Episode:7A
「右足、差し足、左足…」
間違った言葉を呟きながら、アスカは台所の前を忍び通った。
気づかれないよう、覗きこむ。
「お魚くわえたペンギン、おっかけて、裸足でかけてく、愉快なミサトさん♪」
わけのわからない歌を歌っているミズホ。
新学期、今日からは午後の授業があるのだ。
いそいそとお弁当をこしらえるミズホの背中に、「まずいわね…」と、アスカは小さく呟いた。
第七話
鉄鍋のジャン!
「はい、シンジ様、お弁当ですぅ〜」
「ありがと…」
ジト目のアスカとレイ。
特にアスカは機嫌が悪かった、今日は自分が起すよりも早く、シンジが起きていたからだ。
「まだ怒ってるの?」
「プンだ!」
シンジはため息をついた。
「レイさんとアスカさんと私のはこっち」
重箱三段積み×3。
自分の弁当箱と比べてみるシンジ。
「この大きさの差はいったい…」
三学期最初の昼食会は屋上となった。
まだ肌寒かったが、陽気な天気に冷たい風は心地好かった。
「はい、鈴原」
「すまんなぁ委員長」
いちゃいちゃするでもなく、べたべたするわけでもない二人。
「あーあ、愛妻弁当組はいいよなぁ」
ケンスケのぼやきにヒカリは赤くなり、トウジは咳き込んだ。
「あれ?、渚、パンは?」
「いや、今日は…」
「あ、カヲル君、これ」
シンジが鞄から布に包まれた四角いものを取り出した。
「ありがとう、シンジ君」
照れながら受け取る。
「うまくできたかどうかわからないけど、自信はあるんだ」
こっちも赤くなってる。
「ちょっとまちなさいよ!」
「カヲル、どういうことよ!」
「シンジ様ー!」
どさくさに紛れて抱きつこうとするミズホ。
それをかわすシンジ。
「い、いつもパンばっかりだから、たまにはって思ったんだよ」
「あーーーーー!、じゃあ早起きしたのって、それ作るためだったのね!」
ガッデム!っとアスカ。
「優しいからね、シンジ君は、いつも僕だけパンだから気にしてくれたんだよ」
俺の立場は?とケンスケ。
「さ、それじゃあシンジ君の「愛のこもったお弁当」を食べさせてもらおうかな」
かぱっと蓋を開けてみる。
卵焼きに空揚げ、ミニハンバーグにミニコロッケ、その他定番的なものが多い、ご飯は間に海苔が挟みこまれていた。
「へー、おいしそうね」
ヒカリが覗きこんだ。
「シンジ君の愛情がこもってるんだ、おいしくないわけないさ」
シンジにウィンクする。
「うん、おいしいよシンジ君」
「ほんと?、カヲル君!」
胸をなで下ろして微笑む。
「渚君、ちょっとだけ分けてもらってもいいかしら?」
ヒカリが興味津々と乗りだした。
「もちろん、かまわないよ」
卵焼きを半分に割って持っていく。
「あ、わしも…」
それをさらに半分に割る。
「…うん、おいしい」
「なんや、シャレにならんで、これ」
ヒカリの弁当に慣れたトウジですら賞賛した。
三人娘もカヲルから奪ってつまんでいる。
「おいしい…」
「いけるじゃない」
「ほんとですぅ…」
それぞれにショックを受けていた。
お弁当を作るようになって、ミズホはかなりの上達ぶりを見せていた。
レイもユイという師について、精進してきたのだ。
しかしシンジはそれを上回る腕を見せていた。
「これは由々しき問題だわ」
アスカは握り拳に力を込めた。
レイ、ミズホにならともかく、シンジに負けていたのでは話にならない。
「碇君、いつ料理なんて覚えたの?」
「勉強したわけじゃないよ、よく母さんを手伝ってたから覚えちゃったんだ」
今はレイが代わりをしている。
「確かにコレじゃあ、うかうかしてられないわね〜」
いつのまにかミサトがいた。
「せ、先生いつの間に…」
「シンちゃ〜ん、中学出たらうち来ない?」
アスカとミズホとレイが同時にギロっと睨んだ。
「じょ、じょうだんよん」
光る六つの目に冷や汗を流す。
「それにしても、よくこんな寒いところでご飯食べていられるわね、風邪引くわよ?」
「平気よ、子供の方が体温高いんだもん、先生とは違うわよ」
眼鏡を光らせるケンスケ。
「そうとも言い切れないんじゃないか?、先生は皮下脂肪が厚くて全然ダメージうけ無いタイプに見えるし」
「皮下脂肪は薄いほうがええんとちごたか?」
こらちょっと待ちなさい!っと腕を伸ばすミサトからトウジたちは逃げだした。
「皮下脂肪厚い方が冬は有利なんだよな、寒さも堪えないし」
「食糧難になっても、最期まで生き残るんやで」
「あー!、あんた達なんてこというのよ、嫁入り前の30女に向かって」
アスカの台詞にミサトは突っ伏した。
「な、なんで急に年齢が出てくるんや?」
「ひとことひとこと、ほんっとはらたつわねー」
派手にげんこつを食らうトウジ、ケンスケ、アスカ。
「あっつー、暴れたら汗かいちゃった」
胸元をぐいっと引っ張って手であおぐ。
「ミサト先生の皮下脂肪はいいとして…」
ごん!
レイも殴られた。
「…こうなったらお料理の特訓しないとなぁ」
涙目。
「やめときなさいよぉ、特訓なんて長続きするもんじゃないんだから」
否定的なミサト。
「センセ、そりゃ身も蓋もないで」
「だから、ここは勝負ってことにすれば良いのよ」
「「「しょうぶぅ?」」」
三人は顔を見合わせた。
「先生、やめとこうよぉー…」
情けない声でシンジ、去年のバレンタインの惨劇を思い出したらしい。
「勝負か…、そう言えばこの間の前説の賭け、あれもはっきりしてなかったわね」
勝ったのはアスカだったが、得票数は千とちょっと、レイ、ミズホも−10人にも満たない差だった。
「あんなの誤差の範囲よ、そうね、ここではっきりと決着をつけましょうか」
立ち上がるアスカ。
「望むところよ」
レイも胸を張った。
「あ、シンジ様、食後のお茶ですね?」
ミズホ特製のハーブティーでぇ〜すっと青汁。
「でもそうすると、賞品がないと面白くないわね」
何てこと言い出すんだアスカ!
シンジは身の危険を感じて叫ぼうとしたが、トウジに口を塞がれた。
「ミズホは何が良い?」
「シンジ様」
「「却下!」」
見事なハーモニー。
「じゃあ、勝った人にはこれを上げるわ」
ミサトは何かのチケットをちらつかせた。
「あー!、レ・ミゼラブルのチケットじゃないの!!」
今週末からG・Front内の劇場で公演される。
「一人で行ってもつまんないしさー、先生がプレゼントしてあげるわ、シンジ君と行ってくれば?」
まるで神様でも崇めるかのように、両手を組み合わせて瞳を輝かせるアスカとレイ。
ミズホに至っては涎を垂らしていた。
「あれって誰と行くつもりだったんだろう?」
「リツコよ、リツコ、他に誰がいるの?」
焦るミサト。
絶対加持さんだなっと、シンジは確信した。
「それじゃあ、明後日の家庭科は調理実習でお弁当ってことにしてあげる、洞木さん、クラスのみんなに伝えておいてね?」
「いいのかなぁ?」
苦笑い。
いつもは見せない真剣なまなざしをするミズホ。
「お弁当、それは愛情という調味料があってこそ初めて生きるものですぅ、冷たく冷えたご飯さえも、あつあつ同様に感じさせる究極の隠し味、私は誰にも負けたりしません!」
ミズホは炎を背負って叫んだ。
「ねぇ〜、シンジ様?」
っと顔を向けると…
「ああ…、シンジ君の愛を飲み下すこの瞬間がたまらないよ」
「恥ずかしいよカヲルくん…」
「何を言うんだい、白いご飯と空揚げが口の中で絡み合って、僕の舌を満足させた後お腹と心を満たしていくんだ、ああ、ぼかぁ幸せだなぁ」
何故かもじもじしているシンジ。
「なに?」
みなが見ているのに気がついて、首を傾げる。
「なんでもないわよ」
このおホモだちがっと小さく。
「とにかく、審査はシンジにやってもらうってことで、いいわね?」
おっけーっとレイとミズホ。
「良かったわねシンちゃん、誰が勝っても一日デートよ?」
無責任なミサト。
この場合、僕の意志は関係無いんだろうな…
誰を勝たせてもろくな事にはならない気がして、シンジは覚悟を完了した。
「センセめっちゃいけてますよ」
おこぼれに預かれるかと期待しているトウジ。
「良いよなぁ、作ってくれる相手、食べてもらえる人がいるんだから」
「なんや、そんなんワシも同じやて」
ケンスケは恨めしそうにトウジを見た。
「トウジには委員長がいるじゃないか」
「そ、そりゃま、何や食わしてもらおとは思うとるけど…」
見当を違えているトウジは、それでもケンスケの雰囲気に不穏なものを感じるのだった
●
「じゃ、明日は前哨戦ってことで、いいわね?」
さり気なく主導権を握ったアスカは、買い出しと称して学校帰りに商店街のスーパーまで繰り出した。
つきあわされるヒカリとシンジ、当然のごとく付き合うレイとミズホ。
「それはいいんだけど、アスカは何を作るつもりなの?」
「そうねぇ…」
ヒカリの指摘に迷うアスカ。
「ミズホは迷わないんだね?」
「シンジ様のお好きなものは、わかってますからぁ」
頬を染める。
「そっか、好き嫌いで言えばミズホに一日の長があるのよね」
レイは親指の爪を噛んだ。
「あたしが知ってるのは、シンちゃんがよく食べてる味くらい?」
毎日同じ物を食べているのだから当たり前だ。
「じゃあアスカだけが不利なの?」
「だからヒカリにコーチを頼むのよ」
さっそく良いキャベツの見分け方を聞く。
「それに十何年幼馴染やってれば、好物ぐらいわかるわよ」
「「ずっるーい!」」
「そういうことならヒカリのコーチは無しね」
「当然ですぅ!」
アスカは小さく舌打ちした。
「レイにだっておば様がついてるじゃない」
むぅっとレイ。
何といってもヒカリは料理の鉄人として名高い、それを味方につけられるとなると…
「わかった、じゃああたしもお母さまには頼らない!」
「しょ、しょうがないわね…」
共倒れするアスカとレイ。
ひとりミズホだけがニヤリと笑んだ。
「大変ね、碇君も…、あれ?」
シンジは一人、カヲルの弁当のために材料を買いこんでいた。
●
その夜、碇家のベランダにはルルーっと涙を流しながらチェロを弾くシンジの姿があった。
「どうした?、シンジ」
「父さん…」
チェロといってもデジタルチェロで、シンジの付けているヘッドフォンからしか音は出ていない。
「そうか、弁当のな…」
風呂上がりなのか、ゲンドウは寝間着姿でコーヒー牛乳を飲んでいる。
「僕はただ、おいしいって言ってもらいたかっただけなのに…」
頬に紅葉型の跡が付いていた。
「ねぇ?、どうしたらいいと思う?」
ゲンドウは腰に手を当てて、残りを一気に飲み干した。
「シンジ、こういう話を知っているか?」
「なに?」
「昔、平安の時代では女は皿、男は皿回しに例えられた」
よくわからないシンジ。
「男は幾つの皿を同時に回せるかでその価値が測られた、シンジ逃げてはいかんぞ」
両肩に手を置くゲンドウ。
「父さん、それって最低だと思うよ…」
ジト目で返すシンジ。
「なにをいうか、この私とて…」
「私とて、なんですか?、あなた」
背後から鬼のように揺らめく影が伸びていた。
「な、なんでもないよ、ユイ…」
「あら、あたしは興味ありますわ」
にっこりと微笑むユイ。
そんな父の姿に自分の未来を垣間見るシンジであった。
[BACK][TOP][NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。
本元Genesis Qへ>Genesis Q