NEON GENESIS EVANGELION

Genesis Q':4D





 シンジは気だるさを覚えていた。
 なかなか寝つけず、眠りも浅く、結局4時間程度しか眠らなかったからだ。
 雪はまだ止まない。
 薫は何事もなかったかのように、上半身を起してカヲルの写真集をめくっていた。
「それじゃシンジお兄ちゃん、いってくるねぇ」
「あ、うん」
 診察室へ向かうハルカ。
 しばし薫のページをめくる音だけが流れる。
 我慢できなくなるシンジ。
「あの…、薫さん?」
「ん?、なに、碇君」
 本は閉じない。
「ずっとカヲル君の写真見てるけど…あきないの?」
「あきるだなんて!」
 本気で怒る。
「だって夢みたいなんだもん、ずっと窓から覗いてるだけだったのに、こんなにいろんなカヲル君が見られるなんて」
 本を抱き締める。
「あ、ごめんなさい、この本碇君にって持って来てたんだよね、あたしつい…」
「ううん、それはいいんだけど…」
 シンジはためらいがちに尋ねた。
「カヲル君が好きなの?」
 真顔でうなずく薫。
「そっか…、カヲル君かっこいいもんね」
「でしょ!?」
 身を乗り出す。
「まるでおとぎ話の世界から出てきたみたいな感じなの、女の子みたいに細くて、それなのにあたしを楽に抱き上げられるぐらい強くて」
「抱き上げ…って、そんなことあったの?」
「あ…、うん」
 頬を染める。
「この間、廊下で動けなくなってたら助けてくれたの」
「そうなんだ」
「優しいの、カヲル君、あたしが想像してたとおり…」
 思い返しているのだろう、自分の世界に浸っている。
「…あ、そうだ、碇君ならあたしの知らないカヲル君の話、しってるよね?」
「う、うん」
「聞かせてくれないかなぁ?、もっと知りたいの、カヲル君のこと」
 シンジはカヲルの何を話したものか迷った。
「あんまり良い話がないなぁ」
「え?」
「だっていつもあの調子だもん、アスカ…僕の幼馴染なんだけど、カヲル君アスカに殴られてたり…」
「殴られるの!?」
「え、えっと、ぼけとつっこみってあるでしょ?、あんな感じで…」
「もしかして…、カヲル君って、普段はもっとずっとひょうきんなの?」
「そうだよ?」
「信じられな〜い」
 言いながらシンジとカヲルのやり取りを思い返してみる。
「でも碇君を襲ってたりしてたもんねぇ」
「いつもはアスカがとめてくれるんだけど、まいっちゃった」
 頭を掻く。
「アスカさんって…、あの赤い髪の人?」
「知ってるの?」
「見かけただけだけど…、羨ましくって覚えてたの」
 昨夜の薫を思い出して、ドキッとするシンジ。
「な、なにが?」
「だって美人だったから…」
 想像のらち外だった。
「美人って…、でもナカザキさんも綺麗だとおもうよ?」
 そういうことはアスカたちにも言うべきである。
「あたしなんて全然綺麗じゃないよぉ!」
「え?どうして」
「だって…」
 もじもじと髪をいじる。
「髪だって傷んでばさばさだし、寝てばっかりだから顔だってむくんじゃってるし…」
「そんなの関係ないよっ、髪なんて手入れすればすぐに治るし、そうだ!」
 シンジは痛みに耐えてベッドから降りると、ハルカの櫛を借りた。
 すき間の大きいのと、小さいのと二つ。
 それから薫のベッドに腰掛ける。
「ごめん、ちょっと後ろ向いて」
「え?、でも…」
「いいから」
 半ば強引に背を向けさせると、髪を一房手に取った。
「し、シンジ君?」
「いくよ?」
 シンジは穏やかな声で安心させると、髪をときはじめた。
 すき間の大きい櫛で、毛先から少しずつ遡っていく。
「前にアスカに習ったんだ、頭の方からだと毛先でからまるって」
「ふうん…」
 心ここにあらずといった感じだ。
「薫さん?」
「え?、あっ、ごめんなさい!、気持ち良くって…」
 耳が赤い。
 それを見てシンジは急に気恥ずかしくなった。
 髪をつかみなおす度に、背中に触れてしまう。
 温かい…、突然シンジは意識せずにいられなくなった、ドキドキする。
「じゃ、じゃあ次いくね?」
 今度はすき間の小さい、細かい櫛を使ってすいていく。
「そんなに気持ち良いの?」
「うん…」
「アスカもそんなこと言ってたけど…」
 よくわかんないや、とシンジ。
「男だからかな?」
 薫は髪を取りかえすと、シンジの髪を見て言った。
「じゃあやったげる、かわって?」
 シンジから櫛を取り上げようとする。
「い、いいよ僕は」
「だぁめ、ほら…、きゃっ!」
 バランスを崩してシンジの胸元に倒れこむ。
「だだだだだ、だいじょうぶ!?」
「う、うん!」
 といたばかりの髪がシンジの鼻孔をくすぐる、女の子の香り。
 華奢な体を抱きしめるような体勢。
 お互いの鼓動を感じあう、温もりが心地良い…
「し、シンジ君!」
 驚きの声に、シンジと薫は同時に入り口を見た。
 両手で口を押さえて、驚きに目を見張っているカヲル。
「シンジ君と薫ちゃんが…、そんな」
 明らかに何かを勘違いしているカヲル。
「病室でいちゃつくシンジ君なんか、大好きだけど、すごくやだーーーーー!!」
「ご、誤解だよカヲル君!」
 ばたばたばたばたばた
「あ〜あ、いってしもうた」
 どうしたものかと入り口でたたずむしかないトウジであった。






「カヲル君!」
 屋上で雪まみれになっているカヲル。
 薫は上着も引っ掛けずに、カヲルを追いかけて来た。
「あの!、誤解だから、あたしたち、そんなのじゃないから…」
「わかってるよ」
 カヲルはいつもの微笑みを向けた。
「ぼくはシンジ君を信じているからね」
 そのわりにはよく逃げ出す。
「シンジ君は優しかったかい?」
 どう答えていいか迷う。
 カヲルは薫を手招きした。
 なにかといぶかりながら近寄ると、カヲルは自分のコートの中に薫を招きいれた。
「カヲル君!?」
「風邪を引くよ?」
 その微笑に逆らえない。
「ありがと…、やさしいね、カヲル君」
「シンジ君は優しいから…、わかっているんだけどね、妬けちゃうんだ」
 苦笑する、薫は背中を預けているため、表情が見えない。
「カヲル君は本当に碇君が好きなの…、どうして?」
「理由が必要かい?」
 答えられない。
 黙ってしまう薫、二人の上に、雪が降り積もる。
「碇君も…、カヲル君と同じように笑うの」
 唐突に。
「カヲル君の中にも、碇君の笑顔があるの?」
 うなずくカヲル。
「あたしも笑顔が欲しいの…、同じように笑いたい、カヲル君が碇君の笑顔を心に刻んでるように、あたしもあたしの笑顔を誰かに覚えていてもらいたいの」
「まるで死んでしまうような言い方だね」
「死んじゃうの…」
 ぽつりと漏らす。
「お父さんも、お母さんも最近すごく優しいの…、あたしもどんどん発作が酷くなってるの…」
 薫は震えていた。
「いやなの、忘れて欲しくないの、覚えていてもらいたいの、何かの本で読んだの、死んじゃうのも、遠くに行ってしまうのも、逢えないってことでは同じだって、だから良い笑顔を覚えていてもらおうって、そうすれば…」
 嗚咽が混じる。
「誰かが覚えててくれたら…、死んだことにはならないって…、ただ逢えないだけだって…」
 コートの端をつかんで震える。
 カヲルは仲間のことを考えた。
 仲間は生きている、カヲルは、レイは信じている。
 逢えないから、もし死んでいたとしても、それを知らないから、生きていると思ったままでいられるのだろうか?
「運動会、好きなのかい?」
「うん…、憧れてるの」
「勉強は?」
「たくさん、してみたい」
「本は?」
「たくさん読んだの、でも読むだけ…」
 カヲルは雪を追って目線を落とした。
 薫の黒髪。
 カヲルはもう何も言わずに、ただ薫から目をそらした。
「あたしね…、カヲル君に出会えて、本当に良かったと思うの」
 薫はカヲルへと振り向き直った。
「奇蹟を信じてたの、願いは届くと想って…、そうしたらカヲル君は、本当にあたしの前に現れてくれたの」
 カヲルの頬に手を添える。
「泣きそうな目をしてるよ?」
 いつもとかわらない、ただ瞳だけが悲しさを湛えていた。
 人の希望は、悲しみに綴られているというのか…
「僕は…、忘れたりしないよ」
 そう、死んでしまった仲間たちのことを、いつまでも悲しみ思い返しているように。
「誰かが覚えていてあげないといけないのなら、僕が覚えていてあげるよ」
「ありがとう、カヲル君…」
 溢れる涙を抑えることができなかった。
「あたし…、大人になりたかったな…」
 それは薫の一番大きな夢だった。






 薫を部屋へ返した後も、カヲルはその場を離れようとしなかった。
「覗き見は、よくないよ」
 天に向かって口を開く。
 雪と共に舞い降りてくるもの。
 カヲルと同じ天使の名を持つ少年。
 目をつぶり、両手をジーンズのポケットに突っ込んでいる、髪は黒く、肌も浅黒い、後ろ髪を伸ばし、三つ編みにしていた。
 両耳に目玉の耳飾りをぶら下げて、額にも瞳がプリントされたバンダナを巻いている。
「何をしにきたんだい?、テンマ…」
 完全に降りたわけではない、雪面の数センチ上を浮遊していた。
「今は君と遊んでいる気分じゃないよ…」
 テンマは黙って、高密度光ディスクを取り出した。
「君のお姫様…、その病の原因は俺達に無関係じゃない、そうだろう?」
 カヲルはテンマを睨みつけた。
 二人の間でなにかがショートする。
「ジャイアントシェイク、それが悲劇の始まりなのだから」
 テンマはディスクを投げてよこした。
「異常電磁波による依存性異常帯電生体弛緩症候群…そんなところかな?」
 現代の不治の病とされている。
「世に言うジャイアントシェイク、その時に発生した異常なほどの電磁波は、核にはおよばないものの、多くの子供達に影響をもたらした」
 テンマの意図を推し量れないカヲル。
「大人よりも子供に対して発病する確率が高かった謎の病、人は微弱ながらに電気を帯びている…、それが狂わされたのが原因だとされているな」
 テンマは背を向ける。
「ここは寒い、続きは中で話そう」
 確信があるのか、カヲルを待つことなく一方的に建物の中へと入っていった。


 使われていない診察室、カヲルはディスクをセットすると、キーを叩くことなくその内容を読み出させた。
「ジュンイチに骨を折ってもらったデータだよ」
 治療方法の模索について、そのレポートで大半が占められている。
「NASA航空宇宙医学局、さすがだね、可能、不可能を問いていない」
 テンマはスクロールをとめさせた。
「そこだよ」
「シャトル事故におけるパイロットの被爆、その類似性?」
 地球そのものが大きな磁石だ、それに犯されるのも、地震発生時の電磁波に犯されるのも似たようなものだ、と綴られていた。
「ここからは可能性の問題だ」
 前置き。
「俺達の壁はあらゆるものを遮断することができる、お姫様は周囲の電子機器と、自分の異常な生体磁場との干渉で発作を起す、ならそれを防いでやることはできるだろう?」
「僕に彼女を守りつづけろと?」
「それも良いいかな?」
 しかし…と続ける。
「彼女を壁で包みこみ、外と内とのバランスを調整する」
「僕に彼女を犯せって言うのか!?」
 カヲルは椅子を蹴って立ちあがった。
「そうだ、人は脳からの命令の伝達も、実際に体を動かすことも電気で行っている、壁を使って絶対的な領域を作り出し、無垢なる空間を創造する」
「そして彼女に同調し、侵食、あるいは融合、同化に近いマネをしろと?」
「お前にならできるさ、彼女の心はいま自ら閉じこもろうとしている、簡単なことだろ?」
「…たしかに一つになることで、薫に正常な状態を作り出してやる…、しかしそれは、人としての情報を書き換えるのに等しい、うまくいったとしても人格が…、いや、最悪記憶すら失ってしまうかもしれない!」
「記憶もまた電気信号でなりたっている、行動もまた信号を送る順序に縛られている、そういう意味では、確かにな」
「それがわかっていながらも踏み荒らせというのか、命を脅かしてまで…」
「だが放っておいても、異常な状態のまま発育した肉体はいずれ限界をむかえる、そしてその時は近い」
 カヲルは歯噛みした。
「命の選択を僕にしろと」
「俺達の中でもそれができるのはお前だけだ、最も強く、何者にも犯されざる強き壁を持つ、お前にしかできない」
「なぜ、そうまでこだわる?、人に押し付けてまで…」
 それ以前に、なぜ薫のことを知ったのか?
「俺達はいま敵同士かもしれない、だが彼女は関係ないだろう?、助けられるものを見捨てたくない、それではいけないのか?」
「お前がそれほど熱い人間ならね」
 …人間ね。
 テンマは自分自身を蔑む。
「納得できる理由が欲しいのなら…、あの男に聞けばいい」
「あの男?」
「碇ゲンドウ、じゃあ俺は帰るぞ、後はお前が決めればいい」
「まて!」
 だが廊下に出たはずのテンマはいなかった。
 代わりにシンジが立ち尽くしている。
「し、シンジ君!?」
「カヲル君…」
 シンジはゆっくりと告げた。
「薫さんが…倒れたんだ」
 シンジはカヲルの瞳が動揺を浮かべたのを見逃さなかった…






 抜けるような青空の下、青々と生い茂る大木の元で、薫が微笑んで立っていた。
 「元気になったんだね!」
 喜ぶハルカ、だが声はでない。
 悲しげに目をふせる薫、ハルカは心配になって、薫の名前を連呼した。
 だがいくら叫んでも、声は音にならない。
 喉が壊れるまで叫んだ。
 やっと薫はハルカを見た。
 こっちを見てくれた!
 だがハルカは次の言葉に凍りつく。
「あたし、大人になれない…」
 涙を流しながら、夢からさめた。
 手術は終わっていた、手術室の前で、薫の母親が両手で顔を被っていた、父親はそんな妻を支えている。
 すまなさそうにしている医師。
 見上げるとトウジの顔があった、膝の上で眠ってしまっていたらしい。
 ハルカは、それだけで薫がどうなったのかわかってしまったのだった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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