Episode:6E





「松沢、お前が殺したあの子な、お前に殺してくれてありがとうって言ってたよ」
 ミサトが引きずっていく前に、加持はミサトに聞かれないよう伝えた。
 加持は屋上から舞台を見下ろした。
「がんばれよ、シンジ君」
 本当の嵐はシンジと共にあると感じる加持だった。






「もう時間ないよ、こうなったらカヲルだけでも」
「だめだよ綾波、それじゃみんな納得しないよ」
 ケンスケの危惧はもっともだった、ギャラリーはキィを見に来たのだ。
 カヲルはじっと対面のビルを見ていた。
「やろう」
「でも!」
 ケンスケは食い下がった。
「大丈夫、間に合ってくれるよ」
 カヲルが舞台に上がろうとした時、タタキが息を切らせて走ってきた。
「マズイことになった」
「タタキさん!」
 ケンスケはタタキの持つTVウォークマンを覗きこんだ。
「衛星での全世界同時放送だ」
 月の歌を歌うマイとメイ。
「カヲル!」
 レイは悲鳴に近い声で呼びかけた。


「あなた」
「ああ、わかっているよ、ユイ」
 同じく舞台袖で放送を見ていたゲンドウは、冬月に連絡を取った。
「赤木博士に協力を頼め」
「しかし碇、それは」
「かまわん、冬月、頼むぞ」
 ああ…っと、冬月は諦め気味の返事を返した。


「準備お願いしまーす!、1分前!」
 カヲルは静かに舞台に上がった。
「カヲル!」
「レイ、任せて」
 カヲルが舞台に上がった瞬間、舞台の、車の、テレビの、あらゆるメディアのスピーカーからマイとメイの月の歌が流れはじめた。
「ジュンイチか」
 皆がその歌に引き込まれる。
 何故か震えを覚えた。
「なあ、急に冷えこんでないか?」
 誰かの呟きは、その場にいる全員が感じていたことだった。
 カヲルはマイクを取る。
「いつまでも人のうた歌ってんじゃないわよ!」
 アスカちゃん!?
 さすがにカヲルも驚いた。
 月の歌が流れていた全てのスピーカーからアスカの声が聞こえていた。
 リツコがMAGIで割り込みをかけたのだ。
 マイとメイも歌をやめたようだ。
「人の歌って、じゃあ誰の歌だって言うの?」
 マイが挑発する。
「聞かせてあげるわ、これが本物よ!」
 シ……ンっと、静寂に包まれた。
 カヲルはゆっくりと歌いはじめた、だがマイとメイほど引き込めない。
 ダメか!
 ケンスケは諦めかけた。
 だがカヲルの声に合わせるように、もう一つの声が重なった。
「キィさん!?」
 人波を割ってシンジが歩いてきた、誰も邪魔しようとはせず、呆然とした様子で道を譲る。
 心なしか光り輝いているように見えた、風と無関係に黒髪がふわりと揺れる。
 カヲルはシンジの手を引いて舞台へ上げた。
「シンジ…」
 シンジはゲンドウを見つけた、その隣にいるユイも。
 ゲンドウが眼鏡を外した。  シンジはその目にあの夜のことを思い出した。
 ゲンドウが歌ったように、懐かしく、温かく、そして素朴な、誰もが心に持っているメロディーを、声だけで織り成していく。
「勝ったな」
「はい」
 ゲンドウの代わりにカメラを構えるユイだった。






「ケンスケ…」
「シンジか?、見てくれたか、すごかったろあの子、俺が見つけてきたんだぜ?」
 駐車場はすっかり舞台を片付けられ、ギャラリーの残したゴミだけが転がっていた。
 それも明日になれば清掃され、このお祭り騒ぎの痕跡は何も無くなってしまうだろう。
「キィさん、どこ行っちゃったんだろう?」
「夜行で帰るって、レイが連れてったみたい」
 その嘘にシンジは少しだけ胸が痛んだ。
 二人並んで座る。
「そっか、また会えるかな?」
 シンジは答えられない。
「シンジに似た子だったよ、ずっと美人だったけどな」
「そっか…」
 複雑な心境のシンジ、その手に温かいものが触れた。
「けけけけけ、ケンスケ!?」
 ケンスケが手を握ってくる。
「ちょっと、こうしててもいいだろ?」
 どひぃーーーーーーーーーっと、冷や汗がだらだら流れだした。
「…」
「……」
 無言の数十秒。
「なんか、渚の気持ちがわかるような気がするな」
 シンジは慌てて逃げ出そうとした。
「シンジっ、その胸で泣かせてくれー!」
「寝ぼけんなー!」
 どこからか現れたアスカはケンスケを蹴り飛ばした。
「ケンスケ〜!」
 月に浮かぶケンスケの影。
「ああ、それは僕の役なのに」
 ちょっぴり寂しそうなカヲルだった。



続く








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