Episode:31 Take3



「始まった」
 京都大学。
 その北側に面した門前横の石垣に、一人の少年が背もたれていた。
 氷河のような白い肌に、申し訳程度の暖かみを備え、赤い瞳がその手に持つビデオウォークマンに向けられている。
 わずか5インチばかりの液晶ディスプレイに映されているのは、シドニーからの中継だった。
 蹴倒されたカメラからの映像。
 逃げ惑う群集の悲鳴。
 その中に、カヲルは想い人の声を聞き分けていた。
 雑音に紛れてしまうようなか細い歌が力強さを増す。
 シドニーからの中継には、世界中がパニックに陥っていた。
 しかし放映を止めるものはいない、受信局側も、ニュース番組に交えて流し続けていた。


「な、なんですかぁ?、これはぁ…」
 ミズホはおろおろと慌てていた。
 アスカはギュッと唇を噛んで、強く拳を握り締めている。
「あ、アスカさぁん」
 ミズホの言葉も耳に入らず、アスカはじっと機内備え付けのテレビに見入っていた。
 シドニー復興10周年記念祭の生中継、だが写す者のいないカメラは、ただ右往左往する群集を撮っているにすぎない。
「黙って…」
 アスカはじっと、カメラでは無くスピーカーに耳を傾けていた。
「…歌ってる」
「ふえ?」
 ミズホは画面を注視した。
 カメラは斜めになっているらしく、とても見づらい。
 その角度に合わせて、首を斜めにするミズホ。
 人々の無秩序な動きが、ボケた絵ばかりを作り出していた。
 その向こうに大事な少年を見つける。
「し、シンジ様!?」
 ミズホの場合、見つけた後は早かった。
 可聴領域がシンジの声に合わせてチューニングされた。
「シンジ様ですぅ!」
「わかってるわよ!」
「歌ってますぅ!」
「わかってるってば!」
「それにこの歌…」
 アスカの腕に噛り付く。
「突撃ラブハート、シンジ様バージョンですぅ!」
 ミズホはアスカを揺すりまくって興奮していた。






 そしてわずかばかりだが、新オペラハウス内にもシンジの歌を聞いている一握りの人達がいた。
 放送用ブース、第三新東京TV。
(さあ! 突き抜けようよ、夢で見た夜明けへ…、まだぁまだ遠いけど…)
 付けていたヘッドフォンから、シンジの歌が流れてきている。
「ん…」
 歌に引きずられるように、リズムが眠気を打ち払う。
「一体、なにが…」
 酷い頭痛、それを振り払うように頭を振る。
 タタキは起き上がると、その惨状に眉をしかめた。


(ねえ? どうにかなるのぉさ、愛があればいつだぁって…)
 同じように、その歌を耳にしている少年がいた。
「まったく、抜けてる奴だよな…」
 スイッチをつまはじき、オートコントロールの集音マイクをシンジへと集中させる。
「いくら声を出しても、限界があることに気付きもしない…」
 ボリュームコントロールをいじる、ついでに音色も。
「なぜ俺が、あいつの手助けなんかを…」
 口を尖らせる、アラシだ。
(僕の歌を聞けば…、簡単なことさ…、2つの心を繋ぎ合わせるぅ、なんて!)
 う…
 うめき声が聞こえた。
 倒れていたスタッフ達も、室内のスピーカーから流れる音に目を覚ましたらしい。
「…潮時だな」
 そっと部屋から抜け出す。
 バタン。
 閉じた戸に、アラシはもたれ掛かった。
 真上の灯を眩しげに見つめる。
「でも…、これで良いんだよな?、ミヤ」
 アラシもミヤの想いに触れていた。
 どれだけ、幾人の女性を相手にしても満たされなかったもの。
 それが赤毛の少女の面影を追うだけで満足できる。
「ま、こういう性分だけど」
 その影を振り払うように歩き出す。
「でも、結構おもしろいやつかもな」
 碇、シンジか…
 アラシはそのままホールから姿を消した。


(君の胸にもラブハート、まっすぐ受け止めて、ディスティニー…)
 ぽかんと口を開けている人達がいる。
 呆れているのかもしれないし、聞き惚れているのかもしれない。
 雨のようなスプリンクラー。
 シンジのギターは勢いを増す。
 誰が聞いていようとかまわない…
 そうだね?
 誰も聞いてくれてなくてもかまわない…
 そうだね?
 秋月さん、聞こえてるよね?
 うん…
「聞いてるよ」
 ミヤの唇が小さく動いた。
 指がリズムを刻んでいる。
 ゲホ…
 ミヤはいきなり横を向いて血を吐き出した。
 無理をして飲んだ、シンジの古い血だ。
 ゲホ、ゴホ、ゲホ…
 食当たりなんて、みっともない…
 血も古くなれば、その中に納められている情報は崩れていく。
 シンジから受け取った血が、古い血と「食い合わせ」を起こしていたのだ。
 だがそれも消えた。
 シンジの力、驚異的な回復力が、ミヤの体に作用している。
「シンジ君、ギター巧いね…」
 巧くなった、と言う方が正しい。
 シンジもジオフロントでレイを助けて以来、ひたすら練習を重ねていた。
 それでも「聞ける」と言う程度のものにすぎない、耳の肥えた人間には、その技巧の稚拙さが気に障る。
 だが。
 誰もやめさせようとはしなかった。
 シンジの歌が普通ではないからだ。
 レイ?
 ミヤはレイのしていることに気がついた。
 歌ってるの?
 綾波?、違う、レイだ…、ううん、二人ともそこにいるの?
 シンジも後押しされていることを感じていた。
 口から音は出していない、だがシンジと同じように口ずさんでいる。
 歌を。
 力が重なっている。
 それがシンジの歌と、ミヤから受け取った心を皆に伝えている。
 だけど、これだけじゃ…
 焦るミヤ。
 シンジはまだ本当の力を引き出せていない。
「僕の歌を聞いて、力を出して、最後まで、諦めちゃいけー、ないよ!」
「「明日を駆けるラブハート、真っ赤な軌跡を描きーぃ…」」
 秋月さん?
 苦しげながらも起き上がろうとする。
 上半身を起こし、膝を立てる。
 だがそこで力尽きてしまう、それでもハモることはやめない。
 もう一度!
 シンジとシンクロしようとする。
「夜空を駆けるラブハート、燃える想いをのせて」」
 歌はくり返しに戻る。
 だが焦るミヤの心は通じない、シンジと共感することはない。
「「「君の胸にもラブハート、まっすぐ受け止めて、ディスティニー…」」」
 綾波、レイ!?
 シンジが驚く。
「「「何億光年の彼方へも、突撃ラブハート!」」」
 レイが最後に声を出した。
 例えば、優しくすること?
 加持との会話が蘇る。
 みんなに、優しく…
 だから聞いてもらわなくちゃならない!
 シンジの瞳が輝き始める。
 熱い!
 ミヤは胸を押さえた。
 なんて熱いの!
 シンクロしようとしたはずが、逆に心を流し込まれてしまう。
 もっと、もっと早く、もっと凄く、もっと巧く!
 シンジの手が加速する。
 弾く弦が、異様なビートを奏ではじめる。
 16/32/64…、いつかの日の一度だけできた弾き方をもう一度!
 シンジの手がぶれるように見える、金色の光が残像を残す。
「スプリンクラーは止められんのか!」
 スタッフを叱咤する男がいる。
「この素晴らしいビートを…」
 邪魔されるとは!
 うずうずと肩が、体が、足が動き出す。
 皆がシンジの歌に引き込まれていく。
 行け…
 行くんだ…
 行くのよ…
 行きましょう…
 行って…
 行くのだ…
 みんなの声がする。
 すごぉい…
 ミヤの体も、疲れを忘れて動き出す。
 シンジ君って、やっぱりすごぉい…
 行くよ…
 シンジの「声」に頷くレイとミヤ。
「GO!」
「「「戦い続ける空に、オーロラが降りて来る…」」」






 バォン!
 そしてここにも、シンジたちの歌を聞いている男がいた。
 レモンイエローのフィアットが跳ねる。
 そのカーラジオから流れるシンジたちの声。
「まったく」
 暴れるハンドルを押さえ付けながら苦笑してしまう。
「こっちの心配なんかお構いなしなんだからな…」
 車が振れる度に尻尾髪も揺れる、加持だ。
「そこを左だ」
「見えてるよ」
 助手席のテンマに答える。
 合流する二つの道路、目前に黒い車が走っていた。
「ここからは大人の仕事だ」
 加持はダッシュボードの中を探ると、タバコを見付けて取り出した。
「火、あるかい?」
 聞きながらも、器用に片手で一本取り出し、咥える。
 テンマは無言で、車のラジオの下を指差した。
「こいつで点けると、あまり旨くないんだがな…」
 加持はすっかり、相手が嫌煙家であるかどうか、尋ねるのを忘れていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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