講堂の中に入っても、スピーカーから控え目に流れているような感じだった。
 だが舞台に近づくに連れ、それは間違いだとすぐに気がついた。
 袖の奥で弾いているから良く聞こえなかっただけなのだ。
 そこでは重厚で音圧な、飲み込まれてしまいそうな程に圧倒されてしまう音が紡がれていた。
 やっぱり…
 思った通り、弾いているのはシンジであった。
 汗が額に光っている。
 シャツも濡れて透けていた。
 凄い…
 のめり込む、シンジに巻き込まれて。
 一心不乱にシンジは弾き続けた、曲は調弦のためのものから、新たな物に移っている。
 音に勢いが加わっていく、あまりクラシックに詳しくないマユミにも、それがクライマックスなのだということはわかってしまう。
 あ…
 惜しげに漏らす。
 シンジは最後の音を、延ばすように弾き終えた。
 パチパチパチパチパチ…
 力一杯の拍手に驚き、余韻を捨てる。
「山岸…、さん」
「凄い!、碇君そんなのも弾けるんですね」
 そんなのって…
 手元を見る。
「チェロ?、少しだけだよ」
「謙遜なんて!、あたし凄く感動しました」
 苦笑いを浮かべてしまう。
「小さい時から少しだけね、でもこの程度だから…、才能があったら続けてたかもね」
 チェロを戻す。
「山岸さん、こんな時間までどうしたの?」
「え?」
「もう下校時間でしょ?、遅いんだね」
「生徒会の召集があって、それで…」
「ああ、図書委員だったっけ…」
 押し付けられたんだな、きっと。
 あまり嬉しそうでない肯定の頷きに、シンジは勝手に想像する。
「もう帰るんでしょ?」
「あ、はい…、これを図書室に持っていってから」
「送るよ」
「え?」
 シンジは微笑み、もう一度くり返した。






「レイ?、レイってば!」
「ん、あ、なに?」
「もう!、何ボケボケッとしてんのよ!」
 いいわよもう!っと、アスカはレイの目の前にある醤油瓶を自分で取った。
「シンジ様、遅いですぅ」
 ミズホは食事に手を付けていない。
「ミズホちゃん?、待たなくてもいいから…」
「う〜…」
 ユイの言葉に、心が揺らぐ。
「でもやっぱり待ちますぅ!」
 ミズホはさらに我慢を続ける。
 レイは…、口からぼろぼろとこぼしながら、ご飯を口に運ぶ動作をくり返していた。


 夕焼けも後少しで消えてしまう時刻。
 二人は揃って歩いていた。
「碇君ってギター以外にも楽器を扱えるんですね?」
 その言葉遣いにちょっとむず痒さを感じる。
「チェロは習いに…、ギターは中学の時にね、トウジ達とバンドやろうとして、それで…」
 ちょっと嫌な記憶が蘇る。
「凄いなぁ…、あたしなんて、趣味らしい物が無いから」
「そうなんだ…」
「はい…」
 ふたりして黙り込んでしまう。
 なんだろう、気まずいな…
 それがマユミの雰囲気のせいだとは気付かない。
「あの…」
 マユミはようやく切り出した。
「なに?」
「…えっと、レイ、元気ですか?」
 どうしてそんなことを聞くの?
 その質問が顔に出てしまう。
「あ、あの、時々沈んだ表情をしてるから、それで…」
 この間までのことかな?
 何となく当たりを付けられるあたりが、ちょっと悲しい。
「変な事聞いてごめんなさい!、…でもあたし、レイが落ち込んじゃうような原因って、他に思い付かなくて…、あ!、失礼ですね、こんなこと」
 シンジはふっと笑みを浮かべる。
「いいよ、たぶんその通りだと思うから」
「え?」
「僕の勘違いだったんだけどね…」
「そう、ですか…」
 その内容を聞きたいと思う。
 でも、聞かない方がいいのかもしれない…
 あまり人の心に踏み込む物ではないと、臆病になる。
 だがシンジは漏らしてしまった。
「レイに…、好きな人ができたと思ったんだ」
 マユミはじっと話を聞いている。
「だから諦めなくちゃって…、レイが自分で選んだんだからって、思って…」
「そんなのおかしいと思います」
「そうかな?」
「そうですよ…」
 マユミもシンジもお互いを見ない、うつむくように前を見ている。
「碇君の想いって、相手の人が何を考えているかによって変わっちゃうものなんですか?」
 シンジには答えられない。
「それってズルいと思います、自分がはっきりできないからって、相手の人に合わせちゃうなんて…」
 ズルい、か…
 それは自分でも思う。
「だって寂しくなるんだよ、誰かがかけると…」
「だから繋ぎ止めておきたいんですか?」
「それも…できないから、僕は諦めて応援して上げなきゃいけないんだ」
「どうして?」
 どうしてかな?
 少し、考えをまとめる。
「きっと、その方が苦しくないからだよ」
「え?」
 キョトンとするマユミ。
「だってそうでしょ?、気持ち良く、笑顔のままで送り出してあげた方が良いじゃないか」
「引き止めて欲しかったって、思われていても?」
 ビクッとシンジは震えた。
 そんな可能性を考えてもいなかったから。
「その人の想いは大事にしてあげなくちゃいけないけど…、自分の想いを曲げちゃうことはないと思います」
 はっきりとした口調に、こんな風に喋る子だったっけと驚く。
「山岸さん…、変わったね?」
「そうでしょうか?」
「うん…」
 ほんの少ししか話したこと無いけど、変わった。
 まるで自分の考えと違ってるから気に食わないみたいだ…
 そこでシンジは、ひょっとして…っと気がついた。
「山岸さん、ひょっとして」
「え?」
「あ、ごめん、なんでもないや」
「そう…、ですか」
 怪訝そうな目を向けるが、シンジの心は読み取れない。
 いいよな、やめとこう…
 マユミに探りを入れるのをやめる。
 よくそういう立場になるだけに、シンジはその嫌な感じをよく知っていた。






「ただいまー」
「お、お、お、おかえりですぅ…」
 這いずるように出て来るミズホ。
「ど、どうしたの、一体?」
 心なしか憔悴しているようにも見える。
「このバカ、あんたを待ってまだご飯食べてないのよ」
「ご飯って…」
 シンジは居間に入って時計を見た。
「まだ6時半じゃないか、そんなにお腹空いてたの?」
「うう、人が食べてる所を見てるだけでしたからぁ〜〜〜」
 ぐうううううっとお腹が鳴っている。
 苦笑するシンジ。
「ごめん、遅くなって…、じゃあ食べようか?」
「はいですぅ!」
 がばっと起き上がるミズホ。
 その勢いに呆れるアスカ。
「あ、シンちゃんキッチンのテーブルに置いてあるから」
「うん、わかったよ母さん」
 キッチンでは、ミズホが山盛りご飯をよそっていた。
 茶碗に対して、上に丸い山ができている。
「ささ、シンジ様」
「あ、うん…」
 手を洗って席に座る。
 って、…もう食べてるよ、ミズホ。
 もう一息待てないものかと、ちょっと悲しくなってしまう。
「でふぉひんひさま?」
「え?、なに?」
「ふぉんなひはんはで、どふぉへひっへひらひはんでふか?」
「こんな時間まで何処に行ってたのかって聞いてるのよ」
 冷蔵庫からお茶を出してコップに注ぐ。
 アスカはそれをシンジとミズホに配った。
「ありがと…、よくわかったね?」
「あたしも同じこと聞こうと思ってたからよ」
 うんうんと頷くミズホ。
 ごくごくとお茶でご飯を流し込む。
「なんでもないよ、山岸さんを送って来たんだ」
 ゲフォ!
「うわ!、きったないなぁ!!」
 気管に入ったのか、ゲホゲホとむせ返るミズホ。
「し、シンジ様、それは一体どういうことですかぁ!」
「どうって…、なにが?」
「なにって…、あんた一体こんな時間まで何してたのよ!」
「あ、アスカ落ちついて…」
「これが落ちついていられますか!、さあ白状しなさいよ!!」
「そうですぅ!、はっきりしてくださらないと、この煮付け貰っちゃいますぅ」
「あ、それは嫌いだから良いんだけど…」
「え?、そうなんですか?、やったぁ!」
じゃなくて!
 やはりアスカはごまかされない。
「た、たまたまだよ、たまたま」
「なにがなのよ!」
「学校で、講堂の片付してたら山岸さんに会って、もう遅いから送って…、それだけだよ」
 それを聞いて、いきなり布巾で目頭を拭うミズホ。
「うう、シンジなんてお優しい…、少しでも疑ったわたしがおバカさんでしたぁ」
 えいえいと、自分の頭をポカポカと叩く。
「もういいよ、誤解だってわかったでしょ?」
 ミズホに笑顔を送り、アスカに笑いかける、が、引きつった。
「で?、何を話しながら帰って来たのかしら?」
 ひく…
 その引きつりを、当然アスカは見逃してはくれなかった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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