三時間目が終わり、次は体育。
「シンジ君、お腹が膨れたままで大丈夫かい?」
「だってお昼休みは潰れちゃうし、それまでには食べておきたかったしね?」
ちなみに今日はソフトボールだ。
体が資本、基本的には商売物なので、それほど派手なプレーをする者はいない。
そんな中…
「見て見てシンちゃーん!」
ズバン!
見事なストライクが決まる。
「…どうして下手投げで120キロも出るんだろう?」
「不思議だねぇ」
マナが一人で張り切っていた。
●
「さあてと!、食後の軽い運動も終わったし、シンちゃんテキパキ行きましょう!」
メガホン片手に、講堂のド真ん中に座り込む。
ギシッと軋むパイプ椅子。
シンジは壇上でため息をついた。
どうして僕が…
ちなみに本番でシンジの台詞は一つも無い。
それどころか、どの配役の人間にも台詞は無かった。
全てマナが一人で声を当てる事になっている、それがマナが決めたテスト内容だった。
「さ、行くわよ?」
シンジは息を吸い込むと、振り返ってそこに居る人物を見つめた。
クラスメートで、名前は長沢美樹。
「ごめん…、ぼくは」
「まだ気にしてるのね…、アスカちゃんがああなったことは、別にあなたのせいじゃないのよ?」
「ごめん…」
「いいの、それでも」
「ごめん」
シンジはそれしか言わない。
ん〜、言い馴れてるのか、真に迫ってるものがあるなぁ。
かなり満足しているマナ。
「はいそこまで!、シンジ君やればできるじゃない」
「え?、あ、そうかな…」
「そうよ、ね?、長沢さん」
「ええ、ほんとに演劇か何かやってたみたい」
にっこりと微笑むショートカットの女の子に、シンジは赤くなってうつむいた。
それを見てマナはムッとしてしまう。
「じゃあシンちゃん、上がっていいわよ?」
「え?、もういいの?」
「いいの!、さ、次はカヲル君の番だからね!」
「やれやれ、僕はシンジ君とのカラミ以外興味ないのに」
「ぐだぐだと文句言わない!」
「はぁ…、君に必要なのはカルシウムだね、あまりかりかりしてると皺が増えるよ?」
「うっさい!」
ひゅっと投げたメガホンをカヲルは軽く受け止めた。
「さ、じゃあ始めようか、ごめんね長沢さん?」
「はい!」
声が1オクターブ上がって上擦っている、美樹は自分で出した声に赤くなった。
「笑顔がいいね、君は」
うつむいた姿を見て微笑むカヲル。
「え?」
「仕草が可愛いって事さ」
長沢美樹は、カヲルの笑顔に骨を抜かれた。
●
「今の所、こんな感じですかね?」
「ふむ…」
加持の目の前に開かれているノートパソコンには、話し相手の映像が表示されていた。
碇ゲンドウだ。
「やはり、シンジか?」
「あと一息…、レイちゃんの背を押すしかないでしょう」
「…宣伝のためのポスター撮影だけでいい」
「契約書にサインを、ですか?」
そこに写るゲンドウは父親としての男ではなく、冷徹な経営者としての顔を見せている。
「その後は流れに任せる、タタキ君のシナリオに問題は無い」
「後は誰が悪役になるか、ですが…」
「それはこちらに任せてもらおう、ああ、それから…」
ウィンドウが開かれる、そこに表示されたのは一人の少年の写真。
「彼を?」
「そうだ、見逃すべき人材ではない、では後は任せます、加持校長先生」
ザァ…
ノイズだけの表示になる、加持はウィンドウを消して立ち上がった。
「シナリオ…、か」
子供達をおもちゃにするつもりですか?、碇さん…
窓の外からは、陽気な学生達の声が聞こえてくる。
そう一人ごちる加持も、実は結構楽しんでいた。
●
その日の放課後。
「なんですか?、加持さん…」
一応仮にも相手は校長なのだが、呼び出された先が学校裏の農園である、シンジは特に警戒していなかった。
「ああ、実はレイちゃんの事なんだ」
「レイの、ですか?」
「そうだ」
その名前が出て来た途端に警戒する、そんなシンジに加持は苦笑した。
「まあクラスの移動なんかはともかくとしてだ、学校の宣伝のための撮影、これだけでもシンジ君から薦めてはくれないかな?」
シンジは表情を固くする。
「嫌ですよ、僕にはそんなことできません」
「気安い相手にははっきり答えるな、君は」
「あ、ご、ごめんなさい…」
「いや…」
加持はしゃがみこんだ。
「無理を言っているのはこっちだから、気にはしないさ」
そしてキャベツに噛り付いていた青虫を取る。
「君のクラスでもそうだろうが、実はレイちゃんに対する反感というのは以外に多いんだ」
「え?、そうなんですか!?」
「ああ…」
目に見えるほどではないが、確かにあった。
マジメに芸能界を目指している彼ら彼女らにとって、ぽっと出のレイは目障りだったのだ。
「実力勝負の世界だ、だから今は良い、皆おとなしい」
けどな…、と加持は続ける。
「このままやめてしまえば、彼女はかき回しただけで終わってしまう、皆を振り回し、バカにしてね?」
「そんな、レイは!」
「もちろん俺は分かってるよ、でもそう取らない人間も居るって事さ」
シンジはうつむいてしまった。
「じゃあ…、僕は、ぼくにどうしろって言うんですか?」
加持の背中に問いかける。
「応援してやってくれ、俺にはそれ以上言えない」
「…わかりました」
ザ…
シンジの足音が遠ざかる。
「なあ、シンジ君、俺は許しては貰えないだろうな…」
その声は遠く小さく、シンジの耳までは決して届きはしなかった。
●
「ただいま…」
玄関で靴を脱ぐ。
客間の方から話し声。
「お客さんかな?」
「あ、シンジ、ちょっといらっしゃい…」
お茶を持っていこうとしていたユイが、声を掛けた。
「うん…」
襖を開けて、中を見る。
「タタキさん…」
「よお、帰って来たな?」
タタキの前にはレイ、家長席にはゲンドウ。
「あれ?、父さんがどうしてこんな時間に居るのさ?」
「有給の消化だ、溜まっていたのでな、半日毎に2日取った」
そう言う事もできるんだ…
シンジは妙な感心をした。
「まあシンジ君も座ってくれ、いまレイちゃんに説明していた所なんだ」
「はあ?」
シンジは首を傾げながら、レイの隣に腰を下ろした。
ちょっとだけ腰を浮かして、シンジに場所を譲るレイ。
「はっきり言って金にはならない、まあ学校に対してのボランティアだからな?」
「でもあたし、別に目立ちたいわけじゃないし…」
「クラスの編入とは関係無いんだよ、これは別の話しさ、どうかな?」
ちらりと視線がシンジにも向けられた。
「シンジ君も見たいと思うけどな?、いつも側に居る時とは違うレイちゃんを」
そっかな?
そんな目がシンジを盗み見る。
「僕は…、僕はレイの好きなようにすればいいと思うよ?」
それは夕べの返事と何ら変わらない。
だが今はそれ以外に加持の言葉が引っ掛かっていた。
「まあレイが…、レイっぽくないレイが見られるんなら、それも面白そうだとは思うけど…」
「ふむ…」
ゲンドウがわざとらしく顎鬚を撫でた。
「ではシンジ、その間お前が面倒を見てみるか?」
「え?」
「レイの付き人でもしてみるがいい、いい経験になるだろう」
「ちょっと父さん!」
焦るシンジ。
「それ、いいかも…」
レイはぽうっとしてしまっている。
シンちゃん、ホック止まんないのぉ。
そ、そんなの自分でやってよ!
だって手が届かないんだもん…
わ、わかったよぉ…
きゃん!、背中触っちゃやだ…
そ、そんなこと言ったってさ…
「えへ、えへへ、えへへへ…」
紅潮する頬。
「涎垂れてるよ、よだれ」
「わかりやすい子だなぁ」
「シンジ、どうだ?、こんなレイが一人っきりでは心配だろう」
「あ、うん、そりゃそうだけど…」
「あたし、やります!」
シンジは急に目の焦点を合わせたレイに驚いた。
「れ、レイ!?」
「うむ、シンジを付ける、心配はない」
「あ、あの、僕まだやるって言ってないんだけど…」
「シンちゃん、頑張ろうね!」
「あの、だから…」
「じゃあレイちゃん、この書類にサインしてくれ」
「はい!」
すらすらすらっと…
契約内容を読みもしないでサインする。
何だか嫌な予感がするなぁ…
シンジはやはり、あまり気が乗りはしなかった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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