NEON GENESIS EVANGELION

Genesis Q':4B





 翌日。
「うん、うん…、じゃあ」
 シンジはこれから家を出る、と、レイからの電話を受けていた。
 アスカ、ミズホ、レイと三連続、おかげでもう携帯の電池は切れかけていた。
「ふぅ」
 シンジはため息をついてから、窓の外を見た。
 もうお昼近いのに、雪の降り方が凄くて光が入ってこない、吹雪に近かった。
 窓から視線をずらすと、シンジと同じように雪を眺めている少女がいた。
 長い黒髪、歳はそうかわらないだろう、シンジはミズホと見比べてしまった。
 …艶がないんだ。
 荒れていた、さらっとしてない、どこか不健康で…、でも可愛くないわけじゃない。
 それは彼女の何かを想う様に見とれてしまったからかもしれない。
 アスカや、レイや、ミズホが時折見せる、何かを慕い、そして悩む、そう、乙女の姿そのものだったからだ。
「…はい?」
 その娘はシンジの視線に気がつくと、振り返り不思議そうに首を傾げた。
「あ、ご、ごめんなさい」
 シンジは気恥ずかしくなって、赤くなる。
「雪…、好きなのかなぁって思って」
 いつものごまかし。
「雪…好きです、悲しいことも辛いことも、覆い隠してくれるから…」
 言ってしまってから、取り繕うように笑ってごまかす。
「ごめんなさい、何言ってるんだろう、あたし」
「でも、嬉しそうに見えたんだけど…」
「ううん、それはちがうんです、昨日、あたし良いことがあって…」
 ほうっと、吐息を吐く。
「なのにこんな暗いこと言ってちゃダメですよね」
 そう言って明るく勤める。
「人は常に心に痛みを感じている、心が痛がりだから生きるのが辛いと感じる、辛いのは嫌かい?、それが生きている証しだとしても」
「……!」
 彼女、薫は息を呑んだ。
 夢にまで見た彼が、部屋の入り口で微笑んでいたからだ。
「カヲル君!」
「やあ、シンジ君」
 コートを脱ぐカヲル、下はいつもの学生服だ。
 頬を染める薫。
「逃げるのは悪くないよ、人は忘れることができる生き物だからね、でも忘れられない痛みもある、君の心はガラスのように繊細なんだね」
「せん…さい?」
「愛らしいってことさ」
 ぼっと薫は爆発した。
 真っ赤になって、どう答えていいのか悩んでいる。
「カヲルだー!、だめだよ女の子口説いてちゃ、シンジお兄ちゃんに嫌われるよぉ?」
「心外だね、ぼくはそれほど無節操じゃないよ」
「おかえり、ハルカちゃん」
 ただいまぁと、元気よくシンジに答える。
「先生、なんて言ってた?」
「もうちょっとだって、注射うたれちゃった」
 いやそうに眉をよせる、怖かったのだろう。
「あれぇ?、薫おねぇちゃん、真っ赤だぁ、どしたの?」
 ハルカはカヲルの両手を引いて、自分のベッド脇に座らせた。
「ハルカちゃん、カヲル君を知ってるの?」
「うん、ケンスケとよく遊びに来てるもん」
 何故かケンスケは呼び捨てだ。
「へぇ、トウジのところにねぇ」
「ああ、シンジ君、勘違いしないでよ?、僕はいつも君だけを見てるんだからね」
 ウィンク。
 悪寒を覚えるシンジ。
「あ、あの、碇君のお友達なんですか?」
「友達だなんて…、ぼく達は愛を誓いあった仲だよ、ね、シンジ君?」
「ち、ちがうよ、ただの友達だよ!」
 シンジは自爆ともとれるほど真っ赤になって言い訳した。
「そうなのかい?」
 心底残念そうなにカヲル。
「まあ、今は片思いでもいいさ」
 艶のある瞳で見る。
 シンジは鳥肌が立つのを感じた。
「そうなんだ…」
 ちょっと残念そうな、それでいて嬉しそうな薫。
「ナカザキさん?」
 シンジの呼び掛けに、あっと自分の世界から戻る。
 もしかして…、カヲル君が好きなの?
 そう言いかけて、やめた。
 それでも薫は何を言いかけたのか察したようだ、恥ずかしげにそっぽを向いて、耳まで赤くなっていた。
 そんな薫に微笑ましく笑みを投げかけてから、カヲルは持ち込んだ大きめの鞄をごそごそと漁った。
「シンジ君、これ、おみまい」
「あ、ありがと…、ぼんさい?」
 シンジはリボンの巻かれたそれを、呆然と見つめた。
 それは見事な松の盆栽だった。
「へんなのぉ!、ふつうお花なのにぃ」
「愛敬があっていいだろう?」
 カヲルは片目をつむってみせた。
「あ、ありがとうカヲル君、良いじゃないハルカちゃん、こんなのもひねりが効いてて」
 ひねりが効いててどうする…、ハルカはシンジが盆栽の手入れをしているところを想像してみた。
「…に、似合ってるぅーーー!」
 ハルカの想像してるものが何か、分かってしまうトホホなシンジ。
「喜んでもらえてよかったよ、その盆栽は僕が丹生込めて育てあげた物なんだ」
「か、カヲル君が!?」
「そう、初めてシンジ君に出会った日から、愛を込めてね」
 ウィンクその2。
「は、はは…、あ、ありがと」
 背筋に汗をかくシンジ。
「昨日のうちに来たかったんだけどね、邪魔者が多そうだったからやめておいたんだよ」
「そ、そう」
 邪魔者が誰のことをさしているのか、追求しないシンジ。
「カヲルぅー!」
 会話の合間をぬうハルカ。
「ご本できたのぉ?」
「うん、シンジ君に一番に見せようと思って、持ってきたよ」
 首を傾げるシンジ。
「なんの話なの?」
「これだよ」
 紙袋を取りだし、恥ずかしげに手渡す
「ようやく初刷りが出来たんだ」
 トウジ編集、ケンスケ撮影、本のタイトルは「KAWORU」
 それはカヲルの写真集だった。
 ぱらぱらとめくって見る、シャツの胸元をはだけたカヲルが写ってたり、かなり妖しい。
「隠し撮り写真集って話をききつけてね、相田君と話して、モデル代貰うってことで公認したんだ、お金払うんだから、ちゃんとした写真も撮らせろって逆におどされたけどね、やっぱりしっかりしているよ」
「自費出版?」
 ケンスケのことだ、損をする売り方はすまい。
「相田君がネットで宣伝して、注文が来た分だけ刷ろうって話だったんだ、だけど思ったより殺到してね?、おかげでずいぶん時間がかかってしまったよ」
「それで最近ケンスケ見かけなかったんだ…」
「鈴原君が手伝ってくれないって、ぼやいてたよ」
 ハルカが入院してるからだ。
「僕はデート代くらい稼ぎたかったからね」
 シンジは視線から逃れようとあがく。
「みせてぇ!」
 ハルカは本を取り上げた。
「薫ちゃん、一緒に見よう!」
「う、うん…」
 薫のベッドにもぐりこむ。
 カヲルは頬を赤らめると、シンジを上目使いに見た。
「それでどうだったかな、写真…」
「え!?、あ、うん、良いとおもうよ?」
「本当かい!?」
 カヲルのバックに花が咲く。
「ほら、コレなんかかっこいいよ!」
 ハルカが気に入ったページを広げてみせた。
「ほんとだね」
 適当に相槌を打ってしまって、シンジは写真を見て後悔した。
 シャツを羽織っただけのカヲルだったからだ。。
 病的なほどに白い肌を、惜し気もなくさらしていた。
「し、シンジ君…」
 目がうるんでいる。
「そうか、シンジ君、ヤッパリそう思っていてくれたんだね、うれしいよ!、良いよ、シンジ君にならいますぐここで見せてあげても!」
「うわああああああっ、脱がないでよカヲル君!」
「今ここで君のものにしておくれ、シンジくぅん!」
 薫はただ唖然として二人を見守ることしかできなかった。






「いま行くよ、シンジ君」
 第三新東京市立総合病院を見あげるカヲル。
 雪が軽く降っている。
「夜中がいつも寂しいんだ、もう目蓋の裏で君を捜すのはやめにするよ」
 毎度の意味ありげな微笑み。
 いつものお邪魔虫たちはいない、これはもう絶好のチャンスなのだ。
 しかもシンジのことは、ゲンドウから直々にまかされている、これはもう、公認と考えてもいいだろう。
 カヲルの思考はそこまで暴走していた。
 地上3階、地下2階の建物だ、街中にあるわりに大きい。
 カヲルはなにげに玄関口へ向かおうとして、足をとめた。
「人が多いか」
 救急指定病院でもある、夜中でも人の出入りは多かった。
 カヲルはそのまま裏口まで歩くと、非常口からもぐりこんだ。


 息が切れてくる。
 白い壁に手をついて、その娘はあえいだ。
 膝が崩れる、前後に延びる長い廊下、夜でも電気はついたままになっている。
 廊下が涙で歪んで見える、ついた膝を、もう一度持ち上げることができない。
 壁の向こうには人が寝ているはずだ、だが助けを求められない。
 胸が痛いほど苦しくて、呼吸するので精一杯だった。
「大丈夫かい?」
 誰もいなかった。
 なのにその少年は突然現れ、少女の前に立っていた。
 白い肌に赤い瞳をした少年、渚カヲル。
 涙でぼやけていた視界に、鮮烈な程鮮やかに彼の姿が飛び込んで来た。
 カヲル君だ…
 顔が紅潮するのがわかった。
「立てるかい?」
「立て…ない……」
 やっとのことで絞り出す。
「じゃあ、しょうがないね」
 カヲルはその細身に似合わないほど、軽々と薫を抱き上げた。
 わ…あ……
 苦しさよりも、感激の方が上回る。
「お医者さんのところへ行こうか?」
 カヲルにとっては意味のない微笑みだったかもしれない。
 だけど彼女は、その微笑みに頬を赤くした。
 頭に血が上るのがわかる。
「だめ……」
 軽く抵抗する。
「雪を…、みたいの」
 カヲルは薫に逆らわず、黙って階段へ歩みを向けた。


 しんしんと降る雪、風もきつかったが、薫には我慢できた。
「綺麗だね……」
 カヲルの隣で、その娘は微笑んだ。
 黒く長い髪に雪が溶けていく。
 薫は手すりにすがりつくと、なんとか立ったまま降り積もる様を眺めた。
 カヲルは自分のコートを脱ぎ、薫にかけてやる。
「……!」
 薫は驚いたが、すぐにありがとうと口にした。
「雪は、好きなのかい?」
 この寒さにもまるで動じないカヲル。
「はい…、春の桜も好き、夏の小川も好き、秋の紅葉も…、でも体に悪いからって…、触れられるのは冬の雪だけなんです」
 それも人が持って来てくれる雪だけ。
「夢があるのかい?」
 薫は空を見上げた。
「青空の下で走ってみたい、友達と遅くまで遊んでみたいし、テレビを見て笑ってみたいんです」
「うらやましいのかい?」
 カヲルの言葉は核心をつく。
「だけど、心臓に悪いからって」
「笑うことも泣くことも許されないんだね、辛いかい?」
 薫はこっくりとうなずいた。
「どうして僕を見ていたんだい?」
 薫は心底驚いた、気づいてくれてたんだ!
「いつも笑ってるから、微笑んでるから、あんな風になれたらいいなって思ってたんです」
 祈るように両手を合わせて、カヲルに振り向く。
「きっと不安で、不幸ですって顔してるの、あたし、だからパパもママも悲しそうなの」
 うつむく。
「だから笑っていたい、微笑んでいたい、いつも微笑んでいたい、そんな事を考えていた時、渚君を見かけたの、毎日毎日ずっと見つめてたの、振り向いてくれますようにって、わたしにあの笑顔を教えてくれますようにって…」
 精一杯の勇気をもってカヲルに告げる。
「好きです、渚君が…」
「…カヲルでいいよ」
 それは答えになっていなかった。
「カヲル…君?」
 カヲルはただ微笑んでいた。
 だけど彼女にはそれだけで十分だった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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