Episode:30 Take5



 ドン!
「うわぁ!」
 ツバサはメイの壁によって、舞台の袖まで弾き飛ばされてしまった。
「うわわわわ!」
 ごろごろと転がりながら、階段を落ちて消えていく。
「そんなぁ!、僕が主役のはずなのにぃ!」
 ツバサはヨウコに抱き留められていた…、上下逆さまに。
「そうだな、重ねている暗示が一つだけとは限らないわけだ…」
 イジイジイジイジとすねるツバサ。
 ツバサが解いたのは、そのごく表層のものだったのだ。
 せっかくヒーローになれるところだったのにぃ!
 なりそこねたと心底悔しがって泣いている。
 ラー…、ラーラーラー
 メイが再び歌い始めた。
 マイもシンクロしているように、同じ表情、同じ声を出している。
「歌詞も捨てたか…、メロディーだけ、だがこれではわたし達も長くは保たないかもしれないな」
 歌っていた時よりも力が増している。
 だがそれに比例して、メイの美しい顔から首にかけてに、酷く醜い血管が浮かび上がりだしていた。
 発汗も酷い、無理をしているせいだろう、醜悪な形に歪んでいく。
「ちえっ、じゃあ後は任せるっきゃないのかな?」
 任せる?
 ヨウコの顔に、めずらしく怪訝そうなものが浮かんだ。
 暗がりから知っている少女が駆けて来る。
「ミヤ」
 客席の動きは静かになっていた、マイとメイの口ずさむメロディーに、二人同様表情をなくし始めているのだ。
「メイ…、マイも、あんなに冷たい目をして…」
 ミヤは舞台袖に立つと、息が切れているのもかまわずに、あわててメイの元へ駆け寄ろうとしていた。
「ちょっと待って!」
 呼び止めるツバサ。
「黙って見てるって言うの!?」
 ミヤはツバサに食って掛かった。
「状況は?」
「最悪だな…」
 ヨウコから説明を受けるミヤ。
 時折目の前が金色にチカチカ光っているのは、メイの歌から壁で身を護っているせいだろう。
 力同士が強く干渉し合っているのだ。
「でもだからって引き下がってられないわ…」
 ミヤは一人で壇上へ上がろうとした。
 その肩をヨウコがつかむ。
「なに?」
 ヨウコは眉をよせた。
「…変わったな?」
「そう…、かも」
 ひょいっと何かが飛んで来る。
「え?」
 ミヤはぱしっと、そのアンプルを受け取った。
「ま、頑張ってみてよ」
 隅っこでいじけているツバサである。
「ありがと」
 くすっとその背中を笑って、ミヤは舞台へ上がって行った。


 もう誰もメイ以外を見てなどいなかった。
 だから舞台の隅に立っても、ミヤを見とがめる者はいなかった。
「…いま、助けてあげるからね?」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 不安はあった。
 あの時…、あたし自分を見失っちゃってた…
 もし、今度も同じように暴れたりすれば…、場所が場所である、それに最悪メイを傷つけてしまうことも、十二分に考えられた。
 でも!
 だからって、やめて逃げ出すわけにもいかなかった。
「…もう一度、ツバサにチャンスをやろう」
 ヨウコも並んだ。
「ツバサに?」
「…あの暗示を解くには近づかなければならない」
「壁をどうにかすればいいのね?」
 ヨウコは頷いた。
「後のことはいい、それだけを考えてくれ」
「わかった…」
 手に握っているアンプルの頭に親指をかけ、簡単にパキンと折ってしまった。
 …絶対不可侵の壁、けれどシンジ君は破ったもんね?
 現場を見たわけでは無かったが、ミヤも話は聞かされていた。
 より強い力であれば、壁は破れるはずなのだ…。
 そして知る限りでは、シンジの力は群を抜いてずば抜けている。
 …きっとなんとかなるよ、か。
 苦笑する、やはり思い出してしまうのはシンジのお気楽な言葉だった。
「秋月ミヤ、行きます」
 ミヤは腰に手を当てて、一気にアンプルの中身を飲み下した。
 コクコクコク…
 お願い、力を貸して…
 そしてミヤは祈るように力の高ぶりに身を奮わせた。






 ブルブルと小刻みにミヤの体が震えている。
 まるで幽鬼か亡霊のように、足も動かさずにメイはミヤ達の方へ体を向けた。
 その足元が軽く浮いている。
「…ミヤを侵食するつもりか?」
 大きく開かれる口、その奥からは穏やかな旋律が流れ出していた。
「くっ!」
 ヨウコとツバサも巻き添えを食う。
 ここは、ミヤに賭けるしかないな…
 ヨウコは壁を展開して、ミヤ共々メイの魔歌から逃れようとしていた。


 …力が欲しいか?
 まただ…
 聞こえて来る、誰かの声。
 力が欲しいのなら、くれてやろう…
 いや、いやよ…、いや。
 忘れていた記憶、思い出したくない記憶、触れたくない恐怖。
 それはミヤ自身の中にすくう狂気。
 この地獄のような世界を生きていくのか、この子は?
 そのための力でもある。
 そうだ、この被験者でこそ完成させなければならん!
 誰?、誰?、誰?
 わからない、だがミヤの目に映るのは狂気に取り付かれた老人、老女、白衣の男、女達…
 いやああ!
 取り乱す。
 あたしの中に入ってこないで!
 あたしの心を覗かないで!
 あたしの心を犯さないで!
 泣き叫ぶ、にやりと蔑むシンジが見える。
 どうして、どうして?、どうして…
 嫌!、こんなの思い出させないで!
 せっかく忘れてるのに掘り起こさないで!
 そんな嫌なこともういらないの!
 もうやめて、やめてよ…、シンジ君…
 最後の一言だけが、ミヤの口から漏れていた。


 ふいにシンジは顔を上げた。
 碇君?
 それに気のつく綾波。
「秋月さん?」
 まただ…、この感じ、誰か入って来るような…
 うっと、シンジはまたも吐き気に襲われた。
「…どうかしたのかい?」
 涙目で、加持を見上げるシンジ。
「加持さん、もっと急げないんですか?」
 シンジの切羽詰まった言いようにも、加持は肩をすくめて謝るしかなかった。
「だめだな、これ以上とばせば君達を振り落としてしまうかもしれない…」
「だけどこのままじゃ、潮に流されて岸にはたどり着けませんよ」
 それは加持も抱いていた懸念だった。
「…しかしなぁ」
「声が…、聞こえたんです」
「声?」
 ミヤの悲鳴はメイの歌によってもかき消せないほど、強く、そして消え入りそうなものだった。
「行きます」
 立ち上がろうとするシンジ。
「行くって、どうやって?、ここはまだ海の上だぞ?」
「だけどこのままじゃ…」
 焦り、光の海を見やる。
 暗闇の中、空には半月。
 陸の方には新オペラハウスの光が、星々よりも密集して瞬いていた。
「苦しんでるんだ…、この苦しみ、この気持ちの悪さ、ようやくわかったんだ、これは…」
 ミヤの心の奥底に淀み溜まっている暗い思念の渦。
 ともすれば、ミヤ自身を飲み込み、否定してしまいそうな程悲しい想い…
 泣いている子供達の声。
 断末魔の悲鳴。
 声、声、声?
 レイやカヲルを苦しめたことのある、仲間の死に際の「声」
 頭が…、割れそうだ…
 ミヤが…、レイが、カヲルが抱えているものの一端を垣間見る。
 秋月…、さん…
 シンジはようやく、その一言を絞り出せた。
 声は鋭い光となって、ミヤの心を貫いていた。






「ダメか?」
 油断無く構えているヨウコ、だがミヤは寒気を覚えているのか?、自身の体を抱き込んだままで動こうとはしていない。
 天井を見上げるように立ち尽くし、顔を上げている。
 その額から流れ落ちていく汗。
「…やっぱり血が古くなっちゃってたかな?」
 あちゃーと、ツバサは舌を出した。
「なに?」
「保存バッグに入れないで持ち歩いてたから…」
「しかしでなければ、ここには無かった」
「まあ、そうなんだけどね?、え?」
 ミヤがビクリと一度、体を大きく震わせた。
 シンジ、くん?
 少年の優しい微笑みが思い浮かぶ。
 …違う、あなた、誰?
 一番暖かな思い出がフラッシュする。
 生きてりゃ、一度ぐらいは笑えるさ…
 甲斐さん?
 ミヤの中が、一瞬で暖かな光に満たされていった。


「…ラー、ラーラーラーー」
 ミヤの口からメイと同じメロディーが流れ始める。
「これは…」
 ヨウコは目を細めた。
「メイの力、何故?」
「…学習してるんだ!」
 ツバサは思い出していた。
 シンジがかつて、一度見ただけでミズホの力を真似て見せたことを。
「凄く温かい、凄くよく聞こえる、凄い声だ!」
 拳を握り締めるツバサ。
「しかし、それでもまだ…」
 メイの歌を中和しているに過ぎない。
「じゃ、今度こそ僕の出番なんだね?」
 ツバサは瞳をキラキラと輝かせて前に出た。
 バキィ!
 が、やはり動けなくなった。
「なんだ、あれ?」
 キョトンと観客席に気を取られてしまっていた。
 ゴッ!、バキ!、ボグ!
 隣の人を殴り、前の男を蹴りつけ、後ろの人間と罵り合う。
「メイのコントロールが切れたな?」
 完璧なコントロールから解かれた人達が、突如落とされた不安定な精神状態に錯乱して、殴り合いを始めたのだ。
「…会場の中と外、下手をすれば数万から数十万の暴徒か…、いや、この放送を見ている全世界ではどうだ?」
「…どうしてそう不安をあおる様な事を言うのさ?」
 ツバサは思いっきり嫌そうに顔をしかめた。
 その辺りのことを聞き出したいんだけど、絶対答えてくれないだろうな…
 冷や汗を流しながら、ツバサはツバサの仕事に取り掛かっていくのだった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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