シーンと静まり返っているのは、もう生徒が下校したからだ。
 カツ、カツ、カツ、カツ、カツ…
 見回りをしているのは警備員。
「ん?、なんの声だ」
 上半身だけ振り返る、カッコ良く懐中電灯の明りが伸びた。
 暗闇の中で、それだけを頼りに生唾を飲み込む。
 ごくり…
 シクシクシクシクシク…
 何処からとも無く聞こえて来た声。
「泣き声?」
 ぞっとする。
「嘘だろ!?、今年完成したばかりの新築校舎なんだぞ」
 彼はふと思い出した。
 テレビで見た心霊現象特集。
 新しい建物程、霊的には空白地帯で、そう言った場所にこそ霊は流れ込んでくるのだ、と。
「…ジくぅん」
「うひゃあああああ!」
 カカン!と転がる懐中電灯。
 その明りの中を、彼は何処までも全力で走る。
「シンジくぅん」
 教室の中に転がる物体。
 彼は朝から、ずっと潰れたままであった。



GenesisQ’41話
「星くずパラダイス5」



「何か忘れているような気がする…」
 食卓で、シンジは口に箸を咥えていた。
「どっちかっていうと、忘れ去りたい状況よね?」
「まったくですぅ」
 二人のジト目が実に痛い。
「はい、シンジ君、あ〜ん…」
「シンちゃん、こっちこっちぃ」
 両脇に陣取っているマナとレイ。
「あらシンちゃん、今日はすごく大胆ね?」
「やめてよ母さん…」
 シンジの口にぐりぐりとおかずが押し付けられる。
「シンちゃんが余所様の子を呼ぶなんて、どういう心境かと思ったんだけど…」
「やだぁ、お母さまったらぁ」
 手をパタパタと振って笑うマナ。
「あたし達、そんな関係じゃありませんよぉ」
「あらそうなの?、そうね、シンジにはもうみんながいるものね?」
「…意地悪」
 マナは口を尖らせた。
「女の子は素直が一番よ?、ね?、シンジ」
「あ、うん…」
 上目づかいって、みんなよくやるんだよな…
 そんなことを考えていたために、つい反射的に頷いてしまった。
「ほほぉ、それはどういう意味かしら?」
 それにピクリと反応するアスカ。
「あ、違う、違うよアスカ…」
 シンジはまたも「つい」謝ってしまった。
「あたしが何か言ったってぇの?」
 そこをさらに突っ込む。
「ず、ズルいや…」
 シンジは半泣きになってしまった。
「というわけで、ミズホはめいいっぱい素直なので…」
 よいしょっと。
「はいシンジ様、あ〜んですぅ」
「ちょっとミズホ…」
 レイを押しのけ、その膝の上に座っている。
「重いんだけど…」
「あ、まだいらっしゃったんですかぁ?、邪魔ですぅ」
 どんっと、座ったままでテツザンコウを決めるミズホ。
「シンちゃんなんとか言ってよ!」
 転がるレイ。
「って、僕に言われても…」
 シンジは食欲が半減していた。
「そうそう、シンジ君に決められるわけないもんねぇ?」
「そだね…」
 マナの食欲がうらやましい。
「あのねえ!、あんたのその事なかれ主義が問題になってんのよ!、わかってんの!?」
「わかってるよぉ…、でもさぁ」
 ひょいっと何処からか伸びた指が、シンジの白身魚のフライをかすめる。
「デモもストライキも無い!、どうしてこう優柔不断なのかしら」
「こんな感じで15年間生きて来たんだから、しょうがないだろぉ?」
 あれ?っと首を傾げるシンジ。
 おかしいなぁ、まだ3つ残ってたと思ったのに…
「もう16でしょうが、あんたわ!」
 ちょっとこっち見なさいよ!っと、首をぐりっと回される。
「そんなの関係ないだろぉ?」
 痛いよぉ!っとその手を払う。
「あるわよ!、あんたもう大人でしょうが、自分で何とかしなさいよ」
「どうしてさ…」
「流されるままに流されてたら、あんたは何処に行きつくかわかんないからよ!」
 にまっとほくそ笑むマナ。
「それがアスカだと良いんだって?」
「ほんと、分かりやすいよね?」
「でもシンジ様には通じてませんが…」
「シンジ、大人になるのよ?」
「だぁ!、みんななに勝手な事言ってんのよ!」
 なんとかテーブルをひっくり返すまいと堪えるアスカ。
「そうだよ、わけわかんないこと…」
「あんたに言う資格なんて無いわよ!」
 パン!
 シンジの頬が景気良く鳴った。
 そして今日は珍しく二発目がいく。
 パシ!
 しかし今度は受け止めていた。
 シンジの手が、アスカの手首をつかんでいる。
「そんなに不安なの?」
 え!?
 アスカの鼓動がドキンと跳ねた。
 シンジの真摯な瞳がアスカを覗き見ている。
「ごめんね、でも僕はアスカのことが好…」
 ゴガン!
 シンジの鼻面に、マナの拳がめり込んだ。
「はぁはぁはぁ、危なかった…」
 ぷしゅうっと、のされてしまったシンジ。
「あんたなにすんのよ!、ちょっとシンジ!」
 テーブルを経由してシンジに駆け寄る。
 行動の半分は照れ隠しだ。
「シンジ様ぁ!」
「ちょっとマナ、無茶しないで!」
「はっ、い、いま僕は何を…」
 気がつけば各々が睨み合っている。
「シンジ?、今の気持ちに嘘があったわけじゃないわよね?」
 ユイの一言は、まさに爆弾に近かった。






「はぁ…、風呂がこんなに落ちつくなんて、久しぶりだな」
 シンジはアスカが爆発するよりも早く、風呂場に慌てて逃げ込んでいた。
「後は見つからないように部屋に逃げ込んで、入り口にフタをしちゃえば完璧っと」
 何故自分の家でそこまで卑屈に行動しなければいけないのか?
 シンジの頭からは、根本的な事が抜け落ちていた。
「シーンちゃあん」
 ビクッと震え上がるシンジ。
「な、なに?」
 すりガラスの向こうに人影が見える。
 脱衣所でしゃがみこんでいるのはマナだ。
「せ、背中流そうかぁとか、そんなのだったらいらないよ?」
 一応先を読んで先手を打つ。
「そんなことしないってばぁ、恥ずかしいし…」
 恥ずかしい!?
 シンジは急いで、耳の穴をかっぽじった。
「じゃ、じゃあ何さ?」
「うん、シンちゃんのお母さんが泊まってけって」
「そ、そうなんだ…」
 母さん、何考えてんだよ…
 笑っている姿が見えてしまう。
「それでね?、シンちゃんのシャツ貸してもらおうかと思って…」
えええええ!
 ガラス戸の向こうで、マナが驚いて尻餅を付いていた。
「…なぁによぉ、嫌ならいいわよ、あ〜あ、一番麗しいこの歳で、汗疹にまみれて醜くなれって、シンちゃんはそう言うのね?」
「言わないよ…、だけどさぁ、だって僕のシャツだよ?」
「うん」
「嫌じゃないの?」
「どうして?」
 ど、どうしてって…
 シンジは口までお湯に浸かって、ぶくぶくぶくぶくと泡を立てた。
「あーーー!、シンちゃんもしかして恥ずかしがってる?」
「当たり前だよ…」
「あたしは平気だもん」
「どうしてさ?」
「そんなのしょっちゅうだったしぃ」
「え?」
「言ってなかったっけ?、兄弟みたいな友達と一緒に育ったの、だからシャツなんてどっちがどっちのか分かんないこと多かったし、第一洗った後のシャツになんて興味ないもん」
 シンジは自分のものと、アスカたちの下着とが一緒に干されている光景を思い描いた。
「…そういうものなの?」
「シンちゃんのなら、洗ってあげてもいいけどね?」
 クスクスと言う笑いが漏れて来た。
 ついでにごそごそと、何やら漁っている様子がうかがえる。
「あーーー!、あんた一体、何やってんのよ!」
「ちちぃ、見つかったか!」
 マナって、男の子と一緒に育って…、それってどんな子なのかな?
 シンジは騒ぎに気がつかないほど、没入している。
 だめだ!、こんなのまるで嫉妬してるみたいじゃないか…
 シンジは暗くなっていく。
 嫉妬、してるのかな?
 どたどたと廊下を走り去る音が聞こえた。
 もしかして僕って、欲張りなのかもしれない…
 寂しくなるのは嫌だから、少しでも好意を持ってくれてるのなら。
「居なくなってもらいたく、ないんだ…」
 カチッと…、今度は静かに切り替わった。
「シンジ様?」
 脱衣所に、今度はミズホがたたずんでいる。
「ん?、なに…」
「わたしのせいで、御迷惑をおかけしているみたいで…」
 ミズホはしょぼくれてしまっていた。
「ミズホは、悪い事をしたと思っているの?」
「…はい」
 シンジは優しい声を出した。
「でも、僕に側に居てもらいたかったんでしょ?」
「え?」
「だから何かの薬を飲ませようと思ったんじゃないの?、違うの?」
「…えっと、あの」
 雰囲気がよくて、実はお仕置きのための薬だったとは言いづらい。
「バカだなぁ…」
 シンジ様?
 シンジのくぐもった笑いが聞こえた。
「そんなに笑わないでくださいぃ…」
「ごめん…、ねえ、ミズホ?」
「はい…」
 ミズホは顔を上げた。
「おいでよ」
ふええええええ!?
 そしてそのまま、勢いよく後ずさる。
「背中流してあげるよ?、一緒に入ろう…」
「で、でもでもでもぉ!」
 言いながらも慌てて服を脱いでいる。
 シャツとスカートを同時脱ぎしているために、両方とも引っ掛かってうまく脱げない。
 ふがぁ!、ちゃ、チャンスがぁ!?
 どたばたと暴れまくっているミズホ。
「二人で温め合えばさ、きっと心細さなんて無くなるよ」
「はいで…」
すぅじゃない!
 かぱぁん!っと、ようやく服を脱ぎ捨てたミズホのド頭に、レイの持つフライパンが直撃していた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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