シンジが見上げているものを、レイも同じように見上げてしまう。
 薄く雲がかかっていて、決して奇麗とは言えない。
 まるで今のあたしみたい…
 気分が憂鬱になってしまう。
 シンちゃんに見てもらいたいって思ってる。
 シンちゃんに嫉妬してもらいたいって思ってる。
 もっと、もっとシンちゃんに…
 嫌な女かもね?
 シンジと二人っきりだというのに…、真っ暗な中に居てもちっともときめかない。
 レイはゆっくりとシンジに顔を向けた。
 赤い双眸が睨むように見ている。
 シンジは焦って、おかしな事を口にした。
「あ、はは…、なんか前にもこういうことあったよね」
「この間マナと閉じ込められた時のこと?」
 う、まだ怒ってるのかな?
 シンジは萎縮してしまった。
「違うんだけどな…、ごめん」
 完全に怒らせちゃったな…
 無言の時が流れる。
 はぁ…、でも今仲良くなんてできないもん。
 自分が悪いのは分かっている、シンジが心の機微に疎いことも。
 それでも分かって欲しいんだもん!
 レイは視線をジュースに移した。
 でもいいよね、たまには、ケンカするほど仲が良いって言うし…
 また数十秒思考が止まる。
「あの…、さ」
「え?」
 堪え切れなくなったのか、シンジの方から切り出した。
「編入、しちゃうの?」
「……」
「しても、いいと思うよ?、きっとみんな喜ぶと思うし」
 ここまで来ても、シンジは自分よりも回りの気持ちを代弁してごまかそうとする。
「…シンちゃんは?」
「え?」
 レイはそんなシンジに苛立った。
「シンちゃんは喜んでくれるの?」
「僕は…」
 僕は。
「ちょっと、寂しいかな…」
「え?」
「ほら、覚えてる?、前に一緒に閉じ込められた時のこと」
 そんなこと、あったっけ?
「レイが…、レイが一人で出ていっちゃって、おかしな人達にさらわれてさ」
 あ…
 あの時の。
 忘れるぐらい、ずっと昔の話だ。
「あの時、レイ、僕たちのこと信じてくれてなかったよね…」
「そんなこと、ない」
「だから僕、悲しくて、段々腹が立って来て」
「違う、そんなこと無いわ」
「わかってるよ…、今は信じてくれてる、わかってる」
 でも…
「これはチャンスなんじゃないかな、レイ?」
「チャンス?」
「うん…」
 だって。
「ちゃんとした電波に乗れば外国にだって流れるよ、きっとレイのことを知ってる人が見てくれる、レイの会いたかった人達だってきっと…、きっと」
 胸が苦しいや。
「シンちゃん、心配してくれてるの?」
「あ、うん…、そうだね」
 嘘だ!
 僕は本当はそんなの嫌だって思ってる…
 だって、レイはきっと、僕なんかより仲のいい人を見付けちゃうから…
 自分に近い、自分のことをもっと分かってくれる人を見付けちゃうから…
 嫌だな、僕は、嫌な奴だよな、僕って…
 レイが幸せになれるんならいいじゃないか。
 レイが喜んでくれるんならいいじゃないか。
 どうしてそう思えないのかな、僕は。
 シンジは自分の世界で、正当性を見付けようとする。
「シンちゃん…」
 擦り寄るレイ。
 堅く握られたシンジの手に、レイは柔らかく手を乗せた。
 あったかいや、レイの手…
 これも失くしちゃうのかな?
 浩一君の時もこんな気持ちだったけど…、もう引き止められないよね?
 だって薦めたのは僕なんだから。
 自分の気持ちに踏ん切りを付ける。
「頑張りなよ、レイ、頑張って…」
 あれ?
「シンちゃん…、泣いてる?」
「泣いてないよ」
 しかし体が心を裏切っていた。
「嘘、だって泣いてるもん、どうして?」
「そんなの…、僕にわかるわけないだろ…」
「変なの…」
 変かな?
 変なのかな?
 きっとそうだね、言うこととしていることが違うんだから…
 きっと僕は、壊れてるんだ…
 レイの目が近い。
 シンジは我慢できなくなって、いきなりレイの体を抱きしめた。
 えっ?、えっ?、えーーー!?
 混乱に陥るレイ、だがシンジの体が震えていることに気がついた。
 シンちゃん?
 その状態に気付かざるをえない。
 シンちゃん、本当は…
 ここに居ることを望んでくれているんだと分かる。
 離れないで欲しいと、願っていると…
 でも優しいから…
 縛り付けないでいてくれるんだ。
 それが願いなの?
 縛り付けられること、レイは自分で自分に尋ねた。
 たぶん、それが願いなの。
 レイは自分で自分に答えた。
「シンちゃん…」
「レイ…」
 抱き返されたシンジは、脅えるようにレイを見た。
 レイの瞳は優しい。
 二人の唇がお互いを求めようとする。
 触れる、触れる、まさに触れる寸前。
「ちょっとシンジ〜!」
 邪魔が入った。
 ドンドンドン!
 天蓋が叩かれている。
 硬直するシンジ。
「ま、まずいよ、どうしよう!?」
 シンジは慌てふためいた。
「え〜〜〜?、もう言い訳のしようが無いと思うけど?」
 確かに抱き合って何かをしようとしていたのだから…
「ちょっとシンジィ、いないのぉ?」
 それでも、この状況はヤバ過ぎる!、シンジは身の危険を感じた。
「と、とにかくレイ、離れてよ!」
「やだ」
 レイはシンジに噛り付いたままだ。
「だ、だめだって、アスカに殺されちゃうよ」
「キス…」
 ドキン!っとシンジは硬直した。
「キスしようとしたもん」
「い、いや、その、ごめん…」
「どうして謝るの?」
 どうして?、どうしてだろう…
 わからない。
 レイが望んでくれてるんなら、してもいいんじゃないのかなぁ?
 そんな欲望が沸き起こって来る、が!
「シンジィ!、まさかレイと何かやってんじゃないでしょうねぇ!、さっさと開けないと殺すわよ?
 ドスの利いた声が向けられる。
「わわわ、だ、だめだよこのままじゃ!」
「じゃあキスしてくれたら離れてもいいかな?」
「そ、そんなの嫌だよ…」
 シンジは顔を背けた。
「どうして?、あたしのこと、嫌い?」
「す、好きだよ、好きだけど!、恥ずかしくてできないよ…」
 だがレイは最後の方は聞いていなかった。
 好きだ!
 この辺りで思考が止まってしまっている。
 シンちゃんったらもう!、でも待って?、シンちゃんのことだから…
 隙・・・暇、いとま。
 鋤・・・土を掘り返す時に使う農具。
 数奇・・・風流の道。
 とか良く分かんないボケを…
「ああもう、間に合わない、ちくしょう!」
 シンジは自棄になって、レイに抱きつかれたまま布団に飛び込んだ。
 ええ!?
 しっ、黙って!
 シンジはレイの頭を抱きかかえ、布団の中にぐいっと隠した。
「こらぁ!、バカシンジィ!」
 まさに間一髪のタイミングでアスカが怒鳴り込む。
「って、あれ?、寝てたの?」
「うん、お願い、練習で疲れたから寝かせて…」
 シンちゃんうまい…
 電気は消しているから、ほんとうに寝てるように見えていた。
「そっか、じゃあ仕方が無いわね…」
 残念そうな声、良心が痛む。
 でも仕方が無いじゃないか、こうしないと僕が殺されちゃうんだ。
 だからシンジはこう言った。
「おやすみ」
 パタン・グーっと。
 いつもの寝起きが寝起きだからか、それ以上の追及も無く、天蓋はすぐにぱたんと閉じられた。
「いっちゃった?」
「みたい…」
 答えてからシンジは今の状況に気がついた。
 ドキンと跳ねる心臓。
 くっついちゃってるよ…
 二人の体が。
 シンジの温かさ、息遣い、鼓動が、みんなレイに聞こえている…
 シンちゃんもぞっと動いた、やだ、あたしのも分かるのかな?
 レイは自分で甘い幻想を打ち砕いた。
 だってシンちゃんだもん、早く離れてよとかって…
「レイ、あの、もう離れてよ…」
「あ、うん…」
 ほらやっぱりね…
 落胆するレイ。
 だがそれはちょっとばかり早かった。
「ごめん、あの…レイって、柔らかいんだ」
 シンちゃん、何言い出すのよ!
「あ、あ、あ、あのシンちゃん!?」
 がばっとレイは飛び起きた。
 布団を跳ね上げ、シンジから急に距離を取る。
 シンジの驚きの目、でもそれはレイを見てなくて…
 え?
「あ!」
 後ろを向くと、そこににやにやとアスカが仁王立ちで立っていた。
 もちろん目は笑ってない。
「レイ?、いくらなんでもそれはまだ早いんじゃない?」
「ずるい!、出てった振りするなんて!」
 大きな声でアスカに食って掛かる。
「なによ!、あんた達何してたのよ、白状しなさいよ!、なによあたしのことなんてもういらなくなったの?、いらないんでしょ!、バカシンジ!!、レイが居ればあたしなんて!!」
 レイは驚いた、アスカの反応があまりにいつもと違うからだ。
「あ、アスカ違うわ」
「ごまかさなくていいわよ!」
 わっと泣き出すアスカ。
「そう、誤解、誤解だよ!、僕はただレイに相談を受けたから、それで」
「なーんてね」
 アスカは泣いてなどいなかった。
「な、な、な…」
「いんちきだぁ!」
 ニヤリとアスカ。
「レイにそんな度胸が無いことぐらい百も承知よ、それより相談ですって?、何を隠してるのか、じっくり聞かせてもらいましょうかね?」
 結局アスカに躍らされただけだった。
 次は絶対、臆病になんてならないもん!
 堅く拳を握りしめ、おぼろな月に強く誓うレイであった。



続く







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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