土曜日は退屈…
 その栗色の髪の女の子は部屋の隅っこに座り込んでいた。
 シンちゃんの家、賑やかだったなぁ…
 マナだ、ショートパンツにシャツ一枚のラフな格好。
 シャツは白、パンツは赤。
 遊びに行っちゃおうかなぁ…
 その呟きに、黒ぶちのメガネがわずかに動いた。
「今日は、いないと思う…」
 ベッドの上で壁にもたれ本を読んでいたマユミは、マナの独り言に対して横槍を入れた。
「どうして知ってるのよぉ…」
 クッションを抱きしめてすねるマナ。
 独り言は、半分聞かせるために呟いていた。
「今日は収録があるって、レイが言ってたから…」
 マユミは出来るだけ控え目に答えた。
「碇君も…」
「あれぇ?」
 しかしマナは首を傾げる。
「でも、アスカが勝ったって喜んで…」
「勝った?」
 今度はマユミが首を傾げる番だった。
「うん、テストの点で賭けてたんだって」
「かける?」
「そう、シンちゃんとのデート!」
 マナはぽてんと横向けに倒れた。
「あーあ!、あたしも賭けに乗ってればよかったなぁ!」
 そうしたら、シンちゃんと…
 マナ、何処に行きたい?
 ん〜と、シンちゃんと二人っきりになれたらいいな…
 じゃあ…、マナの部屋、は?
「くふ、くふふ、くふふふふ…」
 自分の妄想で幸せになれる辺りお手軽かもしれない。
「でも、居ないって知っててどうして行こうって思ったの?」
「え?、ええ…」
 いつもはっきりしているマナにしては、珍しく急に口ごもってしまった。
 シンちゃんのママ、明るくて楽しくて…
 憧れがマナを誘惑していた。
 そんなマナを本ごしに見ながら、マユミは別のことを考えていた。


 酷い…、レイ、喜んでたのに…
 ジャー…
 ユニットバスの洗面台に、勢いよく蛇口からぬるめのお湯が流れていく。
 バシャ!
 マユミは顔を軽く洗い、タオルでごしっときつめに拭った。
 碇君なんて、信じられない…
 どうしてレイはこだわるの?
 理不尽な怒りがこみあがり、その矛先が敵を求める。
 顔を上げる、普段は隠されているきつい目つきが、鏡の中に見て取れた。
「マユミ、出かけちゃうの?」
 洗顔がその準備だと気がついたのか?、マナはちょっと興味を惹かれた。
「ちょっと…」
「ふうん」
 曖昧なごまかしに、意味ありげな視線を投げかける。
 面白そう…
 その目は露骨にそう睨んでいた。






「な、な、な…」
 わなわなと震えているアスカ。
「なんであんたがそのこと知ってるのよ!」
 アスカの驚きと形相に、シンジこそわけがわからないと慌ててしまう。
「…そんなこと言ったって、昔っからあったじゃないか」
「いつよ!」
「え?」
 その勢いにたじろいでしまう。
「いつから知ってたのよ、あんたわ!」
 血走る目。
 恐いよ、アスカ…
 シンジはごくりと、命の危険を感じとった。
「しょ、小学校、かな?」
「ほんとでしょうね!」
 なにをそんなに怒ってるんだよ?
 シンジにはその意味がつかみ取れない。
「ほ・ん・と・で・しょう・ね・?」
 怒っているのではなく、焦っているのだとわからない。
「うん…、遊びに行った時に偶然、多分…」
「たぶん!?」
 あっと、シンジはミスに気がついた。
 蒸し返しちゃった…
 上目づかいにアスカを見る。
「ちゃんと思い出しなさいよ!」
「わかんないよぉ…」
 シンジも困り顔でアスカを見た。
「だってそんなのちゃんと覚えてないし…」
「覚えてない!?」
 びくっとするシンジ。
「あ、あの…、ごめん」
「なに謝ってんのよ!」
 アスカが怒ってるからだよ…
 しかし先程よりは、いくぶんかほっとしている様子をシンジは感じ取っていた。






「シンジ君が必要なんですね?」
 その頃カヲルは確認していた。
 火を付けたばかりのタバコをもみ消すタタキ。
「…シンジ君は素材として悪くない」
 レイのために用意された控え室で、二人は向かい合っていた。
「少なくとも俺はそう見ている」
 ここには今レイは居ない、今はジュースを買いに行っている。
「そうですか…」
 カヲルは嬉しそうに微笑んでから口を開いた。
「来ますよ」
 ほぉっと、その素材の良さにうなるタタキ。
「来るか?」
 それでも一応、確認はしておく。
 カヲルははっきりと頷いた。
「シンジ君は僕たちの守護天使みたいな存在ですから、来ますね…、かならず」
 信じてみるか…、それまでは。
 タタキは念のために、予備の話を持ち掛けた。



続く







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