Episode:32 Sequence3



「奇麗な建物ですね?」
 学校は休みだというのに制服で、山岸マユミは微笑みを向けた。
「ああ…、だが何度も建て直しているからね、それに元の建築方法も消失してしまって、今では形ばかりが残っているんだよ」
 冬月の説明に、マユミは残念そうに眺め直した。
 金閣寺。
「ジャイアントシェイクでね、崩壊、文献の遺失、職人さんも死に、こうして外見だけでも元どおりになったのが奇跡に近いぐらいなんだ」
 冬月は寂しそうに語り続けた。
「退屈かね?」
「いえ、楽しいです」
「そうか…」
 まだ学生相手に講義をしている方がマシだな。
 冬月は次へと道を歩み始めた。
「君はどうかね?」
「落ち着きませんね、どうも」
「ほう?」
 カヲルの返事に、冬月は意外そうに声を上げた。
「君がそのようなことを言うとはね…」
「周りが騒がしいですから」
 なるほど、と思う。
 修学旅行生が騒がしく移動していた、もちろん全国から様々な制服の少年少女達が集まっている。
「今も昔も変わらずの観光地か…」
 落ち着きの無さには、確かに辟易してしまう物がある。
「変わってないんですか?」
「変わってしまったな」
 マユミの問いかけに、冬月の目は遠くを見てしまっていた。
「人の手も入ったし、近代化も進んだ、わたしも若い頃は市内に住んでいてね…」
 長くなりそうだな…
 好奇心からだろうか?、カヲルは視線を感じていた。
 女性からのものが多い、ごくまれに「地元の人かしら?」と言う囁きも耳に入ってしまっていた。
「あら、冬月先生」
 聞きなれた声に我に返る冬月。
 いないはずの人間を見付けて、お互い同じ目をしてしまっている。
「赤木君かね、どうしたんだねこんなところで」
「それはこちらの台詞ですわ」
 カヲルは軽く会釈した。
 つられてマユミも頭を下げる。
「あら、あなたは…、お稚児さんですか?」
「たちの悪い冗談はやめてくれんかね」
 後ろに手を組んで威厳を保つ。
「山岸マユミ君だ、彼の恋人だよ」
「本当?」
 意外そうに尋ねるリツコ。
「違いますよ、僕が興味があるのはシンジ君だけですから」
「あまりそう言う振り方をするものではなくてよ?」
 ね?っと、リツコはマユミに振った。
「え?、あの、困ります」
「あら?、どうしてかしら」
「だって、ホントのことだし、あたし好きな人いますから」
 近ごろの子って、みんなこうなのかしらね?
 リツコはからかうのをやめて冬月に顔を向けた。
「で、君は何をしに来ているのかね?」
「修学旅行の引率ですわ、まったく、ミサトったらどこほっつき歩いてるのかしら?」
 人差し指を眉間に当てる。
「こんな時に仮病だなんて…」
「まああまりいじめないでやってくれ、彼女にも色々と都合があるのだろうしな?」
「…わかりました」
 リツコは冬月が含んだ言外の言葉を汲み取った。


「あ、あれ赤木先生じゃん」
「あのおじさん、知り合いかなぁ?」
 呑気に二人は歩いていた。
「でも不運よねぇ?、今年はミサト先生が担任だったから、きっと面白いことになると思ってたのに…」
「例えば2〜3人忘れて帰ったりとか?」
「去年、碇先輩なんて、他校の女の子を三人連れて帰って来たらしいけど」
 デマである。
「う、ありそうでヤだな…」
「薫ってば、横恋慕の身分で図々しいんだから…」
 ねえちょっとあれ…っと袖を引っ張る。
「なに?」
「あれてば、もしかして渚先輩じゃない?」
 え?…
 リツコと井戸端会議を開いている三人組。
 その面々に、薫は確かに見覚えがあった。
「うん、みたい…」
「みたいじゃないってば、行こう!」
「え?、どうして…」
「サイン貰えば売れるでしょうが!」
 握手してもらえれば、間接握手で一回百円!
 その感覚だけにはついていけないと、薫はため息をついてしまった。


「せーんせ」
「あらあなたたち」
 やっぱり…、と薫は思った。
 カヲルが必ず一回は、自分に向かって微笑んでくれているからだった。
「ん?、ん?、んー?」
 薫とカヲルを交互に見やる和子。
「なに見つめ合ってるの?」
 あっと、急に薫は赤くなった。
「あ、あの、ごめんなさい…」
「すみませんねぇ、この子体が弱かったから、ぼうっとすること多いんですよ、ま、大半は天然だけど」
「和ちゃん!」
 薫はカヲルがクスクスと笑っているので、更に赤くなってうつむいた。
「君は元気がいいね」
「はい、無駄に明るくて」
「病気はもういいのかい?」
「そうなんですよ、後遺症が頭に残って、ものすごい天然ボケに」
「こら」
 薫は和子の襟首を引っ張った。
「余計なこと言わないでよ!」
「だって照れてるみたいだからぁ!」
 カヲルは目に優しさを湛えた。
「…その様子だと、本当に良いみたいだね?」
「あ、その…」
「昨日、病院に行っていたから、気になっていたのさ」
「そう、ですか…」
 言葉と同時に、何故?、と言う想いが膨らんで来ていた。
 何故、そんなに気にかけてくれているのかと…
「学校は、楽しいかい?」
 え?
 薫は反射的に頷いた。
「勉強はしてるのかい?」
「はあ…」
「本は?」
「たくさん読んでます」
 あれ?
 薫は何かのデジャヴを覚えた。
 前にもこんな会話、確か…
 時計を確認している冬月。
「いかんな、わたしはこれから小用があるので、そろそろ失礼させてもらうよ」
「そうですか、こちらも引率中ですから、仕方がありませんわね」
 リツコは二人に向き直ると、早くみんなの元へ戻るよう促した。
「ほらほら、早くなさい、時間よ?」
「え〜、せ、せめてサインだけでも…」
「ダメよ、わたしはあなたのアルバイトを許すほど寛大じゃないの」
 だからミサト先生が良かったのにぃ〜っと、和子は涙目で訴えた。
「じゃ、僕たちも行こうか?、動物園が待ってる」
「はい」
 カヲルはマユミと共にその場を去ろうとした、だがすぐ思い出したように振り向き、薫に一声かけていく。
「ナカザキさん、君が元気になって良かったよ」
 え!?
 どうしてあたしの名字を!?
 薫は一瞬混乱した。
 カヲルは優しい笑みを残して行ってしまう。
 やっぱり、知ってる。
 あの笑みを。
 あの瞳を。
 あたし、知ってる…
 薫は遠ざかる背中に向かって呟いていた。
「あなたは一体、誰なんですか?」
 と…






「なんだ、昨日の今日なのに、もう退院できちゃうわけ?」
 薫はあきれた目つきで父を見ていた。
「薫が来てくれるのが遅かったんだよぉ!」
 泣き付く父に呆れ返る。
「もう!、どうしてパパもママもそう甘えたがりなの?」
「…薫が甘えてくれなかったからね」
 父はふいに、寂しい笑みを浮かべていた。
「パパ…」
「気がつけば心配ばかりしていたような気がする…、だから今は安心してるんだよ」
「うん」
 薫は珍しく、自分から父の体に抱きついていた。


「修学旅行は明日で終わりなのかい?」
 父の言葉に頷く薫。
「そうか、寂しくなるなぁ…」
「明日は奈良、それで帰るの」
 二人は退院手続きを行っていた。
 あ、まただ…
 薫は待合室に、カヲルの姿を見つけていた。
 隣にマユミが腰掛けている、大人しく膝の上で両手を揃えて。
 あの子と付き合っているのかなぁ?
 ふいに浮かんだ考えを、薫は頭を振って追い払った。
 良いの!、あたしには碇君がいるもん!
 そこらのファンと大差無い、父親もカヲルに気がついたようだ。
「ああ、彼は…」
 カヲルも軽く頭を下げた。
「カヲル君…、だったね?」
「ええ!?、どうしてパパが知ってるの?」
 薫は驚き、かなり大きな声を上げてしまった。
「知ってるも何も、薫がパパに教えてくれたんだよ、この子がカヲル君だよって…」
 笑顔をひそめ、彼は娘の顔を覗き込んだ。
「…本当に忘れてしまっているんだね?」
「ごめんなさい」
「いいよ」
 父は明るく元気づけた。
「生きていてくれただけでも儲けものだ」
 そしてまた頭を撫でる、今日は強めに。
「しかし残念だね?、病気が治る数日間のことだけ忘れてしまっているなんて」
「え?」
「薫はね?、…会っているんだよ、カヲル君に」
「うそ!」
「本当さ、ママが話してたよ、カヲル君に会ったの、お話ししたのってはしゃいでたって」
「うそ…」
 薫は驚愕に声を打ち震わせた。
「うそ…」
「薫はね?、カヲル君のファンだったんだよ、写真集だって持ってたのに」
 薫は、脅えるようにカヲルを見た。
 カヲルはやはり、はにかむように薫に笑みを向けていた。







[BACK][TOP][NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q