Episode:33 Sequence5



「行って、お願い…」
 マユミはリツコの腕から逃れるように、彼女とは違う誰かに向かって呟いた。
「あなた、何を言って…」
 不審がるリツコ。
「あたしは、あたしが誰なのかを思い出したから、もういいの、お願い…」
 ずるり…
 突然、マユミの頭部の傷口から、黒い染みが沸き出した。
「なっ!?」
「…んですか、これは!?」
 驚きに絶句してしまうリツコと削夜。
 染みはマユミの背を這うように垂れ、地面に吸い込まれて消えていく。
 黒いもの、それが抜け出て行くのに合わせて、マユミの体がやせ衰えた。
 頬もごっそりとこけてしまっている。
「あなた、一体?」
 マユミはただにっこりと頷いた。
 削夜は神妙な面持ちで居る。
「…人とはおかしなものですね、時には化生よりも不可思議なものを産み出している」
「まったく…」
 マユミは難しい話を聞きながら、お腹すいちゃった…と考えていた。






「薫!」
 さしものカヲルも焦ってしまった。
 間に合わない!
 高笑いと共にとらの髪が背後の薫に伸びる。
 左右から、空から、地面の下から。
 とらが立ちふさがっていて、カヲルには薫が良く見えない。
 串刺しにされてしまう!
 だがそうはならなかった、薫が驚くべき行動に出たからだ。
「カヲル君!」
 薫は一直線にカヲルに向かって…、つまりとらに向けて駆け出した。
「ちぃっ!」
 それまで薫の居た場所で髪が交錯した。
「だがなぁ!」
 髪は薫を取り囲むようになっているのだ、薫は髪の網に捕らえたも同然だった。
「死にやがれ、食ってやらぁ!」
 さらに背中の髪が一直線に薫に向かう。
「!?」
 とらの髪は弾かれていた。
「んだとぉ!?」
 血流が薫を取り巻いている。
 それがとらの髪を受け流したのだ。
「なに、これ?」
 呆然とする薫。
「間に合ったね?」
 カヲルは会心の笑みを浮かべていた。
「お前…、化け物かよ」
 こんな人間居るはずがねぇ…
 カヲルは塞ぎかけていた傷口を開き、そこから大量の血を飛ばしていた。
 血が生き物のように勢いを増して、球の形を作り薫を守っている。
「化け物って言うなぁ!」
 薫はその中から叫んでいた。
「カヲル君はあんたなんかと違うんだからぁ!」
 薫は靴を脱いで投げ付けた。
「カヲル君の力は、人を助けるためにあるんだからぁ!」
 ぽこんとそれがとらの頭に当たる。
「なんだ?、こいつ…」
 わしが恐くないのか?
 とらは恐怖を超える何かに脅えた。
 薫は知っているし、覚えているし、思い出していた。
 カヲルが包んでくれた時の温かさを。
 優しかったんだから!
「カヲル君は、あたしの大事な…」
 大事な、なに?
 薫は言葉につまってしまった。
「人間ごときがよぉ!」
「ダメだ!」
 とらの髪が放電を始めた。
 すき間はあると言っても、牢獄のような内部での放電は、何ジゴワットの電流に匹敵するか分からない。
「このわしに恐怖なんぞを与えやがってぇ!」
 バリバリバリバリバリ!
 薫はまばゆいばかりの光を見た。
 死ぬの!?
 あたし!
 だがその光が薫に届くまでの間に、地面から染み出した黒いどろどろとしたものが、薫を包み込んでくれていた。






「あきれたわね…」
 心底そう思うリツコの目の前で、マユミは申し訳なさそうにおまんじゅうをパクついていた。
「しかし食べる毎につやが戻ってきますよ、ほら…」
 と言って、削夜はマユミの髪を一房持ち上げた。
「あ、すみません…」
 マユミがもじもじとしたので、削夜は慌てて髪を放した。
「あれが埋めていた細胞の分を取り戻そうとしている、そういうことなのね?」
 そのためのエネルギー補給か。
 リツコはなんとか、納得していた。


「わしの雷を弾きやがった…」
 もうカヲルのことなどどうでも良かった。
 とらはその黒い球体を凝視している。
「あれは…」
 それはカヲルも同じだった。
 あの時の…
 芦の湖で、初めて浩一と戦った時のことを思い返す。
 それはシンジが包まれたのと同じ球体だった。
 その球に亀裂が走る。
 まるで核分裂の始まった卵子のように、縦横に入る亀裂から血を漏らす。
 カヲルの血だった。
「…あ〜、びっくりした」
 薫は呑気に胸をなで下ろした。
「お前ら、一体なにもんだよ…」
「人間さ」
 振り上げた腕に金色の刃が見える。
 カヲルは言葉と共に、とらを縦横に幾つにも切り裂いていた。






「まことに、申し訳なく…」
 駅のホーム、乗り込むトレインは第三新東京行きだ。
「良いですよ、おかげで良い言葉が聞けました…」
 カヲルは、本当に満足そうに頷いた。
「言葉、ですか?」
「ええ…」
 カヲル君の力は、人を助けるためにあるんだから。
「あんな風に思ってくれる人も居るんですね…」
 思いやるように微笑む削夜。
「案外、もっとたくさん居たのかもしれませんよ?」
 カヲルもそうならいいと思っていた。
 今まで出会った人達の中にも、もしかしたらと…
「人に、それを受け入れるだけのゆとりがあれば良いのですが…」
「残念ながら、僕たちにはそれを待つだけの余裕が無いんですよ」
 そうかもしれませんね…
 削夜は頷き、そして薫から聞いた言葉を伝えた。
「あの瞬間、死んでもいいと思ったとか?、君に貰った命ですから、君に返すのも悪くはないと…」
 苦笑してしまう。
 自分にそんな価値があるのかと。
「あなたはきっと、もっとたくさんの人達に幸せを振りまく人だからと…、まあもっとも、あの一瞬に本当にそんな理屈を考えてしまったのかどうかは怪しいって、彼女は笑って話していましたがね?」
 ちょうどそこに発車のベルが鳴る。
「では、わたしはこれで…」
「ええ、とらにもよろしくと言っておいてください」
 ピー!、ガシャン…
 気圧式の扉が閉じられた。
 なんでぇ、気付いてやがったのかよ…
 何処からともなく聞こえてくる声。
 ま、死なねえから化け物だって、教えちまったしな?
 やけ気味の声は、ベルにかき消されて消えてしまった。






「薫?、薫ってば!」
 揺り起こそうとする和子。
「まったくもう!、またどっかに行っちゃったと思ったら、帰って来ても寝てばっかりいるんだから…」
 ぶつくさと不平を漏らす和子に、リツコは優しく声を掛けてやった。
「寝かせておいてあげなさい」
「でも…」
 列車の中だ、一時間程度で第三新東京市に着く。
「この一時、旅行を振り返らないなんてもったいないじゃないですか!、余韻に浸るのがいいのにぃ!」
 それも確かに良いけどね…
 リツコは上着を掛け布団代わりにしている薫を見た。
 幸せそうじゃない?
 とろんとした目元が、何か幸せな夢を見ていると物語っていた。


「もういいのかい?」
 カヲルはマユミの隣に腰掛けると、数秒置いてから問いかけた。
「…はい、まだ混乱はしてますけど、でも、逃げなくてもいいと思うから」
「そうだね…」
 カヲルは優しく微笑んだ。
 君はシンジ君と同じものを持っているから…
 きっと人に優しい人になれると思うよ?、人は辛いことを知っているから、嬉しいことを知っているから、人の喜ぶことがわかるんだから…
 カヲルはマユミの格好を見た。
 傷はもう無い、肌の艶は以前よりも増しているように思える。
 服は着替えていた、第一中学の制服だ、リツコが万が一の時のために用意していた予備の制服らしい。
「…服、買わないとね?」
「はい…、あの?」
 マユミはおどおどと視線を向けた。
「一緒に…、買いに行ってもらえますか?」
 いいよ?
 カヲルはにこやかに答えていた。
 電車は第三新東京市に戻って行く。
 何時間もかからずに、ほんの一時間ばかりの時をかけて…



続く







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