Episode:32 Sequence01



 赤い目をした少年が、優しく体を包み込んでくれている。
「楽しいことを、見つけられるかい?」
「きっと…」
 くすんだ黒髪がうらめしい。
 ちっとも彼とはつり合わない。
「好きなものは、見つかりそうかい?」
「たぶん…」
 薫は彼と抱きあっていた。
 彼女だけの王子様、その胸に顔を埋めるように、喜びにうち奮えていた。
「帰ろう、薫…、ぼく達は、いつでも会えるから」 いつかした約束。
 でも、彼女はそれを思い出すことができないでいた。

GenesisQ’+32
「もしかしてヴァンプ」

 フィーーーン…
 電車が走る、と言ってもリニアトレインだ、ジャイアントシェイク以前のように、振動に苛だたさられるようなことなどない。
「そろそ起こした方がいいんじゃない?」
「え〜〜〜?、また寝てるのぉ?」
 だが女子中学生の集団が、それ以上の騒音を巻き散らしていた。
「もう、薫ぅ起きなさいよぉ、目が腐っちゃうわよ?」
 乱暴に揺り起こす友人。
「ん…」
 頭から被っていた上着の下で、寝ぼけ眼が開かれた。
 薫はまだ頭がはっきりしていないのか?、夢での会話が紡がれる。
「ぼく達はいつでも会えるから…、とても奇麗な声であたしに言ってくれた…」
「は?」
「あ〜、おふぁよぉ和ちゃん、もう朝なの?、早いねぇ…」
「何寝ぼけてんのよ」
 ガスッと和子は薫を蹴った。
「いったぁい、もぉ!、何するのよぉ」
「それはこっちのセリフ!、これだから学年ダブるのよ、あんたは」
 それは関係無いのにぃっと、薫は涙声で訴えた。
「はいはい、どうせまた「王子様ぁ!」でしょお?」
「え〜?、なにそれ!?」
 耳ざとく、普段付き合いの無い子まで混ざって来る。
「もう!、茶化さないでよぉ!!」
 片手を上げてぷんと怒る。
 髪も肌も健康そのもの、艶も取り戻し、今までの闘病生活が嘘のような感じであった。


 もうダメなんですか?、あの子…
 奥さん落ちついて…
 良江…
 どこへ行っても見放されて、治る見込みが無いと言われて、せめて苦しまなくてすむようここに来たんです!
 外の廊下では、激しく罵る母の声がしていた。
 お母さん、先生は悪くないよ…
 ごめんね、と泣きたくなって来る。
 でも、あの人に逢えたから…
 笑うことができるようになったの。
 ありがとう…
 薫が覚えていたのはそれだけだった。


「あの時、誰か助けてって…、ぼんやりしてたけど、確かに誰かがあたしを抱きしめてくれたの…」
 そして囁いてくれた。
「僕が助けるものって…」
「はいはいはい」
 自分の世界に入り込んで、おのろけ話を展開している薫を見捨てにかかる。
「あーん!、もうちゃんと聞いてよぉ!!」
「それで今の薫があるのは、その人のおかげだって言うんでしょ?」
 うんうんと頷く薫。
「そのくせ恩人さんのこと、なんにも覚えてないって言うんだから…」
「誰だか分かってるもん、ほら!」
 薫はパスケースを開いて見せた。
「げっ、これって先輩じゃない?」
「うん!、碇シンジ先輩!、あの時おなじ病室だったの」
「…でも、目、赤くないわよ?」
 うっと、薫は返事につまった。
「…それに覚えてないって、やっぱ勘違いなんじゃないの?」
「だって他にそれらしい人いないしぃ」
「ひっどい話ぃ、それにあの人、女ったらしって有名じゃない」
 がおーっと、和子は薫に襲いかかった。
「ちょっと和ちゃん!」
「あんたみたいなトロイの、こんな風に食べられちゃうんだから!」
「あ、ちょっとやだ、ん、は…」
 男子生徒が赤い顔で覗こうとしている。
 スパパパパアパン!
 丸めた修学旅行のしおりが、もちろん薫達も含めてその頭を叩いていった。
「いい加減にしなさい」
 ぴくぴくと口元が引きつっている。
 なんとか怒りを押さえ込もうとしているのだろうが、それが逆に恐かった。
「あ、赤木先生…」
「あ、ほら、小皺が増えますよ?」
「ちょっと和ちゃん…」
 スパン!
「余計なお世話です!」
 リツコはずかずかと自分の席に戻っていった。
 まったく!、ミサトったら自分のクラスの生徒をほっぽり出して…
 どう責任を取らせるべきか、リツコは暇をぬっては計画していた。
「ほらもう、怒られちゃったじゃない…」
「でもここはほら、やっぱり「大人」の薫さんがたしなめていれば、さ?」
「ぷーんだ、どうせ精神年齢は子供ですよぉだ」
「そして同窓会では、一足先に三十路に入ると」
 ビシィ…
 どこかで何かが、強烈な圧力にへし折れるような、そんな音が車内に響いた。






 初日、京都、祇園。
「薫ぅ、どこに行くぅ?」
 今日は宿に荷物を放り込むだけである。
 薫達は6人部屋で荷物の整理をしていた。
 後の時間は自由行動になっていた、原則的に班別行動、大半は川を挟んだ向こう側にある、四条河原街付近へお土産の買い出しへ向かっていた。
「ごめぇん、行くとこあるのぉ」
「なに、男か!」
 ごん!
「どうしてそうなるのよ!、…当ってるけど」
「だったら湯呑み投げ付けないでよぉ…」
 和子は額を押さえてしゃがみこんだ。
「でもやっぱ進んでるのねぇ?、一つ歳が違うだけで…」
 そんなやっかみの声が聞こえたが、薫は気になどしなかった。
「じゃ、後はよろしくね?、和ちゃん」
 まかしとけぇっと力こぶ。
 和子がどたばたと暴れ出すのを待ってから、薫は宿を抜け出していった。


 和子との出会いは…
 バスに揺られながら思い返す。
 そう、はじめっから失礼な奴だったのよね。
 クスリと、つい思い出し笑いをしてしまっていた。
「病弱、ついに長きに渡る闘病生活から脱した薄幸の美少女!、これは売れるわ!」
 飛び込んで来たのは…和子だった。
「ねえ!、あなた転校生知らない?、色白で線が細くて髪がさらさらで目がぱっちりしてるの」
「…さあ?」
 薫はすぐに読書に戻った。
 病院生活の癖が抜け切らず、未だに本ばかり読んでいた。
 窓際の席、小さな小説にだけ暖かな太陽の陽射しが当たっている。
「へえ…」
 和子は何気に薫を写した。
「なに?」
 シャッター音が気になってしまう。
「ううん?、絵になるなぁと思って」
 和子は薫の前の席に座った。
「そう言えば見かけないね?、クラス間違ってない?」
「…今日、転校して来たの」
 年齢が一つ上と言うこともあってか、皆遠巻きに薫のことを眺めていた。
「うそぉ!」
 思った通りの反応に、この人もみんなと同じかと落胆してしまう。
 だが本当の所は違っていた。
「この餅肌、整ったキューティクル、体は…ちょっと発展途上だけどなかなかのもの、あんたなんかが病弱であるはず無いわ!、パチもんね!」
 和子は椅子の上に立って、びしっと薫に指を突きつけた。
 片足は薫の机に乗っている。
「パチもんって…」
「じゃなかったら、バッタもん!、ほら!、なんとか反論してみなさいよ」
 薫は静かに本を閉じた。
「…見えてる」
「え?、うわ、きゃあ!」
 慌ててスカートを押さえようとしたのがいけなかったのか、和子は派手にひっくり返った。
「いてててて…、このあたしを手玉に取るとは、あなたただ者じゃないわね?」
 それが和子との友情の始まりであった。


「と言うことにしておいた方が幸せよね?」
 独り言が口をついて出てしまう。
 薫は慌てたように周囲を見回した。
「…よかった誰も聞いてないみたい」
 バスは混んでない、ちらほらと席に座っているだけだ。
 あれ?
 その中の一人が、薫の何かにピンと触れた。
 誰?
 後部の席だ。
 銀に近い白髪。
 頬杖をつき、窓の外の景色を楽しんでいた。
 向こうも薫の視線に気がついたようだ。
 瞳だけが動いて、薫の目線とぶつかった。
 ニコ…
 微笑みを浮かべる、学生服姿の少年。
 薫は赤くなって、前に向き直った。
 手を膝の上に揃えて、恥ずかしさを我慢する。
 うっわー、奇麗な人ぉ…
 でもどこかで見たような気がしている。
 あんな男の人もいるんだぁ…
 ちょっとだけ憧れて、薫はもう一度盗み見た。
 彼は気にしていないのか、また窓の外を眺めに戻っていた。
 …赤い瞳?
 痛!
 薫のこめかみに頭痛が走った。
 なにこれ、なんなの?
 誰かが覚えていてあげないといけないのなら、僕が覚えていてあげるよ…
 それは大事な約束だったはず。
 ううん、違う、だって約束したのは…
 したのは?
 優しく見つめる、赤い瞳。
 運命?
 薫はブンブンと首を振って否定した。
「やだ、やっぱ少女小説読み過ぎなのかな?」
 顔を上げる、ちょうどバスが停まる所だった。
 バスは、京都大学前に到着していた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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