「まったく…、カヲル人形の難点は、入れ代わる瞬間の護魔化しだね…」
 自分も白煙を浴びてしまっていた、髪が少し粉っぽくなっている。
 圧搾空気によって膨らむ人形。
 とある更衣室の中で、カヲルは一つのロッカーの前に立っていた。
 碇シンジ、とプレートにはある。
「借りるよ?、シンジ君…」
 ここには居ないのに一応断わりを入れておく。
 着替えて来た方が良いと思うよ?
 シンジの言葉をありがたく受け、カヲルはぼろぼろになった服を脱ぎ捨てた。
「ああ、シンジ君のサイズ、シンジ君の匂い、シンジ君の…」
 パンツ一枚で頬擦りをはじめるカヲル。
 はっ!
 そこまでやってから、カヲルは殺気に気がついた。
「誰だい!?」
「誰だいじゃありませぇん!」
 ミズホであった。
 入り口での仁王立ち、逆光の中で怒っている。
「アスカちゃんの真似かい?」
「違いますぅ!」
 ぷうっと頬を膨らませる。
「非常識だね?、ここは演劇部の部室だよ?」
「きゃあああ!、腰を前に突き出さないでくださぁい!」
 真っ赤になって顔をそらせる。
 カヲルはふと、自分の格好を確認した。
「それもそうだね…」
 非常に良く考えてから、「じゃあ…」っと、やっぱりシンジの着替えに手をやった。
「着ないで下さい!」
 ぶん!っと唸るミズホの鉄扇。
 紙一重でかわすカヲル、その前髪が数本はらりと切れた。
「危ないね?、君は…」
 壁際で眉をひそめるカヲル。
「シンジ様のズボンを履こうとなさっている、あなたの方が危ないんですぅ!」
 ミズホも全く負けてはいない。
 二人は異常な目つきで睨み合った。
「これは非常事態なのさ、ミズホ、シンジくんは分かってくれたよ…」
 着替えた方が良いと思うよ?
 そう言ってシンジは自分のロッカーの鍵を渡していた。
 もちろん即座にカヲルが予備キーを作ったのは言うまでもない。
「シンジ様がお許しになってもわたしが許しませぇん!、だってその着替えにはわたしが…」
 ミズホは胸元に手をやった。
 どうやらそこに何かを隠しているらしい。
「…こりないね、君は」
「純粋にシンジ様のためを思ったお薬なんですぅ!」
 自らバラしてしまうミズホ。
 今度の薬はチューブ式だった。
「それをどうするつもりなんだい?」
「もちろん…」
 ミズホはぽっと頬を赤らめた。
 その目はカヲルの持つシンジのズボンに注がれている。
 …わかったような気がするよ…
 カヲルは意地悪な笑みを張り付かせた。
「ならなおさら、君に渡すわけにはいかないね?」
 ばたばたと焦った調子で履きおえる。
「ああ!、何てことを!」
 泣きそうになるミズホ。
「ミズホ、この服は貰って行くよ?」
 カヲルはミズホの一瞬の隙を突き珍しく逃げ出した。
「あうーん!」
 ミズホの悔しそうな涙声が背中にぶつかる。
 まったく、君にも困ったものだね?
 カヲルは隣の校舎に駆け込むと、ゆっくりと足をゆるめて歩き出した。
 つつしみがどうとか言っていたのはどうなったんだい?
 苦笑する、カヲルは自分のクラスが近づくに連れ、なにか緊張感のような物を感じていた。
 何故?
 わからない、が、表情が先程とは違って引き締まっていく。
 しかし何が原因で何を感じていたのかはすぐに分かった。
「…ここで、何をしているんだい?」
 居るはずのない人がそこに居た。
「内緒」
 シンジのクラスの前で、レイはニコッと微笑んだ。






「そう言う事なのかい?、レイ…」
 ニヤリと笑むカヲル。
 シンジ君の為の抑止力、いや、シンジ君の為の起爆剤のつもりかい?
 カヲルはレイにだけ分かる言葉を投げかけた。
 これが君の決断なのかい?、レイ…
 カヲルの声に、レイは皆に愛想を振りまきながらもちゃんと答えた。
 違うってば…
 そんなつもりは無いと、動揺もせずに答えるレイ。
 これがシンちゃんにかまってもらえるベストな方法かもしれないって…、そう思っただけ…
 ちらりとシンジを見やったが、シンジはあまり嬉しそうにはしていなかった。
 どうして?
 シンジは何かを悩んでいるようだ。
 その視界の端に、同じように悩んでいる顔が見えた。
 浩一だ。
 表面上穏やかな顔を作ろうとして失敗している。
 コン!っとその頭に小さな紙屑が当たった。
 それは計算しつくされたかのように、ころころと机の上に転がった。
 ぼうっとしたままで、それが止まるまで眺めた浩一。
 なんだ?
 手を伸ばす、どうやら手紙のようである。
 カサカサカサッと、それを開いて中を読む。
 もっと喜んだら?
 はあっと浩一はため息をついてしまった。
 マナだな…
 さすがにうんざりしてしまう。
 マナ、よしてくれないか?
 浩一はレイ達とは違った種類の『力』でマナに向かって呼び掛けた。
 いいじゃない、これでクラスメートなんだし☆、嬉しいでしょ?
 浩一の『力』を使った会話にもマナは慣れている。
 マナに返事をする力は無くても、浩一がかってにマナの思考を読んでいるのだ。
 しかし意識の表層しか『見て』いない。
 浩一がその程度のマナーは守っていると、マナはちゃんと知っていた。
 あ、わぁかった、目の前でいちゃつかれるのが嫌だとか!
 それがわかっているからからかっているのだ。
 本当はマナの方こそ焦ってるんじゃないのか?
 だから逆にやり返す。
 ちちち、違うってば!
 どうだか…
 本当に知りたければ、その奥の考えを読めばすむ事なのだ。
 そっちこそ…
 違うさ…
 浩一はため息と共に返事をした。
 そうなの?
 ここで答えなければ、後で追及されるだけだと分かっている。
 だから浩一はちゃんと言葉をまとめた。
 今までの状態を望んでいたのなら、ちゃんと彼女にアタックしようと動いていたよ。
 事実、浩一は学校内では大人しい。
「そっかぁ…」
 マナは声に出して呟いていた。
 浩一も大変ねぇ…
 いや、僕はね?
 分かってる分かってる!
 マナは強引に遮った。
 後はまかせて、ね?
 なにをだよ?
 色々と!
 そのマナの何かを企んでいるような低い笑いに、はぁっと浩一はため息をさらに深くしていた。






 授業は滞りなく進んでHRも終了した。
 レイの机に影が落ちる。
「シンちゃん!」
 ぱっと明るい顔を上げる。
 でも違った。
「なんだ浩一君かぁ…」
 目に見えてへなへなと落胆する。
「ごめん、実は頼まれてね?」
 くいっと顎先で出入り口を指し示す。
「シンちゃん?」
 シンジが軽く手を振って出て行く所だった。
 キョトンと見送るレイを、浩一はクスッと苦笑して見下ろしている。
「誰にだか知らないけど、用があるって…」
「用?」
 仕方なく浩一に確認する。
「そ、クラブが終わる頃には戻って来るって言ってたよ」
 クラブ?
 レイはますます首を傾げた。
「忘れたのかい?、…もしかして知らなかった?」
「え?」
「四類は強制的に、演劇部所属になるんだよ」
「あ!」
 レイの脳裏に浮かんだのは、怒りまくる栗末部長の姿である。
 あちゃあ…、ヤバいかも。
 そんな風に苦悩するレイを鑑賞する浩一。
 シンジ君、うまくいくと思うかい?
 浩一はシンジに頼まれたのだ、レイの友人の振りを。
 それが気の重い理由、しかしやらねばならない。
 憂鬱だね…
 それでも時は、流れ出した。






「やあ、シンジ君」
 ペコッとシンジは頭を下げた。
 第三新東京テレビのロビー。
 シンジは加持に貰ったタクシーチケットを利用して来ていた。
 頭を上げると、ニコニコとやたらと機嫌の良いタタキがいる。
「どうしたんだ?、次は明日来る予定だったんじゃなかったか?」
 二人で隅にある、応接用のような椅子に腰掛けた。
「そうなんですけど…、その前にちょっと相談したい事があって」
 シンジの目の色が違っている。
「…なんだ、やけにマジな顔をしてるな?」
 タタキは咥えたタバコに火を点けずに、もう一度すっと元に戻した。
「わかった、聞こうじゃないか」
 腰の位置も正し乗り出す。
 シンジもつられて、より一層真剣な表情を作っていた。


「う〜ん…」
 そのころレイは、講堂隅で発声練習を眺めていた。
「早口言葉みたい」
 感想はそれだけだった。
「つまらない?」
 右隣は浩一。
「僕たちには必要のない行為さ」
 左隣にはカヲルが居る。
 レイはどちらにも首を振った。
「違うのかい?」
 多少驚きが声に混ざっている。
「うん…、声を出すことはできる、でも必要がないって言われると、ちょっとね…」
 レイは自分の手の平を眺めた。
「テニスも同じ、一人でも出来るけど…」
「人を知らなければ、戦い勝つことはできない?」
「うん、一人じゃつまらないもん」
 レイはシングルより、ダブルスの方が好きだった。
「相手の人にもよるんだけど、ラリーが続くと楽しくなって来るの…」
 大抵はアスカだが、他のみんなも笑っている事が多い。
「楽しい…、けど、なんていうのかなぁ?」
 相手の考えている事を体で感じる。
「そう、相手の人がどこに打つのか?、どんな風に返して欲しいと思っているのか分かっちゃうの」
 レイは共通のものを見つけていた。
「会話と演技かい?」
 レイはコクリと頷いた。
「こんな演技じゃダメなのかなぁ?、あ、いいんだって…、やってみたいかも、あたし…」
 気持ちが整理できたのか?、舞台を見る目に羨ましげな物が混ざって来た。
 そう、みんなで頑張る事に意味がある?
 当面はシンジと頑張る事になる。
 シンちゃんの為に…
「頑張ろう」
 レイは「よっ」っと体を伸ばした。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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