「ん?」
 茶の間で新聞を読んでいたゲンドウが、何かに気がついたのか天井を見あげた。
「静かになったようだが…」
 しかしアスカの怒声は続いている。
「ええ、赤木先生が心配して来てくださいましたから…」
 ちらりと縁側からその庭を見た。
 ハシゴが立てかけられている。
「そうか…」
 バサリと新聞を立て直すゲンドウ。
「それよりあなた、明日の準備はいいんですか?」
「ああ、全ては整っているよ、ユイ…」
 ユイはにっこりと微笑むと、落ちついたように湯呑みを口の端へと持ち上げた。






「これは珍しい症状ね…」
 シンジの顔を覗き込むリツコ、もちろん白衣だ。
「……」
 シンジは両手を組んで、キラキラと光る瞳で見つめ返した。
「あんたねぇ!、大体なんの薬を飲ませようとしたのよ!」
 ぐいっとシンジを引き離す。
 その態度にムッとするリツコ。
「わたしはシンジ君に、ぐっと迫ってもらえるような薬を頼まれただけよ?」
 ちらりとミズホを見やるのだが、ミズホはこそこそと逃げ出そうとしていた。
「これのどこがそうなのよ!」
 ヘッドロックを掛けたまんまでシンジをぶん回す。
「あら?、積極的に迫ってもらえてるみたいじゃない」
「きゃあ!」
 シンジはその体勢からアスカの腰に腕を回して、強引に抱き上げた。
「さあ、アスカ!」
「さあじゃないわよ!」
 ヘッドロックのための腕が、今は落とされないための抱きつきになってしまっている。
 それを冷たく見やるレイ。
「これはちょっと違うんじゃないかと…」
「レイさん贅沢ですぅ」
 両の拳を口元に当てる。
 もちろん垂れる涎を隠すためだ。
「愛、それは一輪の薔薇、アスカは薔薇の香りがするんだね?」
 アスカの胸元を嗅ごうとするシンジ。
「気持ち悪いこと言ってんじゃないわよ!」
 でも抵抗の度合は、いつもより弱くなっている。
「シンちゃ〜ん、こっちの匂いは甘〜いよぉ☆」
「って、変な誘惑しないでください!」
 急いでマナを突き飛ばすミズホ。
 リツコはシンジの症状を、ざっとシステム手帳に書きとめた。
「全体的に線が細くなって目が輝いて…、どうやらこれは「宝塚症状」がでてしまったらしいわね?」
「宝塚ぁ!?」
「なんですかぁ、それはぁ?」
「あ、でもなんとなくわかるかなぁ?」
「でもシンちゃん、男じゃない」
 コホンと、リツコは咳払いした。
「じゃあベルバラ現象…」
「じゃあってなによ、じゃあって!」
「どうも信じられませぇん!」
「まるで今考えたみたいに…」
「そのまんまじゃない?」
 ジト目が一点に集中する。
「失礼ね、症例が無かっただけよ、名前は考えていたわ」
 それって、こんなこともあろうかとっちゅう奴やろうか?
 声に出して言えよな?
 二人にはリツコと向き合って話すだけの度胸は無い。
 だから二人だけに通じる心の交流をとりおこなった。
 カチ…
 どこかで何かの音がした。
「あ、もうこんな時間…」
 ふいに時計を確認するマナ。
「日が変わってしまいましたぁ、おめでとうございます、シンジ様」
 コンポのデジタル時計は、深夜0:00を差していた。
「シンジ様?」
 シンジはにやりと、いつもなら絶対にしないような表情を浮かべている。
「はっ、いけないわ!、シンジ君を取り押さえて!」
 その見た事のある薄ら寒い笑いが癇に触った。
「え?、なんで…」
「レイ、避けて!」
「あ、きゃ!」
 背後からシンジが抱きすくめていた。
 驚き、とっさに顔を背けたレイ。
 そのためにシンジの唇は狙い所を外れてしまっていた。
 頬に吸い付くように張り付いている。
「ししし…」
「シンジ様ぁ!」
 ミズホが抱きつく、引きはがされるシンジ。
 レイはぽわんとしてしまっていた。
「シンちゃんに…」
 キスされちゃった。
 ぼうっとしてから、へたり込んだ。
 キッと、シンジを睨み付けるアスカ。
「シンジ!、あんたなんてことすんのよ!」
 そんなアスカにも魔の手が迫る。
「だめよ近付いては!」
「きゃあ!」
 ゴン!
 とっさにアスカは、拳を持ってシンジに抗った。
 シンジの顔面にめり込んでいるアスカの手。
「今度はなんなのよ!」
「いま日にちが変わってしまったでしょ?」
「だからそれが!?」
 シンジはぐらりとふらついたが、すぐに顔面を復元した。
 ため息をつくリツコ。
「シンジ君ももう16歳、これで立派な大人と言うわけよ…」
「でもあたし達はまだ15よ!」
「でも子供は作れるんじゃないかなぁ?」
 あっと、マナは失言に気がついたが、口を隠しても遅かった…






 翌朝。
「なんでわしらが見張ってなあかんねん…」
「ま、変わりにシンジの写真を何枚売ってもいいって許可が貰えたからいいじゃないか」
 ロープで厳重に縛り上げ、二人はシンジを引きずっていた。
「売んのはともかく、何が悲しゅうてシンジなんぞを撮らなあかんのや?」
「いいだろ?、どうせ撮るのは俺なんだからさ…」
 今日はシンジの家から、直接登校している。
「ああアスカ!、下僕にこんなことをさせなくても、僕は君の虜なのに!!」
 叫ぶシンジをポカリと殴る。
「誰が下僕やねん!」
「あんた達、しっかりそいつを監視しなさいよ!」
「わかってるって!」
 アスカはふうっと息をついた。
 一応念のために、シンジに5メートル以上は近付かないようにしている。
「「「はああああ…」」」
 アスカの背後で、同じようにため息をつく三人が居た。
 皆それぞれに疲れ切っている。
「さすがに朝練サボって正解だったわね…」
「疲れましたぁ…」
 しかし疲れた理由は、皆それぞれに違う。
「アスカぁ!」
「おはよ、ヒカリぃ!」
 朝日のごとく明るく元気なヒカリの笑顔が、なんとなく黄色く見えてしまう。
「アスカ、どうしたの?、目にクマなんか作っちゃって…」
 ちらちらとレイ、ミズホ、それに何故だか一緒のマナまで見やる。
「ちょっとね…」
 髪を掻き上げる、その時ちらりと見えた首筋の赤い痣に、ヒカリは釘付けになってしまった。
「アスカ、それって…」
 凝視するような視線に、一瞬だけクエスチョンマークを浮かべるアスカ。
「ああ、これ?」
 アスカは髪を掻き上げ、はっきりとヒカリに見せた。
「夕べ、シンジがね…」
「碇君が!?」
 大仰に驚くヒカリ。
「ええ、レイやミズホにもあるわよ?」
「わたしは太股にもありますぅ」
「ミズホのそれはほんとの虫さされでしょ!」
 すぱんとはたくレイ。
「既成事実をでっち上げるんじゃないの!」
「はうぅん…」
 小さくなるミズホ。
「でもまあ昨日のシンちゃん、激しかったから…」
「あんたが泊まらなきゃ、あんなにこんがらがらなかったのよ!」
 マナは隙を突くようにシンジと抱き合っていたのだ。
「だってぇ、一緒に住んでる方が有利なんだからいいじゃない」
「よくありませぇん!、わたしだってシンジ様に誘惑してもらったのは初めてなんですからぁ」
「シンちゃん、激しかったね…」
 レイの一言に他意は無い。
 シンちゃんが女の子の口説き方を覚えたら、あんな風にするのかな?
 そう思っただけのことである。
 しかし当然のごとく、ヒカリはそうは受け取らなかった。
「そんな…、碇君、みんなとしたの?」
「あのバカが四人一度にせまろうとするもんだから、たまんなかったわよ」
「えーー!、アスカが一番、おいしかったじゃない」
「わたしも後少しばかりの温もりがぁ!」
「…今度はあたしの部屋に泊まってもらっちゃおっかなぁ?」
「「「ぜったいダメ!」」」
「なんでよぉ〜〜〜」
 一人の言葉毎にヒカリの表情が険しくなっていく。
いやぁ!、みんなフケツ、フケツよぉ!
 ヒカリはたまりかねたように叫び出した。
「ちょ、ちょっとヒカリ…」
 アスカは慌てた、案の定、通行人の好奇な目が集中してきている。
「ちょっとなに想像してんのよ!」
 ヒカリは真っ赤になった顔を、両手で覆い隠した。
「そんなの言えない!、言える分けないじゃない!」
 大体その中身は知れようと言うものだ。
「ほんとにあたし達、なんにもなかったんだから!」
「じゃあそのキスマークはなんなのよ!」
「あ、だから、ね?」
 アスカは首筋を押さえて困り顔をつくった。
「隠さなくったって、ねぇ?」
「シンちゃんがが付けたのはほんとなんだし…」
「消えないように保存したいぐらいですぅ」
 とどめをくれる三人。
「やっぱりじゃない!、いやあああああ!」
「ちょっとヒカリぃ!」
 走り去るヒカリに、伸ばした手が届かない。
「…あんたたち」
 ギギッと、音がするように首が動く。
「あ、はは…、まずかったかなぁ?、なんて…」
「なんてじゃないでしょうが!」
 きゃ!
 アスカは絹を割くよな、というよりは、どこか黄色い色が混じった叫びに動きを止めた。
 アスカの瞳には、誰かと抱き合っているシンジの姿が映り込んでいた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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