Episode:7C





 バン!
 勢いよく開けられた扉が派手な音をたてた。
 びくっとするシンジたち。
「アスカ!」
 レイが駆け寄る。
「アスカさん…」
 しょぼしょぼとミズホ。
「なに情けない声出してんのよ!」
 怒ったような声、ミズホはびくっとするよりも、ほっとしてしまった。
「いつものアスカさんですぅ」
「よかった、泣きながら教室出て行くんだもん…、どうしようかと…」
「ちょっと待ってよ、誰が泣いてたって?」
「え?、だって…」
「あ、あれはちょっと…、その…」
 何故かもじもじする。
「とにかくっ!、今日は私の負けよ、でも明日は負けないから!、いいわね?」
 最後はシンジに向かって宣言していた。
 シンジの机へまっすぐ向かう。
「あんた、勝ち負けにこだわって楽しいかって言ったわね?」
「う、うん…」
「じゃあ言ってあげる、楽しいわ!、誰よりも、あんたの作ったものよりも誰かさんにおいしいって言って貰いたいから、楽しめるのよ!」
 シンジの顔を両手で挟む。
「良い?、あたしは負けてられないのよ、あんたにもレイにもミズホにもね!、だって…」
 逃げちゃだめよ、逃げちゃだめよ、逃げちゃだめよ逃げちゃだめよ逃げちゃだめよ!
「あんたの三食を作るのは、絶対このあたしなんだからね!」
 魔法の呪文をくり返し、ちゅ☆っと、額に口づけた。
「「ああああああああああああああああああああああああ!」」
「アスカ!」
「アスカさん!」
 でへーっとにやけてるアスカ。
 その胸倉をつかむレイ。
「何ぬけがけしてるの!」
「ずるいですぅ!」
 どよめく教室。
 でへへっと後ろ頭をかいたまま、目をふにゃけた「への字」にしてアスカは照れた。
 シンジは呆然と手のひらを額に当てている。
「アスカがこんなことするなんて…」
 ちょっと嬉しそうなシンジ。
「し、シンジ君のバカー!」
 とりあえずカヲルが走っていったが誰も気にとめなかった。
「ま、雨降って地、固まるっちゅーやつやな」
「そうかしら?」
 ヒカリはケンスケを見た。
 耳につく暗い含み笑いを漏らしている。
「碇…、ちょっと…」
「…?」
 男子数人に促されて教室の外に出る。
「はっ、殺気!」
 シンジは脇目もふらずに駆け出した。
「ああっ、まてこら碇ぃ!」
 どたばたと廊下を遠ざかっていく。
「シンジ、がんばれや」
 シンジの味方はいなかった。






 その放課後。
 ミズホは一人調理実習室で悩んでいた。
「だめですぅ、アスカさんのことが頭から離れなくて…」
 シンジに口づけたことがショックになっていた。
 明日何を作るか考えようとしても、あのシーンが覆い被さって、うまくまとめられないでいた。
 ノートはいくつものアイディアと、それを否定する修正ラインで埋めつくされている。
「シンジ様のお言葉もですぅ、お弁当らしいお弁当って何でしょうかぁ?」
 ミズホはお弁当の箱を描き、その中に入れるものを描いて、またぐりぐりと消していった。
「ミズホちゃんじゃないか?」
 脚立と代えの蛍光燈を持って現れる加持。
「加持さん、どうしたんですか、こんなお時間に…」
「それはこっちのセリフだよ、そろそろ下校時間なのに、今日はシンジ君と帰らなかったのかい?」
 蛍光燈の交換に取り掛かる加持。
「これも用務員の仕事でね、それで、何か悩んでるみたいだけど?」
「はぁ、明日の実習で何を作ろうかと…」
 事情を説明するミズホ。
「そっか、シンジ君のね」
 くすくすと加持。
「でもシンジ様の望んでいるものがわからないんですぅ、何がいけなかったんでしょうかぁ?、今までも喜んでいただけてなかったんでしょうかぁ?」
 ぐしぐしと泣きはじめる。
「おいおい、困ったなこりゃ」
 加持はミズホのノートを借りて、中を読みはじめた。
「ずいぶん細かくメモしてるな」
「もちろんですぅ!、シンジ様においしいって言っていただくためですから!」
「じゃあ別に問題ないじゃないか」
 へっ?っとミズホ。
「シンジ君は特別作り込んだものよりも、いつものお弁当らしいお弁当が良いって、そう言っただけだよ」
「いつもの?」
「そ、いつもはみんなと楽しくお昼を食べてたんだろ?、そういう楽しめるお弁当が良いって言ってるんだよ」
「楽しめるお弁当…」
「ちゃんとしたお昼ご飯なら、家でも、店屋物でも食べられるだろ?、そうじゃなくて、お弁当として楽しめるものが良いってね」
 加持はウィンクして見せた。
「はい、ヒントはここまでだ、後は自分で考える事」
 ちょうど下校時間を知らせる鐘が鳴った。
「そうだ、良いものをあげよう、ついておいで」
「良いもの、ですかぁ?」
 加持はミズホを体育館裏へと誘った。
「しかし、大変だな…」
 くっくと笑う、その笑いがミズホに向けられたものか、それともシンジ達に向けられたものか、ミズホにはわからなかったが…
「葛城の弁当は別の意味で大変だったが…」
 そっちの呟きは理解できるミズホだった。


 同じ頃、レイは中華街に来ていた。
 ユイの同伴だ、用向きは夕食の買い出し。
「たまにはこう言うのも良いでしょ?」
 レイは複雑な顔をする。
「香港にいた頃を思い出して、ちょっと…」
 ユイはにこやかな顔を崩さない。
「あら?、あまり良い事はなかったの?」
「はい…」
「おいしいもの、いっぱいあったんじゃない?」
「それはもう!」
 はっ!
 力一杯答えてしまうレイ。
「ほら、良いことだってあったんじゃない」
「もぉ、お母さまったら…」
 赤くなるレイを、くすくすと笑う。
「それで、お弁当の方はどうなったの?」
「お母さま、お弁当ってなんだと思いますか?」
 神妙な顔を作って質問しかえす。
 説明不足な問いかけだったが、ユイはちゃんと答えたあげた。
「おいしいって喜んで貰いたくて作るもの、かしらね」
 それはレイと変らない考え方だ。
「やっぱり、そうですよね…」
 続きがあった。
「でもそれだけじゃないわ、どんな味が好きなのか、どんなものを好んでくれるのか、相手の好き嫌いが見えてくるの、ううん、好き、嫌いって言ってくれるかどうか、やせ我慢しておいしいって食べてくれるかどうか、性格だってわかっちゃうものなのよ?」
「そっか…、考えてもみなかった…」
 シンジなら好き嫌いいわずに、涙を流しながらでもおいしいよっと答えるだろうが。
 レイは尊敬のまなざしをユイに向けた。
「他にも自分の得意なもの、おいしいとおもう味なんかも知ってもらえるし、お互いが見えてくるの、すごいでしょ?」
 ユイはレイに微笑みかけた。
「だってこれからずっと食べてもらうかもしれないんですもの、お互いの育ちが違えば、好みの味だって違うわ、それを知ることは、とてもとても大切な事なのよ?」
 ミズホにリードされていると気がつく。
「だから見かけだけ凄くても意味はないの、自分と、食べてくれる人の、両方のことを思って作らないとね?」 「そっか、シンちゃんの作ったものがおいしかったからって、シンちゃんのマネをして作ってみても意味がないんだ…」
「そうね、レイはレイちゃんらしいお弁当を作ってシンジに食べてもらわないとね?」
「はいっ、お母さま!」
 レイは改めてお弁当について考え直すことにきめた。
「シンちゃんに、あたしを知ってもらうためのお弁当…」
 ユイは微笑ましく、そんなレイを見守った。


 さらに同時刻、アスカはヒカリの家に遊びに来ていた。
 料理を教えてもらうためではない。
「良いのあった?」
「ううん、やっぱり本に載ってるようなのじゃダメね、シンジにだって作れるもの」
 ヒカリの蔵書を漁るアスカ。
「そんなに上手なの?、碇君って」
「そりゃあ…、ね、うちパパとママ、両方とも仕事でよくいなかったから、シンジと一緒にご飯作って遊んでたもの、おば様仕込みでうまくって、ちょっと悔しかったなぁ」
 ぱらぱらと本をめくる。
「なんだ、じゃあ碇君の方が上手なの知ってたんじゃない」
「違うわ!、昔の話よ、中学にあがる前にはシンジも料理なんてしなくなってたし、あたしはママが家にいてくれるようになったから、みっちり習ったんだもん」
 親指の爪を噛む。
「今じゃあたしの方がうまくなったと思ってたのに、甘かったわ」
 くすくすと笑ってるヒカリ。
「じゃあ心配する事なかったかな?、思ったよりショック受けてなかったのね」
「受けたわよ!、受けたけど、しょうがないじゃない、こんなことで負けてらんないのよあたしは!、だから認めるの、もっと上手くなるために!」
 決意を新たにする。
「ねえ、一番はじめは何を作ったの?」
「なんだったかなぁ…」
 天井を見上げて、思い出そうとする。
「あたしはカレー、お姉ちゃんとあたしで作ったの、水っぽくって、それが悔しかったなぁ」
「ヒカリでもそうだったんだ…、あ、そうだおにぎり!」
「おにぎり?」
「うん、三角形に作れなくてね、一生懸命握って…」
「そうそう、あれって難しいもんね…、どうしたの?」
「おにぎり…、作ろうってなんで思ったんだっけ?、そうだ…」
 ぽ〜っとするアスカの頬が、だんだんと赤く染まっていく。
「アスカ?」
「ヒカリ、きめたわ」
「なにを?」
「何を作るか」
 晴れやかな顔で、アスカは料理の本を閉じた。






 決戦当日、アスカの機嫌は上々だった。
「ねえ、二人はどうしたの?」
「準備があるって先に出たわ、ずいぶん張り切ってたみたい」
「アスカは…、いいの?」
「いいじゃない、それより久しぶりに二人っきりで登校するんだから、ゆっくり行きましょうよ!」
 腕に組み付いてくる。
「あああああ、アスカ!?」
「たまにはいいでしょ?」
 そのまま頭を預ける。
「だめだよ!、昨日だって怒ったみんなに追いかけまわされたんだから、こんなところを誰かに見られたりしたら…」
「他人なんかどうでもいいわよ」
 コートごしでもわかる胸の膨らみと、朝からシャワーを浴びて手入れしている髪の香りに爆発しそうになるシンジ。
「なんや、朝からお熱いことやの」
 あきれ顔で、後ろから歩いてくるトウジ。
「ち、ちがうよ、そんなのじゃなくて…」
 慌てて腕を離す。
「なんや、離す事ないやろ」
 邪魔したわねっと、ギロッとアスカに睨まれて冷や汗を流す。
「今日は一人なの?」
「ケンスケ、先に行ってもうたみたいや」
 キラーンっと、アスカの瞳が光った。
「妙ね」
「なんでや?」
「ケンスケなのよ?、あたし達が勝負するってのに、何もしないわけないわ」
 どういう目で見てるんだろう?っとシンジ。
「まあ、なんや金儲けぐらいは考えてるかもしれんけどなぁ…」
「鈴原!」
 がしっとヘッドロックをかけて耳元で。
「あんたに重要任務を与えるわ」
「な、なんや!?」
「しっ!、ブラックメンに盗聴されてる可能性があるわ」
「だからなんやねん」
「ケンスケが何を企んでるのか、それとなく調べ上げてくるのよ」
「何でわしが…」
「二人とも…」
「あら、ヒカリの親友であるあたしに恩を売っといても損は無いとおもうわよ?」
 無視されるシンジ。
「はいはい、わかりましたわ女王様」
「誰が女王様よ!」
 ぱこんっと頭を叩く。
「良い?、これは国防上極めて重要な事だから、可及的速やかに調べて報告するように、良いわね?」
「へいへい」
「あのー…」
「なによシンジ…って!」
「あーーーすーーーかーーーーー!」
 怒りまくってる洞木さん。
「ちゃうちゃうっ、ちゃうんや委員長!」
「そうよヒカリ、誤解よ!」
「五回も六回も無いわよ、ばか!」
 洞木さんも怒ると恐いんだな。
 傍観を決めこむシンジだった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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