NEON GENESIS EVANGELION

Genesis Q':4E





 舞い落ちてくる雪を受け止める。
「雪はいいね…、全てを被いつくしてくれる」
 隠してくれる…と、カヲルは呟いた。
 しんしんと降る雪、カヲルはゆっくりと、視線を雪から隣へとうつした。
 シンジが同じように空を見上げている。
「カヲル君…」
「シンジ君…、神様は不公平だね、ぼく達のように不自由なものにこんな力を与えてくれて、なのに薫のように自由を持っていて当たり前の子に、不自由を与えるなんて…」
 自嘲気味の笑み。
「いや、だからこそ公平なのかな?」
 カヲルは光の壁を生み出した。
「身を護り、人を傷つけるだけのこんな力に何の意味があるんだろう?」
 浩一を思い出す。
 彼はこれを心の壁だと言った。
 他を拒絶し、自分の殻に閉じこもる、そのためだけに在るのだろうか?
「僕は臆病ものなのかな?」
 シンジには答えられない。
「生きていても、死んでいても、逢えないだけなら同じ?、覚えていてもらえれば死んだことにはならない?、どうして簡単に死を受け入れられるのか僕にはわからないよ、薫」
「カヲル君…」
「シンジ君、ぼくには人にない力がある、けれど自分の身を守ることしかできない、人を助けてあげることすらできない…」
 唇を噛むシンジ。
「こんな力があっても、ひと一人、救えないだなんて…」
 カヲル自身が輝いているかのように壁が光る。
「身を護ることしか出来ない…」
 淡々と話すカヲル。
「人の心を救えるのは、やっぱり人の心だけなんだって、何かの本で読んだことがあるよ」
「僕は人ではなく、忌むべき存在なのかな…」
「そうじゃないよ…」
 シンジはカヲルをまっすぐにみつめた。
「だって、薫さんは微笑んでいたじゃないか!」
 何のことだか分からないカヲル。
「カヲル君が居たから、彼女は微笑んでいられたんじゃないか…」
 カヲルの壁が薄れ、消えていく。
「僕が、いたから…」
「カヲル君と出会えたから、悲しんで、うらやんでいた自分を捨てて、覚えていてもらおうって、笑っていることを覚えようって…」
「シンジ君」
「人は…、そんなに何でもできるもんじゃないよ、けど、きっとカヲル君みたいに、何かしてあげることはできるんだ、…カヲル君はそれができたんだ、だから薫さんは微笑んでいられたんだ、だからカヲル君が苦しんでちゃダメなんだ…」
「だけど…」
 カヲルはうつむきふせて、吐き捨てた。
「生と死が等価値であるはずがないんだよ、絶対に、死んでしまったら何にもならないんだ」
「カヲル君…」
 カヲルは身体の力を抜き、シンジの肩に頭を預ける。
 カヲルは泣きもせず、シンジはただ抱き留めるだけ。
 時間だけがただ流れる。
「悲しいの?」
「悲しくなんてないさ」
「どうして?」
「左のね、胸の下に重く疼くものを感じるんだ」
「……」
「感じるのに、そこには何もないんだよ…」
 拳を作り、胸を押えるカヲル。
「そう…、でも…、でも何もしないうちからごまかしてちゃダメだよ、カヲル君」
「シンジ君?」
 シンジはバンドを組んだ時の自分を思い返した、立ち向かわずに逃げ出した自分を。
「レイに言われたんだ、楽しい想い出を追って生きようって、辛い想い出があるなら、楽しい思い出にかえていこうって」
「薫を忘れるのかい?、僕には無理だよ」
「違うよ!、だって薫さんはまだ生きてるじゃないか!」
 シンジは自分の言葉を思い出す。
「ぼく達は薫さんと出会えたんだ、それを不幸な出会いにかえてしまうの?、そんなの嫌だよ!」
「シンジ君…、だけど」
「ぼく達は悲しみあうために出会ったんじゃないよ、絶対!」
 強い意志が宿る瞳。
「僕だって怖いんだっ、僕の中いる何かが恐いよ!、だけど怖がって逃げてる自分はもっと嫌なんだ!!」
 吐き捨てる。
「僕は自分を好きになりたい、だってアスカや、レイや、ミズホや、カヲル君に好きになってもらいたいもの、だけど好きでない自分を、自分で好きになれない僕を好きになってなんて言えないじゃないか!」
 カヲルを見据える。
「僕にだってカヲル君と同じ力があるはずなんだ、けれど僕は自由にそれを使えない」
 歯噛みする。
「僕はカヲル君の悲しみや苦しみがどこから来ているのか何も知らないし、何も分かっていないのかもしれない、だけどしょせん他人のことなんてわからない、そんな風に考えたくない!、僕はほんのちょっとだけでも、カヲル君って人を知ってる!!」
 たたみかける。
「それなのに僕はカヲル君に押し付けようとしてる、そんな自分が情けないけど、それでも今のカヲル君を見て、感じて、僕達の中にあるものを嫌ってしまいたくない!、わけのわからないものを、わけのわからないまま怖がって、自分から、同じ物を持つみんなから逃げ出したくないんだよ!」
 肩で荒い息をつく。
「僕は…、僕はシンジ君のように強くなりたかった、いつも幸せな笑みを浮かべているシンジ君に」
 天を見上げる。
「だけど怖いんだ、いつ崩れるか分からないこの平和が、たまらなく不安定で、怖いんだよ」
「だから逃げるの?」
 シンジの言葉は刃と同じだった。
「薫さんを見捨ててまで」
 カヲルの仮面が崩れる。
「だって僕は僕を隠すために笑ってる、悟られないように同じ笑みを作りつづけてる、微笑むことで何もかもを隠してる!」
「それじゃ薫さんと同じじゃないか!、どうしてそんなに自分を嫌うのさ、カヲル君が言ったんじゃないか、人は忘れることができる生き物だけど、忘れられない痛みもあるって、カヲル君はそうやって、痛いことを増やしつづけるの!?」
 答えられないカヲル。
「これは僕のわがままかもしれない、自分にできないことをカヲル君に押し付けて、カヲル君がうまくやるのを見て、自分の中にあるものにも納得しようとしている、ただの卑怯なだけのことなのかもしれない、けれどできるかもしれないことを怖がって、できないって逃げるのはダメだよ、カヲル君!」
「逃げちゃ、だめなのかい?」
「そうだよ、逃げてちゃダメだよ、やれることをやらないで後悔だけしてるなら、そんなの生きてる意味が無いよ!」
 シンジの目をじっと見る
「カヲル君が神様じゃないってことは知ってる、何でもできるなんて思ってない、けれど今ぼくたちにしかできないことがあるんだ、だから…、だからお願いだよ、カヲル君…、戦って…」
 伏せていた顔を、ゆっくりと上げるカヲル。
「…わかったよ、シンジ君」
「カヲル君!」
 シンジは思わず抱きついた。
「僕は…、僕を好きになりたい、でないとシンジ君に好きになっほしいなんて言えないからね」
 シンジは最上の微笑みで答えた。
「行こう、カヲル君、薫さんが待ってる」
「そうだね…、薫、君の未来、この手で守ってみせるよ」
 カヲルも微笑んで、シンジの手を取った。
 シンジはその微笑みがカヲルの本当の姿だと感じていた。






「薫…」
 集中治療室に、薫は一人眠っていた。
 マスクをつけ、点滴を受けている。
 忍び込んだ二人は薫に声をかけてみた。
 当たり前のように静寂に飲み込まれる。
「シンジ君…」
「カヲル君……、薫さんが待ってる」
「そうだね」
 カヲルは微笑むと、薫のそばに立った。
 額に手を当てて、前髪をはらってやる。
 血の気の引いた肌が、カヲルに嫌な記憶を思い出させた。
「生と死が、同じであるはずがないんだよ、薫…」
 カヲルはゆっくりと目蓋を閉じた。
「だから帰っておいで、薫」
 シンジは気圧が変化した時のような耳の痛みを覚えた。
 カヲルの壁が展開される、だが薫のなにかに圧しとどめられる。
 壁が変質する、ぐにゃりと、溶けるように。
(できるはずだ、浩一はレイの壁を、心の壁を取り払った、ならぼくにもできるはずだ、薫の心に触れることが、できるはずなんだ)
 次の瞬間、集中治療室は光に包まれた。


「はじまったようだな」
 冬月からE反応を確認との報。
 ゲンドウは問題ない、と夜空を見上げ、いつもの返事を返した。
「いいのか、碇?」
「かまわん、経過が問題になる場合も在る、これも通らねばならん道だ」
 かぽーんっと、音が響いた。
「温泉に入っているのか?」
「ああ、露天の岩風呂だ、良い湯だぞ」
「のんきなものだな」
 ゲンドウは電話を切ると、タオルで顔を拭いた。
「約束は守ってくれたようですね」
「ああ…」
 ゲンドウにおちょこを渡すユイ。
「後は祈るだけだ」
 それはゲンドウらしからぬ発言だった。


「なんだこれは!」
 集中治療室から溢れだした黄金色の光は、球を描いて部屋からはみ出していた。
 触れてみる、熱くも冷たくもない。
 力ずくで壊そうとしても、叩けど叩けど破れることは無かった。
「薫!」
 母親はこの異常な事態に、ただ泣き叫ぶことしかできなかった。


 雪が降っている…。
 薫は雪を見ていた、舞い降りる天使たちを。
 息が白い。
 眼下には雪の中に埋もれていく第三新東京市があった。
 いつもの病院からの光景ではなく、ここはどこかの高台。
「薫…」
 振り返らずとも、それが誰か分かっていた。
「カヲル君…」
「来たよ、薫」
 カヲルは薫の隣に立ち、同じように空を見上げた。
「これも…夢なのかな」
 ふいに涙が溢れだす。
「最後の、夢なのかな」
 薫は顔を伏せると、両手で覆って泣きはじめた。
「君は死すべき存在ではないよ」
 カヲルは厳かに宣言した。
「だって僕が助けるもの」


 キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン
 ドン!
 白色の閃光と爆発に似た衝撃。
「うわぁ!」
 とっさにふせる医師たち。


「いったい何がおこっている!?」
 非常灯が点灯する、突然のレッドアラームに慌てる冬月。
「総合病院を震源とする震度二の地震を観測!」
「集中治療室の様子は!」
「光波、電磁波、粒子も、だめですっ、何もモニターできません!」
 悲鳴に近い。
「まさに結界か…」
 冬月は呷いた。


「理由か…」
 テンマは病院の正門前に立って、じっと様子をうかがっていた。
「忘れられないんだ、あの夜のことが」
 碇シンジと起こした奇蹟。
 光の壁が産み出した、不格好な五角錐のもたらしたもの。
「あれが俺達の可能性一つだというのなら、俺はもっと何ができるのかを見てみたい」
 人にあらざる目で何かを見つめる、何一つ、見逃さぬように。


 そしてシンジも、事の成り行きをじっと見守っていた。
 穏やかな瞳で、月の色をした瞳で…


「楽しいことを、見つけられるかい?」
「きっと…」
「好きなものは、見つかりそうかい?」
「たぶん…」
 カヲルと薫は抱きあっていた。
 カヲルは薫の頭を抱きかかえるように、薫はカヲルの胸に顔を埋めるように。
 景色は夏の草原へと移り変わり、雪は金色の雨となって降り注いでいた。
「帰ろう、薫…」
 薫はもう少しだけ、とわがままをいう。
「だめかな?」
 だって夢からさめるのが、もったいないから。
 舌を出す薫に、笑ってみせる。
「ぼく達は、いつでも会えるから」
 そうだよね、薫。
 薫の心は、幸せで満ちあふれ、世界は輝きで満たされた。


「眩しい!」
 目蓋を閉じていても、目が焼けるような激しい光が放たれた。
「あ、あれ!」
 いちはやく回復したハルカが指差した。
「薫!」
 薫の母親が、無我夢中でかけつける。
 部屋は光の球形そのままに消滅していた。
 ベッドと、穏やかに寝息をたてている薫だけを残して…
「いったい…、何がどうなっているんだ」
 誰かの呟き。
 答えられるものはいなかった。






「薫さん、ぼく達の後輩になるんだって」
 入院が長かったため、一年学年がずれてしまったのだ。
 シンジとカヲルは自宅近くの河原にいた。
 連日の雪で川面に氷が張っている、久々にお陽様が顔をだしていた。
「元気になったら、また会えるかもね」
「さ来年も後輩になってくれたら嬉しいよ」
 おっ?、っとシンジはカヲルをまじまじと見た。
「カヲル君…、変ったね」
「そうかい?」
 いままでの作り物めいた表情より、ずっと柔らかな笑顔。
「シンジ君、アバラはいいのかい?」
「あ、うん、何だか治っちゃったみたいだ」
 腕を振り回して、あばらの辺りを触ってみる。
「ああ、無理しなくてもいいよ」
 シンジをたしなめる、調子に乗ったシンジはつまずいて、カヲルのもとへ倒れこんだ。
「あ、ごめん…」
 カヲルはそのまんま、ぎゅっとシンジを抱き締める。
「僕は僕を好きになれたよ、シンジ君」
 太陽を眩しげに見つめる。
「ぼく達の力は、傷つけあうためだけにあるんじゃない、わかりあうこともできるんだ」
「カヲル君…」
「シンジ君」
 見つめあう二人、心なしか、シンジの頬が赤く染まっている。
 カヲルの真摯な瞳に心を奪われ、身動きできなくなる。
 いままでにみた、どんな笑顔よりも素敵に見えた。
 川面に照り返す光が、シンジとカヲルをきらきらと際立たせる。
 カヲルは極自然とシンジに唇をよせた。
 シンジは拒むことなど忘れてカヲルに魅入られた。
 太陽を背にして、二人の影が近づく、それはカヲルとシンジの初めての口づけに…
ぬわにやってんのよぅ!
 ゴス!
 …ならなかった。
 レイのスキー板がつき刺さる。
「ああっ!?、カヲルくぅ〜ん!」
 脳天に食らい土手を滑って川の中へと消えていく。
「シンジー、なにやってたのかなぁ?」
 角つきのアスカ。
「シンジさまぁ〜〜〜」
 うるうるミズホ。
 あはははは…
 シンジはもう、笑ってごまかすだけだった。
 氷と共に流れていくカヲル、カヲルの春は、遠かった。



続く








[BACK][TOP][notice]



新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。



本元Genesis Qへ>Genesis Q