Episode:33 Sequence2



「元気な人ですね?」
 マユミは彼女達と別れると、開口一番感想を漏らした。
「明るくなったとは思うよ?」
 シンジのように、カヲルは言う。
「生きる望みを失っていたんだ…、死ぬことは恐くない、それよりも忘れ去られてしまうことの方が恐い…、彼女は僕にそれを教えてくれた」
 何のことだろうと、理解に苦しむマユミ。
「だから僕は忘れない…、たとえ彼女が忘れたとしても、僕だけは彼女のことを忘れない」
 その確認のために、僕はここへ来た。
 そんな「声」が、マユミは聞こえたような気がしていた。






「で?、どうだったのよ…」
「なにが?」
 薫は和子のしつこさにうんざりしてしまっていた。
「キスよ、キス、愛しの王子様との接吻よ!、レモンの味がした?」
「バカ…」
 薫は恥ずかし過ぎてうつむいてしまった。
「くー!、この!!、一人前に女の子しちゃって」
「和ちゃんがおっさん臭いだけじゃない」
「にゃにおう!」
 ドン!
 和子はふざけるあまり、真正面から歩いて来た男にぶつかってしまった。
「あ、すみません…」
「いや、謝るのはこちらですから」
 この暑い中でスーツにコート。
 それだけでも怪しいのに、全身真っ黒で、頭にも黒い帽子を被っていた。
 目には小さな丸い眼鏡だ、彼は帽子を取ると、いんぎんに頭を下げた。
「あ、あの…、ふざけてたのはこっちですし」
 これにはさすがの和子も面食らってしまった。
 腰の低い…、きっと会社では窓際なんだろうなぁ…
 同情心が顔に出る。
「いえいえ、あ、順序が違いましたね?」
 帽子を被り直し、彼は不吉な笑みを浮かべた。
「謝ったのは、これからこの子を預からせていただこうと思ったからです」
「え!?」
 横を見ると、薫が居なくなっていた。
「ええ!?」
 男を見る…が、もう既に姿が消えてしまっていた。
「えええ!?」
 和子には、事態が全く飲み込めていなかった。






 もう移動の時間である、リツコは和子に詰め寄られ、信じがたい話を聞いていた。
「ちょっとこっちに来なさい」
 慌てる和子を連れ去るリツコ。
「薫さんが誘拐されたですって?」
 人目をはばかるリツコ。
「そう何度も言ってるじゃないですか!」
 ちなみに和子の説明はこうだった。
 黒服の男がぶつかって来て、あ、こりゃ当たり屋だな、きっと慰謝料請求されてあたしはそれが払えずに香港かマカオに売り飛ばされてしまうのよ!、ああ、この美貌が罪なのね?なんて思っちゃうような妖しい黒服の男が…
 以下省略。
「あなたの心理描写はいらないのよ…、それで、心当たりは?」
「そんなの!、あ、薫ん家借金いっぱいあるから、きっと回収に手間取ってるヤクザが「でっへっへ、体で返してもらおうか?、なんて…」
「それはないわね」
 この子の情報、当てになるのかしら?
 リツコは考え込んでしまった。
 警察に通報するべきだけど…
 迷う、が、人命第一である。
 リツコは携帯を取り出した。
「ちょっと待ってください」
 それを赤い目の少年が制する。
「あなたは…、どうしてここに?」
 カヲルとマユミだ、周囲には気を配っていたはずなのに、二人はリツコのそれに引っ掛からないで近づいていた。
 侮れないわね…
 認識を改めるリツコ。
「薫ちゃんとはちょっとした友達でね?」
 リツコは薫とカヲルの関係を知らない。
「前からの?」
「はい、彼女が入院していた時から…」
 リツコははっとしてカヲルを見た。
「まさか…」
 あなたがらみなの?
 その目がそう語ってしまっている。
 カヲルは深く頷いた。
「僕が必ず連れ戻します、ですから赤木先生は…」
「そうはいかないわ」
 強い口調でセリフを遮る。
「わたしにはクラス全員を預かっている責任があるのよ?」
「頼みます、先生」
 カヲルは珍しく頭を下げた。
「あなた…」
 その行為に驚くリツコ。
「やめなさい!、あなたがそんなことをするなんて…」
 そこまでさせてしまう何かが、ナカザキ薫にはあると言うの?
 リツコの中で、激しい動揺が走る。
「理由は後で必ず話します、ですからあなたは他の生徒たちと先に…」
「…わかったわ」
 リツコは折れた。
「その代わり必ず無事に連れ戻してちょうだい、良いわね?」
「わかりました、赤木先生」
 カヲルははにかむように笑い、リツコと和子を安心させた。






「さあ行こう、おいで山岸さん…」
 カヲルはマユミを誘うように、公園を中心に向かって歩き出した。
「あの…、渚くん」
「良いかい?、これから起こることを覚えておくのも、忘れてしまうのもそれは君の自由だ」
 カヲルは別段急ぐこともなく、優雅な足取りで進んでいく。
「だけど忘れないで欲しい…、これからもこのようなことが起こるかもしれない不安を、そしてそれを乗り越える勇気を…」
 幾つかの小道が交差しようと集まって来る。
「君はもう、一人で歩くための術を身につけているのだから…」
 公園の中心に男は居た。
 ベンチが幾つか置かれている、その一つに寝かされている少女、薫。
「来たね?」
 カヲルは手でマユミにそこで待つよう指示した。
「僕に何か用かい?」
 男は帽子を取って、先と同じように頭を下げた。
「わたしの名は削夜、あざなです本名は捨てました」
 ふざけているのか本気なのか分からない。
「僕に用があるのなら直接言えばいい、違うかい?」
 だがそれはカヲルも同じことだった。
 学生服のズボン、そのポケットに両手を突っ込み、不敵な笑みを見せている。
「ですがただのお人では無いようでしたので…、ああ彼女に危害は加えませんよ、わたしはあなたと話したかった」
 ごくりと喉を鳴らしてしまうマユミ。
 二人の間に冷笑と言う名の刃が飛び交っている。
「あいにくと、僕には井戸端会議をするような趣味は無い…」
「友達…、多くはないのでしょう?」
 ふうっと、カヲルは息をついた。
「…君に必要なのはユーモアだね?」
 カヲルは無造作に歩を進めた。
「薫は返してもらうよ、彼女は修学旅行中だからね?、あまり心配をかけさせるのはまずいんだ」
 不用意にも身構えもせずに歩み寄る。
 カヲルは削夜の真横を通り過ぎて、薫の側に膝をついた。
「どうして、誰もそっとしておいてくれないのかな?」
 悲しげに薫の髪を一房取る。
「僕たちは、ただ静かに暮らしたいだけなのに…」
「ですがその幸せをかき乱されることを好まない方々も、この街には居られると言う話しですよ?」
 ズガァン!
 突如、薫の寝ていたベンチが爆砕した。
「とら!」
 哄笑が鳴り響く。
「ばかやろう!、こんなちんけな奴、さっさとやっちまえばいいんだよ!!」
 地から現われ、天に駆け昇る化け物。
 それは黄金色の、虎に似た巨大な生き物だった。
「わたし達の仕事は殺戮ではないと教えたはずです!」
「人間相手なら守ってやらぁ!、だがそれ以外のものとなると話しは別よ」
 え?っと、削夜はカヲルの姿を探した。
「これがこいつの正体よ!」
 とらと呼ばれた獣の髪が、意思を持ったようにゆらゆらと蠢く。
 次の瞬間、その髪が放電して雷を作り出した。
 ガカッ!
 だがそれは、黄金色の壁によって散らされる。
 結界ですか!?
 散らされた雷が木々を、大地を焼く。
 その余波にあおられながら、削夜はカヲルを見つけていた。
 浮いてる…
 そう、カヲルは空中を飛んでいた。
 とらとほぼ同じ、十メートルほど上空に浮いている。
 その腕には薫を抱えていた。
「京都にはお化けが居るとは聞いていたけど…、まさか本当に居るとは思わなかったよ」
「余裕かましやがって、ワシはな?、お前みたいにすました奴が大嫌いなのさ」
 とらは反転し、一気に駆けおりた。
「なにを…、そうか、山岸さん!」
「え?」
 キョトンとするマユミ。
 その眼前に、とらが一気に迫り来ていた。
「そのいけすかねぇ面、今恐怖で引きつらせてやるぜ!」
 虎は自分の体でも飲み込めそうな程に口を開いた。
 その中に、でたらめに歯が並んでいる。
「きゃあああああああ!」
 マユミは噛み殺されるのかと恐怖で引きつった。
 両腕をクロスさせて、ギュッと強く瞳を閉じる。
「……?」
 だがなにも起こらなかった、ゆっくりと目を開ける。
「あ…」
 目の前に八角形に輝く黄金色の壁があった。
「壁?、いや違う、そうかそういうことか…」
 カヲルは削夜を睨み付けた。
「君の仕業かい?」
 虎の背後に削夜が居る。
「これも人の為せる技ですよ、わたし達は様々の修行の末に、獣を封じるための術も心得ていまして…」
 禁!
「ぎゃあああああああああ!」
 削夜の叫びと共に、とらの体に電流が走った。
 悲鳴を上げて、姿が薄れていく。
「…ん、あ、カヲル、くん?」
「やあ」
 目を覚ました薫に、カヲルは優しく微笑んだ。
「一体、わたし…きゃあ!」
 薫は自分が空中に居ることを知った。
「か、カヲル君、浮いてる、浮いちゃってるよ!」
「飛んでるんだよ、僕がね?」
 カヲルは安心させるように囁いた。
「え?」
 だが薫はその意味が飲み込めずに、キョトンとしてしまうだけだった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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