「シンジ?」
「なに?」
シンジは学校のプールに忍び込み、シャワーを浴びた後そのまま更衣室で待っていた。
「これ」
アスカが中を覗かないように差し出したのは白いシャツだ。
「悪いんだけど、あたしもシャツの代えしかないのよ…」
「うん、それでもいいよ、ありがとう…」
シンジは特に意識してなかったし、顔が見えないので気付かなかったが、アスカの鼓動はかなりの勢いで跳ね上がっていた。
それって、さっき脱いだばっかりなのよね…
特に意味があるわけではない、汗をかいて着替えた後の洗濯物だった。
それを今シンジに手渡している。
ちょっと小さい、かな?
背中が突っ張るような…
でも、余裕あるし?
シンジは胸元を見た。
あ…
気がつく、根本的にシャツの形状が微妙に違っていたのだ。
ま、いっか…
ズボンの中に押し込む、ズボンはしょうがないので汚れたままだった。
「良いよ?」
アスカと一緒にミズホもひょこっと顔を見せる。
「シンジ様ぁ、災難でしたねぇ?」
苦笑するシンジ。
「しょうがないよ、僕が悪いってのも、あるんだし」
「どこがよ?」
アスカは冷たい目を向ける。
「あんたねぇ、夕べのこと、覚えてないの?」
シンジは黙ってうつむいた。
「ほら、まだ髪が濡れてるじゃない…」
アスカはタオルをシンジの頭に乗せた。
「あ、自分でやるよ…」
「じっとしてなさいよ」
アスカはガシガシと強めに拭く。
少し痛そうなシンジ。
タオルもシャツも、部室のロッカーに入れていたアスカの代え品だ。
「あんたが悪いわけないじゃない」
「でも…」
アスカはタオルの両端をもって引っ張った。
「あ!」
顔をぐいっと引っ張られるシンジ。
「あああああ!」
ミズホが悲鳴を上げた。
アスカの鼻先が、シンジの鼻の頭にくっついている。
「…もう臭くないわね?」
アスカの息がくすぐったい。
シンジは真っ赤になったまま、離れていくアスカの目を見ていた。
●
「ただいまぁ…」
2つずつの紙袋を両手に持ち、さらに背中にもごみ袋に放り込んだプレゼントの山をくくり付けて、ようやくシンジは帰りついた。
「あらあら、今日は大変だったのね?」
ユイがそのプレゼントを引き取る。
「うん…、あ、生物があるみたいだから…」
「はいはい、冷蔵庫に入れておくから、早く分類しちゃいなさい」
「うん」
シンジは「よっこいしょ」っと、自室に向かって運び出した。
…以外と力あるわね、あいつ。
「あらアスカちゃんも居たの?」
「わたしもですぅ」
「はいはい、おかえりなさい」
屈託の無いユイの笑み、だがその心の奥では…
手伝ってあげなかったのね?
っと、微笑ましい事を考えていた。
「かあさん、これで全部みたい…」
以外と食べ物は少なかったが、それでもケーキにクッキー、キャンディーに変わったものではお漬け物まであった。
「そう、しばらくはおやつに困らないわね?」
「そう、だね…」
みんなにも食べてもらっちゃダメかな?
「ダメよ」
ユイはシンジの考えを見抜いて先に答えた。
「…ねえ母さん?」
「なに?」
「レイは?」
「アルバイトじゃないかしら?、遅くはならないようだけど」
「ふうん…」
シンジは返事をした後も、その場を離れようと言うそぶりを見せない。
ふうっと、ため息をつくユイ。
「用事があるのなら早くなさい?、お夕飯が遅れちゃうわ」
「うん…」
シンジはようやく口を開いた。
「あのね、今日、父さんが学校に来たんだ…」
ユイはキャベツを切っていた手を止めた。
「そう…」
「うん、それで、レイの手伝いをしろって言われた」
ユイも緊張してしまっている。
この子はどう答えを出したのかしら?
シンジの雰囲気から推し量ろうとする。
「…僕、頑張ってみようと思うんだ」
ユイはシンジに気付かれないように口元をほころばせた。
「僕は何もできないかもしれないけど、それでレイが頑張れるんなら、僕も頑張ってみようと思ったんだ…」
「…いいことね?」
「そうかな?」
「ええ…」
それは良いことだわ…
ユイがちらりと振り向いた時、そこにはちょっとだけ背筋を伸ばしている背中が見えた。
●
「嘘…」
その頃レイは戸惑っていた。
「ここで「歌う」んですか?」
「いつもの通りでいいよ、シンジ君の方も…」
シンちゃんが良くOKしてくれたなぁ…
レイは正直戸惑っていた。
シンジが了承する確率は低いと、心の隅で思っていたのだ。
大半は「良い」と言われた後のシュミュレーションで占められていたのだが。
ちょっと、凄い事になってない?
目の前の看板には、第三新東京歌謡祭と書かれている。
どうして、こんなのがセッティングできちゃうの?
レイにはよく分からない事が進行している。
「ま、いっか…」
レイはシンジの驚く顔を想像して、くくっとくぐもった笑いを漏らしていた。
続く
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