「ま、まさかこれ程危険だとは思わなかったわ…」
 子供部屋で、す巻きにしたミズホとマナを転がし、アスカは腕組みして悩み込んでいた。
「何が危険って、シンちゃんに対してあたしたちに「抵抗力」がないことなのよねぇ?」
 この場合は病気に対する抵抗力とは意味合いが違う。
「そうなのよ、シンジにマジでせまられたら…って何言わせるのよ!」
「プハァ!、す巻きはともかく、猿ぐつわは酷いんじゃない!?」
「むぐーーー!」
 こっちは「ですぅ!」っと言ってるらしい。
「でも迷うことは無いじゃない、シンちゃんに迫られたなら好きって言っちゃって…」
「あんたバカァ?、いつものシンジなら…まあ間違っても口にしないだろうけど、それはともかくとして!、あんないかれてる状態で口説かれたって嬉しかないわよ!」
 そっかなぁ?っと首を捻るレイ。
「あたしはいつでもオッケーって感じぃ!」
「あんたちょっと黙ってなさいよ!」
 ゲインとマナを蹴飛ばす。
「もがー!」
 再び猿ぐつわを噛まされるマナ。
「でもさぁ、お母さまも言ってたしぃ」
 ギロッと睨む。
「なにがよ!」
 首をすくめてしまうレイ。
「シンちゃん、別に嘘は言ってないって…」
 ぴたっと、アスカの動きが停止した。
「…どういうことよ?」
 そして確認しようと振り返る。
「う、うん…、もしかしてシンちゃん、歯止めが効かなくなっちゃってるだけなんじゃないのかなぁ?」
 レイと同じように、アスカも首を捻ってしまった。
「はぁ?」
 一生懸命、まとめながら口にするレイ。
「いつもならね?、いつもなら…、よけいなことばかり考えちゃって、肝心な所では踏み出してくれないじゃない?」
 キスする寸前まで行くことは良くあるが…
「そりゃまあねぇ、そうだけど…」
 でもアスカにそんな覚えは少ない。
「でもホントは…、シンちゃん、ホントはいっぱい好きって言いたかったんじゃなかったのかなぁ?」
「そう…、かしらね?」
 むーむーむー!
 ミズホが必死に否定しているのは、夕食の場でのことがあるからだ。
 あの時、あいつ絶対好きって言おうとしたわよね?
「でもいつもは誰かに言っちゃうとみんなで非難するから、シンちゃん言いたい事も言えなくなって…」
「そう、そうだったのね!」
「あ、アスカ?」
 アスカは急に立ち上がると、軽い足取りで歩き出した。
「「ふぐぐー!」」
 意訳すると、「止めて!」らしい。
「あ、アスカってば!」
「もう!、バカシンジったらそう言う事はいつでも言っちゃえばいいのにねって、なによレイ、邪魔する気!?」
 ふがーっと、羽交い締めして来るレイを引きはがそうとする。
「アスカが暴走しちゃったら、誰が良心役になるのって言ってるの!」
「悪いけどレイ、今回ばかりは行かせてもらうわ」
「マジね?」
 二人は階段の前で睨み合った。
 その隙を見てミズホが芋虫のように這っていく。
 そして器用に降ろし階段を、ヘコヘコと尺取虫のように昇っていくのであった。


「ふんふふふーん!」
「…シンジ様ぁって、言ってるの?」
 ミズホは芋虫状態のままで、一生懸命うなずいた。
「何やってるのさ?」
 分かるような気はしたが、一応シンジは尋ねてみた。
「ふんががふがふが、ふんがっがー!」
「ああちょっと待ってよ、外してあげるから…」
 ミズホの頭の後ろに手を回す。
「ぷはぁ!、はうっ」
 口元の痛みに顔をしかめる。
「あうう…、痣になってませんかぁ?」
 ミズホは口元をシンジに見せた。
「…口の横は、ちょっとね」
「はうぅ…」
 ちょっと涙目になってしまう。
 ミズホはもぞもぞと反転した。
「どうしたのさ?」
「出直して来ますぅ」
 …見られたくないのかな?
 余計な時には、察するシンジ。
 でもいま下に降りていったら…
 傷になったらどうしてくれるんですかぁ!
 ふんがーと、まさにゴジラ対モスラの構図が出来上がるだろう。
 ゴジラはもちろん、アスカである。
 うう、それでとばっちりは、きっと僕の所へ来る図式なんだ。
 結局シンジがミズホの心情を見ぬけてしまったのは、危機回避能力が働いていたためだった。
「ミズホってば、傷見てあげるから、こっちおいでよ」
 だから何とか引き止める。
「でもぉ…」
 ミズホはちらちらと振り返ったが、す巻きにされた状態なのでかなり間抜けている。
 …どうでもいいけど、このゴザは一体どこから持って来るんだろう?
 ついでに巻き上げている荒縄もだ。
 シンジは懸命に尋ねたい気持ちを抑えた。
「ほら、こっちおいでよ」
「はいですぅ!」
 ミズホは反転すると、へこへこへこへこと尺取虫のように突進した。


 ごくり…
 シンジは生唾を飲み込んでしまった。
 そ、そっか、そうなんだよな…
 ミズホの縄を解き、座らせた。
 傷を見る、それはもちろん口元で…、ミズホは目を閉じて顎を上げていた。
 ごくり…
 もう一度ツバを飲みこんでしまう。
「じゃ、じゃあ、見るよ?」
「はいですぅ…」
 ちょっと語尾が小さくなる。
 ダメだ、ダメだ、ダメだ!、変な事を考えちゃいけないんだ!
 ミズホは無防備な唇を突き出している、目を閉じて。
 シンジはすっと顎のラインをなぞるように、手を出した。
 ん…
 ミズホの甘い吐息が聞こえた。
 くっ、だめだ、ミズホは信じてくれているんだから…
 表面上は、シンジを信頼し切っているように見える。
「荒れてるね、やっぱり…」
「そうですかぁ…」
 顎に手を触れ、親指で口の端を撫でる。
 ミズホが返事をした時、偶然にも唇が触れてしまった。
 あああああ…
 シンジの鼓動が激しくスパークする。
 目の前に座り込んでいる女の子は、とても可愛い。
 プツン…
 その瞬間シンジの中で、またしても何かが切れてしまった。
「ミズホ…」
 添えられていたシンジの指先が、すっとミズホの耳の裏まで進行した。
 あ…
 つい反応して声を漏らしてしまうミズホ。
 は、恥ずかしいですぅ…
 もう赤くなるのを抑え切れない。
 あ、あ、あう…
 顔に何かが近づいて来るのがわかる。
 何をされようとしているのか?、そんなことは考えるまでもない。
 でもでもぉ…
 目を閉じていても、光が陰るのが分かってしまった。
 正気じゃないのかもしれない、でも。
 レイさんは言ってましたぁ、お母さまもですぅ…
 嘘では無く、本気だけど、抑えていた行動、隠していた気持ち。
 なら、これでちょっとだけでも、シンジ様が大胆になってくださればぁ…
 ドッキ、ドッキ、ドッキ☆
 触れる、後少しで、だがそううまくはいかなかった。


 ガシャアン!
 天窓が割れた。
 あ、え!?
 シンジは慌ててミズホから飛び離れた。
 また、僕、今何を!?
「シンジくぅん!」
「カヲル君!?」
 窓をぶち破り、バットマンさながらに突入して来たその影こそは、やっとの思いで復活を遂げた、渚カヲル、彼であった。
「酷いじゃないか、僕を置いて帰るなんて!」
「って、だって僕今日サボっちゃったから…、あれ?、ミズホ?」
 ミズホは呆然として目を見開いていた。
「うえ…」
 そして急に目を潤ませる。
「うええええーん!」
「ミズホ!」
 急に泣き出し、ミズホは逃げた。
「ミズホってば!」
 シンジの手をすり抜ける。
 振り絞った勇気と期待に満ちた瞬間、それらを無残にも破壊したのは誰なのか?
 何が起こったのか理解するにつれ、ミズホの中に巻き起こったのは、やり切れない思いと報われなかった嘆き、それに恥ずかしさの代償であった。
 女の子が泣き出すには十分な理由であろう。
「おや?、どうしたんだいミズホ…」
「みんなあなたが悪いんですぅ!」
 ミズホはカヲルを引きずって、床の入り口から階下へ向かって飛び降りた。


 ズガァン!
「な、何事…」
 まだ言い争っていたアスカとレイ、その間にミズホがいきなり落ちて来た。
「き、筋肉バスター、こんな大技まで習得していたなんて、君は…」
 そのミズホの肩口で、上下逆さになったままカヲルは息絶える。
「うわあああんですぅ!」
 ミズホはそのままカヲルを投げ出し、自分の部屋に飛び込んだ。
 はっと我に返る二人。
「ちょっとカヲル、あんたミズホに何したってのよ!」
 かっくんかっくんと揺すってみるが、既にカヲルに生命反応は無い。
「ちぃ!、技の切れが良過ぎるってのも善し悪しね?」
「ミズホ〜!、一体何されたのぉ?」
 レイは無神経に部屋に入っていく。
 襖だから、侵入するのは簡単なのだ。
「なに泣いてるの?、もう…」
 ミズホは布団に伏せってしゃくりあげている。
 ミズホの部屋にはベッドは無い、直接畳に敷いているのだ。
「あ、まさかカヲルにキスされたとか?」
「違いますぅ」
「そっか、そうよねぇ?」
「キスしてくれそうだったのは、シンジ様ですぅ」
 逃走しようとしていたシンジ、しかしちょおっとばかり、遅かった。


「バカシンジィ!」
「うわぁ!」
 シンジは天窓から半分乗り出して、逃げの体勢に入っていた。
「な、なんだよ、僕が何したって言うんだよぉ!」
「ちょっとあんた、待ちなさいよ!」
 アスカはシンジの腰に抱きついた。
「しようとしたんでしょうが!、あんたは!」
 そしてそのまま、一気に引きずり下ろそうとする。
「しょうがないだろう!、勝手にやっちゃうんだから!!」
 窓枠に手を突いて、なんとか抵抗を試みるシンジ。
「あんたが邪な考えを抱いているからいけないのよ!」
「僕だってこんなの嫌だよ!、でもしょうがないだろう!?」
 急に抵抗をやめて鼻先を近づける。
 好きなんだから…
「だめぇ!」
「あうっ!」
 どさっ!
 アスカの足にカニばさみをかけてスッ転ばせるレイ。
「あ、あ、あ、危ないわねぇ、なにすんのよ!」
「キスしようとした!」
 そのまま抱きついて、ううーっと威嚇を始めるレイ。
「しようとしたんじゃなくて、されかけたのよ!」
「おんなじよ、そんなの!」
 あ、危なかった…
 真っ赤になってるアスカの後ろで、シンジは胸をなで下ろしている。
「ささ、シンジ様…」
 ん〜っと、さっきの続きをおねだりするミズホ。
「って、なに唇突き出してるのさ?」
「ミズホ、抜け駆けすんじゃないわよ!」
 抜け駆けの部分に、レイはピクリと反応した。
「あーーー、やっぱりその気だったんじゃない!」
「ちちぃ!」
 今のうちに…
「って、バカシンジ!、逃げてんじゃないわよ!」
「ご、ごめん…」
「謝ってんじゃないわよ!」
 どうしろって言うのさ…
 シンジは暗雲を背負ってしまう。
「ままま、アスカ、またシンちゃん変身しちゃうから…」
「ぼ、ぼくはただ…、マナがいないなぁって、そう思って…」
 ムカッと、アスカの機嫌が悪くなった。
 なんで今あいつのことが出てくんのよ!
「あいつなら下で寝てるわよ!」
「寝てる?」
「そうそう、アスカにす巻きにされてるの」
「す巻きって、どうして…」
「あんな危険分子と今のあんたを、一緒にするわけにはいかないでしょうが!」
 シンジの目つきが、険しさを持った。
アスカ!
 あまりの大声に、ビクリと震えてしまうアスカ。
「あ、な、なによ…」
 シンジに脅えて後ずさる。
「だからってす巻きにすることは無いじゃないか、ミズホにもだよ!、謝るんだ!!」
「だって!」
「だってじゃないよ!」
 珍しく…、いや初めて真正面から見たかもしれない、シンジの本気の目。
「とにかく解いてあげるんだ、良いね!」
「けど…」
 シンジの目に脅えてしまう、今日、いや、今だけは勝てないと悟ってしまう。
「…わかったわよ」
 その言葉を聞いた途端、シンジの顔に笑顔が戻った。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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