。
「そうか…、一台使ってくれ、子供二人を乗せて行けるかね?」
「アクロバットしないで座ってるだけなら、なんとでも」
 バンッと、キャプテンはその背を叩いて無事を祈った。
「どこの誰だか知らんが、お前のような男が船を操るのもいいかもしれんな…」
 Steersman…
 その呼び名を知ったらどう思うだろうか?
 加持は急におかしくなって本物の笑みを漏らしてしまった。
「ま、いずれそのうち、縁があれば」
「ああ…」
 外していた帽子を目深に被り直す。
「わたしの船に、わたしの知らない機関が搭載されていた、この責任は必ず取らせるよ、私の命に換えてもな?」
 だがそれは無理な相談だな…
 加持の心配を余所に、キャプテンは残ったクルーに指示を出すため離れていった。
「…さて、聞いての通りだ」
 子供達に振り返る。
「でも…」
 シンジは不安げにジェットスキーに顔を向けた。
「あんな小さな乗り物に、三人も乗れるんですか?」
「ま、なんとかするさ」
 加持はどこまでも気楽な笑みを浮かべていた。






「リキ!」
「よっ」
 リキはサヨコの作り出した影から姿を見せると、気楽に片手を上げて返事をした。
「シンジ君は!?」
「逃げた…、はずだ」
「はずって…、確認してくれなかったの!?」
 つかみ掛るように詰め寄るミヤ。
「も、問題無い、船が沈むまでは十分に時間がある、それまでには逃げ出せるさ」
「逃げ出せなかったらどうするのよぉ!」
 きゅーっとリキの首を締める。
「み、ミヤちゃん!」
「シンジ君が死んじゃったらリキのせいだからね!」
 酸欠にどんどん青くなるリキ。
「し、心配することは…それに」
「それに?、それになによ!?、さっさと言いなさいよぉ!」
「ミヤちゃん、それじゃ話せないと思うわよ?」
 サヨコは鬼気迫るミヤを恐れてか、巻き添えを食わないように一歩引いていた。
「いいの!、リキにはこれぐらいしなきゃわかんないんだから!」
「む、無茶言うなよ…」
 ゲホゴホッと咳き込むリキ。
 ミヤの手を振り払い、ようやくリキは血の気を取り戻した。
「…マジで死ぬかと思ったぞ、レイ達ならあいつが見てる、大丈夫だよ」
「あいつ?、あいつって…」
 はっと、ミヤはムサシとの一時を邪魔した彼女を思い出した。
「じゃあ!」
「先にあちらを片付けるべきだろう…」
「テンマ!?」
 三人の頭上に姿を現す。
 いつものように、無表情に閉じた目で何かを見ていた。
「あちら?」
「メイだ」
 テンマが見ているのはオペラハウス横の巨大プロジェクターだった。
 野外コンサートのように、その前に露店や人々が行き交っている。
「やってくれたな、カリオストロ…」
 リキもさすがに気付かないわけにはいかなかった…






「何が起きているんでしょうか?」
 完全防音、それだけではない、カスミも知らない特殊コーティングが、ガラスだけではなく壁にも床にも天井にも施されていた。
 このVIPルームに居る限り、あらゆる信号波、振動波に及ばず、思考波までもが遮断されている。
 そのためにカスミは仲間と連絡が取れずにいた。
 甲斐は無言でコンサートホールを一望している。
 手を後ろに組み、じっとステージに立つマイとメイを見つめて…
 そろそろ4度目のリピートに入ろうとしていた、月の歌、だが観衆からのブーイングは一切無い。
 それどころか逆に異様な熱気をはらんで、聴衆はひたすら盛り上がっていた。
 やはり、メイが力を使っている。
 カスミは「力」を越えた「感覚」と「直感」でそのことを見抜いていた。
 でもどうして?、まさか甲斐さんが?
 しかしすぐにありえないと否定する。
 だが甲斐の浮かべている、うすら笑いが気になっていた。
 それと照明が落とされた直後の言葉。
 いまさら何を恐れることがある?
 その言葉を、確かにカスミは聞いていた。


「くっそう!、つまんないことするんだから!!」
 ツバサは耳を押さえて顔をしかめていた。
 苦しみの半分以上は、今の今までメイに暗示がかけられていたことに気がつかなかった、自分自身に向けている責のためだった。
「人のかける暗示ぐらい、簡単に解いてあげられたのに!」
 あなどるな、伯爵、ただ者ではない…
 ヨウコが冷静になれと伝えて来る。
「でも!」
 暗示によって普段の姿を作り出し、深層に暗示を隠しておく…
「はいはい、どうせ僕のおつむは単純なんだよ」
 ヨウコの「声」がグサグサと突き刺さる。
 いつもと変わらないメイ。
 それもまた暗示による姿だったのだ。
 さすがのヨウコも身じろぎ一つせずに堪えていた。
 彫像のようにじっとして、額にうっすらと汗を滲ませている。
 マイとメイの歌によるマインドコントロールは、今までになく強い力で発せられていた。
 うきゅう…
 マイは歌いながら、ちらりちらりとメイを盗み見ていた。
 にっこりと微笑むメイ。
 マイは疑いもせずに歌に戻る。
(歌いなさい…、歌いなさい?、心が弾けるまで、声が枯れるまで歌いなさい…)
 他の仲間の声をかき消すほどに、強く、大きくメイの声が響いて来る。
 いつしかマイ自身も、自分で自分がよくわからなくなってきていた。
 うきゅう…
 ただメイに引きずられるように歌っている。
 歌が苦しみに変わっていく、その苦しみを感じたのか?、ホール内の幾人かが倒れ始めた。
 こんなのは嫌だなぁ…
 マイの想いは、たった一人にだけ届いていた。







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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