「ねえシンちゃあん、明日早速撮影だって、奇麗に撮ってもらえるかなぁ?」
「そりゃ…、プロなんだし、それよりどんなかっこうさせられるんだろうね?」
 シンジの部屋、カヲルが居ないと入り浸りに来るレイである。
「制服じゃない?、学校の宣伝用なんだから」
「そっか…、テレビみたいに私服でやるのかと思った…」
「うち制服あるけど、別に自由だもんねぇ」
 だからトウジの「ジャージ」も許容されているのである。
 ごろんと寝っ転がるレイ、シンジの布団はたたまれていて、それはレイの背もたれ兼枕になってしまっていた。
「もしね…、アイドル、始めちゃったらどうする?」
 シンジは布団を挟んで反対側で横になっていた。
「…わからない」
「そう?」
「うん、だって、きっと全然学校に来ないようになっちゃうよね?」
 レイは無言で、先を促す。
「家にも帰ってこなくなっちゃうかも…、朝起きたらもう居なくて、夜寝てる頃に帰って来て…」
 そんなの嫌だな。
 心の声、だがレイにはちゃんと聞こえていた。
「シンちゃん…」
 とっく、とっく、とっく…
 脈が、鼓動が高まっていく。
「レイの家、ここだよね?」
「え?」
 そんなレイに、シンジは突然切り出した。
「帰って来るのは、ここだよね?」
「…うん」
 うん。
 明るくつとめて伝えるシンジ。
 シンジの言いたいことは良く分かっていた、だから…
 あっちの話しはやっぱり断ろう…
 レイはそう決めていた。






 翌日。
「え、え、え、えーーー!」
 レイは相手を見てかぶりを振った。
「相手が居るなんて聞いてません!」
 そう言ってタタキを睨み付ける。
「悪いレイちゃん!、上からのお達しでね、レイちゃん一人じゃ弱いって…」
 レイは嫌そうに相手を見た。
 その視線に気がついたのか、爽やかな笑みが返って来る。
 こんなの聞いてないわよぉ…
 レイはうつ向き、シンジを探した。
 シンジは所在無げに、邪魔者扱いされていた。
 スタッフが走り回る外、更衣室も兼ねたバンにもたれてじっとしている。
 寂しそう…
 事実部外者でしかない、これで事務所と契約しちゃったら?
 ズキン…
 今の構図が、そのまま当てはまってしまいそうな気がした。
「まったくこれだから素人を使うのは…」
 そう言って、まさにずんぐりむっくりと言った感じの、脂ぎった男がやって来た。
「これは局長、どういったご用件で?」
 へっへっへっと、ご機嫌を取りに走るタタキ。
「何いっとるんだね、君の連れて来た子がごねとるそうじゃないか」
 面倒臭そうだな…
 レイはそう思い、逃げようとした。
「あの子だな、おい君!」
 見つかった!
 レイは一瞬、首を縮めてしまった。
「君だよ君!」
「あ、あたしですかぁ?」
 ゆっくりと振り返る、あまり視界に収めたくなかった。
「そうだ、まったく、何が不満なのか知らんが困るのはこっちなんだよ」
「はあ…」
「代わりはいくらでもいるんだからな!、売り込みたいんならしっかりと…」
 いっか…
 レイはすっと表情を消した。
「なら、そうしてください」
「んな!?」
「何を言い出すんだ、レイちゃん!」
「タタキさんのお願いだから来ただけです、用が無いのなら帰ります」
 局長らしい男は怒りでぶるぶると震えだしていた。
「何を言っている!、こちらにはちゃんと契約書があるんだからな!、逆らえばどういう事になるか!!」
「きょ、局長…、はは、悪いなレイちゃん」
 愛想笑いに首を傾げる。
「タタキさん、あの契約書、なんて書いてあったんですか?」
 その言葉にニヤリと笑んだのは局長だった。
「何だ知らんのかね?、いいか!、仕事の放棄、契約に反する行為に対しては罰則金が定められてあったはずだ!」
「え?」
 本当なんですか?、レイの目はそうタタキに尋ねていた。
「ああ、まあそうなんだが…」
「君にそれが払えるのかね?、いいか!、払えないのなら文句を…」
「まあまあ局長、それ以上は恐喝と言う事にもなりかねませんよ」
「きょ!、わ、わたしはだなぁ…」
「はいはい、レイちゃん悪いね、機嫌損ねないでさ、適当に笑顔で頼むよ、な?」
 タタキは局長を押して行ってしまった。
「レイ、どうしたのさ?」
「シンちゃん…」
 レイの表情が暗い。
「ううん、なんでもないの…」
 なんでも。
「レイ…」
 無理をしていると分かっていても、シンジには理由が分からなかった。






「コンセプトは「こんな出会いがあるかもしれない」だ」
 タタキの説明に頷く二人。
 一人はこのために呼ばれた人気俳優「山寺宏一」だ。
「夢を見て学校に通うレイちゃん、そこに特別セミナーを開きに来た山寺に、一言挨拶しようと走りよる、はい!」
 カメラが二人を捉える。
 校庭をノートと教科書を抱いて走るレイ。
 気がついたように振り返る山寺、ニコッと微笑む。
 特に台詞は無いので、レイは適当に口をぱくぱくと動かす。
 ふっと笑って、山寺は冗談のつもりでレイの肩に手を置き、額にキス。
 そして笑って去っていく。
 レイはおでこに手をやって、呆然と…だが。
「やっ!」
 そのストーリーは、額にキスする寸前で壊されていた。
 レイは山寺から逃げていた。
「カーット!、レイちゃんどうした!?」
「あ、ご、ごめんなさい…」
 頭を下げるしかないレイ。
 どうして?、なぜあたしは頭を下げているの?
 下げなくちゃいけないの?
 ちらりと横目でシンジを見る。
 嫌だ…、シンちゃんにこんな所を見られたくない…
 だがシンジは顔を背けてくれない。
「とにかくそんな顔じゃ話しにならないな、もう一度だ!」
 レイは腕を取られ、強引に椅子に座らされた。
 ぱたぱたと顔にメイクされてしまう。
 これだからなぁ…
 ワンシーンに、一体どれだけ時間使うつもりだよ?
 そんな囁き声が聞こえてきた。
 やだなぁ…
 そんなレイを、シンジも見ていた。


 レイが他の人にあんな顔を見せて…
 キスされて。
 喜ぶの?
 やだな…、胸が痛いや。
 アスカとミズホが居てくれたら、きっとレイを連れさってくれるだろう…
 でも今は僕だけなんだよな。
 授業中だ、他に人気は無い。
 人に頼るなんて、最低だよな…
 逃げようとしている、それは自分でも分かっていた。
 いや、違うんだ、逃げ出したくなってるんだ…
 そんなレイを見たくないから。
 例え演技でも、誰かと仲良くしているレイを見ていたくなかったから。


「ちょっと良いかな?」
 そんなレイに、山寺は声を掛けた。
「あ、ごめんなさい…」
「いいから、ああ、二人っきりにしてくれる?」
 皆が右往左往している中で、物理的にそれは不可能。
 話しが聞こえない程度に遠くに行ってくれ、そう言う意味で山寺は人を払った。
「あの…、今度は我慢しますから」
「我慢、か?」
「あ…」
 自分で言った事の意味を悟る。
「ごめんなさい」
「そればっかりだなぁ」
 山寺は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「そんなに嫌なのに、どうしてこんな仕事を?」
 疑問符。
 レイは走り寄る所から、もうすでに笑顔を失っていた。
 ぎゅっと、唇を噛み締める。
 この人は悪くない、そう強く自分に言い聞かせている。
 だがあの局長と言う男の仲間にしか見えない。
「半分騙されてさ」
 割り込んだのはタタキだ。
「それはどういう意味ですか?」
「山寺を引っ張り出したのは局長なんだよなぁ…、俺はシンジ君とで考えてたんだが」
「シンジ君?」
 タタキは親指で背後を指した。
 その先でしょぼくれている少年が居る。
「…なるほど」
 良く分かったと、事情を察した。
「やめるわけにはいかないのか?」
「…契約書があるからな」
「あの項目か?」
「あの項目だ、あれがないと保険会社がうるさいし、仕方が無かったんだが…」
 そんなお金、ない。
 レイは膝の上で、強く両手を握り込んでいた。
 もし逃げ出しちゃったら?
 迷惑がかかるのはお父様とお母さま…
 保護者と言う事になっている、それだけは避けたかった…
 でも、このままじゃきっとシンちゃんとぎくしゃくしちゃう。
 しかし断ったとしても、みんなに遠慮した毎日が始まってしまうだろう。
 思考の海に沈んでいると、ぽんと肩を叩かれた。
 顔を上げるレイ。
「良い仕事をしよう、レイちゃん」
「はい?」
 山寺の言葉の意味がわからなかった。
「おいおい、良いのか?」
 タタキだけが、その意味を汲み取った。
「最悪俺が違約金を払うことになるだけさ」
「しょうがない奴だ…」
 お互い、気付かれないように口元をほころばせる。
「カメラ…、一台抑えられるか?」
「もちろんだ、レイちゃん?」
「はい…」
「好きにするんだ、いつも通りにな?」
 え?
 二人の大人がほくそ笑んでいる。
 悪巧みしている子供の顔だ。
 だがレイは、二人が何を考えているのかを、全く想像できなかった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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